第51話:南と東
ールベルト視点ー
ギルダーツが珍しく朝からお風呂に入ると言ってきたから私は、城内を少し散歩がてらに探検していた。
この国に来て目的はそれなりに達成しているから、あとは国に帰ってお父様に報告。ウィルスを連れ戻すのか、そのままリグート国に置くのか、それを相談しないといけない……。
あぁ、昨日の夜会を思い出すだけでイライラしてくるな。
結局、ゼスト王太子の所為で予定にない連続でのダンス。しかも、自国のだから難易度がかなり高いものが多い。ウィルスに恥をかかせたいのか、国の評価を落としたいのかは分からないが行動が謎だ。
(……人の物をとる時はあるんだよね、あの国もあそこに住む王族も……)
だから嫌い、と心の中で毒づく。
やはりと言うかあの国は嫌いだ。婚約祝いの為に、本来ならハーベルト国と聞いたら兄は態度を厳しくする。しかし、兄は1度ウィルスと会っており、彼女の両親とも会い話をしたという。
『娘を気に懸けてくれ、と頼まれた。だからと言う訳ではないが弟達にも会わせておきたいしな…。』
そう言っていた。
しかし、兄は帰ってすぐに治療を受けた。背中に大きな爪痕が残る程の怪我。治療はバルム国でもしたが、ディーデット国の方が上だ。
幸い傷跡は少しずつだけどなくなってきている。
兄にしては珍しいと思った。剣の腕は13歳では相当の腕だと思う。剣に魔法を纏わせ切り裂くのも、防御も得意なはずだ。
聞いてみたら──。
『あぁ、転んだんだ』
と、明らかな嘘をついた。何かあると思われても仕方なく、父にも母にも同様の説明をして呆れさせた。真実はなんだと聞くも、兄はこうだと決めたら頑固だ。
結局、折れたのは両親であり私も諦めた。そこで密かに笑みを零していたから、意地でも聞きたくなった。
(どう考えても、ウィルスが絡んでるよね……。)
王都での兄に驚いた。
他国に来て、テンションが上がるのは前からだ。しかし、あんなに笑顔を見せたのは……子供の時以来だ。
「ニャー」
「ん?」
考え事をしながら歩いていたら適当な庭園に出ていた。空気を吸おうと思っていたら実行していた。考え事しながらは危険だなと思っていたら足元から子猫の声が聞こえてくる。
「迷子かな?」
しゃがみ込む手招きすれば、トボトボと歩いていきピタッと私の手にしがみつく。その後、何度か匂いを嗅がれ目をキラキラとさせている。
「飼い主の匂いに似てるのかな」
「ミャア♪」
「ふふっ、随分と飼い主さんに愛されてるね」
その時、ピクリと耳が動く。じっと一点を見ていたと思っていたら、走り去って行った。親猫が居るのだと思っていたら、すぐに戻って来て必死に鳴いているのだ。
「ど、どうしたの」
「ミャ、ミャア。ミャミャミャ」
急に忙しなく鳴き始めた。何かを知らせているのは分かった。そしたらズボンを噛み、グクッと私ごと引っ張ろうとする。とにかく奥に行けば良いのかと思い子猫を上着のポケットにしまい走る。
道筋は1本で迷う事なく開けた場所に出て、薔薇の香りがしてきた。
それよりも、ゼストとウィルスが居た事に驚き、その行動も許せる事ではなかった。彼はウィルスを抱き寄せて首筋にキスを落とそうとする直前に声を掛けた。
「!?」
「………。」
ウィルスは驚いてこちらを見る。ゼストの方は、ゆっくりと顔を上げていたが舌打ちはしたなと思い、冷えていく自分の心が分かる。
そう言う風に人の物を取るのはよくないと教わらなかったのかな。そんな思いを込めて睨み付けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウィルス視点ー
間一髪、本当に危なかった。
ルベルト様が止めに入らなければ、ゼスト様は本当に実行する気でいた。
レントに知られたらと思うと……ぞっとした。背筋が凍る所の話ではない。血の気がひくと言うか色々と怖い。
「良い所で邪魔するな。ギルダーツといい、ルベルトといい」
「それは結構。大いに迷惑がって良いよ」
無表情のルベルト様、怖すぎです。
そう思っていたら無理矢理引き剥がされた。え、と思っているとギルダーツ様がゼスト様を睨み付けていた。
「ルベルト、姫を」
「うん」
当然のようにルベルト様の方へと引き寄せられた。なんか、お腹の方にモゾモゾと動いているのは……と思いルベルト様の上着のポケットを見ようと動く。
「昨日も言った筈だ。余計な事に手を出すな、と」
ビクリとなるも、ルベルト様に微笑まれ大丈夫だと言われている感じがした。頷いてじっとすると2人の言い合いは続いていく。
「イーゼストを落としたのは魔獣を使ったからか?」
「何の話だ。確か、魔獣とは破壊の限りを尽くすものだろう。そんな危険な存在と俺に何の関係がある」
「お前は全土の支配が目的だ。支配地なら支配者の言う事は絶対だからな。意のままに操りたいんだろう」
「だとしても危険なものを扱うような精神はないな」
やれやれと手を上げているゼスト様に、ギルダーツ様の言葉は続く。逃がす気はない、と雰囲気から感じ取れた。
「どうだか。……ウィルス姫の美貌を1人占めしたいんだろう。彼女は美しいからな」
み、耳を塞ぎたい……。
赤くなるのを見られたくなくて、こそっとルベルト様の後ろに移動したら、クスリと笑われてしまった。
あの、何でこの状況でも平気なんですか?
「そう言うお前も、随分と姫に夢中だな」
「お前とは理由が違う。一緒にするな」
睨み合う2人にどうしようかと目を泳がせる。
ルベルト様に視線を合わせてもニコニコとされているし……止める気は無い様子。空気に耐えきれなくて、思わずルベルト様の服を掴んで不安げに見上げる。
それを見た彼は、一瞬だけ視線を逸らし静かに息を吐いた。何だかしょうがない、って言う感じの表情をしている。
「その辺にしたらどうかな」
優しい口調なのに、凄く寒いと感じた。声がした方を見ればバーナン様が冷ややかな目をしながら入って来た。その隣にはゼスト様と共に居た人もいる。2人を見た後で私の方に視線を向けて来る。
「ウィルス。その上着、彼に返してあげて」
「は、はい」
途中から寒いのか熱いのか分からなくなったが、バーナン様の言う様に上着を返しお礼を言う。そしたら今度はバーナン様の上着が代わりになって……え、なんか笑顔が怖い……。
「あとで、ね?」
最後まで聞くよ、と副音声が聞こえて来るような感じに言い方で逃がさないよとばかりに肩を掴まれる。反射的にならずに助かったが、この後の事を思うと……気が持ちそうにない。
「これ以上、この国で何かする気なの?」
「ふっ。これまた面倒な……」
先に退いたのはゼスト様だ。昨日の夜会の時と同じ、私を狙うような視線を受けてそのまま薔薇園を出て行く。こ、これで……終わったんだよね。
「大丈夫?」
「へ」
あれ、何でバーナン様に抱えられてるんだろう。そう思っていたらルベルト様が「ふらっとなったからだよ」と教えてくれた。
「す、すみません……」
「ナークが知らせて来たんだ。貴方達も悪かったね」
「私の方はこの子が教えてくれたんだ」
この子?
疑問に思っていると、ルベルト様のポケットから「ミャ、ミャー」とくぐもった声が聞こえてきた。思わずバーナン様と顔を見合わせてから猫の声が聞こえる、ポケットにへと視線を注ぐ。
「フニュ、フミャ、ニャアア!!!」
首根っこを掴まれてポケットから見えた顔は私達が飼っている子猫だ。私の姿を見た途端、目をキラキラさせて急に暴れ出す。ルベルト様がそのまま地面へと離せば、子猫は一直線に私へと走り出す。
「ニャアアア」
「わっ、君……どうしてここに」
「散歩して迷ったんじゃないかな。でも、そのお陰で私と会ったんだ。それに姫の危険も知らせてくれたし」
「え」
「彼を危険と思ったんじゃないかな。すぐに様子を見いに行って、私の事を急かすように引っ張ったんだよ」
「あ、す、すみません。……こら、ルベルト様の服を汚したらダメでしょ」
「ミュウ………」
途端にペタン、と耳が垂れウルウルとした目で訴えて来る。ルベルト様も怒らないでと言われてしまい、今度は私がシュンとなる。
「……ごめん。私の所為か……ありがとう、ルベルト様の事を呼んでくれて」
「ミャウ、ミャウ」
すぐに甘えた声で私に擦り寄る。もう、褒めたらすぐに甘えて来る……ナーク君を見ているようでちょっとだけ笑えてくる。良い子良い子と頭を撫でれば、さらに甘えた声を出してくる。
「ルベルト様、ギルダーツ様、本当にありがとうございます。昨日に続いて今日も……」
「気にしないで平気だよ。たまたまなんだし」
「………」
ギルダーツ様は何も言わないが、私も視線を合わせずらい。
どうしても、あの時の風呂場での事が鮮明に蘇る。ボッ、と一気に顔に熱が集まりいたたれまれなくてうつむく。
「どうしたの? ウィルス」
「い、いえ。何でもないです」
「で、では……俺達も行くぞ、ルベルト」
「え、良いの?」
「うるさい。ほら、行くぞ」
お礼もそこそこに足早に立ち去るギルダーツ様。ルベルト様も付いていくが少し手前に止まり私へと振り返り笑顔で言い放つ。
「また会えたら嬉しよ、ウィルス。そしたら昨日出来なかった夜会でのダンスをしたいんだ。良いかな」
「わ、私で良いのなら……」
「ふふっ、じゃあ予約しとく♪ じゃあね」
フワリと笑ったルベルト様は、何事も無かったように付いて行き……残されたのは私とバーナン様と子猫だけ。反応がない私に子猫はずっと鳴いているし、それでもないときは猫パンチが飛んでくる。
「ウィルス、何があったか聞くからこのまま私の執務室に来てくれる?」
「へぷっ」
「ミャウ~」
ちょうど顔に子猫の肉球があたり、変な返事をしてしまったが気にしていない様子。……でも、どうしよう、話すって何処から?
ギルダーツ様と会った事? ゼスト様と会った事?
「無論。全部だよ」
「…………はい」
心の中を読んでなのか容赦なく告げる。
これから私は………お説教を喰らう、らしい。うぅ、未だに鳴く子猫が心配そうに見て来るのがせめてもの救いだ。
そのまま私はバーナン様の執務室に行き、ドレスを新しく着替え紅茶で体が温まった所で話を促された。………えっと、絶対に怒らないって約束してくれませんかバーナン様。




