第77話:彼の観察
ーギルダーツ視点ー
俺は物凄く焦った……。ルベルトには見せた事が無いだろうなと言う位。……ウィルス姫が何故だかリボンで手足を結ばされ本人は困惑しながらも俺に挨拶をしてくる。
「こ、こんにちは。ギルダーツ様」
疑問に思ったのなら聞けばいいのに、と思った。
しかし、久しぶりとも思える再会に自然と心は晴れて行くようなそんな気分だ。………俺の想い人などと言う誤解がなければ、俺はすぐにでも再会を嬉しく思うだろう。
だが、やることは1つ。ルベルトに連絡を入れ、すぐにレント王子を連れて来るように行ったのだ。場所は………俺の執務室で良いか。
「ウィルス!!!」
疲れ果てた様子のルベルトよりも、満面な笑みで迎えたのはウィルスの婚約者でもあるレント王子だ。そのままの勢いで彼女に抱き着き「寂しかったぁ~」と言いスリスリと顔を寄せている。
「あの、レント……。ご、ごめん、ね」
「ううん、良いの。良いの♪ ウィルスが無事ならそれで」
「えへへへ、ありがとう」
その後、ドレスが変わったねーと言い「まっ、可愛いから良いか♪」と誰が見ても喜んでいるレント王子。と、対照的にルベルトがうな垂れているのに驚いていた。
「何があった」
「あ、うん。……ちょっと、ね」
気にしないで、と引き攣った笑顔を向けて来る。こんな反応は珍しいなと思っていると「王子がすみませんね」と謝って来たのはラーファル副師団長だ。
「いえ、こちらこそ弟と妹が申し訳ない事を……」
2人を睨めばギクリと体を強張らせてからすぐに謝罪をした。レント王子の方を見たが、彼はウィルスと話をしているから……恐らくは怒っていない、と思う。
事前に通達はしておいたが、まさかあの2人が俺の想い人と間違われるなどウィルスも迷惑だろうにと思う。
「主~~~~!!!」
「ナーク君!!!」
そこに半泣きのウィルスの従者のナークがサッと入ってくる。何だか目が妙に赤い気がするが……。
「………」
さっと俺から視線を外したルーチェに溜め息が出た。あれか、第3魔法師団の新薬とかを彼に試したな。こめかみに手を当て、活発過ぎる2人にどうしたものと本気で悩む。
「あの人酷いんだよーー。辛くなる煙に眠くなる副作用なんて……!!!!!」
「ルーチェ」
「し、仕方がないでしょう、お兄様の為にと思って……いまいし、たし……」
気まずげに顔を逸らすが、こちらのミスなのは明らかだ。威嚇する彼はずっとルーチェの方を見ており、話に耳を傾ける気はないと言われているような気がした。
「で、でも、ナーク君。私は無事だし、ルーチェ様もワザとじゃないんだし」
「むっ……そうだけど。主、服変わった?」
「うん。ルーチェ様とバーレク様に変えて貰ったの。………どう、似合うかな?」
「…………。」
じっと見ていた後、ぎゅっと抱きしめて「可愛いから許す!!!」と言った。速攻で同じトルド族のリベリーから叩かれる始末だ。
「お前、姫さんが可愛ければ良いだけかよ!!!」
「そうだよ、ダメなの」
「姫さん中毒め!!!」
「リベリー、聞き捨てならない。ウィルスは毒でもなんでもない」
「反応するところはそこか!!!」
言い合いを始めた彼等を見ていると「悪いんだけど、もう少し待ってくれ」とエリンス殿下に言われてしまう。まぁ、その間に色々と用意しているから別に構わないのだけれど……。
「え、私………も、なんですか?」
ルーチェとバーレクは無理矢理に追い出した。嫌だと言うが、そこは近衛騎士達に押し付け「仕事が終わるまで来るな」と言えば、反省したように離れていった。
俺の話にウィルスは驚いたように聞き返した。
元々、レント王子とエリンス殿下には父に会う都合をつけている。そこに彼女が入っても構わないだろう。
チラリとルベルトを見れば、何だか頑張ってとも取れる表情。むしろ、自分はそこまで関われるだけの体力はないのだと言う意思表示。
一体、何をしたらルベルトにあんな表情をさせられるのだろうかと、不思議でしょうがない。だけど、聞いたらいけないような感じもしたから何も見なかった事とする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この城の一番奥。
王族の居住区域とは別の部屋に通じるのは、謁見の間。この部屋には宰相を呼んでいるだろう。俺を先頭にウィルス、レント王子、エリンス殿下の3人。近衛騎士の数名と言う中での移動だ。
自然と3人は緊張したように黙って俺の後を付いてきていた。
とりあえず、従者のナークを宥めるのにかなり時間が掛かった。
ウィルスの事を大事に思うからか、ずっと彼女の傍を離れようとはせずリベリーに注意をされてもダメだった。どうにかこうにか……ウィルスに言われて大人しくなったんだ。
その時の、凄くシュンとした表情がなんだかイジメているみたいで凄く心に刺さった。ルベルトが必死でお菓子で元気づけようとしているから、あとは任せるしかない。
俺も後で何か元気になるような物でもあげないと。今でも頭にシュンとした表情の彼が離れらない。
「なんだか、ごめんなさい。ナーク君が迷惑をかけてしまって」
俺が疲れた様な表情をしていたからなのか、ウィルスから謝罪をされてしまった。困ったようにしながらも「平気だ」と柔らかく笑ったら何故だか、空気が変わったようにザワリとなる。
「………ん?」
不思議に思って振り返ると、こちらと同じように不思議そうな顔をするレント王子とエリンス殿下。ウィルスもキョトンとされているから彼等の雰囲気からではないと分かる。
では、近衛騎士かと思ってると……一斉に顔を逸らした。それはもう見事に、綺麗に逸らす。俺は何かおかしなことでも言ったか?
「息子達から話は聞いている。遠い所からご苦労様だったな」
自分の父だと言うのに、随分と緊張してしまうのは現国王だからと言うのを見せつけられているからだろうと思う。レント王子、エリンス殿下はそれぞれ名を告げウィルスもそれに習って名前を告げる。
ふと、彼女が言い終えた時に父の表情が少しだけ変わったように思える。
懐かしいような……まるで誰かと再会したような程の嬉しいような、そんな表情をしていた。
威厳を持つ父がそんな表情をしたのは、家族の前以外ではこれが初めてであり俺も含めて宰相は目を見張った。
「………すまない。少々、感傷に浸っていた」
「いえ……」
そこから父は突然本題に入った。彼女が魔獣を倒せる魔法を有する者なのかと。
「……そう、聞いています」
大ババ様からそうだと聞き、魔獣がリグート国に現れている事も確認されている。その時、ウィルスの身体が少しだけ強張ったのを見た。
「そう警戒しなくて良い。……それにこちらには時間が無いんだ」
「時間が……ない?」
レント王子が鋭く告げた。俺は思わず拳を握り、ウィルスにお願いをした。
「……この国の、結界の魔力は代々……貴方と同じ力を持った者で形成されているんだ」
「結界……ですか」
「ギルダーツ!!!」
父が注意するも、それを俺は無視をする。
現状を話してからでも、決めて貰おうと思ったんだ。
この国を守る結界の力は、代々の光の魔法を扱う者達の魔力、補うなら魔女の魔力で保たれている。しかし、紅蓮の魔女であるミリアが姿を消したのを皮切りに他で活動していた魔女達が襲われ始めた。
幸い死人はいなかったが、彼等は深い傷を負いそれらの治療にもかなりの時間を有した。そして、それに重なる様に国の結界の力も弱まっていった。
「元々、結界の力に綻びがあったんだ。………貴方の母親のレーベ様。彼女が光の魔法を扱う人間だ。ならその娘のウィルスにも、その力が流れたんだと予想出来る」
「お母様が……その魔法を………」
初めて知ったと言う顔をしていた。
俺もルベルトも、ウィルスが魔法を扱えると言う事実を知らない事に疑問を持っていた。そしてルベルトによれば、保護したアッシュ――本来はカーラスと言う人物が彼女の世話をしていたと言う事。
魔法師団長と言う地位に居る人間なら、姫が魔法を使えるかなどはすぐに見抜ける筈だ。見抜いていてワザと話さなかったと言うのなら……理由があるとみていい。
「では、その結界の修復を彼女にお願いしたい……と、言う事ですね」
「あぁ。そう受け取ってくれて構わない」
「………レント、顔が怖い怖い」
ふんっ、と少し不機嫌なレント王子だが俺は未だに睨みを効かせてくる自分の父の方が怖い。突き刺さるような視線は、宰相のも含めて恐ろしい物がある。
エリンス殿下は宥める側なのか王子のご機嫌取りを始めた。ウィルスは自分の母親が光の魔法を扱う事が出来る事に衝撃を受けており、少しだけ呆然としていた。
「……大丈夫か」
「え、あ、はい………。ただ、私、お母様の事もあまり知らなかったのかなと……そう、思って」
呼びかけに応じたものの、少し不安げになっているウィルスにやはり無理だと思ってしまう。まだきちんと力の制御も出来てないような状態で、いきなり結界の力を修復しろだなんて……。
「あの、大ババ様から聞いたのですが……この周辺に魔獣が現れると聞いています。その、被害……とかは大丈夫なのですか?」
「死者はいない。だが、師団の何人かは重傷を負っている為に、結界の維持も難しいのだ。だから友好関係を結んだリグート国に要請をした」
「……ラーファルさん達をここに滞在しているのも、その結界の修復が終わればリグート国に戻れるんですね」
「あぁ。そうなるな」
「でも、私……魔法を使えたとしても、まだ制御の方法も分からずじまいで……平気なのでしょうか」
不安を口にするウィルスに、父は少し考える為に思案する。
それなら第3魔法師団の出入りを許可しようと提案したのだ。第1は攻撃主体、第2は守りが主体の魔法師団の人達で集められている。
アーサーの居る所なら日夜研究している上に、討伐した魔物の残骸から新たな薬なども作る。そして、同時に魔法に関する研究をしている場所でもある事からかなり広い研究施設を国が作った。
万一、暴走したとしても被害は最小限に出来ると言った父の提案。ウィルスは迷いながらもその提案を飲んだ。その間、レント王子はどうするかと言えば……ラーファル達と同じように魔物の討伐、魔獣の討伐に参加すると言ったのだ。
「しかし」
「ウィルスは魔獣を扱う者と接触しているし、命を狙われる可能性がある。護衛は多い方が良いでしょう?」
それに――とウィルスの事を抱き寄せ「彼女は私の物ですから」と、譲る気は無い様子で言い切った。後ろでエリンス殿下が大きなため息を吐いていたが、俺も同様に静かに吐いた。
「も、もうっ!!! レント、そんな事言わなくて良いの!!!」
「ダメだよ。絶対にウィルスから離れるなんて、そんな胸が張り裂けそうな事はしたくない」
ナークが居たらどうなるんだろうね、と冷めた言い方をしたら途端にウィルスが血の気が引いたように焦り出した。そんな事をしたらレント以上に手が負えないと……なんだか容易に想像が出来てしまう。
「俺からもお願いしたい。ウィルスは我々で見るより王子と居る方が良いんだ」
一瞬、猫からウィルスになった時の事を思い出す。
あの現象とも言えるものには何か理由があるのだろうと思い、出来れば話して欲しいとさえ思っている。あの時はゼスト王太子との対応に追われていたから、ゆっくり話す事も出来なかったが。
「何か理由があるのか」
「話しは終わりですね。少し彼女達に用があります」
「お、おい、ギルダーツ!!!」
無理に話を切り、俺はレント王子にアイコンタクトを送る。すぐにそのまま出て行き、ずっと後ろの方で俺を呼ぶ声が聞こえるが……この際、無視をした。
「しばらくはこちらに留まる事になる。今の内に、リグート国とディルランド国に連絡を取っておいた方が良いんじゃないか?」
「「「…………」」」
その時、3人の微妙な表情に俺は何とも声をかけずらくなった。なんだか、遠い目をしているんだが……待て、何があった。
エリンス殿下は何故か「あぁ、ヤバい絶対に怒鳴って来るわ」と諦めた表情。
黙ってレント王子の方を見れば、彼も「……流石に怒られるなぁ」と言い俺はウィルスから事情を聞いたのだった。




