第78話:2人のワガママ
ーウィルス視点ー
「わぁ……ここから海が見えるんですね」
思わず凄いな、と思った。まさか、浴槽から海が見えるなんてと感動しているとルーチェ様が嬉しそうにしていた。足に浸かりながら段々と体全体に馴染むように浸かる。
あぁ、良いお湯だぁ……。
ふと、ガラス窓から見える海が気になって立ち上がる。今は、夕方から夜になりかけの時間。空はまだ明るいけれど、星空が見えるから夜になるのも早いんだなぁと思う。
こうしてお風呂に入りながら思うのは、ナーク君もレントと入れば良いのになと思ってしまう。
「ボクはこのまま国の周囲を見ておくから、王子の傍には離れないで」
明日でも良いのでは? そんなに焦る事なの、と聞けばコクリと頷いた。
「城の仕掛けはいくつかあるし、他の人だと多分起動しない」
「やっぱり、ルベルト様と話していたから……誤作動?」
「主のお母さんはこの国の王族でしょ? だから主にも、仕掛けのスイッチは起動すると思うよ」
お母さんの娘である私も、どうやら城の仕掛けを起動出来るらしい。城の外に出るなら、出掛ける時に見ない? と聞けばぱあっと目を輝かせた。
しかし、一瞬の内に首を何度もふり「主の護衛だから。調査してくる」とすぐに真剣な表情になった。
(ナーク君……ちゃんと休んでるかな)
リベリーさんは自分達は野宿に慣れている、と言うけどやっぱり不安だ。そうでなくてもナーク君は私の護衛だからと、四六時中いるし昼寝をしている所なんて見た事がない。
私やレントが寝てる時、あの2人は必ず起きて周囲を警戒している。ラーグナスも加わるけど、エリンスの傍を離れ過ぎないようにしている。
必然的に2人が全部を見ている感じになる。
慣れと言われればそれまでだけど……。
「気に入っていただけましたか? 女性側には海が見えるように設計したのですよ」
「凄く綺麗です。海を1人占めしている感じです」
嬉しそうに話してくれたのはルーチェ様だ。
ギルダーツ様からリグート国、ディルランド国の双方と連絡をつけ終わった時。彼女が私と話をしたいと必死だったんだ。
「ルベルトお兄様から話を聞いてたんです。ずっと気になっててギルダーツお兄様の想い人が、まさか婚約者様で」
「まだ言うか……」
とてつもなく低い声で否定し、ルーチェ様の頬をつねる。その後、彼女も負けじと意地を張り続け私も、話がしたいと助け船を出したつもりだった。
ルーチェ様の行動は凄まじく、ギルダーツ様の制止も聞かずにそのまま浴室へと連れ出されて共に入る事になった。彼女曰く「ここに入ろうなどては思わないでしょう」との事。
だから、今、2人でのんびりと入っているんだけど……。
「首筋の痕、どうしたんです?」
「えっ……!?」
ルーチェ様の指摘に全身がカッと熱くなった。なんでもないように、言ったんだけど逃がしてくれなくて。
何故だろう。凄く……怖く思える。もしかしなくても、レントの仕業だよね。
「仲が良いんですね♪」
………結局、迫力に負けて色々と白状してしまった。
レントと出会った時や、カルラと仲が良い事。呪いの事は伏せて、リグート国でレントと再会した事。色々と……気付いたら、ね。
「王子は大事にしているのは見ていて分かります。寂しがっていたのが一目目で分かりましたから」
ん、あれ?
一目見て、分かった???
(あぁ~~~!!!)
すぐにしゃがみ込み、そして思い出した。
ギルダーツ様達と待っていた時に、レインが私を見付けてすぐに抱き着いた事……。それらを周りには当然見られていた事……。顔に集まる熱をどうにか冷水で冷まそうとするけど、全然治まらない。
逆にどんどん熱くなっていく事に驚きながらも、頭を冷やした気持ちで一杯だ。
(うぅ。レントと居るのが当然とばかりに……)
ど、どうしよう。レントは優しいから傍にいると安心感がある。ふんわりと抱きかかえられると、何だか心地いいし……そのまま寝てしまう事も何度かあったりする訳で……。
「おはよう」と言うと凄く嬉しそうに、微笑んで来るし……カッコいいんだもん、そっと視線を逸らすのは不思議じゃない。
時々、意地悪さえしなければ良いんだけど………どうにもレントは止める気がない。むしろ気付いた時にやられているから、回避したい。………無理だね。
「今、王子の事を考えていたんです?」
「ふえぇ!?」
ルーチェ様の声にビックリしたように体が震える。
し、心臓が飛び出しそうな位にドクン、ドクンって脈を打つのが早く聞こえる。
う、嘘、顔に出てた??
「あ、いや………そのぉ」
何故だか悟られたくない気持ちが出てくる。……あまりにもレントの傍に居る事が多いからつい……そう、つい考えてしまう。凄く恥ずかしくなってうな垂れているとルーチェ様はクスクスと笑っている。
「ギルダーツお兄様、ルベルトお兄様から聞いています。……バルム国での事も」
「ルーチェ、様……」
少し悲しそうな表情をしたルーチェ様。ちょっとしたすぐに後ろに回り「背中、洗いますね♪」と言われてそのままされるがままに……。行動が早すぎてしまう事に驚きながらもかなりの時間をお風呂で過ごした。
自分でもかなりの長風呂だったと自覚している。その後、脱衣所から出てすぐの部屋でゆっくりとしながら話し込んだ。水を飲みながらだったけど、思いのほかかなりの時間が経ってたんだと思う。
レントに会ってからお兄さんのバーナン様に会った事。ディルランド国のエリンス殿下の事も話し、彼の婚約者であるイーグレット様の事も話した。
あまり多く話した事はなかったけど、今度時間を合わせて会いに行きたいなと、改めて思った。そしたら、ルーチェ様もお会いしたいと目を輝かせていた。……エリンスに聞くだけ聞いてみると言えば、凄く嬉しそうにしていた。
「今日はワガママを聞いていただきありがとうございました」
「い、いえ……」
お風呂上がりだからとルーチェ様は、私にも夜着を用意してくれた。白くてフリル沢山の、フワフワしたデザインのワンピー。膝下丈の長さまであるが、どうも恥ずかしいさがある。
下にいくほど、淡いピンク色のあるグラデーションだからかな。まぁ、可愛いのは事実だけど。
「王子との仲を深めようと、選びました♪」
さらなる爆弾がふる。
いやいや、これ以上深めたらそれこそ離さない気が……と、遠い目をする私にルーチェ様は「次はもっと可愛いのを着ましょう」と何故たがやる気に満ちた目で訴える。
思わず頷いたのがいけない。
ナーク君みたいに、必死で頼まれると「ダメ」とはとても言えない。
「あ、あの……もう1つ、ワガママをしても良いでしょうか?」
「えっ」
「……お、お姉様、と呼んでも……良いですか?」
恥じらうように、でもチラチラと私の事を窺いながら聞いてくるルーチェ様。その仕草が可愛くて思わず抱き締めた。
「ふわわっ。……あ、あの」
驚きながらもちょっとだけ嬉しい感じ。ぎゅっと抱き締めたら、彼女はぎこちなくも抱き締め返してくれた。私は断る理由がないから良いよと、言えばがばっと顔を上げてくる。
ウルウルとした瞳。嬉しいからだと言うのはすぐに分かった。
「っ……。ウィルス、お姉様……」
「うん。なーに?」
「お姉様、お姉様!!!」
呼べたのが嬉しいからか、ルーチェ様はずっと私の事を呼び続ける。力いっぱいに抱き締めて「お姉様」と嬉しそうにしている。
弟のバーレク様が迎えに来るまでそれは続き、今度はバーレク様に「ずるい!!!」と言って自分もそう呼びたいと言われてしまった。
「弟達が悪かったな」
「い、いえ……」
ギルダーツ様が2人まとめて迎えに来て、速攻で引き剥がす。ギルダーツ様に張り付き「まだ話がしたい!!!」と訴えるが気にした様子もなく話を進めていく。
「明日、アーサーに迎えを頼んだ。その後は第3魔法師団に居る事になるだろう」
「分かりました」
口ではそう言いつつ、目は未だに「お姉様と話がしたい」、「ずるい、僕も!!!」と取り合う形の2人が気になる。するとギルダーツ様が、軽く頭を叩き「明日、だ」と睨んで注意する。
「「………」」
互いに頭を抑えちょっと涙目の2人。ギルダーツ様はすぐに話を再開してきた。
アーサーが迎えに来るまではレント達とゆっくりしていいから、と。朝食も部屋に運ぶからタイミングは近衛騎士に頼べば平気だと説明される。
「ほら行くぞ」
「うわっ、ギル兄ぃ、もう!? もう少し」
「バーレク?」
「はーい」
「ウィルスお姉様、また明日会いに来ます」
「僕も、僕も!!!」
「課題が終わればな」
「「うっ……」」
余程、嫌なだろうか。
途端に青ざめる2人が気になりながらも、ギルダーツ様が回収していく様はちょっと面白かった。
「随分、遅かったね。ウィルス」
思わず1人1人に部屋を用意していると思ったが、近衛騎士からは「ギルダーツ様からの命です」と言われてしまった。案内された部屋にはレントが待っておりパチパチと瞬きをしてしまった。
「では、私達はこれで」
「あ、ありがとうございました」
お礼を言ったら驚いたように目を見張ったが、すぐに「仕事ですので」と言ってパタンと閉められた。それを見送った後、レントは少しむっとしながらもソファーへと連れて行き……当たり前のように抱き締められていた。
「あ、あの」
「ルーチェ様と随分、話したんだね。お風呂にしても長すぎだよ。のぼせてない?」
「だ、大丈夫。上がってからも、話が弾んで水を飲みながらだったし……」
「可愛いね」
「へっ?」
正面から抱き締めいて言われたセリフに、恥ずかしくて逃げる。でも許してくれなくて、夜着を褒めたり真っ赤な事も指摘されたりで逃げ場がなくなる。
「ウィルスは何でも似合うから、凄く心配だよ。色々な人を魅了してしまいそうで……」
横抱きにされてそんなセリフを言うのだ。
赤くなるな、と言う方が無理だった。そうしたらクスクスと笑われてしまい「そう言う所」と指摘を受ける。
「へ、平気だよ。……わ、私はレントのもの、だから」
「嬉しい事を言うね」
「事実……だもん」
そっか、と改めて知ったみたいな顔をされても困る。そしたらうなじにチュッとワザと音を立ててキスを落としてくる。
「ちょっ」
「前にも言ったけど、もんって言うのは禁止。これ以上、困らせないで」
み、耳元で言わなくていい!? 力が抜けて、抵抗なんて出来なくなるのに。
「考え事なんてしてる余裕あるんだ」
「ひゃっ」
耳たぶを甘噛みされたら、余計に力が入らなくなった。そのまま倒れ込むのをレントはしっかり抱きとめる。2人分よりも少し大きめのベッドに運ばれて寝かされる。
「うぅ~~~」
「そんなに恨めしい顔しないの」
めっ、とレントに言われる。………好きな人のめっ、て言うのダメだね。迫力がないって言うより、絵になると言うかカッコいいと言うか。
「ウィルス?」
「ひゃい!?」
はっと気づいてレントの事を見る。またイタズラをしようとするのか、と警戒していると何故だか、すっぽりと抱き込まれて動けなくなる。試しにジタバタと体を動かすもビクともしない。
「何を警戒しているか分からないけど、なんにもしないから」
「本当?」
「しないよ。長風呂であってもなくても、かなり疲れているだろうからさ」
背中をポンポンと叩く。眠気はないと思っていたのに、ふっと体の力が抜けていく。抵抗する意味で目をこするとレントに「ほら、疲れてるんだよ」と追い打ちをかけて行くように言われてしまう。
「……ね、むい、けど」
「こら。寝なさい」
「やーー。レントから、キス……欲しい」
「もう………ワガママだなぁ」
ワガママはどっちだ。私よりレントの方がワガママじゃないか。
ぷくっと頬を膨らまし「やーーだーー」とレントからくれるまで絶対に寝ない!! って、意気込んでいる。
そうした攻防も、ちょっとだけあって……。レントが「おやすみ、ウィルス」と優しく甘く言いながら頬や額にキスをくれる。
「んふふっ、うれしぃ………」
レントがくれる温かさが嬉しくて、幸せな気持ちが溢れて来る。離れたくない気持ちが強くなって彼に抱き着く。スリスリと彼の首元に顔を寄せる。
あぁ、やっぱりレントの匂いは落ち着くなぁ……と、思っていたら不思議な位に眠りに落ちるのが早かった。フワフワした感覚だけど、髪をすくったり頭を優しく撫でる手付きが嬉しいから別に良いか……。
そんな嬉しい感覚の中、私はスヤスヤと眠った。




