第3話:バレた
ーウィルス視点ー
あの野良猫達の戦闘を終え、何とか逃げ込んだ先……誰かの隣に倒れたまでは記憶している。その後はよく分からない。
でも、フワフワと心地が良かったからつい体も意識も全部預けていた。ずっと頭を撫でられている感覚に嬉しくて思わず擦り寄った。
「……?」
でも、おかしいとすぐに気付いた。
撫でられていると思うよりも今は夜なのかどうかが知りたかった。光が部屋に差し込んでいない。例え昼であっても夕方であってもカーテンからは必ず光が漏れる筈だ。
それがない……と言う事は私は猫ではなく人間になってる、と言う事。
「っ……!!!」
バッと撫でていたであろう人物を見て、瞬時にシーツを持ち自分の体をグルグル巻きにしてベッドの隅へと移動した。
こういった動きは、猫になってから身に付けたと言って良いのか分からないけれど……前よりは俊敏性はよくなったと思う。
今の自分は全裸だと気付き顔に熱が集まる。
一瞬しか顔を見ていないけれど銀髪である事、武芸でやっているのか手の感じが女性とは、違うのを感じた。
男……!!!
どうしよう、どうしよう!!! 見られた? 全部?
何もかも……?
グルグルと思考が渦巻き、どうして良いのか分からずに悩んでいた。そうしたら男の方から声を掛けてきた。
とても優しく心地の良いような声で、私に話しかけてきた。
「ウィルス……ウィルス姫だよね?」
「っ……!!!」
バレたと思った。
猫から人間に変化するのもバレて、私が亡国の姫だって言うのもバレた。
呪いを解ける方法を探す為にリクード国に来たのに……結局は何も出来ずにいたのだと悔しくて泣いた。
思わず誰なのかと男に問うた。
質問された側の男は、それだけの事なのに凄く嬉しそうに私の事を愛おしそうに見つめていた。
「私はレント・セレロール・リグート。6年前、姫の事を許嫁として父に紹介された身だよ」
そう言われ思わずパチパチを瞬きを繰り返した。
レント様……?
私の父様が許嫁にと言って紹介しようとした……第2王子の?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はい、ホットミルク」
「あり、がとう……ございます」
素敵な笑顔で私の分を入れて渡して来たレント様。
私達2人は寝室から場所を変えて、彼の部屋へと来ていた。……良いのかな?
銀髪にエメラルド色の瞳の雰囲気が柔らかい男性。
間違いない、王都の人達が口にする王子の特徴と一致している。
シーツを服代わりに身を包んでいたら、代わりにと紫色のワンピースを手渡され寝室の隣の部屋を借りてすぐにでも着替えた。
「どうしたの?」
じっと見ていたのが分かったのか彼は聞いて来た。
うっ、その嬉しそうな表情はなんだ……。さっきも今も、彼はずっと私に笑顔を向けてくれている。
思わず全てを預けてしまいたい位に……優しくて、包容力のある彼に。
「今まで辛かったね……ごめん、助けに行けなくて……あの時、まだ小さかったし12歳でやれる事なんて少ないし」
ショボンとした途端にそんな事を言い出した。
思わず「今、助けてくれましたから……」と言ったら途端にぱあっと笑顔になった。どうしよう、胸が苦しい……キュンとしてしまった。
「魔女の呪い……じゃあ、夜中まではそのままなんだね?」
コクリ、コクリと意思表示の為に首を振る。
優しい手つきで撫で続けてくれたからか私は彼に全てを話した。
呪いの事……カルラとの融合で夕方までは猫であり、夜から夜中の間は人間として変化する事を。
そしたらレント様は口に手を当て考え込む様な仕草をした。
「……今まではどうしてたの? その、人の姿の時……雨風を凌げるような建物って言ってもそんなにないでしょ?」
「……えっと、路地裏とか子供が作った秘密基地とかで毛布に包んで何とか過ごしました。裸でも寒くなくて……慣れ、ですかね」
「慣れなくて良いよ、そんなの」
あれ、途端に彼の表情がピリッとした感じになった。
何か地雷を踏んだのだろうか?
「誰かに見られたりとかしてない?」
「見られても酔った人とかですかね。……あとは旅人さんとか?」
バキッとレント様が飲んでいたであろうコップにヒビが……いや、次の瞬間には粉々になっていたけれど……。怒ってる? え、何で??
「羞恥心は無いの? 私は……あったのに」
「え………」
無いなんてことはない。私だって初めは嫌だった。
でも、生き抜くと決めたのならそんな事は……二の次だ。
開き直ればいいのだと思えば、レント様は何故か顔を真っ赤にして「体洗うの……大変だったんだから……」とそっぽを向きながら答えた。
「………」
ちょっと待って、整理しよう。……うん。
私があの喧嘩の後で城に敷地内に入ったのは……多分、昼頃かな?
レント様の近くで倒れで、彼は猫好きだから普通に保護した。……怪我をして動けなかった筈の足も違和感なく動いているから、彼が魔法で治したのは明白だ。
って事は……猫の時に体を洗ってて、毛布に包まれた時に運悪く戻った?
「ビックリしたよ。体を洗ってて毛布で拭いていたら急に……」
「……」
ボンッ、と爆発したみたいに自分の顔に熱が集まるのを感じた。
うん、やっぱり……私、王子に全部を曝け出してしまったと……そう言う事だ。
「埋まりたい………」
人生、恥ずかしい事ばかりだけど……これは記憶から消去したい。
うぅ、よりにもよってそのタイミングで……人に戻るのか。空気を読むとかしないのか。
顔を合わせたくなくて、ホットミルクを飲む方へと集中する。
うん、落ち着くけど……この空間を落ち着かせてくれる程の効果はない。うん、うん……仕方ない。
「あの、私の……この呪いの事、どうにか……なりますか?」
せめて猫と人には分離したい。
カルラだって精神的に、肉体的にも負担が掛かるだろう。レント様はじっと見て私の髪を軽く触れそのまま口付けた。
「っ……」
その動作があまりにも様になっていて、顔を逸らしたいのに全然逸れなくて……むしろ見入ってしまう。
魅入られて体が動かなくなる。
「この5年で得た情報は少ない。呪いについて詳しく話を聞けるのは魔女と、それ等の研究をしている魔法師団位だ。そのトップは別任務で今はここを空けている状態。……ここに、居たくないの?」
「えっと」
「再会できたのに……私は君を、君だけを探していたのに……置いて行っちゃうの?」
うっ、そんなウルウルとした表情しないで下さい……直視出来ないんですけど!!!
「だって、私は呪いの所為で変な体質ですし……レント様に迷惑が掛かります」
「掛からないよ」
「いえ、絶対に掛かります」
「拒否をしないでよ」
「……もう、嫌なんです……」
私がいる事で誰かが傷付くのが……。お父様、お母様みたいにいなくなる。レント様にだって、絶対に迷惑が掛かる。危険な、危うい存在なのは自分だって分かっている。
生き残ったのが魔女にでもバレたら……今度はこの国が戦場になってしまうのだ。そんなの……そんなのは嫌に決まっている。
「姫……」
レント様が力強くけれども優しく抱きしめてくれる。背中をポンポンと叩き「私が守るよ。姫に降りかかるもの……邪魔をして来る者達から」と安心させるように言葉を紡いでくれる。
「っ、私は………」
「共に呪いを解く方法を見付けようよ……それではダメ?」
「あ、甘えてしまいます!!!」
「良いよ別に。だって許嫁なんだし♪」
懐、大きすぎる気がする。
コロッと行きそうになった自分を踏み止まり、やっぱりダメだと断るも彼も言う事を聞いてはくれない。
「お願い。私に2度も大事な物を失う様な事を……させないで」
私が持っていたコップをスルリと奪い、机に置いたその途端に悲しそうに私の顔を覗き込むようにして接近する。
恥ずかしくて顔を背けるも無理矢理に顔を合わせられ、観念して目を開ければ蕩けそうな程の優しい笑みをする彼が目の前にいる。
「絶対に守る。……その為に、その為の力を私は身に付けたと思っている。姫、お願いだ。ここに居て? 不自由はさせないし、呪いの解明も同時に進める。貴方を悪く言う者は私が許さない……」
こんなに頼んでもダメ? と上目遣いをしこちらを落としに掛かる。
計算なのか、素なのかが分からない。目が本気なのは分かる……雰囲気からも本気でいるのだって、よく分かるのだ。
「姫……」
「な、なら……せめてウィルス、と呼んでください。レント様」
姫はどうにも居心地が悪い、と理由を言えば彼は笑顔で私の名前を繰り返した。それはもう嬉しそうに、大事そうに何度も呼んでくる。
「ならウィルスも……レントと呼んで。様はなしだよ」
「……わ、分かりました……レント」
チラッと彼を見れば花が咲いたように、嬉しそうにしている。そのままぎゅっと抱きしめられ「うん、うん!!! 大好きだよ、ウィルス」と言葉に出してくる。
どうしよう、私の方が耐えられない。熱がどんどん顔に集まる。
その時、グウウ~~とお腹がなる。
別の意味で恥ずかしくなるが、抱きしめる彼は力を緩める事もなく「じゃ、食事だね♪」と嬉しそうに言って来た。……大型犬を飼っているような気分になるのは気のせいではないと信じたい。
とりあえず、当面の衣食住は……レントに任せても良いのだろうか? と思っていると、彼は当然の如く。
「不自由させない約束だからね。大丈夫、全部任せて」
心の声を読み上を行く彼は……王子だなと思った。
人をコロコロと手の平を転がすのが上手いのだな、と思い大型犬と言うイメージを早々に破り捨てた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
温かい食事を2人で食べ、今までの疲れが出て来たのかウィルスはすぐに眠りについた。私が使っているベッドを彼女に使って貰い、体を冷やさないようにと掛布団をし寝ている彼女の頬をつつく。
「ちょっとだけ部屋から出るね。おやすみ、良い夢を……ウィルス」
チュッと彼女の頬と額にキスを落とせば、嬉しそうに顔を緩ませてくる。その反応に少しは好きでいてくれるのかな? とちょっとした期待を胸に抱きつつ、自室を出る。
普段なら扉の付近には見張りの兵を置いているが、食事を運ばせた後は私が良いと言うまでは近付かないようにと命令を下した。そうでなくても、私が居る間も居ない間も防音性の守りを作り、外には漏らさないでいる。
さっきまで彼女が大声で泣いても誰も部屋に入らないのはそういった理由だ。守ると決めた以上はどんな手を使ってでも守り抜く。その為の力を、扱い方を学んだ。
「……さて、巻き込むなら側近と女官長。あとはウィルスと仲良く出来て護衛も出来る人……かな」
ニヤリ、とこれからの事をじっくりと考える。
常に自分が傍に居れる、居られるとは考えずらい。とりあえず今言った人物には明日にでも事情を話そうと思い、私から会いに行った。
……どうせ、今頃は嫌な汗をダラダラと流しているであろう事は分かりつつも何食わぬ顔で会いに行こう。
ウィルスのお陰で楽しくなるのだから嬉しい限りだ♪