第8話:世話するのは大変なんです
ー第1王子、側近その2視点ー
どうも、リベリーです。
オレはリグート国の第1王子の側近の1人。あ、一応言っておくけどマジで1人だよ。あの人がクレールの事を解雇しちゃうんだもん……負担デカすぎね?
「あぁ~~~。1人で世話すんの辛いわぁ」
「誰の世話すんのさ」
「アンタっスよ。第1王子」
そんな事言ったら不敬罪になるって?
いやー、この人それで不敬にするような器の狭い人じゃないよ。ってかオレの事、側近して傍に置くのもどうかと思うよ?
だって、オレは……元暗殺者だ。
しかも、ターゲットの第1王子たるバーナン・セレロール・リグート、2年前に襲うとして返り討ちにあったんだからこの人も色々と怖いぜ。
側近と言う立場を得て早2年……この人もオレも22歳になって色々と面白おかしく過ごさせて貰ってるよ。
弟君の事も陰ながら見ていて知っているし、彼の側近をしているジークとバラカンスも知っている。弟君も凄いんだけど、このお兄さんも強いんだよなぁ。だってオレを下してこう言い放ったんだぜ?
「働く気はない? ちょうど身の回りの世話をする人、欲しかったんだよね」
そんな理由でオレを自分の隣に置くか? 頭おかしくね?
暗殺者だけどこの時ばかりは自分の耳を疑ったし、死ぬんだなと思った矢先にこれだよ。拍子抜けして笑ったオレもオレ……だよな。
「はぁ、クレールは優秀だったから惜しいの逃したなぁ」
そう言っているけど、クレールが弟君の元へと行くのを黙って見送ったよな? その時点で引き留める気もないって事なんだけど、気付いてるんだよな。
「……何か嬉しそうだな」
「そうか?」
普段は仮面みたいに表情を崩さないが、オレと居る時やクレールと居る時はさっきの弟君みたいに笑顔で受け答えする。まぁ、王族だからそう言った隙も見せない為のこの人なりの術なんだろうけどな。
「……バルム国の、生き残り……か」
途端に真剣な表情をしてそう呟いた。
オレも生き残りであるあのお姫様を見て驚いたなぁ。あ、あの子が猫から人になるのもバッチリ見たぜ。だって眠らしたのはこの人だけど、手足縛って置いたのはオレだ。
……ん、ちょっと待てよ。
「………オレ、弟君に殺されるかな」
「何でそう思ったの」
おい、ニヤついている時点で全部分かってるんだよな?
いや、弟君のあのお姫様の態度凄くない? あんな甘い顔して、お姫様の事を甘やかしてるし。笑顔で人の事を、落とせるってこういう事なのかと思ったよ。
じゃなくて!!!
あの溺愛ぶりから見て、オレがお姫様の事を拘束したとか言ってみろ……分かるだろ? 絶対に殺す気だよ、目が本気だもんな!!!
「頑張れ~」
あーーーーー、アンタ見捨てるの!?
普通に見捨てるのか。自分の身が可愛いってか、おい。
いやいやいや、弟君の前に姿を現さなきゃ平気だ。逃げんのは得意だし、気配を絶つのは得意だ。
うしっ、何が何でも姿見せないぞ。……見せたら最後だって思う。うん、そう思えば姿晒そうなんて馬鹿な考えは――。
「あ、レントの奴にリベリーの事紹介するから。あと、クレールからも話は聞くんじゃない?」
待って、待って、待ってよ!!! オレ、死んじゃうの!? 傍に居るのは楽しいのに、もうそんな日々は来ないって?
冗談じゃない……アンタ、無理矢理に傍に置いたんだから責任とってオレの事も見ろよ。
「その間、私はウィルス姫と楽しく語らっているよ」
ははっ、オレを処刑する!? くそっ、自分だけ楽しそうにしてるのがなんだかムカつくな!!!
オレだって、滅多に無い機会なんだしあの姫様と話したいってのに……その前に弟君と対面かぁ~。あ、ヤバい……普段は全然起きないのに、こんな時に胃痛とか勘弁してよ。
「クレールも楽しそうにしていて良かったな」
「……そう、だな……」
楽しそうに言うな。オレはアンタの所為で顔面蒼白だし、弟君の前に姿を現さないって決めたのに普通に逃げ場なくすとか酷くね?
え、なに、そんなに俺が慌てふためくのが楽しいの? 面白いの?
「ごめん、楽しいよ♪」
「……最悪!!!」
心の声を普通に読むなよ。んでもって、楽しむなよ……。くそっ、アンタムカつくなもう!!!
軽く睨んですぐに姿を消した。明日、自分が生きている可能性があるのかが分からないから……最後の晩餐って言う訳じゃないけど、一応……一応の為に、食事を豪華にしようと思う。
誰でもいい、あの弟君の事止めてくれ!!!!!
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ークレール視点ー
「——と、言う訳です。私は明日からレント様の側近として異動をしました。バーナン様の許可も取れましたし、正式に辞令と言う事になりますが」
その日、エドリック家の夕食後の事。
クレールは父に話があると言い、第1王子の側近から第2王子の側近へと変わる事を報告した。その際に、ウィルス姫の事は伏せたが恐らく父の事だ……その辺の事情は知らずとも、察すると思って何も言わない。
「……自分から言ったのか?」
「はい。正直、彼の傍は疲れるので……レント様の傍なら良いかなと思いまして」
「……」
そう睨まれても困る。王族との繋がりを持てるのだから、第1でも第2でも変わらないと思うけれど。レント様が優秀なのは父の耳にも届いている筈だ。
「……彼はまだ王妃を定めていないそうだな」
「それが、何か……?」
「あれだけの才能ある者を周りは放っておくはずもないしな。拒否をし続けているが、未だにこぞって婚約者として名乗りを上げている公爵家の者も多いと聞くぞ」
そうは言ってもレント様はウィルス姫1本ですけどね。あれを見て他に目移りをするとはとてもじゃないが思えない。私は2人を応援するから幸せになるのなら何だってやるけれどね。
「子爵として王子の婚約者の候補に名乗り出ろ」
「嫌です」
無意味だ、彼の心は既にウィルス姫のみ。私はそれを間近で見ているのだから負けたとかそんな事はどうでもいい。お似合いなのだから2人の好きにしたら良いのだ。
でも、父はそれでも候補として告げておくと言われてしまい、それをふざけるなと心の中で言いつつも「勝手にしてください」と言って父の部屋を出た。
まぁ、側近として傍に居ながら婚約者として候補に挙がるのだから訳が分からないけれどね。相手は王族、自分は子爵……釣り合わないと思うけれどね。
「ふぅ……」
自分の部屋に入り一息つく。夜中に呼び出されても良い様に、自分の枕元には短剣を忍ばしている。バーナン様は暗殺に関して知識を持ち、また毒に対してもそれなりの耐性はあると聞いていた。
城を離れている間は殆どが外交のもの。他国へ赴くのにその国の馬車や専用の魔道師団があるが、彼は自分の目で見て肌で感じた事を含めて楽しむ節がある。
旅が好きだと、ふとした瞬間に言われた事があった。
私もそのまま付き合う形になり、暗殺に対しての対策も含めてそれなりに対応出来る。まぁ、側近のリベリーがその暗殺に詳しい……元暗殺者だけれどね。
「ふふっ……」
思わず笑みを零すに留まらず、声に出して笑っていた。
第2王子のレント様。彼が夢中になり全てを投げ出しても守りたいと、そう思える女性に会ったと聞いた――ウィルス姫の事を思い出す。
(可愛らしい人……。レント様の行動1つ1つに対して、顔を赤らめていて……嬉しそうにしているから見ていても飽きないし)
自分に妹がいればきっと甘やかすのだろうな、と思いこれからの事を思う。レント王子から話を聞いた事を1つ1つ確認していく。
ウィルス姫の呪いの件。
彼女の抱える問題を何としても解きたい気持ちが強まった。しかし相手は規模も詳細も分からない魔女。同時にレント様も言っていたが、情報を集める為にこちらで揃えられるものを整理しようと明日執務室に来て欲しいとのお願いをされた。
お願いをされなくても、明日には側近である2人にも顔合わせ的な事をするのだから別に構わない。ふと、思った。私は……ウィルス姫を妹のようにして見ているのではないか、と。
「……可愛いのが、いけない……」
うん、何も間違っていない。レント様も言っていたではないか、可愛いのがいけないのだと。そうと決まれば、彼女に合いそうな小物をプレゼントするのも良いのかも知れない。
猫であるカルラとウィルス姫に似合う物はないかな、と自分が持っている物も含めて探してみようと思う。何だか、宝探しをしているみたいで楽しいなと思う。
明日が楽しみでしょうがいなぁ、もう。
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ーウィルス視点ー
レントの部屋から見る夜空が綺麗だなと、ぼーっと見る。部屋の主であるレントはまだ仕事があるからと言って、執務室に戻っていった。夕食を食べた後、乱れていた髪をレントが本当に……本当に手でとかしてくれた。
優しい手つきになのに本人は「痛かったら言って。もっと優しくするから」と言われてしまった。
これ以上に優しくされたら、私が保てない。……さっきだって真っ赤になるのを必死で抑えたのに。そんな私を見てレントはクスリと笑ったような気がする。
「あ、あのっ」
さっきの事を思い出して真っ赤になる顔を何とか夜空を見る事で治まろうかとしていた時だった。レントの部屋も先程まで居たバーナン様の執務室にも、大きな木があった。
寝室からそう離れていないから、カルラはよくこの木を使って下へと降り散歩をしている。と、言うよりはそれが日課になりつつある。
「……? っ、うえっ、ちょっ!!!」
初めは自分の事を呼んでいると思わなかったのだろう。思わず落ちてしまうのではないかと心配だったが、身のこなしが良いのから落ちずにほっとしている様子だ。
それなりに太い木の枝には1人の男性が立っていた。闇に紛れてしまう程の黒い髪、その暗さの中でも見える青い瞳が印象的な人だ。
間違いない。この人はバーナン様の執務室で、気配なく現れた男性だ。私の事をじっと見ていたが居心地は悪くなかった。すぐにレントが自分の方へと抱き寄せたから挨拶も交わせていない。
「……ひ、姫さん……」
「こんばんわ。今まで仕事をしてたんですか?」
「あ、いや……あー、まぁ……そんな感じ」
何で顔を合わせてくれないのだろう? そして答えがぎこちないし、視線を彷徨わせている。私に会うのがマズいのだろうか?
「……弟君、いる?」
「レント、ですか? いえ、まだ仕事があるからと言ってここには居ませんよ」
「そう………助かった」
最後の言葉がよく聞こえなかった。何だろう?
そう思っていたらその人は音もなく窓際に足をかけ「入って良い?」と聞いて来た。
「へ、平気……です」
レントに許可を取ろうにも今は居ないから良いかな。
まさか入れるとは思わなかったのか、その人は驚いた顔をして「……次は許可を取りなよ?」と言われてしまった。
え、何かおかしい事……言った?
「よろしく。オレはリベリー……第1王子の側近をしているよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
手を握ってそう答えたら物凄く顔をふいっと逸らされた。しかも、口に手を当てて「キツイ……」と漏らしたのだ。あれ、そんなに力は強くないんだけど……。
「ウィルス。ただいま」
「あ、レント。あのね……あれ」
仕事を終えて急いで帰って来たのかレントが寝室に入ってくる。リベリーさんの事を言おうとして、姿が無い事に思わずポカンとした。
「どうしたの?」
「ううん。……何でもない」
不思議そうに言うレントに私自身も何となく言うのを戸惑った。何だか、言ったらいけないような……そんな感じだ。
だから私は気付かなかった。彼はまだこの近くに居た事を……。
「あぶねー。油断も隙も無いな……弟君は」