第32話:ラーグレスと義兄
ーバーレルト視点ー
ふぅ、昨日はえらい目にあったなと髪を整え身なりをキチンとする。あのラーグレスがあそこまで感情を露わにするからには、理由がありそれこそ探していた姫だとすぐに気付く。
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約4年半ちょっと前、父がいきなり連れてきた見知らぬ男を養子として屋敷に連れてきた。
目に光が宿らない、気配が既に死んだような不気味な男を何故養子にと疑問が浮かんだ。使用人達も不思議そうな顔をしたが、当主であり宰相の決定を覆そうなどとはこの屋敷には居ない。
「……ラーグ、レス……です。ラーガ様に、エリンス殿下からお世話をと……」
まさか殿下からの要請だとは誰も思わず、何かあると思われていても仕方がなかった。長男として家の者として扱うよう言われたのならそれは国の決定にも等しいことだ。
だから見定めよう、と心に刻んだ。
それは屋敷に預けて暫く経った時の事だ。ラーグレスと名乗った17歳の彼は1人、一番奥の部屋に住まう様になった。だが、使用人が言うには夕食から夜中にかけてあの部屋からは叫び声が聞こえてくると言う。
1度だけ、心配になり部屋を覗いた使用人は見たのだと言う。
錯乱状態に陥り、泣きさけびながら「姫様……姫様!!!」と大事そうに呼んだかと思えば恐ろしい物を見る様に天井を睨み「来るな……!!! 来るな!!!」と物を投げ付ける光景。
声を上げずに静かに閉めたのは賢明だと思った。
声を出してしまえば、彼はそれに気付き何をしでかすは分からないからだ。同時に、父は既にこの状況に予想がついていたのだと思った。
一番奥に部屋を通したのは叫んでもこちらの寝室には響かない距離。そして、振り回す様なものがないようにとあの部屋にはベッドと本棚しかない。
服はこちらが用意した物を着るだけで、剣を扱う筈なのに彼には一切剣を触れさせないような徹底ぶり。
思わず俺は父に問うた。
「何故、あんな得体の知れない男を引き取ったんです。殿下の命令でも、こちらでなく王族に面倒を見させれば良いでしょう!?」
「こら、バーレルト!!」
今までの不満をつぶけるようにして父に吐き出した。母はそんな俺をキツク叱るがそれを制止させたのも父であるラーガだ。
「……彼は仕方ない。自分が、自分だけが生き残ったんだ。暫くは様子見だ」
「使用人達が怖がっている」
「慣れろと俺から伝える。悪いがそれまで」
「何者なんです!!!」
シン、と父の使う書斎が静まり返る。母は「事情があるのですよ」と苦し気に言っているのを見て、母には事情を話したのだと分かる。何故、息子である自分に話さないのかと強く拳を握った。
「………お前は、大事なものを失った事が無いだろう。彼には……失ったものがある」
「それが毎夜、騒がれる姫と言う人物ですか………」
それを聞いて観念したのか父は溜め息を吐きながらも話しだした。
ラーグレスはバルム国の生き残りである事。
彼は12歳になる姫の護衛と世話をしていたと聞いた。そして、彼が見たと言う炎を操る女性の事も。
「では……では父は!!! 呪われた国の者の世話を押し付けられているのですか!?」
「バーレルト!!!」
母が止める。しかし、俺は怒りが収まらない。
殿下の気まぐれで拾われ、その世話をこちらに押し付ける。まだ若い殿下だが既に才能はあると周りに評価されている。にも拘らず、まだ彼には国を背負うと言った重みが分からないのかと言う気持ちにさせられる。
「……殿下が言うにはな、隣国のレント王子が諦めていないんだと」
「レント……王子?」
何故そこで隣国のリグート国の第2王子の名が出て来るのか。確かに殿下は彼と仲良しであり幼馴染なのは既に知れ渡っている。が、ここで切り出す話ではないと思った。
「彼は自分の妃にとなる者はバルム国の姫だと言ったんだ。そして、滅んだ国であっても……レント王子は諦めないでいるのだと、何か確信があるんだと殿下は言っていた」
「ふざ……けている……!!!」
そんな世迷言の……隣国の王子の言葉なんかに騙されて、殿下も周りも迷惑してると言うのに……。話すことは無いと言わんばかりの態度の俺はそのまま乱暴に扉を閉め、その足取りのままラーグレスの所に向かった。
「っ、え……今、なんと」
ラーグレスは言われた事が分からないのか、キョトンと俺を見るだけだった。俺は剣を構え彼にも握らせた。
「言ったとおりだ。俺はお前を認めないし、お前を信用できない。だが、騎士と言う実力があるにも関わらずお前は腑抜けている」
「………っ」
酷く、傷付いた表情をしているのだと気付く。しかし、既に言葉に出している以上覆す事もないし変える気もない。屋敷の庭園で剣を構える様に言った俺にラーグレスは戸惑いながらも……それでもしっかりと握って鞘を捨てる。
「!!」
瞬間、ゾクリと俺の全身を恐怖が包んだ。
ただ剣を持ち、構えているだけだ。なのにその動作も、何もかもが俺に対して恐怖を植え付けて来るのだ。
戦いを知らないのは自覚しているが、まさかここまで差を見せつけられるとは思わなかった。
だからこそ、悔しいと思い奥歯をギリっと噛んだ。
そこからはラーグレスの圧勝だ。
がむしゃらに叩き込む俺を彼は一寸の狂いもなく、受けきり弾き返して喉元に突き付ける。これを続けて既に1時間は経っている。
いつもの剣の訓練をするよりも明らかに疲れが溜まり、そして気付けば俺は剣を手放していた。
「………お止め下さい。訓練と実戦では違います」
そう言われまざまざと見せ付けられた。そう、俺は確かに訓練程度にしか剣を握っていない。殿下も若くして既に戦いを知っている。戦いを知る者と知らない者……決定的な差と経験が物語り、俺に屈辱を味あわせるには十分すぎるもの。
「おい。何でだ。……何でこんだけ凄いのに、お前は負けたんだ」
ピクリ、とラーグレスの肩が震える。
剣を交えてわかったが、本気の斬り合いなら俺は数秒も持たない内に殺されているのだと理解した。やはり剣の実力ではコイツの方が上なのは理解した。体にも嫌と言う程に分からせてしまったからだ。
だとしたら、分からないことがある。
剣で強いのに、何で毎晩決まった時間に狂うのか。守れなかった者を嘆き、苦しみ、自責の念に囚われたコイツは明らかに俺なんかよりも場数は踏んでいる。
『お前は、大事なものを失った事が無いだろう。彼には……失ったものがある』
父の言葉を思い出す。俺にとって大事なものは家族だ。だから、その家族が無残に殺されるような事が起きれば……俺もコイツのように狂うのか。
毎日、毎日泣き叫び、錯乱し心が落ち着くまで苦しみ続けると言う事なのか……。
「俺は人間相手に、強いだけです………」
ふっと視線を逸らしたラーグレス。立ち上がった俺は素直に謝罪した。
初めはよく分からないと言った表情だったが、やがて戸惑いながらも握手を交わしてくれたから許した。
その日以来、俺はラーグレスを1人の弟として本当の意味でこの家に招き入れた。名前も呼ぶようになり分からない事があれば何でも聞くようにと世話を焼いた。
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「クックックッ。俺も若かったなぁ」
身なりを整え思い出していたのはラーグレスが屋敷に来た事。あの頃と比べれば、今のラーグレスはかなり明るくなったと言える。
そして、それが決定的になったのは殿下に無理矢理に連れて行かれたと言うリグート国での夜会。
彼はその日の事を俺にも話してくれた。生きていないと思っていた姫が生きており、リグート国で保護されていると言う事。今まで、苦であったダンスもマナーも学んでおいて良かったと言い理由を聞いたらニヤリと言い切ったんだ。
「姫様に驚かれましたからね。いつも私が振り回されたので、何だかやり返せた気分になりました。………凄く喜んでくださったんです」
その時の顔の緩みようが蕩ける様な顔をするから、思わずポトリと口に運ぼうとしていた食べ物を落としてしまった。それ位、凄い変わり様なのが俺には衝撃的過ぎた。
となると、そんだけ影響を与えたと言う姫であると言う人物に興味が湧くのは仕方ないだろう。
別にからかうとかそんなネタを探す訳では無い。………半分くらいはあるけど。
そして、昨日どうも父が珍しく仕事で失敗したと聞いてやってきたのは、バルム国のお姫様だと言う。名前はまだ聞いていないが、昨日の風呂上がりの事が覚えている。
うん………色気たっぷり、男を落とせる術を知っているような感じだった。ってか、家の浴室には柑橘系のものを入れていた気はするが、あんなにも色っぽくさせる作用でもあったか?
「おーい、ラーグレス。珍しいな、お前が寝坊かぁ?」
考えても始まらない。これはひとまず置いておくとして、いつもなら早起きのアイツが目を覚まさない。気になって扉を叩くが反応はない。少し乱暴に叩いても全然起きて来る気配すらない。
「ったく、珍しいな。世話の焼ける」
国のパトロールついでに走っている訳では無しな、と思いながらも合鍵で部屋に入る。元々、部屋に物を置かないからかベッドと本棚、ベットの近くに剣を置いていると言う殺風景な部屋に入り込む。
「すぅ……すぅ……」
「ん。マジで寝てんのか……珍しいな」
睡眠はキッチリとる方だったと記憶している。とは言え客人を待たせるのも悪いと思い、豪快に掛布団をはぎ取って……固まった。
何故なら、ラーグレスと昨日会った忘れもしない女性が抱き合っていたからだ。しかも女性の方は幸せそうに「んーー、ラーアフレフ」と舌足らずだが、どう考えてもラーグレスの名前を呼んでいると分かる。
「んん?……バーレルト、様……?」
目をこすり、半覚醒のラーグレス。ちょっとだけ乱れているのは何だと、聞きたいが止める。下からラーグレスの腕に纏わりつく女性につい目が言ってしまう。
(っ、朝から………そ、それなりに立派なものをお持ちで……)
何をとは問うな。
つい、目が言ってしまうのは夜着が薄いからだ。
ドレスはウエストを細く見せようとするから自然と胸の方も強調されるが、俺はどうも好きにはなれない。自然体が一番だと思うが、どうも俺はズレていると思われている。
が、昨日も思ったが彼女は自然体でいるからか気は許せるし……事故とは言え彼女の胸の感触も知ってしまった訳であり、顔が赤くなるのは仕方ない。
「あの、何で部屋の鍵……」
「ふぇ………」
ひょこりと顔を覗かせ、半分起きたままの彼女は俺に気付き「ラーグレスがおせふぁになってまふ!!!」と可愛らしい反応を返してくる。お世話になっていると伝えたいのだと気付きたが、すぐにラーグレスが覚醒してきた。
「ちょっ、姫様!!!」
サッと隠したが俺も見えてしまった。まさか下着の色を朝から拝見できるとは……と鼻血が出そうなのを堪える。
いかん、いかん、ここで出したら変態確定だな。
意地でも我慢だが、目は眼福だなと幸せを噛みしめる。
ドジっ子か、大歓迎だ!!!
「まったく、寝ぼけて抱き付くのはダメだと何度言えば……」
「ごめん、なふあい」
「ほら。そうやって口がきちんと動いていないですよ。今、使用人を呼びますからそのまま動かずにお願いします。……良いですね?」
「ん」
コクリと首を懸命に動かす姿が可愛らしくつい観察してしまう。と、ラーグレスが出て行くのと同時に俺まで連れ出された。何でだ? 別に居ても良いだろうに、と思っていると何故かギロリと睨まれた。
「誤解のない様に言いますが。俺と姫様にやましいところなどない。夜中まで語らったのがいけなかったんだ」
「ほぅ、何をだ?」
「つまらない話ですよ。昔の事とか今の事とか……貴方方、家族の事とか色々です」
「………」
プイッと顔をそらしたが顔が赤くなっている。
その事から恥ずかしがっているのだと分かり、同時に俺達を家族として大事にしている実感した。それに嬉しくて、でも今のラーグレスをイジらない訳にはいかななと思い、使用人が来るまでにと色々と聞いてみる。
「なぁ、本当に何もなかったのか?」
「ないです」
「……あんな色っぽいお姫さんと何もない?……男としてどうなんだ」
「婚約者が居る身でそんなことする訳ないでしょ」
「バレなきゃいいだろ」
「死にたくないですから無理です」
冗談を交えつつ、ラーグレスに多大な影響を与えたであろうあの姫様を思い出す。うん、交流があるなら俺もかなり好感が持っていけそうだし、協力をしろと言うんであれば二つ返事でやるだろう。
ドジっ子っぽいし誰かが面倒を見ないといけないんであれば俺が手を上げても不思議でないな。どうして俺の周りには面白い人物達が集まってくるんだが……退屈しなくて助かる。




