第59話:砂漠地帯
ーバーナン視点ー
ルベルト王子との話もついて一段落。ウィルスが王都に居るからと、寂しがるレントの様子を見に執務室に入った時。ガタンと言う音が聞こえ慌てて入る。
「レント!!何、が……」
「………」
椅子から落ちたのか、そのまま呆然とした様子の弟。ジークとバラカンスも最初は驚いていたが、すぐに体の調子が悪いか、休むかと聞くも……答える気がないのか、または聞こえていないのか黙ったままだ。
「……バラカンス。剣を、持って来て」
「え」
「早く……」
「わ、分かった………。」
急かすレントに、バラカンスは慌てて剣を取りに行きジークと私はその様子に戸惑った。すぐに持ってきたレントの剣。
金色の鍔、剣を収めた鞘は黒い。鞘の先端にエメラルドの宝石が一瞬だけ輝き出す。すぐに光は収まりゆっくりと剣を引き抜かれる。
剣に纏うようにして発光し、刃に吸収されて色がエメラルド色へと変わる。その間にも、レントは身仕度を済ませていた。
堅苦しい装飾品が付いたものではなく、茶色のマントと黒い上に着替えていた。ジークが出掛けるのかと聞くと、少しだけ黙っていたが私に視線を合わせた。
「ウィルスの所に行く。……あとは頼みます、兄様」
「リベリー!!!」
咄嗟に彼を呼んだのと、レントが目の前に消えたのはほぼ同時。部屋中に光が溢れ、目を開けていられなかった。
「どうなさいました、レント王子!!!」
眩しさが落ち着き、目が慣れた所で近衛騎士が入ってくる。私が大丈夫だと言い、国王にも連絡をすると言ってなんとか退散して貰った。
「一体、何が……」
「刻印の力、だね」
戸惑うバラカンス。ジークは私と同じ答えに辿り着き既に溜め息を零しながらその場にドカリと座った。
「ウィルス様しか見ていないな、ったく……」
怒る所はそこなんだね……。
心配して損したとか、帰って来たら覚えていろと色々と文句を言っている。ジークも多少だけど、魔法を扱うから刻印についての力はスティングと情報交換をしているのだろう。
逆に兄のバラカンスは魔法は出来ないから、自然と話の輪から離される。理解しようと努力しても、彼には魔力が無いと言う事実は変わらない。だから自分は剣で道を示すと言って、訓練に励んでいた頃が懐かしい。
「刻印の力………。では、ウィルス様はリグート国には居ないと言う事なのか」
「クレールとスティングが護衛で居るし、彼女の傍には常にナークが居るからね。でも……」
レントに託された言葉を思い出す。
あとは頼むと、そう言った……。自国に居る中でそんな事は言わない。探しに行けばいいのだし、秘密裏に行くのならワザワザこっちに頼まない。王族としての仕事も役割も理解しているけど、それ等を放り投げてでも優先にするのは――ウィルスだけだ。
彼女を守る為に剣の腕を上げ、魔法に磨きをかけてきた。スティングが文句を言いながらも、訓練に付き合う時もある。バラカンスを相手に、訓練と評して真剣での勝負も行ってきた。
自分の手で守れるだけの力を付ける為に、と今までやってきた。
「リベリーを咄嗟に呼んでおいて良かった……」
自分の判断に思わず褒めたくなる。
でもバラカンスとジークからは「次の指示は?」と当然のように、褒めてくれないしどうせこの先も考えているんだろう的な空気で聞くの。……そういうの止めてくれない。
あぁ、こういう時ウィルスだったら「凄いです、バーナン様!! 何でそんなに先を読めるんですか?」って顔に疑問符を浮かべながら聞いてくれるのにっ……!!!
そんな仕草も可愛いから、ついつい囲いたくなるし頭を撫でたくなるのは自然じゃないかな? なのに、レントの奴は殆ど私とウィルスを会わせないでいるし………権力の横暴だ。
「バーナン。考え事してるの?」
ちっ。ジークがさらっと前の呼び方で言って来た。
ギロっと軽く睨んでおき、ジークの言う様に考えを提示する。
「リベリーにはお金を多めに持たせてる。ないとは思うけど、万が一国外に出されるなんてこともないからね……」
「そう、なのか………」
今は幼馴染みしか居ないから、2人はかなり砕けた口調で話す。元々、レントを3人で面倒を見ていたって言う面も強いし、未だにその感じは抜けない。だけどこっちから言わせたら、それが一番楽だ。リベリーにも砕けた言い方をするから今度2人にも、酒を飲んだりして楽しく語らおうか。
「隣国のアクリア王や息子のエリンス殿下のように、印を付けた地点に瞬時に移動できる手段の魔法がある位だ。数人単位での転送もあるとみて良いよ。バラカンス、後で資料を渡すよ」
「悪いな、ジーク」
「……じゃ、2人は今から口裏合せてくれ」
「「………は?」」
固まる2人。そんな反応をしても無理だ。こっちは既に弟から後を頼むと言われたんだ。頼まれたからにはきちんとやるさ。
だから、レント。ちゃんとウィルスと戻って来いよ。
どっちかが欠けるような事になるようなら………。リベリー。お前、どうなるか覚えておけよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーリベリー視点ー
「っ………!!!」
突然、背中に感じた悪寒に思わず振り向く。が、見えるのは果てしない砂漠に照りつける日光。……暑い筈なのに、オレの背中はすっごく寒い。何だ、この矛盾………。
「あっちか……」
オレの事なんかどうでも良いと言わんばかりの態度の弟君。何かを感じ取ったように歩き出す。おいおい、砂の上なのに何でそんなに普通に進んでんだよ!!!
「ちょっ、まっ……!!! って、何処に行くんだよ」
「ウィルスの所に決まってる。私が勝手に動くのなんてウィルスの時しかないんだから」
自覚してるんだな。
それで周りが迷惑をしているって言うのも、あれだと気付いてるんだな。
……なんとなく隣国のエリンス殿下の苦労が見える。と、言うかそれも込みで弟君は全部やっているな。
そう思っていたら、弟君が向かおうとしていた方向から光の柱が見えた。あっ、と思った時には既に弟君は動いているし。早い……早すぎるぞ。別の人とかそう言う可能性は一切考えないのね。
「えっーと、お金はバーナンから多めに貰ってるし……4人だとして………俺とナークが我慢すれば1週間はギリギリかな。あ、いや、弟君もこの際我慢して貰うか……姫さんの為なら簡単だもんな」
そう思い、考えたくもない事を色々と整理する。
姫さんの無事を確かめてから、何処に居るのかってのは考えるか。
さて、と。………仕事を開始しますかねぇ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「な、なんなんだ……。何なんだ、お前は!!!!!」
男がそう言うも、対峙していた相手からは何も発せられていない。しかし、その代わりにとばかりに先程から光の矢が降り注いでいる。ある者は足を貫かれ、腕を貫かれる。
痛みに叫ぶ男達が居る中で、ただ1人無傷で居る女性がいた。
薄いピンク色の髪が背中まで伸び、着ているドレスの色は淡い水色だ。しかし砂漠で出歩くには不適切な服装であり、綺麗に着飾っているドレスも今は汚れている状態だ。
そのドレスの上には、黒いマントを添えており風で飛ばされないようにと必死で掴む。
「さっきからうるさい。……これ以上、怪我したくないなら消えろ。2度と、ボクや彼女の前に姿を現すな。見ているだけで不快だ」
紅い目が男を睨む。見た目は少年だが、その気迫とプレッシャーからただの子供でないのは明らかだった。グッと唇を噛みしめ、何故こうなったのかと振り返る。
その少年の傍に居る女性。彼女を見付けた途端、一気に状況が変わった。
一目で貴族だと分かる風貌。
ここの人間の女性は日の光が強いこの場所で、何の装備もなく居る時点でこの土地の人間でないのはすぐに分かった。一目見て、売れると思う程に美しい容姿。
だが、売るのではなく自分の手元に置けるのなら……と思った。売れば確かに高額の、もしかしたら最高額には届くかもしれない程の宝石のような人物。
何故、自分がここに居るのかを理解していない事から迷ったもしくは訳ありで捨てられたかと言う考えに至った。
訳ありだった場合、売った先で自分達も捕まる可能性が含まれる。
ディーデット国は人身売買に厳しい取り締まりをしている。王族が自ら介入し、裏取引を潰されていくの知っている位にここでは常識だ。しかし、国が取り締まろうが、必ず抜け道のように何処かに綻びがある。
それが、彼等のような――裏ギルド。
裏仕事を専門に行う者達だ。暗殺、諜報、表には出せない荷物や人間、資料など多岐に渡り、依頼人から仕事を頼まれ国から国へと運んだり楽しんだりしてきた。
だから今回、あんな上玉を見付けたと分かった時点で売るよりも自分達の手元に置き好きなように楽しむつもりだったが……とんでもない物を呼び出してきた。
裏ギルドの統領である男は、彼女に――ウィルスに触れようとした途端。光が視界を奪ったのだ。目が慣れてきたと思ったら、周りでは呻き声や痛みでのたうち回る部下達が転がっておりいつの間にか少年が立っていた。
ただ、今にも殺してきそうな気迫があり、その目には怒りがハッキリと読み取れた。女性の傍に膝まつき、砂で汚れないようになのか自分の着ていたマントを肩に掛ける。
その時の表情は凄く優しく、怒りに燃えていた人物とは思えない程の変わり様……。
しかし、それもすぐに終わりを告げた。
統領である男が逃げ出そうとしたとき、真横に光で作られた槍が突き刺さる。ワザと外しているのはいつでも殺せると言うサインなのか、脅しとしているのかは分からない。
(遊んでいる訳でもねぇ……手加減、してやがるのか……!!!)
ふざけるなと言いたかった。大人の、しかも屈強な体を有した自分達が体格がかなり違う少年に遊ばれないといけないのか……。
でも、現実は非情だった。
現に自分達は急に現れた正体不明の少年の手により、壊滅させられている。倒れ、または離脱する部下達の傷は全員が浅い。
浅いのに、数日もすれば治る傷なのに……それよりも、先に自分が殺されるのだと言う気持ちが勝り近付きたくないと言う気持ちに駆られる。心に素直なのは大人も子供も変わらず……統領の言う事よりも、自分の身の可愛さにより既に終わりを告げていた。
少年と少年の近くで見守っている女性、そしてみっともない姿を晒している男だけだった。
「ごふっ……!!!」
逃げようと背を向けたその瞬間、凄い力で蹴られた。真横からの、気配もない一撃。勢いよく吹き飛び、砂漠であったからこそ衝撃はいくらか緩和出来ただろう。
砂漠ではなく地面だった場合……恐らく男は生きていない。
「ウィルス!!!!!」
「………っ」
蹴ったのは女性のよく知る声。気付いたら勢いよくギュっと力の限りに抱きしめる。ようやく答えた時には、女性の目には既に涙が溢れており「レント……?」と確認をするように何度も呼ばれる。
「うん。……うん、うん。私だよ。レントで合ってる。合ってるから……」
「あ、うあああっ…………」
怖くて上手く声が出てこない。でも、そんな彼女をレントは大事に抱きしめ無理をしなくていいと何処までも優しい声をしていた。
「主……もう、大丈夫だよ」
「ナーク、君………」
2人の傍に歩み寄るナーク。ウィルスの頭をポンポンと撫でながら、涙で濡れている顔を手で拭う。しかし、その度に涙があふれて来る。逆効果にも近いのだが、ナークは飽きもせずに続けている。
「………おーーい、そこの2人。ワザとやるなって。姫さん、今、何しても感動しまくるんだから」
呆れたように声を掛けてきたのは、ナークと同じ黒髪の水色の瞳の軽めの雰囲気の男性。予想通りだと言わんばかりの表情をし、次にウィルスに笑顔で手を振る。
「ナークか弟君が突っ込んで来るんだと思ってたから、そこまで心配してないよ。……平気か?」
「平気に決まってるでしょ」
「知らない人物がウィルスに触れようとするなら……ぶっ飛ばす」
「お、おぅ………」
ナークとレントからの返答は分かっていたものであり、リベリーには予想済みの筈だ。しかし、真顔で殺気を込めた言い方につい顔が引きつる。ウィルスが泣き止んでからは、レントが当然のように抱き上げる。
「来るのが遅いんだから、何処に居るか位の見当はついてるんでしょ?」
「あーはいはい、分かってるって。……ディーデット国に繋がる砂漠地帯。無法地帯だから、面倒な連中が多いって感じだ」
「じゃあ、とりあえず……近くの村か町があれば良いね」
まずは南の国、ディーデット国に向かう事を考えたレント達。その国に行けば、自国のラーファルが居るから何かと都合して貰える。そう信じて彼等は向かった。
ウィルスにとっては初めての旅とも言える体験。不安はありつつも、何だか頼もしく思え不思議と不安はない。
それは最愛の人が居るからであり、守ってくれた人が居るからであり、甘えさせてくれる人が居るからである事。それが凄く運が良かったと言うのは、暫く経ってから……彼女にとって忘れらない日を向かえる形となった。




