第34話:猫の住処
ークレール視点ー
「はい。ウィルス、リンゴだよ」
「うぅ、すみません………はむっ」
小さく切ったリンゴをパクッと食べてモグモグするウィルス。ベッドに潜っているのは熱を出したからではない。レント王子が無理をさせたんだと思いながら、ポンポンと頭を撫でる。
しかし、改めてモグモグと食べるウィルスを見る。
果物でも何でも美味しそうに食べる彼女は、とても幸せそうにしている。王子からの愛情も深いのは城中では認識され溺愛ぶりが凄く、騎士団の間でも女官達の間でもウィルスの事は話題に上がっている。
まぁ、女官の方はレント王子がワザとやった感じに思えるけど……。
「クレール、さん。あの……」
「あ、ごめんね。はい」
じっと見られ次をとせがまれパクッと食べる様は餌付けをしている気分になる。
成程、ナークが可愛いと言いつつウィルスを可愛がる理由がよく分かる。ウィルスがディルランド国から帰ってきてから、レント王子と共に部屋に向かった事からどことなく予想はついていた。
女官達はその溺愛ぶりに黄色い声を出しており、ウィルスの好感が良いのだと女官長のファーナムは言っていたと聞く。王子の女官でもありそのまま側近をしているジークやバラカンスさんの世話もしている時期があったからか、3人の事をよく知っているんだとか。
ファーナム女官長は少し気難しい性格をしている為に、無表情にも近いがウィルスの前だと違うらしい。
王子が言うには時たま笑顔だし、楽しそうに話している風景も見ている。1度、見てみたいものだ。
(……ホント、色んな人を魅了させるんだから)
無意識の内に笑いが零れてしまう。
彼女と会うと不思議な感覚になる。妹のように接しているのは変わらない。
私が行動を起こす理由も変わらない。モグモグしているウィルスが可愛くて綺麗な髪を触る。
少し驚いた様子だけど、すぐに微笑んで何も言わずに黙々と差し出されたリンゴを食べている。
「あの、レントはどうしてます」
「バーナンに怒られて執務室に閉じこもってるよ」
「……バーナン様、私にも怒ってます?」
「ううん。むしろ心配してたからね。寝てる時に様子を見に来たの」
「えっ」
さっきまで寝ていたから余計に驚いている様子。バーナンはほっとしたように「弟の事を頼んだ私も悪かったな」と、自分が焚き付けた記憶があるらしい。
大丈夫、代わりに睨んでおいたから。ついでに回し蹴りも受けて貰ったから平気だからね。
「あ、えっと。……なんかごめんなさい……」
そう言って赤くするから、平気だと言う意味も込めて微笑んだ。そしたら彼女はさらに赤くして深く潜り込んでしまった。
帰ってきてすぐにウィルスと部屋で過ごした。
バーナンはそれに関しては怒らないが、1日前にレント王子だけでなく国王も一緒に居なくなった事でキレたんだったなとその時の事を思い出す。
「迎えに行くのはレントだけで充分でしょ?……何で貴方まで居なくなるんです」
迫力はあった。
国王を床に正座させ、絶対零度の目で見下ろすバーナンはリベリーも恐れて姿を見せない程。レント王子は仕事をサボったからと凄い資料を渡されたそうだ。
「ウィルスに活力を貰ったんだからそれ位やれ」
八つ当たりにも見えるが止める者はなし。
私はその間、ウィルスの世話をと頼まれベッドで動けない彼女の補助をしつつ餌付けをしている。
「主ーーー」
「フミャア~」
そこにナークと彼の頭に乗っている猫が1匹現れる。心配そうに見るナークと違い「ニャニャ」とすぐにベッドに潜り込んだ猫。
「あっ、ちょっ……くすぐったい」
ひょことウィルスの首下から顔を出して鳴く猫に「主の邪魔しないの」と叱る。気にしない様子の猫はふいっと顔をそらす。
「……何か食べる? 飲み物、貰う?」
「ううん。大丈夫だよ」
彼女の髪を優しく撫でるナークはとても優しい顔をしている。
魔獣になったと心配し、それを彼女が治してから密かに監視を続けている。それはナークも分かっている事だが、主であるウィルスには伝えていない。心配を掛けさせたくないからだと分かり、察した私達も言わないでいる。
そこにコンコンとノックする音が聞こえてきた。ウィルスの代わりに出れば、来た人物に思わず驚いてすぐには声が出なかった。
「姫猫ちゃん、居る?」
「ラーファルさん?」
ニッコリと微笑み「やあ」と手を振るのは魔法師団をまとめる1人。ラーファル様がウィルスの魔法に関して研究をしているのは知っている。そして、猫のカルラからウィルスに代わる為の訓練を実施して管理しているのも彼だ。
「ふふっ、レントの奴にやり返された訳だ」
「うぅ……恥ずかしい」
ボフッとまた潜り込む彼女の反応が面白いのだろう。傍まで来て、少し経ってひょこりと顔を出した彼女のほっぺをプニプニと触っている。
「猫ちゃんもそんな所に居たらレントに嫉妬されるよ」
「ニャ?」
ウィルスと同じように不思議そうに顔を傾げる猫。彼女の真下から顔を覗かせているから、谷間からむっと覗いているんだと思う。
ナークが取り出そうとしてもすぐに潜り込んで逃げる。
その度にウィルスが「うきゅっ」と変な声を出してしまう。すぐに手で口を覆うがまた同じ所から猫は「ニャ~~」と気に入っている様子。
「君……」
「オス猫め……」
「フニャ♪」
呆れるラーファル様にナークは嫉妬の目を向ける。
でも猫は満足げに鳴いている。ウィルスはキョトンとして、顔を出してきた猫を優しく撫でているから、理由は分からないんだろう。
「え、ディルランド国に行ってたんですか?」
「うん。訓練を頼まれる事もあるからね。そのついでに確かめたい事もあったし」
「訓練………」
ラーファル様は見た目は優しいが、魔法に関しての訓練はスパルタだ。私も騎士団の訓練で聞いた事がある。悲鳴を上げながら師団の人が空を舞って行くのを……。
ウィルスもそれを知っているからか、その事に関して口を開く気配は無い様子。でも、隣国に何の用で行ったのかは気になるのも事実。
そう思っていたらラーファル様は彼女に質問をしていた。
魔法を使ったのはあの時が初めてなのか、と。
「そう、ですね。……あの時は無我夢中だったのであまり覚えていないんですけど。とにかくナーク君を助けたい気持ちが強くて……」
「主……!!!」
ナークが感動して既に涙ぐんでいる。
ぎゅっと手を握って「うぅ、ボク……ボク!!!」とそのままウィルスの事を抱きしめている。ラーファル様はその答えに「そう……」と短く答えて考え込んだ。
その後、他愛のない会話をした後で「そうだ」と思い出したようにラーファル様がウィルスに言う。
「姫猫ちゃん。明日、迎えに行くね。見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「うん。王子とナークには見せているからあとは姫猫ちゃんだけなんだ」
「………何を見たの、ナーク君」
「っ……な、ななな、内緒!!!!」
ビクリと驚き部屋に入って来た猫を盾にして「なんでもない」アピールをしている。
盾にされた茶色毛色の猫は「フニャ?」とコテンと首を傾げる。とりあえず手を上げて鳴いているから、可愛いんだけどね。
「クレールさん、何か知っています?」
「ごめんなさい。知らないの」
実際、知っているけど驚かせたいのが分かっているから……。チラッとラーファル様を見れば、返答が正解であるのか嬉しそうに頷いてくれた。
「……むぅ、何だか皆さんだけ知ってて知らないのは……悔しい」
「っ……ご、ごめんなさあああい!!!」
耐えきれなくてナークがすぐに姿を消した。彼が抱いていた猫はシュタッと着地して「フナァ~」とその場でゴロンと転がる。
主として聞いてしまえばナークは答えてしまう。ウィルスは絶対にそんな事はしないだろうけど、空気的に耐えきれなくて出て行ってしまったようだ。
それに笑った私とラーファル様を不思議そうに見ているウィルスは、猫達と同じように首をコテンと傾げたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウィルス視点ー
昨日、一杯休んだから絶好調。
うん。いつも通り、本当にいつも通りにレントに食事を与えられる。もう、餌付けだよね? レントのペットになったつもりはない。いつものように女官達が嬉しそうに見ている風景。
慣れそうになるのが恐ろしくて怖いよ……。慣れないけどね。意地でも慣れないから……レントの思惑通りには進まないから!!!
普通に食事したいのを諦めるしかないのか……とちょっとだけ諦めそうになる。
何で止めてくれないのか……と恨めしそうにレントを見ると「なに、可愛いウィルス」と反応に困る言い方をする。
「あんなの………ずるい。ずるいよぉ」
「姫猫ちゃん~迎えに来たよ~」
離れのリビングで今朝の事を思い出し、うな垂れているとラーファルさんが声を掛けて来る。恐らく私がうな垂れている一連の行動も見ている筈なのに、何も言わずに入ってくる。
……気を使われているんだよね。ごめんなさい……。
「ふふっ、レントに愛されてるんだから幸せオーラだよね」
「うぅ、ラーファルさんが意地悪だぁ」
「何の事? ほら、姫猫ちゃんも喜んでくれるだろうから行くよ」
問答無用で私はラーファルさんに連れ出された。待って下さい、顔が赤いのを引いてから行きたいです。
無視ですか!? 無視なんですね、酷いですよ!!!
ラーファルさんに連れ出されたのは彼が働く魔法師団の敷地があるリグート国の西側区域。区域とは言うが野外訓練とかもするから森の中に施設を建てているんだって前に説明してくれた。
相変わらず広い森だ、と思いながらラーファルさんの後を追う。西側に入る為に門を通ると、門番の方と目があった。
「お疲れ様です。ラーファル様、ウィルス第2王妃様」
「うん、お疲れ様」
「お、お疲れ様……です」
「「はっ」」
うぅ、どうにも慣れない。確かにレントの隣に居ると言ったし、彼の事を好きだと言った事に嘘はない。嘘はないけど……ないんだけど!!!
何でか城中ではレントの婚約者=王妃扱い。
まだ、結婚式も上げてないのに何でかな?
誰も何にも不思議に思わないのか。バーナン様とクレールさんの事だってそう呼ばないの。
「クレールは姫猫ちゃんが結婚するまでは嫌なんだって」
「えっ!?」
「姫猫ちゃんが結婚しない限り、自分もそう呼ばれる気は無いんだって。あくまで自分が結婚するのは姫猫ちゃんの為だからって事らしいよ」
「な、なななん、何ですかそれ!?」
「まぁ、言葉としては間違ってないでしょ。レントは第2王子なんだし、第2王妃様でも意味は一緒じゃない。結婚するのは確定なんだからさ」
気持ちよくするために露払いは必要だよ~、とのんびりと言われ良いのかなとか考えている。離れないようにと手を引かれて行く様が珍しいのか、ラーファルさんが居るからなのかあまり声を懸けられない。
そんな事を考えていたら「ミャア~」とポフンと猫の手が顔に押し付けられる。
「ん、え……」
いつの間にか肩に移動されて甘えた声で頭をこすりつける猫。足元から声が聞こえるので視線を下へと向けると、ナーク君が拾ってきた猫達が集まっていた。
私に気付いたのか寄ってくるのもいるし、のんびりと日光を浴びたりと自由にしている。
大木を中心に猫達がのんびりしており、他に視線を移せば簡易的なベンチやテーブルがあり、休憩場所のようにもみえた。
「ここ、は………」
「森で敷地が広いし城で飼うよりはここで飼った方が良いと思ってね。自然のままの方が、動物もストレスないからさ」
どうやら西口に広がっている森は、魔法の訓練に適しているが働く人達は皆、研究熱心。魔法ついての研究をする為に家とここを往復する毎日。
空気的に仕事のストレスが溜まりやすいんだと…。
少しでも癒しをと、考えていた時、ジークさんの言葉がヒントになったと言う。
『君、ここを猫の住処にする気?』
私が熱にうなされてナーク君が猫を育てるのに一時的に使っていたレントの執務室。自由に動く猫に時には資料を破かれ、1匹追い出しても残りは既に自分の定位置を決めたのか動くことはなくて困っていたらしい。
「だから、レントが本当に猫専用の場所を作ろうかってね」
森の一部を猫スペースに使ったとしても全然余裕はあるらしい。そして、猫達が自由に駆け回っても防壁を作って立ち入り禁止区域を作れば問題ない。魔法の事故に巻き込まれる事もないから、この子達が怪我をすることもない。
仕事の疲れを癒やしに来る師団の人達や、騎士達にも良いリラックスになっていると聞き、好評なんだって。リベリーさんが寝床にしていたから、ショックを受けたらしい……とも聞いた。
あれ、ナーク君は何処で寝泊まりしているんだろ?
「主!!!」
私に気付いたナーク君が木々を飛び越えて、ラーファルさんと話している所に飛んできた。
彼の頭の上には子猫が「ナァ~~」と嬉しそうに鳴いており、ナーク君から受け取ればゴロゴロと喉を鳴らしてペロペロと顔を舐めて来る。
「姫猫ちゃん、人気だね」
「ふふっ、これでも沢山猫ちゃん達を育ててたんですよ。猫ちゃん達も自分から寄ってくるから不思議で」
「雰囲気が似てるからじゃないかな」
「しっ。聞こえちゃうからダメ。主、気にしないで」
「う、うん……」
なんだろう、気になる……。でも、それは足元で甘えてくる子猫の可愛さに負けて抱き上げる。
久しぶりに猫の感触を味わい、誰も居ないからとカルラになって一杯遊んだ。森の一部を遊び場としているから、木の根元で寝たりナーク君に甘えたりしていたら時間はあっという間に過ぎていく。
「……寝ちゃった」
「久しぶりに遊んだからね」
気付いたら夕方。
夕焼け色に染まる空が、何だが眠気を誘う。
ナーク君の声とラーファルさんの優しい声が心地よくて目を数回開ける。でも、自分の周りには同じように寝ている猫達が居るからもう……夢心地だ。体が持ちあげられるのは今、カルラとなっているからだ。
「ボク、王子に届けて来る」
「うん。私も久々に楽しいひと時だったよ」
「仕事は?」
「これからだし、姫猫ちゃんの護衛も仕事の内だよ」
「ん、了解」
シュッ、と姿を消したと思われるナーク君。ウトウトしているからよく分からないけど、なんとなくレントの所に向かっている気がした。
そこまで意識を保ってたけど、もう眠いから……覚えていない。でも、何だかレントに「おかえり」と言われているようで、返事をするように甘えた声を出した気がする。
頭を撫でる気持ち良さに、自然と口角が上がった様な……気がした。




