第81話:南の王都
ーレント視点ー
「んーーー♪」
ニコニコと出された料理を食べるウィルスが可愛くてしょうがない……。満面の笑みで食べるから、こっちまでお腹が一杯になる。
港町を大きく広げて発展してきたディーデット国。
加えて太陽の日差しを多く浴びる事により、海辺やリゾート地として観光客達だけでなく冒険者達にも人気の国。
たまに海の方を見ている時があるから、興味があるのかなと思いつつウィルスと出掛けていると言う空間が凄く好き。
一時的に鎖国していたと言う割には、今来ている店での騒ぎようは凄いものだ。外との手段を切れば、そこから回復するのは時間が掛かる筈。
逆に言えば、鎖国していたとしてもこの国と繋がりを持ちたいと言う小国が居るだろうと思い、影響力は計り知れないのだと理解する。
この国に冒険者の本部があるのも、どうやら東の国での暗殺ギルドがきっかけで生み出されたと言う話だ。
東の国も南と同様に砂漠地帯である故に、小競り合いも続いている。
ギルダーツ王子が、東の国に対しての敵意の向け方が異様に感じたのもそれらが原因か。
………国を出て良かったのかも知れない。
(こういった話は王子の立場ではなかなか耳に入らない。だから、兄様も王族の身分を偽って周辺諸国に出かけるのだろう……)
私達王族は、1日の殆どを城の中で過ごす。
執務をする中で届いてくる報告の数々は、どれも貴族達の報告によるものであり1つ1つ丁寧に行えばどうしたって時間は足りない。だが、届けられる報告の中には嘘を混じらせたものもある。
側近であるジークやバラカンスはそう言ったものに対しての事実関係も含めて調べて来る。それも仕事だと言われてしまえば終わりだが、私は兄様の行動を見てしまっている。
「確かめるのなら自分の目で見て、実感して行うよ」
自分の考えが及ばなかった事が原因で、人を信じる事に抵抗のある兄様。だから、自ら行動して自分の目で見て感じた事を事実として受け取る。
領地で暮らす人達の態度、街の発展状況、兵士達の配置など何気ない事でも綻びを感じ取ったのなら証拠を見付ける。
その点、側近のリベリーは便利だと思う。
元暗殺者としての技術で、屋敷に侵入したり不正の証拠を見付けてきたりと色々としている。
その証拠を基に兵士の勤務態度や領地での暮らしぶりとを照らし合わせて、正規での証拠を集める。宰相に報告し、事実関係を諜報員達に調べさせて裏が取れたのなら……あとは徹底的にやるとの事。
皆、私が容赦ないように言うけど兄様だってそれに負けないくらいに容赦ないのに……酷い言い方をするなと、今更ながらに腹が立った。
(追放して宰相の信頼における人物を領主として組み込む。……度々、抜け出すのを見るから私も習って抜け出すんだけど)
どうも私は兄様と違い近衛騎士に見つかりやすい。
思わず何故だと聞けば「オーラが違いますから」と言われてしまった。
兄様は普段と王族とを使い分けるから、雰囲気がかなり違うらしい。私も頑張ってはいるんだけど、何故だかすぐに見つかる。
エリンスに言わせれば、王子だっていうオーラが滲みに出ているから隠せと言われる。
………銀髪がいけないのか? そう思って、私が取った行動は魔法で自身の髪と瞳の色を変えると言う事。
魔力制御が出来ていないと難しいらしく、長く続けるのには長い年月をかけて制御し続けると言う忍耐も必要なのだとか。
「レントはコントロール上手いから、すぐに出来るよ」
ラーファルに魔法での変装が出来るかと相談したら、そんな答えが返って来た。周りに居た師団の者達は何も聞かなかったとばかりに、自分の作業へと向かうようにして逃げて行ったのを覚えている。
スティングが面白がって「手伝うよ」と言ってくれたから凄く助かっている。でなければ、こうしてウィルスと出掛けると言う事も出来なかったのだろうと思う。
「食べてないよ、レント」
「ん。……ごめん、ちょっと考え事」
出された食事に手を付けない私を心配するウィルスが聞いてくる。ぷくーっと、むくれてるのがまた可愛い。
私の事が気になるのか、不思議そうに見つめられる目がたまらなく可愛いから、ナデナデしたい衝動に駆られるが抑える。
我慢だと自分自身に言い聞かせる。
……そう、我慢だ我慢。
「でも残念。レントの髪、好きなのに黒にしちゃうなんて……でも、今のレントもカッコいい」
私の場合、今すぐにでもウィルスの事を抱きしめたい衝動に駆られているんだけど。そんな事を言ってくれるウィルスが……もう色々ヤバい。
「バカップルか、お前達。俺等も居るの完全無視か」
「仕方ないですよ。空気に徹しましょう、空気に」
「慣れ過ぎだ、ラーグレス」
隣でエリンスから苦言を言われるのが腹立つけどね。
うっとりとしたままウィルスの事を見ていれば「戻って来い」と、軽く叩いてくる。むっとしたまま睨んでいると、次の料理が運ばれて置かれていく。
出て来たのは果物の盛り合わせであり、思わずエリンスと護衛をしているラーグレスを見るも2人は首を振って自分達ではないと言う。
「お嬢ちゃんの食べっぷりがいいから、サービスだよ♪」
「ほひはほうほはいまふっ!!!」
「あはははっ、ありがとうかい!!! ますますサービスしたくなるねぇ~」
気前のいい男主人がウィルスの事を褒めて来る。既に隣でナークと食べ合っているんだけど、それよりも何なの今の!!!
ありがとうございますって言いたいんだよね!?
モグモグしてるのに、ちゃんとお礼言っているし可愛いし、癒されるし……私の事どうしたいのかな!!!!!
食べさせ合っているナークがズルいんだけど!!!!
何で勝ち誇った目で見てんのかな!?
「………いつも、こうなのか」
「あぁ、慣れろって言うか……うん、慣れてくれ」
遠い目をしながら言うリベリーも、呆れるエリンスもあとで殴っておくけど。この可愛い生き物をどうしたら良いんだろうかとテーブルに頭を打ち付ける。
「…………え、あれが普段?」
「姫猫ちゃんの前だといつもだよ」
「マジかー」
少し離れた所でラーファルとレーナスがなんか言ってるけど、そんな会話よりもウィルスの可愛さがいつもの倍に見えるのは何でかな。やっぱりこの国の服を着ていつもより雰囲気が違うからだ。
「…………うぅ、ホント可愛い」
顔を上げてウィルスの事を見て、小声で褒める。
エリンスから「お前、大丈夫か」とか言って来るけど聞こえないフリをしてじっと観察する。
私がプレゼントしたバレッタを身に付けているのはもちろんだけど、今日はアップにしているから良く見える。
この国の花は色が濃くて鮮やかに咲いているから、その花を加工した髪飾りも人気。大きな花をそのまま髪飾りにしているから、ボリュームもあるし何より華やかさが違うし迫力もある。
サイズも様々であり、ブローチ代わりに出来たり、小さい花での髪飾りもあるので様々な要素に適しているとルーチェ様が熱弁していた。
ウィルスが付けているのは濃いピンク色の丸い形の花びらが3枚。その飾りを前髪に挿む感じでいる。
あと、王都に行くのならとウィルスに用意されたのが水玉模様のドレスだ。夜会で着るような煌びやかなものよりも抑えめのデザインで派手さはない。
この国の女性はよく着る服装の1つなんだと。
長さは様々であり、膝下であったりロングだったりらしく、その日の気温によって長さを変えるのが当たり前。
無論、これらを用意したのはルーチェ様。
泣きながらだったのは驚いたけど……。
「うぅ、課題が終わらなくて遊びに行けませんでしたが………服だけ、服だけはと私が自信を持って選びました。お姉様の魅力をフルに活用し、可愛く仕上げました!!!!!」
それは良いのだけど、何で私よりも先にギルダーツ王子から見せに行くのかが謎だ。ルベルト王子は褒めている横で、彼はずっと無言で顔を合わせなかったのに……それで良いのかと思ったが彼女的には全然良いらしい。
弟のバーレクは「可愛いです、お姉様!!!」と、既にその呼び方だった事実にどれほど私が打ちのめされた事か。
魔力制御のやり方を教わりつつ、夕食の時間になるだろうかと言う時にギルダーツ王子から言われたのだ。
城ではなく王都で食べて来ればいいのだ、と。
「観光地としてこの国を回って色々と見て来て欲しい。私達が外交でリグート国にお世話になったし、今後の事も含めて羽を伸ばして行って欲しい」
外交でのお礼、と言うよりは私とエリンスの見聞を広めると言う経験を増やす為のものだろうと思った。散々、両国の宰相に怒鳴られたのだから仕方あるまい……それを聞いていた彼なりの配慮だ。
加えて魔獣の討伐だけでなく、周辺の魔物の討伐をすることになるのだ。ラーファルとレーナスのように、特別に国から呼んだ、と言う風に私達の事もギルドの者達と協力させると言う話だ。
戦いでの経験を積んでおいて損はない。
両国の国王は「ウィルス達が無事に戻れば好きにして良い」と言う言葉に、さらに宰相が怒りを募らせて何故か国王も怒られる。
妙な場面を見せてしまったから申し訳なさが込み上げて来る。思いの他、ギルダーツ王子は寛容だったから、良かったのかな?
「アクリア王に会った時も思ったが、面白い王で楽しい限りだな」
褒めてくれた……? と思って良いのだろうか、と思わずエリンスとで顔を見合わせてしまった。それ位、ギルダーツ王子の私達に対する待遇は破格のものだと思っている。
しかし、彼はこの国の事情に自分達を巻き込んでいる自覚がある為の事だと言う。危険な事なのは十分に承知しているし、他国の王族を巻き込んでの事だからかなりの大事だ。
「巻き込んでいる自覚はある。だから、こちらは全力でサポートするしそちらの自由にしていい。自分の家だと思って使ってくれて構わない」
そんなこんなで。今、私達は王都で夕食をとっている。
ラーファルがオススメの店に入り、皆で食事を囲うのは嬉しい事だからと楽しんでいる。ウィルスがさっきから嬉しそうに食べているから、それだけでもう幸せなんだけど……。
「はい、レント」
「え」
いつの間にかウィルスが隣に来ていた。向かい合わせて座っていた場所にはナークがおり、パクパクと果物を頬張っている。目の前に出されたのは果物ではなくお肉だ。
「ずっと食べてない。私達、食べてるのにレントは全然進んでない。もしかして……何か苦手なものでもあった?」
まさか、苦手なものはない。ただ、ウィルスに見惚れていたんだと言いたかったが止めておく。
それは2人きりの時で言うんだと決めて素直に出されたお肉を食べる。
うん、甘酸っぱいソースがお肉とあって美味しい。微笑んだ私に合わせたようにウィルスが笑顔でいるのが……とてつもなく嬉しい。
「レント。飲み物、頼む?」
「ここのは結構甘いから水を貰おうかな」
「待ってて。今、貰って来るね」
そう言って席を離れていくウィルスをニコニコと見送る。ずっとウィルスの事を目で追っていると「それで銀髪ならさらに目立つな」と小声で話しかけて来るのはエリンスだ。
「多少、変えといて良かったよ。未だにこれで近衛騎士に見つかってないから、抜け出した事には気付かれてないと思うけど」
「多少って言うより大掛かりだけどな」
「そう?」
こうしてゆっくり話すのも久しぶりだと思っていると、ウィルスの悲鳴にも声が聞こえた。聞こえた辺りに目を向ければ、数人の男性に囲まれた中にウィルスの姿を見る。
私よりも早く行動を移したナークは、既にウィルスの後ろにいた男達を蹴り飛ばしている。
私もすぐに動こうとした。が、「いてててっ!!!」と痛がる声が聞こえた。1人の男の腕を捻り上げるようにしていた人物はフードを深く被り全身を覆っていた。
「ゆっくり食事も出来ないってか、おい」
不機嫌そうな声はそのまま男の事を突き飛ばした。
その時に見えた腰に下げているもの……それには、柄の部分に冒険者ギルドを表わす青い旗の金の鳥のマークが入っていた。
「出て行け、食事の邪魔だ」
迫力ある声に、ウィルスも囲い込んでいた男達もビクビクと震える。何だが、後ろで睨んでいるのが何人か居たけど、そんな事よりも彼女の安全確保を優先に動く事にした。




