魔法刻印
「これ、私と君の印だよ」
それは私が6歳の時、バルム国に視察に来た時の事だ。
猫とじゃれ合うのが楽しくて、王族としての教育から離れられる事が嬉しくてはしゃいだ時の事。
帰って来て、すぐに怒られた。何故、自分との約束を守れなかったのか。怒らせた原因は自分自身がよく知っている。
でも……。
怒られながら私は心の中が満たされていたし、ニヤニヤを抑えたい気持ちもあった。実際に表情を固くしていたし、周りはラーファルを宥めていた。
後悔なんてしていない。生まれて初めての、初恋。
これがこんなにも自分を満たしてくれるものだとは知らなかった。彼女のお願いなら何でも叶えたい。服を欲しがり、宝石を欲しがるなら、どんな手を使っても見つけ出してプレゼントしたい。
ああ、でも彼女も自分と同じ王族だと気付く。
欲しい物なら、私と同じくらいに叶えられる存在だ。なら、私は彼女の傍に居たい。
笑顔をもっと見たい。彼女の声で私の名前を呼んで欲しい……。
出来るなら誰の目も触れさせたくない。兄にも父にも、母にもバラカンスやジークにも、だ。
「聞いてるの、レント」
説教をやり過ごそうとした私に気付いたのか、ラーファルが睨んでくる。頭を叩かれ、その後は魔法の訓練と言いながら子供相手にムキになる彼を見る。
瞬間、竜巻が私を襲って来たのはいい経験だし、いい思い出になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
魔法に関して当時、相当の腕を持っていたラーファルが私の魔法の講師だ。10歳は年上の彼は僅か16歳と言う若さでも、相当の知識量と技能を持っている。
元々、リグート国の人間である彼を欲しがる国も多かったが、幸いにも成人したその日に婚約をした。政略結婚でもあり、また彼を自国に縛り付ける為のものだと言うには誰の目にも明らかだった。
しかし、彼はその相手と良縁らしい。私の両親の様だと思っていたからか、私はラーファルの事を好きでいる事に時間は掛からなかった。
私の魔力量は兄と同じ位らしく、また王族で兄弟が揃って魔法を扱える事自体がとても希少な事だった。
王族で兄弟、姉妹が生まれた場合、殆ど長男、長女へと魔法の適性が強くその長男が死んだ場合その全ての魔力を下が受け継ぐと言うものだったからだ。
他国ではその事を利用して、一番上が無能だと分かったら自殺でも暗殺でも良いからと争いが起きる程に……とても嫌なものだと感じた。
でも、私は幸いにも……兄と同じように魔法を扱う事が出来た。
だから兄弟で、身内同士での血で血を洗うような事にはならない。それが私にはとても嬉しかった。
「え、難易度の高い魔法……ですか?」
「うん!!! ラーファルは凄い使い手なのは知っているし、兄様も父様も褒めていた。それに基本的な魔法はとっくに出来ているんだ。少し位扱えるだろうかと思って」
「それは……そう、ですが………」
うーん、と唸るラーファル。
自分で言うのもなんだが、私はこの時基本的な魔法も含めて網羅するのに1カ月も満たない位に学び終えていた。ラーファルの教え方が良いんだと言うが、それでも才能が無ければこの年でそれだけの事は出来ないと言う。
「では………魔法刻印の術式を教えますね」
「魔法、刻印………?」
聞いた事のない魔法だと心の中がワクワクした。
思わずキラキラした目で訴える。ラーファルが仰け反るが構う事無く、見続けて彼が降参だと言った。
術式を教えても成功するかは未知数。
しかも1人、1度しか扱えないから失敗したら終わりと言うもの。それでも構うものかとその魔法を教えて貰った。
「良いですか、王子。この魔法を他人に上げるのは止めて下さいね。一生を縛られますから」
「何か、マズいのか……?」
「まぁ、理由は色々とあります。まず、魔法を発動させるのに手順ですが、陣を書きます」
「……魔力を込めれば良いのではないのか」
魔法を扱うのに、魔力を込めればいいだけのもの。風を使うなら風をどうしたいのか、水を使うなら水をどのように扱うのか。それらを念じて発動させる魔法。
刻印は念じて引き出すのではなく、実際に陣として描かなければ効果がないと言う。ラーファルの説明では、陣を書くと言う手間が、念じて発動させるのと同じ意味を持つからだと。
「刻印を扱うのには手間と条件が厳しいのです。教えるのは構いませんが、使うなら私に必ず使用すると報告をして下さい。そして、私が居る前で全ての条件を行う事。これが刻印を扱う時の条件です」
いつもよりも真剣に言ってきた。
だから、私は思わずゴクリと唾を飲み頷いた。危険ではないにしろ、手順が面倒だから教えた側としての責任だとか、なんとか言っていたがそこは無視した。
そんなことよりも、早く知りたいと言う欲求が強いんだから。
「あと受け取る側も高い魔力を有している事が条件です。これは授ける側の王子の魔力量が多いからです。王子の魔力を受けきれるだけのお皿が必要なのです」
「もし、受けきれる側の者の量が、私よりも少なかったら……一体、どうなるのだ?」
「王子と受け取った側、両方……魔法を扱えなくなります。一生」
「っ……!?」
さっと顔を青ざめる。
陣を書くと言う事が、自分にも相手にもリスクを伴うもの。そして、そのリスクをクリアした恩恵が破格なもの。が、扱う側も受け取る側も危険をはらんでいると理解している者は少ないのだと言う。
王族や貴族の者達で、魔法を扱える者は多いが一般の人も魔法を扱える。一般の人達からしたら奇跡とも言える力だし、周りからは羨ましがられる。それがきっかけで、貴族に養子として迎え入れられる位に珍しいのだ。
その魔法が消えるだけでなく、一生と言われたら……人によっては耐えがたい事だろう。
私も例外ではない。
兄が使えて自分も使えていると言う幸運。これを一気に消すことになる。私が魔法を扱えないと知ったら……周りはどんな反応をするのだろう。気を使って来るか、令嬢との婚約をする為の駒となるのか……。
「わ、分かった………約束、する」
思わず瞬間的に怖い事を想像してしまった。
魔法が使えないと言うのは大げさだとしても、ラーファルの言い方が真剣みを帯びていたので嘘では無いと物語っている。
「それは良かったです。では、続きを話します」
ラーファルも私が危険な事をしないと表情を見て察したのだろう。続きを話していく中で、刻印の恩恵はどんなものが代表的なのかを質問した。
「そうですねぇ……。文献によれば、互いの思っている事が分かるようになる。危険を知らせ、同時にその場所へと瞬間移動すると言ったものですかね」
「瞬間移動………それは、国と国の……えっと、国境と言うんだったかな。それも無視出来るのか」
「えぇ。刻印を刻んだ者同士の繋がりです。……片方がもし、離れた地で危ない目に合っていても駆け付けられる。だから、それだけの能力を持っている刻印を扱える者は今では殆ど居ないと言います」
「やはり……魔法が使えない、と言うのが知られていないからか?」
「えぇ。加えて、一時的ではなく一生です。……もしくは、味わった者が後世の為にと各地を歩き文献として残してくれたのかも知れません」
「………ここが、資料を大事にする国で良かったな」
「はい。本が好きな人間にとっては宝の宝庫でしょうね」
リグート国は魔法に優れた国である一面も含むからか、魔法に関する資料は多い上にその資料の保存が他国と比べて保たれていると言う。他国によっては、既にない所もあればあってもきちんと整理出来ていないまま、資料の中に埋もれ解明されないままと言うお粗末な位。
どうも、他国は資料を大事にすると言う精神があまりないのか、単に綺麗にするのが苦手なのか……と不思議そうに首を傾げた。
ともかく。
ラーファルから興味で聞いた刻印の事が自分の思っていたよりも危険性があると気付かされ、少しだけ興味で聞いてしまった自分を呪った。が、その危険も聞いていたのにそれらが吹き飛ぶ位に彼女に釘付けになった。
それ位、彼女は綺麗でラーファルの言う条件にピッタリ全てが当てはまっていたのだ。
王族の1人娘であるとは聞いていたから、魔力量は高い。私も同じ王族だから受け皿にはなってくれる。そして……私はただ、彼女と同じものにしたいと言う欲に負けたのだ。
自分と、彼女にしかない印。
世界でたった2人だけに残された、魔法の印。世界中探しても……どんなに探しても私と彼女にしかない唯一無二の印。
「わあ、知らなかった。魔法ってこういう風に陣を描くんだ♪」
今でも思い出せる。
ウィルスが嬉しそうに私と同じ事をしてくれた事。陣を書くと言う事に何の疑問も浮かばず、むしろ魔法を扱える事すら知らない彼女。
知っているのが自分だけだと言う優越感に浸っていたし、彼女に会えないかもと思うとどうしても何か残したいと思った。
刻印を残す事に成功した。
彼女は何が起きたは分からない様子だけど、私が喜んだ事に同じ反応を示した。そして、すぐに聞こえた彼女の声。
ーうれしい……あたたかい、このひかり。うれしいー
互いの心に思った事が聞こえると言っていた。まさか、こんなすぐに実現できるとは思わなかった。だからこそ、彼女を自分の元にと思った。政略結婚でも構わない。
絶対に……彼女を自分のものにしてみせる、と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はい。ウィルス」
「あ、ありがとう………」
懐かしい思い出を思い出しながら彼女を自身の膝の上に乗せる。水が入ったコップをゆっくりと落ち着いて飲んでいく。
お風呂で彼女がのぼせて自分に寄りかかった。慌ててファーナムに頼んだ。のぼせたのもあるけど、目が覚めてからウィルスに魔法刻印の恩恵について話したのだ。
その後、彼女は顔を赤くしチラチラと私の顔を見てくる。服はファーナムが着替えさせたから私ではない。疑っている訳ではない。水を飲みながらも心の声が私に響いてくる。
ーど、どうしようっ……私、レントに全部バレて……ー
ーあぁ、最初にカッコいいとか綺麗とか言ったし……ああああ、クレールさんについて色々と言った気が。だ、だからレント不機嫌に……ー
どうやら、今までの自分の思った事を思い出したのだろう。凄く恥ずかしがって、チラチラと私の顔を伺っている。
「うぅ、レント……何で最初に会った時に言ってくれなかったの」
「だって、あの時はかなり慌てていたしウィルスもいきなりそんな事を言われても困るよね? 話そうと思ったら次から次へと問題が来てて、機会を失ってたんだ」
「で、でも……。話せる時間も、落ち着く時間もあったよ? 私の反応を見て面白がってるんでしょ?」
「ごめん。それが本音」
「もうっ………」
また赤くするから可愛くて額にキスを落とす。ビクリと体が震えるが嫌がっていないからそのまま頭を撫でる。途端にぐぅ、と彼女のお腹が鳴る。
「朝食、食べよっか」
「う、うん」
なにはともあれ、彼女に刻印の事を話せたのは良かったかな。だって、互いの心の中が読めるんだもの。2人だけの世界に入れるのは何とも心地が良い。
何やら騒いでいるウィルスをほっといて、私はいつものように朝食を彼女とゆったりと食べる事にする。無論、食べさせるし女官達に見られながらだけどね……。
うん、いつものように甘やかすからね。嫌だって言っても引く気はないよ。




