第56話:魔女と料理人と見習いと
ー料理長視点ー
「………。」
リグート国の王城に出される食事を作る王城厨房。その頂点である料理長のイーグナーは自分に出された辞表を見つめて黙ったままだ。そしてそれを出してきたリーガルの事を思い出していた。
いつもの朝。見習い達はいつものように、食材の納品を行い鮮度を確認しつつ朝食作りに差し掛かろうとした時だった。
いきなり王城の近衛騎士達が入って来た。
「副料理長のリーガルは居ますか」
「………なんだ一体。こっちは今から仕事だ」
「イーグナー料理長。申し訳ないが、詳細を伝える訳にはいかない。これは国王様からの要請です」
その一言で周りが騒めきだす。
王城で働いている以上、国王の命令であればその通りに動かないといけない。
しかし、彼はついこの間ミリアと結婚したばかりの新婚だ。リグート国に来て5年と言う月日を共に過ごしてきた2人に何かあると言うのは会った時から気付いていた。
訳ありなのはすぐに気付いた。
ミリアの服はボロボロだったし、リーガル自身も傷付いている上に、足を引きずっていたんだ。厄介事に巻き込まれたかとも思ったが、リーガルが料理人である事と、人手が不足していたからと言う事で俺が無理にリグート国に誘った。
腕は良いし、少しだけ乱暴者だが料理の熱は本物だ。
実力はあっただけに、俺の右腕になれると思い自分の目は確かであるとこの時ばかりは自分の事を褒めた。
「……分かりました。すみません、イーグナー料理長」
未だに騒がしくなる厨房内で、リーガルは自身のコック服を脱ぎ俺に渡して来た辞表。驚いたように俺はリーガルを見れば、彼は最初からそのつもりだったらしい。
「まぁ、色々とあるのは最初に会った時に気付いていたようですし……こんな厄介者を今日までおいて頂きありがとうございます」
「受け取れ、と言うのか? ウィルス姫はリーガルの事を知っているんだろう」
第2王子のレント様と婚約者であるウィルス様。彼女は5年前に国が滅んだとされるバルム国の姫君だ。
リーガルと知り合いらしいのか、厨房に来ては中に入ろうとする攻防を見てから仕事に入るのは密かな日課になっていた為に、思わずリーガルに聞いた。
「あー……それは……」
ぎこちなく答える辺り、彼も気にしていた様子だ。婚約者と言う立場ではあるが、それでも不敬罪にもならずにいたのはウィルス様自身が王子に言っていないからだ。
「それとこれとは、関係ないです。………今までお世話になりました」
「リーガルさん!!!」
「や、辞めるんですか!?」
近衛騎士と出て行こうとするのを、引き留めるのは見習い達だ。それこそ足に縋り、腰に抱き着き引き留めようと必死だ。
「やだ、やだ!!! 絶対にいやだ!!!」
「リーガルさん、今度スープのコツを教えてくれるって言ってくれたのに!!!」
「やめっ、あ、おい。しがみつくな!!!」
そこから暴れる事数分後。見習いに大きなたんこぶを作って、近衛騎士と共に出て行くリーガルを見送る。周りも心配そうに見送っており、リーガル自身はもう戻る気は無いと背中で語っている。
「うぅ……リーガルさん……」
「ほら仕事だ。とっとと始めろ」
緩んだ空気を俺の一声で、ピシャリと言えば周りは少しずつ仕事モードへと頭を切り替えて取り掛かる。
未だに呆然としているのは見習い達である。どうにか朝食を出し、次に昼食の準備へと取り掛かり、無事に提供し昼休憩をしていた時。
ふと、リーガルから渡された辞表を見つめる。中身は観ずにそのままグシャリとしてすぐに破り捨てた。
「ふん。こんなもので逃げ切れると思うなよ、リーガル」
俺が自分で見付けてた以上、俺にも責任がある。だから、絶対に戻って来いと心の中で思いながらも頭は次の夕食の献立を考える。
そう言えば、ウィルス様は好き嫌いがないのか必ずと言って良い程に綺麗に食べてくれるし、リーガルにお礼を言っている場面もある。
………叶うなら、彼女の好きな物を作ろうと思った。ここの国の王族は、皆おおらかであり周りと壁を作らない人達だ。
最近、宰相のイーザク様の眉間の皺が濃くなったような気がする。お疲れなのだろうと思い、今度秘蔵のお酒でも上げようかと思うのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
夜中に私の寝室に侵入し、ウィルスを攫おうなどと言った魔女見習いのネルと名乗った女の子。リベリーとナークが捕えたまでは良かったが、泣き出した途端に響いた声で私と兄様は完全に起きてしまった。
「えっと、恐らくですが……声が反響する魔法を無意識に使ったのでは……と思います」
スティングの話では魔法を扱う人達限定に起こしたらしく、彼女が居た西の森に居た師団の殆どが襲撃があったのかと思う程に、全員が目を覚ましたと言う報告を聞いた。
現に一番近くにいたリベリーとナークが影響を受けて以来、距離を置き2人して「泣かれると嫌だ」と拒絶を示した。しかも薬で聞こえる範囲を伸ばしていたからか、寝室に寝ていた私と兄様はすぐに起きてしまった。
幸いウィルスは猫のカルラになっていたからか、この反響する魔法の範囲には引っかからなかった。
人間限定にしていたからとも言えるし、動物が魔法を扱うなど前例もないのだから、それが助かったとも言える。
「………ごちそうさまでした」
「どうも。喜んで貰えて良かったよ」
そして、今彼女は私の執務室で普通に朝食と昼食を食べている。バラカンスとジークが見張っていると言う状況にも関わらずに、よくもまぁ平気で食べれるものだと感心したよ。
そして、スティングが言うには司書見習いのミリアも呼ぶべきだと言ってきた。
「悪いね。ナーク君との会話を一部盗み聞ぎしていたんだ」
「………」
むっとした表情のナークにスティングは変わらずに報告をする。ミリアが紅蓮の魔女と呼ばれる人物である事、夫婦になったリーガルも関係しているのではと言って来た。
今も、リーガルとミリアに話を聞こうと兄様が動いているし父も同様に動いている。
「………じゃ、食べたら謁見の間に行くよ。そこで会って確かめたい事があるんだ」
「なにを、確かめるの?」
「さあ。私も行ってみないと分からないし」
キョトンとする彼女を連れて、謁見の間へと行く。その間、出会うのは騎士達で占めているのは侍女達に見られるのを避ける為だ。騎士も王族の傍で守る近衛騎士だけに編成した。
重厚感のある扉の前には宰相のイーザクが立っており、ネルと彼女の頭に乗っているカルラを見て静かにため息を吐いた。
息子のバラカンスは挨拶を軽くすまして、扉の前で待機をする形になった。
それに習うようにして、ジークとスティングも中には入らないでいた。結局、イーザクと私、ネルとカルラで謁見の間へと入った。
「………っ」
入って少し歩いた所には4人の男女が立っていた。
1人は父である国王とその隣には母が居た。ネルが目に涙を浮かべて「ミリア姉さん!!!」と言って駆け寄りそのまま押し倒す。
倒された女性はスティングから報告のあったミリアと言う司書見習い。緋色の髪と瞳を持ち国の象徴であるエメラルド色の羽を胸に付け、見習いの制服なのか黒いロングスカートと白の上着を羽織っていた。
「お、おい……。大丈夫か、ミリア」
遠慮がちに声を掛けてきたのはウィルスから聞いている副料理長であり、バルム国に居た時期があると言うリーガルと言う男性。
朝、近衛騎士の取り調べの為に別室で受けていたが……彼はその質問に対し全て「知らない」と言う言葉を通し続けた。
それは兄様を前にしても変わらずの態度をとっていた事から、国王の前での取り調べと言う方式をとった。ネルは素直にこちらの質問に対して答えた。
嘘と言ったものはなく、自分が魔女見習でありウィルスを攫おうとした理由も話した。
「な、んで……貴方が……」
ミリアは戸惑ったようにネルに声を掛ける。
その弾みでカルラが吹っ飛んだが、リーガルが上手く受け止めてくれた。内心でほっとしたが、いつの間にか来ていた兄様が小声で「女の子相手に怒るなよ」と言われた。
例え相手がウィルスと同じ同姓であっても、傷を付けたら私は仕返すけど?
そう込めて睨めば「はいはい。悪かった、悪かった」と、ポンポンと頭を叩かれた。………何か間違ったか?
「聞いたけど、侵入したって」
「だって!!! 大ババ様からお願いされたんだもん」
そこで彼女は、自分を育ててくれた大ババ様の言う通りに実行したのだと、詳細を語った。光の魔法を使う者の保護と言う事で、ウィルスに的を絞ったのは理由があるからだと言っていた。
「魔獣に対抗出来る唯一の魔法。それが……彼女かも知れないんだ」
「………っ」
「私は魔獣に家族を奪われた!! 住んでいた村も破壊されて……私しか生き残れなかった!!!」
幼い自分を育て魔法を教えてくれたのが大ババ様と言う人物であり、ミリアにも何か思う所があるのかチラリとリーガルを見た。
彼の方は無言で頷き、信頼関係が生んでいるのだと言うのが伺える。
「………国王様、王妃様。そして、王子達にもお話しないといけません。私の事、彼女の事。私達を育ててくれた大ババ様の事を……」
すぅと膝まつき、リーガルもそれに習うようにしている。
5年前のバルム国での出来事、ウィルスとカルラに呪いを施したのは自分である事。ナークと同様に仮面の人物からの襲撃に合い、自身が魔法を扱う事が出来なくっていた事実。
ネル自身、ミリアの状況を知らなかった事から驚いていた。
魔女は高い魔力を有した人物をさし、魔獣はその魔女を警戒して争いをしている。魔法を扱えなくなったミリアが今後、魔獣に命を狙われないかと言われれば微妙な所だ。
そして、光の魔法を扱える人物は長年の歴史の中で度々出て来た。
魔法を扱う時には白銀の色に髪が染められる事。魔獣に対抗できる力としているが、魔法を扱う時に髪が変わると言う事で迫害にも晒された。
魔女にも似たような事を受けてきたために、互いに手を取り助け合った。魔女を王妃として迎え、栄えた国がウィルスの居た国であるバルム国。
南の国、ディーデット国も同様に魔女を庇護していた国である事から支援も受けてきた経緯がある。
今でも連絡を密に取る間柄ではあり、その際に王子達がリグート国に婚約祝いとして来るのも知っていたと話す。
「成程……王子達は親族であるウィルスが気になっていたのも含むけど、魔獣に対抗できる魔法も使えるかもって言う思いもあった訳だ」
宰相は口には出さないままだが、兄様が納得した様子であり国王もそれに頷いていた。それならやっぱり南の国とはしっかりと話し合うべきかもしれない。
以前、そんな事を言っていたような気がする。
「ネルの事はすみません。……処分ならいかようにも」
「なっ、何でミリア姉さんが……」
「一時的とはいえ、王城に侵入したのよ? 処分が下るのは当たり前でしょ?」
「っ……で、でもぉ……」
身勝手な行動を起こした事の意味を分かり青ざめるネル。リーガルも仕事を辞めていると言われ、内心で驚いた。カルラは分かりやすく、彼の足元にすがり引き留めようと動いている。
「……不問だな」
「なっ……!!!」
国王の言葉に一番に反応をしたのは宰相だ。しかし、父はそれに気に止めずに3人に話をそのまま続けた。
「情報提供してくれたし、ウィルスも無事だし何ら問題はない。こちらも手詰まりだったこともある。1度、その大ババ様とも話をしたい。ネルよ、話をして会談を開きたいと言えば来てくれるかね?」
「もっ、もちろん!!! 今、行っても平気、ですか」
「あぁ、構わんよ」
「ちょっ、まっ……!!!」
そう言ってネルはすぐに腰に下げていた小瓶を持ち、そのまま真下に落とした。パリンと割れる音が聞こえたと思ったら、ネルの姿は一瞬にしてその場から消えた。
膝から崩れ落ちた宰相は、怒りで肩を震わしておりあとで叱られるんだろうなと現実逃避をする。
「リーガルに、ミリアよ。今まで危険な日々を過ごしてきた事、気付けなかった王である私を許してくれ。……まぁ、ウィルス姫に残した呪いを解けるまでは今まで通りこの国に居て欲しいんだが、ダメだろうか?」
「い、いえっ……そんな、そんな事は決して」
慌てるミリア。国に滞在する許可をここで言ったのだし、しかも相手は国王だ。嫌だとはとても言えないだろう。チラリとカルラの事を見ていたから、ウィルスの為に言ったんだとすぐに理解した。
「あとな、リーガル。姫は君の作る料理が凄く気に入っている。……悪いが、暫くは彼女の為にと作ってくれ」
「……もったいない、お言葉です……国王様」
処分される覚悟はあっただけに、リーガルはそのままお礼を言った。その後、ミリアとリーガルはバラカンスとジークに連れられて仕事場へと戻っていった。
スティングが代わりに入れば、雰囲気はさらに悪くなり……と、言うかイーザクが凄い形相で国王を睨んでいる。カルラが怯えて私の肩に逃げて来る位にね。
あぁ、お説教タイムが始まるんだなと兄様と覚悟して……。




