第6話:第1王子
ー側近、バラカンス視点ー
「はぁ、1週間……。たった1週間経つのがこんなに地獄になるなんてね」
乾いた笑いをするのはジークだ。
赤茶色の髪に黒の瞳の大人しめな雰囲気の彼はレントよりも2つ年上。同意するように俺も頷き、ふと今までのレントの事を思い出す。
バルム国に視察に行ったと言う時の事。
帰って来たレントは、それはもう嬉しそうにはしゃいでいた。話を聞いていく内に好きな子が出来た事、初めて覚えた魔法でその子にも印をあげたと言う。
思わずそんな魔法があったのかと思ったが、魔法に詳しくない俺はその言葉の意味を深くは考えなかった。元々、笑顔はよくする子だと言う印象なのが抜けないが、その好きな子の話題になると途端に嬉しそうに教えてくれる。
一目惚れ、と言う事で良いんだよな。しかも、絶対に自分が物にするとまで言っているんだから相当気に入っているのが分かった。
「あんなにコロコロと変わるレントを見るのは久しぶりだな」
「ずーっと笑顔だけどね」
それで分かるのが凄い、とジークは机に顔を伏せながら言った。…いや、完全に寝る態勢だと気付いた。ここ1週間、俺もジークもまともに睡眠を取れていない。
理由は簡単だ。
レントの父親と母親……つまりは国王様と王妃様が、レントが「愛している」と言い切ったウィルス様を連れ出しそのまま接触を禁じたのだ。理由は知りたいし、俺も自分の身が可愛い。
レントのプレッシャーが凄く城内に居る兵士も含めて、かなり滅入っていたのが思い出される。剣の訓練での時も、無表情の中に殺気が秘められ、恐ろしいとさえ思わさたのは王族だからなのかと思った。
「おはよう♪ ジーク、バラカンス」
「……は?」
「おはよう、ございます……」
顔を伏せていたジークが思わずレントを見る。俺もなんとか平静を保ちつつ返事を返した。彼を見ると頭の上には白い猫が機嫌よく鳴いているのが見え、ジークをチラリと見た。
(ウィルス様、戻って来たんだな)
(自分の手元に戻れてテンションマックスか……分かりやすい)
思っている事は長年の勘と経験でなんとなくだが分かる。
機嫌の良いレントを見ていると、ふとカルラが俺の方へと歩み寄って来た。
「ニャア~」
「っと、俺に?」
「ウニャ~」
カルラはそう言いながら俺の肩へと駆け寄り、何を思ったのかスリスリと顔を寄せて来る。……何だろう、気に入って貰えてると思って良いのか?
「さっき兄様の事を遊んできたから機嫌が良いんだもんな、カルラ」
「ニャウ♪」
「へぇ……兄と遊んで――はああ!?」
ジークは今度こそガバリと起き上がりレントを見つめた。
兄であるバーナン様が帰ってきている?
おかしい、ここ1週間の報告書にはそのような事は書かれていなかった。レントのサインが必要なものもあるが、それでも内容をある程度把握するのも側近としての務めだ。
俺もジークも、レントと仲が良かったのは家族ぐるみの付き合いがあるからだ。幼い頃からの……幼なじみ、と言えば良いんだろうか。
ともかく、そう言った面から俺とジークが側近を勤める形に収まった。国王様とは他の兵士達よりも面会する機会が多い。なんせ、俺の父は宰相なのだから。
(……最近、顔色があまりよくなかったな)
理由は知っている。
国王様は意外と言うかなんというか……行動が読めない。子供のように興味がある事はとことん敷き詰め、ふとした瞬間に方向転換するのは当たり前。俺の父はそのコントロールが出来なくてと言うか、恐らくは遊ばれているのだろう。
たまに見かける国王様の楽しい表情の隣で、今にも睨みだけで気絶させられるだろう位の覇気を発する父に兵士達は気が気でない。国王様はそれ等も含めて遊んでいるのだからタチが悪い。
「覚えておけ、お前も将来こんな感じになる」
サラッと俺の未来は決定か。俺が……宰相?
無理だな、弟に任せておく事をお勧めする。俺は剣を振っている方がしっくりくる。それに今はレントの事を見ているのが楽しい。……だから宰相なんてのはやらない。
「……あの人、帰って来たんだ。何処に居たの?」
「私とウィルスが寝ている寝室に、だよ。……朝からムカついたからカルラにお願いして遊んで貰ったんだ。今頃は痛がっているだろうね……色々と」
「そうか。それはいい気味だ」
「でしょ?」
こら、ジーク。レントと悪乗りしている場合じゃない。そんな事より、今、何処に居たって?
寝室……レントの部屋の?
それってバーナン様、下手をすればウィルス様とカルラの事を見ているじゃないのか? それは良いのか、とレントに視線を送れば「2人が教えたんじゃないの?」とビリッとした雰囲気が執務室を包み込んだ。
「……なにそれ」
ジークが不機嫌になっていく。あぁ、もう、君は君でちゃんと話を聞けって。
「報告書に兄様の帰る日時、ワザと変えたでしょ? 本当なら明後日に帰って来るのに今朝には部屋に居たもの」
「いや。俺達も同じ報告だったぞ」
「……って事は」
3人で首をひねり、カルラも同じ反応をした。人の真似をして楽しいのかと思っていると「ニャウ」と、俺の考えを分かったようなに頷かれた。見抜かれやすい俺がおかしいのだろうか?
「恐らく彼のイタズラ……だね。国王様も宰相を使って遊んでいるんだし」
「えぇ、父も少しイライラが……いえ、既に超えているのかも知れない」
たまに聞く父の睨みの所為で、兵士達が恐れ震わしたと言う出来事。父は剣の扱いも長けておりストレスが臨界点に突破すると……暇つぶしのように兵士達を鍛えていると言う。
その兵士達の屍……あ、違う違う。気絶しても尚、積まれる兵士達に周りは足を止め体を震わした。次は自分なのだろうか、もしくは隣に居る同僚なのか……はたまた見張りの交代を行おうとしている兵士達なのか……。
被害は言うまい。
そのあまりにも悲惨な光景に、流石の国王様も「すまんな、これからはちと頑張るぞ」と何とも軽い調子で言った。
その約束を速攻で破るのも流石だと……思わない。俺は予想通りだなと心の中で思い、弟は既に死んだ目で「また被害者が出ますね」と近い内に同じ事が起こる事が予想ついた。
話がそれて申し訳ない。
そんな事を思っていると、レントがカルラを抱き寄せて「あんな奴にはついて行かない。良いね?」と注意していた。不思議そうに見上げるカルラは首を傾げながらも「フニャ……ナゥ……」と微妙に納得したような、していないような表情をして鳴いていた。
「……それでバーナン様はどうしてるんです」
「カルラが遊んで私がそのまま外に放り投げて来たよ」
「そう。……下に誰か居た?」
「見張りの兵が居たし、地面に投げないで木に叩きつけたから平気でしょう」
待ってくれ!!! 何気ない会話の中に不穏なものが……!!!
ジーク、頼むからレントを止めてくれ。普通に悪ノリをするな。2つ年上なのに止める所もなく進めるな。カルラ、君はこんな思考にならないでくれ……あ、いや、ウィルス様か。……彼女に何を聞かせているんだ!!!
「……バラカンス、どうした?」
「1人だけ百面相みたいな事してるね」
「ニャウ?」
憐れむな……2人が原因なのに。あぁ、カルラ。すまない、また俺の所に来てくれるのか。うん、優しい……ウィルス様が育てたのだから当たり前か。この癒される感じ、レントが気に入るのも分かる。
はぁ、もう疲れた……。仕事をする気が失せるな、まったく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウィルス、カルラ視点ー
トン、と木の枝に登り私は夕焼けに染まる王都を眺める。
猫は一度登ったら降りられない、と言う事だけどカルラは私と融合したからなのか恐怖心はなかった。正義感が強いし必ず私の事を守ってくれる、大事な、大事な親友だ。
「フニュウ……」
ふと、今までの事を考えた。
5年、この王都で得た情報など無いに等しい。城に何度も通っても兵士さん達に今日も来たのかと首根っこを掴まれ茂みへと追い返される日々。あの時は服もないから夜にひっそりとか出来ない。
でも、と首輪と同化しているが人間になった時には私の首に赤いチョーカーが付けられる。国王様から私にとくれたもの。もし、何かしらの理由で猫から人へと変わる瞬間を誰かに見られる訳にはいかないのだと説明をされた。
私自身、そのつもりで行動をしているので分かっていた。そして、国王様はそれを見越してこのチョーカーの水晶に魔力を込めた。人になった時、全裸では捕まりかねないからとピンク色のドレスをその水晶へと移したのだ。これで万一、不測の事態で人へと変わったとしても既に服を着た状態なので動けるだろうと言う配慮だ。
下着も靴も装着済みと言う至れり尽くせりな状態だ。
走っても足に負担が掛からないようにと、侍女さん達が履いているヒールのない靴だからどんな場所でも動ける。……これを作ってくれたラーファルさんには感謝しかないです。
よし、レントの部屋に戻ろうとさっと降りて行けば「見付けた」と聞こえた瞬間に抱き抱えられた。
「ニャウ!?」
「今朝はよくもいじめてくれたね……レントの奴も猫を飼っているなら教育はきちんとしてくれないと」
わーーーー、どうしよう!?
朝起きてからの記憶はないけれど、この人から発する雰囲気から怒っているのが分かる。レントと同じ銀髪、水色の瞳は国王様と同じだなとか思ったけどそれよりも早く逃げないと……!!!
もうすぐ人間になっちゃうから!!!
ジタバタと暴れるも猫である私が逃げられる筈もなく……怒っているからなのか完全に逃げられないように、抱き抱えられる。
「っ……!!!」
その時、首輪に埋め込まれている水晶が輝きだす。その眩しさで一瞬だけ目を閉じた隙にと逃げようとして――腕を掴まれた。
「きゃう……」
恐らく彼は反射的だったのだろう。
目を閉じていても、気配と逃がさないと言う気迫が彼を動かし私はすっぽりと腕の中に納まってしまった。声を出そうとして手で塞がれ、大木に両手を抑えられその人は「へぇ……」と珍しがるような声が聞こえる。
「驚いた……猫が女の子になるんだ。それも魔法なのか?」
「んーー、んむむむっ」
今も彼の手により両手と口を防がれて何も出来ない。
反論も口答えを許さないとばかりの射貫かれるような冷たい目に、思わず体が震えポロポロと知らず知らずの内に涙が伝っていた。
「さて、事情を聞こうか……お嬢さん? それとも猫ちゃんって言った方が良いかな?」
良い笑顔なのに目が笑っていない。
耳元で囁くように言われる言葉に思わずビクリとなった。そこから一気に視界が暗くなり眠らされたと気付いた時には、その人に抱き抱えられた後だった。