第37話:それぞれの目的
ーラーファル視点ー
「そう。……ウィルスの熱は下がっているし、もう平気なんだね」
第1王子のバーナン様にいつものように報告に向かった。
王子2人に魔法の基礎を教えていた身だからか、日常報告も加えて私が彼に今までの報告もする。無論、朝食を2人で仲良くいつものように食べさせ合い女官達に見られながら……と言うのも含めてだ。
機密な事を話すのも、彼の執務室でいる事が多い。実際、バーナン様の隣には側近兼護衛のリベリーがいる。
うん、今日も紅茶が美味しいね。
「しかし、ラークの集めていた薬草も効かないか……」
「それより食べ物の方が効果があるって、姫猫ちゃんらしいよ」
「……普通の人なら、ね」
含む言い方をするバーナン王子。
うん、それは私も思っている事だ。彼女が熱を出したのはレントの構い過ぎでもなんでもない。
あれは魔法を初めて使った反動によるものだ。
「私もバーナンもレントも含めて、魔法を行使した者なら必ず起こる症状です。魔力を扱えるようになる為に体が、細胞も含めて作り替える為に一度発散する。それが熱と同じ症状のもの」
「……魔法を扱う人間ならではの事だよね。まぁ、熱と同じ症状だけど薬草にしか効かないのにウィルスだけは違ったか。……やはり、魔獣に対抗できる力を持っているからかな」
「そんな当たり前みたいな症状なのか」
不思議そうに聞くリベリー。既に目が眠いと訴えているが無視をする。バーナン様はそれをジト目で見ながらも説明していく。案外、優しいからね彼は。
「まぁ、魔法を使ってもこの症状を出さないのは、ウィルスみたいな特異な魔法か君等トルド族くらいなものか」
「そうだな。……ってか、オレもナークも病気ってのになった事ないぞ」
貧弱め、と言ったリベリーをバーナンは笑いながらも目は本気で睨んでいた。彼は彼で笑っており、この状況を楽しんでいる様子。
さっきまでの眠気はどこにいったんだ。
「まぁ、オレ等は契約した主の魔力に依存だからな。弱くなるか強くなるかは、主次第だから……運も左右するな」
「そう言えば、ナークが魔獣に憑依された時……手こずってたと聞いたけれど」
「あぁ、あの時のナークは敵に回したくないな。姫さんの事は分かるみたいだから、あの巨大さで必死で守ってたからな。俺は詳しくは聞いていないから、あとで姫さんにでも聞いて見ればどうだ?」
「そうするか……。ラーファル、彼女の事を観察した結果は?」
「彼女は自分が魔法を扱えるのを知らなかった。バルム国自体、彼女に一切の魔法を教えていないと考えていいね」
「……国自体が、か」
「あと……ディルランド国のアクリア王から聞いた話ですけど──」
私はそこで彼女の母親が本来ならディルランド国に嫁ぐ事。バルム国の王と一悶着があり、その結果彼女の母親がバルム国へと向かった経緯を話した。
「………」
「え、じゃあ姫さん……もしかしたら、バルム国じゃなくてディルランド国に居たかも知れないのか。えーと、略奪愛の末って事?」
バーナン様が珍しく反応に困られた表情をし、リベリーがもしもの話をしている。確かに愛妾を取った場合は、エリンス殿下とは腹違いの兄妹? になるのか。
「ほ、本人は……知らないんだよね?」
「アクリア王が申し訳なさそうに話してたから、彼女は聞いていないでしょ。しかも、それが原因でディーテッド国とは疎遠だと聞く」
まぁ、連絡はしづらいよね……と、私が言い沈黙が流れる。
ディーテッド国とはまた凄い国の出身だな、と思った。
南の国であり、魚介類が豊富な国。近くにはダイヤモンドと、ローズクォーツが採れる鉱脈があったと聞く。魔法にも優れ、防御も攻撃も出来る攻守の取れた国。当たり前だが国土はかなり広い。
敵に回したくない所を……アクリア王は敵に回した、と。
「あと、彼女の母親は魔法を使う時に髪が白銀になるそうです。魔法を使った時にだけだと聞きました」
「白銀に?」
傍で見ていたリベリーに視線を合わせるも首を横に振った。眩しすぎて見えてないし、もし変わってたとしても分からないと言われた。
「レントに聞いても眩しかったからよく分からないと言ってたな」
「噂では、魔女の出入りも確認されているとか。……今は、閉鎖的になっていたけど、ここ最近になって商業に力を入れてるって」
その為か、ディーテッド国と友好を結ぼうとする国があとを立たないらしい。リグート国とディルランド国は、友好を結ぼうとするのは無理だよね。苦い思いのあるディルランドと仲良くしてるってのは向こうにとっては嫌だもんね。
ギルドと呼ばれる組合を作り本部もディーテッド国。支部を作るだけのお金が、国の公認なら簡単か……。貴族も多そうだなぁ。
「私、そのディーテッド国のギルドから指名されています。依頼的に魔獣関連かも。あともしかしたら、その国でなら彼女の魔法について何か知る事が出来るかも知れない。調べる為に行こうと思っています」
その言葉にバーナン様はゆっくりと目を閉じ考えをまとめるように思案している。やがて目を開けて「……彼女の事、そんなに気に入ったんだ」と笑顔で言われたので同じく「そうですね」と笑顔で返した。
「魔獣の有効手段が魔法だけだと知っている人はかなり少ない。物理的に倒すのはトルド族しか出来ないようだしね」
「やり方は聞かない方が良いぞ。結構キツイから。……魔法を扱える人達も少ないから自然とそうなるか。でも……姫さんみたいに、魔獣から人へと戻す事は出来ない。かと言って、コントロールが出来ていない姫さん、行かせたくらないしなぁ」
「「レントが反対するでしょ」」
「だよなー」
弟君、過保護だしなぁと頭をガシガシとかく。覚悟を決めた私を見て、何を言っても止まらないのだと理解し「代理の代理は誰にするの?」と嫌な質問をしてきた。
「リグート国の魔法師団の代理師団長さんが抜けたら……さ」
「そもそも、師団長が戻らないのが悪い。私はただの代理だよ」
「その代理が今、抜けられると困るんだけど」
「私が居なくても平気なように鍛えているけど?」
「「それが毎日聞こえて来る、悲鳴か………」」
「いやだなぁ~~。姫猫ちゃんの事が心配で心配で、集中できるようにと排除しただけなのに。……と、まぁ冗談はそれ位にして。頼れる部下を護衛に付けます。資料はあとで渡すよ」
「そう……。レントとウィルスにちゃんと言いなよ」
「ふふ、分かってるよ。2人の事は頼むね」
そう言って私は執務室を出た。
国を離れるしその期間も長い。妻にも言っておきたいし、やっぱり姫猫ちゃんが気になるし。レントも心配だしで……私は色々と落ち着かなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
場所は変わり、南の国ディーデット国。
海があり砂浜が広がる場所。デートスポットとしても有名であり、夕日がとても綺麗な絶景のポイントでもある。
そこに1人の男性が立っていた。
白い上下のスーツ。髪は肩までありその色は金髪だ。憂うような表情で海を眺めている様は、見る人が見れば惚れてしまう程の魅力を放っている。実際に声を掛けようとする人も居るが、すぐに立ち去った。
何故なら、その男性はこの国ではとても有名すぎている人物だから。金髪に濃い紫色の瞳の放つ神秘的な雰囲気に飲まれるも、すぐにはっとなり立ち去る。彼は……この国の王族であり、第1王子の人間。
名をギルダーツ・ヒナム・ディーデット。
年齢27歳の第1王子は、今日も海を眺め1人溜め息を零していた。
「………生きて、いた………」
それはつい先日の事。魔女達の長を務めている大ババ様から聞いた事。バルム国が魔獣により蹂躙され、生き残りはいないと思われていたが……1人、もしかしたら生きているかも知れない人物がいる。
そう報告され、彼女達はリグート国へと情報を集めていた。
その中で、噂や人づてではあるが確かに名乗ったと言う。
第2王子のリグート国の婚約者としてウィルス・ディラ・バルムと、そう名乗ったそうだ。
「あの時に会って既に……10年くらいか。笑顔が印象的な可愛い可愛い……姫」
1度しか会っていないから彼女の記憶には薄いし、もしかしたら覚えていないのかも知れない。しかし、と彼は海を眺め続ける。その手には直径5センチ程の水晶を持っていた。
そこに魔力を込めれば、淡く光りその中には猫と戯れる笑顔のウィルスが写っていた。ここと同じもうすぐ夕方になるからか、隣に居た銀髪の男性が愛おしそうに見つめている。
急かしている様子から早く部屋へと戻ろうと言っているようにも見える。
「第2王子の、レント……か」
初めは恥ずかしがっていた様子のウィルスだったが、自らその男性の額にキスを落としそのまま抱き付いてきた。婚約者だから当たり前なのだろう。政略結婚でもあるが、どうやら彼等の想いは両思いだと読み取れる。
「………ウィルス。再会したらどんな表情をするかな」
キョトンとするのか、1度しか会わなかった自分を覚えているのか。そう思いに浸していると、近付いてくる足音に気付き振り返る。優しく微笑まれ「また同じ所に居る……」と呆れたように言われてしまった。
「なんだ。いけないのか、ルベルト」
第2王子の地位に就くルベルトは、22歳でありいつも微笑んでいる。ギルダーツとは対を成すのか薄い紫の髪に瞳が金の麗しの男性。同じ白いスーツを着た優しい雰囲気の人物。
しかし、表情を読ませない為の微笑みなので底が見えない印象を持つ。実際、彼の事がよく分からないと畏怖を込められてはいるがギルダーツにとっては兄弟だ。
家族を大事に思わない者などいない。彼の表情を読む事など造作もない。
「……どうするの、ギルダーツ。彼女に会いに行くの? 私はまたお留守番かな」
「……そんなにむっとされてもな。なんなら付いてくるか?」
「え、良いの?」
「そう言う意味の期待を込めてたんじゃないのか」
「………まぁ、そうだけど。でも、下がうるさいかぁ」
「上の俺達が居なくて清々するんじゃないか?」
「ははっ、それは言えてる。窮屈な思いをさせているから良いかもね。私達にとっても気分転換になりそうだ」
そう言ってギルダーツが見ていた水晶を見る。ウィルスが猫にもみくちゃにされている場面を見て「あーあー、綺麗な髪がぐしゃぐしゃになっちゃう」と楽しそうに見ている。
「楽しそうにしているよな」
「君は嬉しそうだね」
「あぁ。嬉しいさ………彼女の母親はこの国に生まれたんだ。俺達の父親とは兄妹の関係だ。俺達からみたら彼女は従妹にあたるだろ。家族も同然だ」
「ふふっ、嬉しそうにしているのは久々に見たよ」
じゃ、どうする? と悪戯っぽい表情でギルダーツに問いかける。それにふっと笑みを零し「では――」とルベルトに提案する。
「外交目的でリグート国に接触する、かな」




