第63話:恥ずかしく、なった
ギルドマスターのローレックの屋敷で、数日過ごす事を決めたレント達。リベリーはそのギルドマスターの見張りをしつつ、レント、ナーク、ウィルスは3人で街に出掛けていた。
鍵はあらかじめ、リベリーとレントの2人に持たせていた。行動範囲が広いリベリーが持ちつつ、今後の方針としてそうした方が良いとなった。
夕食はリベリーが作り、お風呂の沸かし方を覚えたウィルスは「お風呂出来たよー」と楽しそうに伝えてきた。しかし、先に入って良いと言う男達に彼女は固まる。
「色々準備が大変なのは女の子だし。自分で髪を洗って乾かす練習にもなるよ」
「あ、そっか……そう、だね。じゃあ、お先に入ります」
婚約者のレントの言葉に、説得されてそのまま脱衣所まで歩いていく。その扉の前で男3人は待機し話を進めてきた。
「買い物、楽しかったよ♪」
「見れば分かるわ……」
嫌味を言うナークに、リベリーはげんなりした様子で答える。レントの視線は「で?」と話の続きを促す。それに居心地の悪さを覚えてつつ、リベリーは話を始めた。
「ローレックを始めとしたこの周囲のギルドマスターが、暗殺ギルドを警戒してんだ」
「暗殺ギルド………ハーベルト国?」
同じ砂漠の地を持つ東の国、ハーベルト国。
ナーク、リベリーのドルト族と言う少数民族にして、特異な魔法を秘めた力を欲しさに秘匿してきた。暗殺関連にも秀でているからか情報が入りにくい国として「前々から気味が悪い」とイーザク宰相が言っていたのを思い出す。
「可能はあるな。暗殺関連=ハーベルト国と捉えていいだろう。オレとナークが生き残っているから、命を狙うって可能性もあるが……」
「理由は?」
「オレ達は契約するに相応しい者を主として仕える。互いに魔力があるなしに関わらずに。……基本的に、ドルト族が交わすのはハーベルト国だ。でも、オレは里を出て行った」
「え、任務じゃなくて?」
ナークは彼と別れたのは任務だからだと思っていた。任務以外で、ハーベルト国から外には行かれない事を知っているからだ。そのまま戻らない場合、失敗を意味し死んだ者とされる。
「あのまま里に居ても、来る日も来る日も暗殺任務。疲れ切っていたんだ……変化がない事に。ローレックみたいに邪魔してくる奴もあまりいなし、居ないように仕事をこなすんだろうが………恐らく、変化のないままなら死ぬ気だったのかも知れない」
このまま変化がないのなら、生きていても死んでいても同じ。だから、リベリーは決意したのだ。国から出て行き、叶うはずのない自由を求めて……。
そして彼は出会った。
最後の任務として受けたのは、リグート国の第1王子の暗殺。
邪魔をする事もせず、堂々と迎え撃ち――そして負けた。その負けがあったからこそ……この人ならと契約をした。
「あとは知っての通り。バーナンに出会って密かに弟君の事も見てた。……そしてナークにも会って姫さんにも会った。………里を、故郷を出て行ってオレは良かった」
お前もだろ、とナークに問いかければ彼は無言で頷く。
「お父さんもお母さんも居なくて最初は辛かった。でも、生きる為に必死だったから悲しい気持ちもあったんだと、思う。………リベリーの言う通り。ボクは、里を滅ぼされたお陰で出られたんだ。そこで、王子に会ってリベリーと再会出来て……そして――」
自分で決めた主にしたい人。守りたいと、自分の命を懸けてでも守り抜きたいと思う人が出来た事。それは彼にとって嬉しい事であり、毎日が楽しい日々を迎えている。
「こうして誰かと居るのが……そんな当たり前をくれた、主に感謝だよ」
レントはその時に扉越しで「くしゅん……」と小さく出たくしゃみに、密かにクスリと笑う。どうやらお風呂から出たウィルスも、話しを聞いてたのだとすぐに分かった。
「さて。……細かい事は明日以降にして、今日はもう寝ようか。次は誰から入る?」
「ボク!!!」
その声を合図に、ウィルスが扉を少しだけ開け「……ごめんなさい。もう、上がったから次は誰……かな」と控えめに聞いている。レントは風邪を引くとマズいからと言い先に用意した部屋に入る。
屋敷は2階建ての青い屋根に白で塗られた外観。
1階には玄関、客間が3つ。裏口に続くようにして台所があり、風呂場が少し離れた所にある。トイレは1階と2階に設置されその2階全てが寝室なので、レントはウィルスをその内の1つへと入る。
「あ、の……レント」
「ん?」
ウィルスはずっと視線を彷徨わせ、ダメだと思いつつも彼の名前を呼ぶ。寝室に案内するのは良いのだが、何故普通に横抱きでいるのかが分からない。その疑問を聞きたい。
しかし、そう思っている内に寝室に着きシングルベットの端に座らせる。戸惑い気味の彼女に、レントは気にした様子もなくその隣に座る。
「あ、ありがとう………」
質問しようとした時には既に目的地についており、どうしようかと思いつつもお礼を言う。それだけなのに、レントは柔らかい笑顔を向けて来る。
(ふ、普通に……お礼を言っただけなのに………)
何だかそれすらも恥ずかしくなって、その表情を見られなくて俯く。そして気付く。街で買った花柄のパジャマと呼ばれる柔らかい素材の上下のセット。フリーサイズだから、男女でも違和感がない。
身長が高すぎて裾が合わない、と言う限りでないなら基本的に誰でも扱える。そのままスポッと着るだけで良いし通気性も良い。
(あ、マズい……下着……えっと、えっと………)
パンツは履いている。しかし上は……と考えてすぐにはっとなる。それからちょっとだけレントから離れる様に動く。なんとか離れつつ、代わりになるのは……とミニバックから探そうと手探りをする。
「ウィルス」
「ちょっ、ちょっと待って」
「………ねぇ」
「ご、ごめっ……。えっと、えっと……」
「…………」
呼びかけて来る声が聞こえている。それは、ずっと聞こえているから無視をしたくはない。しかし、今の彼女は焦っていた。いつも着ている夜着には、軽くだけどワンクッション胸を覆うだけのデザインはある。
だから、戸惑ったのだ。
パンツと言う布地はあるのに、胸を覆うような布地を用意していなかった。その状態で、レントの隣に居るのが今更ながら恥ずかしくなったのだ。
(ど、どうしよう……何でこんなにっ、恥ずかしくなったんだろう……)
「ウィルス?」
「う、うん。聞いてる……聞いてるよ、レント」
「…………」
思考は既に大パニック状態だ。
これは別なものを探す必要があるのでは……と考え始める。下着一式も何とか買いつつ、レントが「このデザインが良いんじゃない?」とサラリと言い悲鳴を上げながらもどうにか出て行って貰った出来事。
中に居た同姓である人達からはヒソヒソと何か話し込んでおり、恥ずかしさのあまりそのままの勢いで買っただけに夜にブラジャーをつけて寝るのかを知らない。
王城で用意して貰う夜着には、ブラジャーと一体化しており圧迫感もない。だから、ここで買ったパジャマにも同じようにそうなっている、と思っていた。
しかし、違ったのだ。着て初めて実感し、覆う物が何もないのだと。つまり裸のまま上に着ているだけの手軽さ。最初は良かった……。しかし、誰かと居る時にはマズいのではと気付いてしまった。
「ウィルス」
「え、あっ……!!!」
ドサリ、とふんわりとした感触が背中に伝わる。
でも目の前で自分を押し倒したレントの表情が……何処か怖くもあり、今まで空返事をしていたと気付き青ざめる。
「ご、ごめっ……」
「黙って」
謝ろうとしたその瞬間、レントからの命令口調にギクリとなる。そのまま言われたように、黙っているとそれに気を良くしたのか手で顔をなぞる様に撫でてきた。
「何で、返事を無視したの?」
「そ、それはっ……」
口ごもる。言おうとすれば間違いなく、レントはその隙をついてくる。自分の弱点を増やす訳にはいかない。そう判断したウィルスは、言いかけるのを我慢し必死で口を開かないようにする。
「答えたくないんだ……。酷いな。私はずっとウィルスの事を呼んでいたのに……せめて無視した理由は言って欲しいな」
「っ、そ、れは………」
それも言えない。
この状況が、今の恰好をしている自分が恥ずかしいのだ、と。肌に触れるのと似たようなこの服装に……どうしようもない羞恥心が襲い掛かるのだ。
「言えない?」
「………」
「そう。じゃあ……仕方ないね」
レントは何をするでもなく、そのままウィルスを起き上がらせる。内心でほっとしたウィルスは油断した。
向き合ったその瞬間、何を思ったのか彼は正面から抱きしめた。ぐっと力を込めて、かなり密着した状態である事に気付き慌て出す。
「あ、ちょっ……」
「柔らかいね。ウィルスの身体は」
「っ……」
耳に低く紡がれる声に、言葉の内容に全身がカッと熱を持つ。離れようとねじるも、それすらも構う事なく彼はさらに引き寄せた。そして、少しして「あぁ、そうか……」とウィルスが言いたくない答えを示してきた。
「もしかして、このパジャマに素肌で着ているのが恥ずかしい?」
「っ!!!」
「うん。お風呂上がりだから、いい香りがするし抱き心地が良いものね。直に触れているみたいで恥ずかしいんだ………。だから、あんなに呼んでも空返事だったのか」
「あ、あうっ……それは………」
「違う?」
「……ち、ちがっ、違わない………。だ、だから、離れて欲しいのに」
「やだよ。こういう恰好はしない方が多いんだ。今の内に堪能しておきたい」
「そんなぁ……」
抵抗の声を無視するようにレントはウィルスの身体をなぞる。
恥ずかしすぎて涙目になるのも、無視をしてレントは笑う。とてもいい笑顔で、誰が見ても惚れてしまう位に。
「誘惑して私の事を落とせるのはウィルスだけだよ」
「うぅ、いじわるっ……」
「うん♪ 何を言われても動じないから安心してね」
「…………」
安心できない、と目で訴える。
それを綺麗に無視してレントは顔を引き寄せてキスをする。ついばむように、時々深くしてからまたついばむように繰り返す。
「っ、うぅ……」
「ふふっ。こんな魅力的なウィルスが私の物だと思うと、嬉しくて興奮するね」
「バ、バカぁ~~」
「はいはい。可愛い可愛い」
「~~~~っ!!!」
そのままナークがレントと交代されるまで、キスは続けられ到着した時には息も絶え絶え。不思議そうに首を傾げるナークは、代わり際に「じゃ、ウィルスの事お願いね」と上機嫌で出て行くレントを見送る。
その反対に、主であるウィルスが倒れながらも辛そうに息をするのに「平気?」と気遣えば無理だと言う意味で首を横に振る。
「じゃあ、主が寝られる様に頭撫でるね♪ ボク、寝付けない時にこうしてもうらとすぐに寝ちゃうんだ」
「そう、なんだね………」
原因は明らかにレントだ。
でも、それを言うには凄く迷う。そのままナークはウィルスが眠れるように頭を撫で続けた。やがて瞼が落ち、心地いい寝息を確認し布団を掛ける。
「おやすみ、ボクの主」
チュッ、と額にキスを落とす。
部屋には行かず、このまま主の傍で見守る。不測の事態に備える為に、無事を朝を迎えられるように……。




