第58話:大ババ様との対面
ーウィルス視点ー
ネルちゃんと話すようになって、ちょっと楽しくなったなと思いつつも馬車から降りる。
スティングさんとクレールさんと、第1王都で薬屋のネルちゃんと働いている場所へと着いた。先にラークさんが事情を説明しに入っている為に、私はキョロキョロと周りを見てしまう。
「ウィルス様。あまり挙動不審ですと周りが怪しまれますよ」
スティングさんに注意されるけど、緊張で声が出ないからどうにか頷いて反応をする。クレールさんは背中をさすってくれるし、大丈夫だと言ってくれるけど……相手は私をご指名の様だし、色々と心配だ。
ミリアさん経由で、大ババ様……魔女を育てており、自身もその魔女である人との会談を設けると話してから既に1週間。……厨房の中にも入れるとの許可を貰い、レントに嬉しくて話したその夜、ナーク君から報告が来たのだ。
「その人、ボクも会った事あるから……密かについていく」
「そう、なの?」
「……ごめんなさい。ボク、主にも王子にも黙っていた事があって……」
すっとナーク君が目を逸らす。隣に座っているレントに視線で怒らないように伝えるとすぐに返事が返って来た。
ー平気だよ。ウィルスがしたいようにしてー
ー……ありがとうー
意を決してナーク君に話を聞いてみる。
すると、彼は里に居た時に怪我をした大ババ様と会っており怪我を治療した事があったのだと。薬草をすり潰して、包帯で巻くと言う方法だったけどその人は薬草に詳しい上に正しい扱い方をしたナーク君の事を気に入った様子だったようだ。
「怪我をしていた理由は分からないけど、その人の魔力……ボク、何となく覚えていて。だから、あのミリアさんって人から同じ感じの魔力を持っているのと分かったんだ」
「……だから私達よりも先に魔女だと分かったんだ。じゃあ、ネルの事も?」
「うん。多分、その大ババ様からの事と絡んでいるのも分かった。でも、ミリアさんがどうにかしてみるって言う約束だったから知らないフリをしたんだ」
ごめんなさい、とシュンとした表情で頭を下げるから私はナーク君に歩み寄った。目を瞑って少し震えているから、怒られるんだと言う身構えだと分かった。
だから、頭をポンポンと優しく撫でた。そしたら驚いたように目を見開かれて、数秒間固まってしまった。
「…………」
「ナーク、君?」
すぐにはっとなって慌て出す。ナーク君が話していれば少なくとも、ネルちゃんの事が防げた可能性があるからだと言うと、レントはそれは違うねと言い切った。
「スティングも言ってたよね? 話を一部、聞いていたって。彼ね、そこから調べて最近できた薬屋の事も分かってたんだ。だから、ラークと共に訪ねたんだって言ってたよ。カルラで行ってたでしょ?」
あ、あの時には、既にスティングさんは目をつけていたのか……。
じゃあ、カルラで散歩してて嬉しかったけど、スティングさんにはそんな狙いがあったのか。
「まぁ、何か仕掛けて来るとは予想していたから……リベリーには警戒を強くするようには言ってたんだ。だからナークが気にする事じゃないよ」
まさか、泣き声で起こされるとは思わなかったと苦笑いをするレント。私はその事は知らないけど、どうも魔法を使う人には相当きついらしい……。ナーク君に視線を合わせると、彼も同意をするようにして頷いた。
「大ババ様が主を指名したのは理由があるんだと思う。………もしかしたら、王族とか貴族とか嫌うのかも知れないし」
「……じゃ、じゃあ……私が変な事を答えたら会談が成立しないとかあるのかな」
「ボクも一緒に説得する。そんな事にはさせない」
そんな事があって、私は翌日……薬屋の方へと訪れる事になった。レントは執務があるから王城に居ないといけないし、バーナン様は1度ディーデット国と連絡をしたいからと言う理由でこれまた一緒に行けない。
側近のクレールさんと、魔法に対して知識のあるスティングさんが居てくれるのは助かる。ガチガチに緊張するけれど、どうにかして頑張らないと……。
「平気ですよ、中に入って」
先に来ていたラークさんが扉を開けてくれる。ゴクリ、と唾を飲み緊張しながら店内に入る。
カルラの時には多くの薬草に入った瓶が多かったなと思い見ていたが、今はそれ等が綺麗に無くなっている。ネルちゃんが居た会計場所と思われる場所には1人の老婆がいた。
体をすっぽりと覆う程のフードを被っていたが、すぐにそれらが取られ全容が分かった。灰色の艶のある髪を肩まで伸ばし、木の杖をついた銀色の瞳。腰を曲げてゆっくりと歩き、隣でネルちゃんが支えている。
「よ、よろしくお願いします!!! ウィルス・ディラ・バルムと、言います!!!」
緊張から私は先走って挨拶をした。はっとなり、いけないのだと悟ってスティングさんの事を見てしまった。彼は何故かニコニコとしており、慌てて大ババ様を見ると……クツクツとおかしそうに笑われてしまった。
な、何か……おかしい事をしてしまったのだろうか。
お父様にも挨拶は大事だと言われていたからと思い、名乗ったのだけれど……。
「そう来るとはお思わなかった……。ネルから話は聞いているよ。悪いが、お姫様だけにしとくれ。奥に来れるかい?」
無言で頷き、ラークさんがいつも入る奥の部屋へと招かれる。パタンと扉を閉めたと同時に、グルンと私が回転したような感覚を味わい思わずよろける。でも、すぐにナーク君が支えてくれたから倒れる事もなくほっとした。
あ、1人でって言うけど平気だったのかな?
「安心せい。彼も入っているからな。流石に護衛が居なくなるのは不味いのは分かるし、一応の警戒を抱いて貰って構わないよ」
「……お久しぶりです」
「おぉ、あの時の少年だね。あの時は随分とお世話になったよ。お陰で助かったよ」
ほれ、お茶だよと言って出してくれた物に思わずナーク君と2人で見る。
黒いコップの中には、同じく黒い液体が入っていた。匂いを確かめてるも、別に変な匂いはしない。
「…………」
「っ、主……!!!」
慌てる声が聞こえるが、せっかく出してくれたのだからと一気に飲み干した。そのまま黙って飲み続けてコップを置く。
ん、ちょっと苦いけど別に変じゃないから大丈夫。
「………へい、き?」
「うん。苦いけど、薬は大体苦いものでしょ? そこまで変な味じゃないよ」
「…………わ、わかった……」
ナーク君は凄く真剣な表情で見つめて……すぐに飲んだ。途端に、ゲホッゲホッと苦しそうにしているので、思わず背中をさする。涙目の彼が凄く可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
「うぅ、苦いって言うレベルじゃないよぉ~~~」
「ご、ごめん………ナデナデするから許して」
「うん………」
一気に機嫌が良くなったナーク君。涙目が嘘のように甘えて来るから芝居かなとつい思ってしまう。そんな流れを見ていた彼女は「ドルト族の生き残りか……」とじっと彼の事を見つめる。
「………あの時、何で怪我をしていたの?」
「ん? あぁ、魔獣に襲われていたんだ。こんな見た目でも、魔力が高いと不便でね」
「そう……」
「こっちも驚いたよ。あの時に助けてくれた少年が、まさか遠見の魔法を破るだけの力を持つとはね」
そう言って私の方に視線を向けた。品定めを受けている感じで、ちょっと居心地が悪い。思わずナーク君の手をぎゅっと握ると、彼は握り返してくれた。
それがちょっとだけ、嬉しい……。
「お姫様。……辛いとは思うが、身の安全の為にも貴方が我々の探す魔法を持っているかを確かめさせて貰うよ。悪いが目を瞑って貰うよ」
「は、はい……」
ゆっくりと近付いてくる足音。不安はあるけれど、ナーク君が隣に居るし今もしっかりと手を握っていてくれる。
私に触れた手は、とても小さくいのに力強さを感じた。魔法を扱い慣れているからかなと思っていると、自分にも流れ込んでくる不思議な感覚がした。
馴染むのが早くて、すぅと違和感なく入って来た。自分の中でぽうっと小さな光が灯ったような感じで、暖かい光をはっきりと感じ取れた。
(今まではなんとなくだったけど、今ははっきり分かる。……自分の中に魔力があるって、こんな感じなんだ)
「………もう目を開けても平気だよ」
慌てずにゆっくりと目を開ける。場所は変わっていない。目の前には、私とナーク君に出したお茶のコップがあるし、見渡せばさっきまでは見えなかった本が見えた。
本棚に収まらなかった位に、外に飛びだしておりじっと見ていると「もう見えるんだね」と感心された。
「えっ、と……?」
「魔法で見えなくしたんだよ。魔力の流れが掴めれば、見えるとは思っていたが……あっさりとやったね」
「……す、すみません……」
「何を謝る必要がある。自分の中に魔力があるのが分かっただけでも、凄い事ではある。そして、貴方は……魔獣を倒す力を秘めた、光の魔法を扱う者で間違いない」
「!!!」
ナーク君が息を呑み、自然と私の事を引き寄せた。既に武器を構えているから、止めるように手を抑える。
「……。教えて、主の事、どうするの?」
ナーク君の気迫もあってか、大ババ様は考えるように後ろに下がった。何か仕掛けて来ないかと更に身構える様子のナーク君に、彼女は告げた。
「本当ならこちらで保護したいが……。ディーデット国に現れ始めた魔獣を止めたい。……力を、貸してはくれまいか」
頭を下げる姿勢にナーク君の緊張も解けていく。心配してくれたんだと思い、頭を撫でればびっくりしたように体が跳ねる。すぐにスリスリと首筋に寄って来るから、猫みたいな仕草にクスリと笑う。
「私に出来る事なら大丈夫です。レントにも同じように説明して下さい。きっと、同じ事を言いますから」
「……すまないね、本当……」
ほっとしていると、足元に水色の小瓶が落ちていた。拾って渡そうとしたが、手が滑ってパリンと……砕ける音が部屋を包んだ。
「!!!」
「すぐに離れるんだ!!!」
えっ、と思った時には青い光に包まれて視界が暗くなる。明るくなったと思っていたら、風に押されてゴロゴロと転がっていく。
吹き荒れる砂嵐の中、じっと待ち風が落ち着いた時には辺りはシンと静まり返った。
「収まった……?」
口を開ければ砂が入り、思わずペッと吐き出す。頭やドレスに付いた砂を払い、どうにか立ち上がる。広がる光景は砂漠。見渡す限り、今見える範囲はどの方向を見ても同じ風景にしか映らない。
「……あ、れ……。砂漠、だよね。……大ババ様?……ナーク君!!」
必死で叫ぶ。
大ババ様が離れるように言ったのは、この為かと思いながらも今は2人の安否が先だと思い歩く。
「ナーク君!! 何処、何処に居るの……!!!」
さっきまで傍に居た。1番近くに、傍で見守っていてくれたの、に……。
「レント……。レント、レントっ………」
ポタポタと落ちるのは自分の涙。
いつも傍に居てくれた人がいない。それだけで、凄く凄く不安になる。思わずその場に座り込むけど、ずっと流れる涙は止まる事を知らない。
じっとしていたからそれなりの時間になったとは思う。とりあえず、涙は落ち着いてきたからもう1度辺りを見ようとした所で──カチリと何かがはめられた音が聞こえた。
「きゃっ!!!」
起き上がろうとしたら、何かの重みで足を取られ転んでしまう。気味の悪い気配を感じて振り返る。
「ボス…。上玉ですねぇー」
「売るには惜しいな。……お前等もそう思うだろう?」
ギヒヒヒ、と変な笑いをした人達。いつの間にか取り囲まれている事なって、初めてマズいと感じた。体が震える、ガクガクと震えるのに力が全く入らない。
何より、薄気味悪い笑みが周りを囲っていると言う事実が酷く、私の心に突き刺さる。
──助けて、助けてぇ……レント!!!




