第41話:司書見習い、ミリア
ースティング視点ー
ウィルス様が知り合いだと言う料理人のリーガルと別れて、城の中にある図書室に案内している所だ。試しにリーガルと言う人物について彼女に聞けば「好きなスープの味付けをする優しい人です!!!」と笑顔で言われてしまった。
これは今日の夕食、楽しみにして良いですね。
ついで……王子とよく食べさせ合っていると聞くのを生で見させて貰いますか。まぁ、侍女達が興奮したように話したのを聞いているのは内緒だ。
宰相を務める父は、俺と兄のバラカンスのどちらに継がせようかと考えている。が、兄は既に騎士として自立する気満々だから自動的に俺になるんだろうなと思っている。
いや、好きだよ?
人の事を観察するのは好きだし、面白そうな事があれば首をつっこむしね。その点、隣国のエリンス殿下と話が合うんだよね。彼、俺と話す時はかなり嬉しがっているからなぁ。
さて、レントの奴をどう仕返そうかと今日も考える。
「わあああっ、ひろーーーーい!!!」
「ウィルス様。しっ、です」
「っ!!! ご、ごめんなさい……」
資料室と併用している部分もあるからか、中には俺達以外に師団の人達が多くいた。調べものをするのにも便利だ。王子であるバーナン様も使う事があるし、彼は別に部屋を作っている。それ位に読書が好きなのだ。
「こんにちは、スティング君。あら……その子は」
案内した図書室。まぁ、広さ的に言えば図書館とも言えなくもない筈なのは、王国の城なだけある。ウィルス様のバルム国にはない施設であり、既に入ってから目がキラキラと輝かせてズラリと並ぶ本を見ている。
ぶつかりますよー、と言って手を繋ぐ。
素直に手を握り「はーい♪」と言う彼女を思わず可愛いと言って抱きしめたいが……すぐにレントが斬りに掛かるだろうなと思い、我慢する。
……可愛い小動物じゃないか。あぁ、家で飼いたいな………ダメかダメだよね。
「こんにちは、ミリアさん。今日、紹介したい人がいまして」
心の内では「可愛い♪」を連呼しているが、今はウィルス様を案内している真っ最中。真面目に仕事をしようと思い、図書室の受付をしているミリアさんと挨拶を交わす。
緋色の髪が背中まで伸び、スラリとした背の高い女性だ。図書職員の制服である緑を基調としたスカートと上着、その上から白い短めのローブを羽織っている。
リグート国の色を示すエメラルド色のに染められた羽が胸元に付けられている事で、図書職員の目印にもなる。
彼女は5年ほど前に料理人のリーガルと共に城で働き始めた。ラーファル様が危険がないかと魔法で検査をした時、一般の方だと判断してそのまま城に招き入れいたんだ。
「こ、こんにちは」
「………」
ウィルス様を見て少し驚かれた様子だ。ミリアはじっとウィル様を見ており、密かに俺の服の裾をキュッと掴んできた。ダメだ……可愛いよぉ~。
「あの、もしかして」
「はい?」
「レント王子とラブラブな、あのウィルス様……ですか?」
「え」
分かりやすく固まったウィルス様。
気付いてないだろうけど、入った瞬間に周りはウィルス様の事を遠巻きに見ているんだよ。そうなると、密かに人気者だと言うのも気付いていないのだろうと思う。
……ふっ、レントばかりが1人占めはダメだ。共有しようじゃないか。
顔を赤くしながら答えないウィルス様の代わりに俺が答える。むっとした表情をされてもダメだから。そんな無言の訴えを無視して本を管理する部屋に招かれる。
ミリアさんと同じ制服を着た男女が数人おり、作業をしていた茶色の髪の男性が気付いたように手を止めて此方にやって来る。
「これはこれはスティング様。あぁ、お初にお目に掛かりますウィルス様。今日はどのような用件でしょう」
「ウィルス様はまだ城の中を把握していないから、俺が案内しています。ほら、レント王子が構いに構うから部屋からなかなか出れなくて……」
「ふふっ、こちらでも2人の熱々ぶりは聞いていますよ。……スティング様が案内なされたら、嫉妬をされてしまいますがよろしいので?」
「その王子からちゃんと許可、取っているから平気平気」
ウィルス様をチラリと見ると、ミリアと話をしておりこちらの話は一切聞いていない様子。ふと、ミリアの左手の薬指に指輪が見えた。
「あぁ、気付かれましたか? リーガル副料理長との結婚を示す指輪です」
「式はいつだったの?」
「教会でひっそりとしたそうでして……せめて、図書メンバーだけでも呼んで欲しかったなぁと」
「ふふ、ミリアの事、相当気に入ってますね」
「恋愛ではなく、部下としてですよ。本当に頼りになる子です」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーミリア視点ー
一目見て、すぐにあの時にバルム国の城で助けた子だと気付いた。
飼い猫が必死で庇い、私を敵だと誤認して飛び掛かって来た気迫。彼女は状況が分からず呆然としてた……だから、私は悪ぶった。せめて、自分が置かれている状況は危険だと言う事を示す為に。
飼い猫と飼い主を一緒に逃がす為とは言え、魔女特有の呪いはやり過ぎたか……と後悔した。しかし、連れ出すには丁度よかったのだ。気絶してすぐに猫の姿になったから運び出すのは簡単だった。
リーガルと会う前に魔獣達が私を見付け、殺しに掛かるのをなんとか逃げ延びる。その途中で、カルラと言っていた猫を国を抜けた先の森に置いて来た。
(心配したが……どうにか生き延びていたのか)
「ミリアさん、どうかしましたか?」
「い、いえ……。あの、先程からこの指輪に釘付けですが……なにか」
「あ、ごめんなさい。結婚したら指輪を貰うのだと思うとこんな感じなんだなぁ~って」
彼女がずっと見ているのは私が付けている薬指に、はめられた指輪だ。師団のスティングが話があると言う事で、私が彼女の案内をすることになった。図書室は色んな人が来るから狙う可能性は少ない。
まぁ、1人常に彼女の傍に居るのは分かるが……。
「あの、ミリアさん。誰と結婚したんです?」
「えっ」
余計な事に考えを巡らせていた所為で、ウィルス様の目が輝いて聞いてくる内容に思わず冷や汗が……。私が誰と結婚したのかを知っているのは働かせて貰っている図書室でのメンバー位だ。
言葉に迷う。
5年前、成り行きでリーガルと共に過ごしていた。魔女でも気にした様子の無い彼に居心地が良かった。事情を話せば気持ち悪がられるだろうと思えば、逆に「魔女だろうがなんだろうが、女は女だろ」と普通に接してくる。
今までにない反応。今までにない行動だった。
いつも恐れられ、魔力が高いと言うだけで化け物扱いされてきた。居場所はないと……恋なんてと思っていたが、意外とリーガルの事を気に入っていたのかいつの間にか結婚するようになった。
「えっと、その……」
「今日、リーガルさんと言う料理人さんと再会したんです。その方が作るスープはすっごく美味しいんですよ。ミリアさんも食べましょうよ」
ごめん、知っているし相手はそのリーガルなんだ。と、言えれば良かったのに何故だか言えないでいる。ならば、と私は考えた末ウィルス様に質問した。
「レント王子との熱々ぶりは聞いております。……愛されていますね」
「っっ……」
途端に顔を赤く染めて「そ、そんな事ない、です……」と恥ずかしながらも嬉しそうにしている。そのままススッと数歩下がって、柱の陰に隠れてしまった。
「うぅーー」
どうやら私達に知られているという状況が恥ずかしいらしい。隠れてしゃがみ込み、チラチラとこちらを伺う。たまに女官達が騒いでいるのを聞く。
「はぁ、今日も王子が甘い」
「真っ赤になりながらも、それに応えるウィルス様も可愛い。朝から癒やされるー」
「ねっ。仕事もいつも以上に気合いが入るし」
「「お昼も見られるし!!!」」
噂で聞いていたが、第2王子の溺愛ぶりが凄いのは本当のようだ。時々、第1王子のバーナン様も来る時があり話をしていく。
「多分、ウィルスも来る時があるから、何かと相談に乗ってね。クレール相手だと憧れが、強いからかなかなか話をしようとしなくて……私が話しかけると、レントが邪魔してくるし」
「大変、ですね……」
まぁ、ね。と言いつつも、楽しそうに語る王子は本当に嬉しそうにしていた。ふと、色々と思い出しているとウィルス様が、心配そうに近寄ってきた。
「ミリア、さん…?」
「平気よ。私もからかって悪かったわね」
「っ。あ、あう……あ、明日も来て良いですか。ミリアさんの新婚がどんな感じが気になるし、参考にしたいし」
圧が凄い。……キラキラオーラに困り気味になるとスティングが見付けたとばかりに、首ねっこを掴み連れ去る。猫のような連れ去り方に思わずクスリと笑ってしまった。
「そのまま動くな」
見送った後、背中に突き立てられる何かと低い声。声色的に自分より年下だと感じるも、騒がずにそのままいれば相手からは「やっぱり……」と、納得した感じだ。
「そのまま、後ろに来て。他の人達に知られたくない……2人きりで話せる場所はある?」
「なら、この先の資料室はどう? 鍵付きだから、誰が来れば音で分かるけど」
「案内して」
職員に「資料室の片付けをします」と嘘を言い、その部屋に入る。年号ごとにまとめられ、また最新の出来事も書き記される。だから、ウィルス様がレント王子の婚約者であること、先日魔獣が現れた事も記してある。
「ここなら良いでしょう? 暗殺者さん」
そう言えば、目の前に黒髪の紅い目を宿した少年が姿を現す。黒い布をマント代わりにしており、キラリと光るナイフが見え隠れしている。
「答えて。貴方は主の敵になるの、魔女さん」
「ミリアよ。その呼ばれ方は気に入らない」
「……分かった、ごめん」
改めてミリアさんと呼ばれ、彼の目は鋭くなり片手にナイフを持つ。刃は当然、私に向けられ妙な事を言えば刺す気でいるのが分かる。
「もう一度言う。……ミリアさんがここに居るのは何で? ここ最近、第1王都付近から遠見の魔法を使用している人とは知り合いなの?」
ピクリとなった。
仲間が来ている、と分かり遠見の魔法を扱える人物は限られている。だから、誰が王都に来ているかはすぐに分かった。




