彼女の居ない部屋
「はあ………」
場所は国王であるギースの執務室。私は吐きたくもない溜め息を吐いてしまう。
ウィルスがアクリア王と第2王都で出掛けて行くまでは許した。
私も父も煽ったのだから仕方ないし、父も「……うぅ、ウィルス~~~~」と母に泣きついていた。
お決まりのように宰相から「しっかりしろ、馬鹿者!!!!」と怒られてもずっと父は「うぅ、アイツ……アイツより……ワシが話したかったのにーーー」とみっともなく泣いている。
「子犬国王、お可哀想に……」
「大丈夫ですよ、子犬国王。ウィルス様は明日には戻られますから」
母は「しっかりしなさい、国王でしょ?」とペシッと音は響いても、全然痛がる様子はない。そして、その周りでは宰相が扱っている諜報機関の者達が、あれよあれよとご機嫌取りを始めた。
それより子犬国王とは初めて聞いたぞ。
良いのか、誰も何も言わないけど……。
「そこは黙っていて下さいレント王子。忠誠心の塊になるならば……大目に見ます」
宰相のイーザクが私の心の内を読むようにして説明を加えている。そこで兄のバーナンが執務を終えた書類を持ち、状況が分からずにいればリベリーから報告がされた。
「………自業自得だね」
「「っ…!!」」
容赦ない兄の言葉に傷付いたのは言うまでも無く、私と父の2人だ。リベリーは面白いだろうに、ケラケラと笑う。そこに「ただいまー」と言いながらリベリーを蹴り飛ばすナークが現れた。
密かにここを家のように思ってくれる事に内心では喜んだが。しかし、それよりも優先にする事があり父と共に彼に詰め寄った。
「「ウィルスは!?」」
予想通りと言うべきか、母には「あらあら」と言われた。イーザクは私の執着に驚いて目を見張る。
「明日、戻るからって」
「「今じゃないのか……!!!」」
ガクリと肩を落とし同じ反応を示す私と父。
「当たり前でしょ。もう夜だよ? むしろ友好国として彼女の事を受け入れてくれるなら、こっちだって願ったり叶ったりでしょ?」
「「そう言う問題じゃない!!!」」
兄のもっともらしい答えに反論する。
先を見据えているから、ウィルスを使えるなら最大限に使うし彼女もそれに文句は出さない。
彼女には帰る国も家族も居ない身だ。
そんな彼女に私と婚約者である事と言う事実を確立したのは理由がある。
自身が襲われた時、後ろ盾がないと何かしらの交渉道具がないからと色んな事に利用される。
政治の駒、愛玩具、貴族の見世物、奴隷。
想像もしたくない事がウィルスを襲う。そんなのは私は耐えきれない。彼女は無自覚だが、王族としての気品や清楚さがある事から私が婚約者と名乗りを上げなければ、自分が貰おうとする貴族達は多い。実際に彼女をデートに誘った時、クレールにエスコートを受けたあの日以来、ウィルスの事が話題に上がっていた。
睨みを効かせて黙らせ、夜会までに窮屈だと思いながらもウィルスを自室から出さなかった。ダンスのレッスンやマナーの時には、ラーファルに頼んで転送魔法で行い人目には触れないようにしたくらいだ。
「レント。あの時、私達も居たから余計に目立った。……悪い」
その事をジークに謝られたが、あの時は私も舞い上がっていたからおあいこだ。
彼女を王族と知っているのは、私を含めてここにいるメンバーと友好国としている夜会で参加した人達だけだ。エリンスも、バルム国の生き残りであるレーグナスを匿っていた事から、こちらと考えは共通していると考える。
兄の言うように、友好国としてまた同じ理解を示しているなら安心だろと言う説明は分かる。でも、今まで一緒に居たのに突然居ないのは……不安でしかない。
「………」
思わず刻印を残したであろう手の平を見るが反応がない。
当たり前か。ウィルスにとっては安心できる場所がこの国以外でも出来た事になる。恐らくは同じ国のラーグレスが世話を焼いてるであろう事も想像できるし、何より彼はあの国の宰相の養子として引き取られていると聞いている。
……身分もしっかりしているし、ウィルスが安心しているのは実に喜ばしい事なのに。何故だか私はそんな気持ちにはなれなかった。
「遠く離れた地に居る訳ではないんだから少しは頭を冷やしてくれ」
ポンポン、と頭を撫でる兄は私にした事を父にもする。でも、私以上に父は「うぅ、でも、でもアイツに抜かされるのは……」と別の事で戦っている様子だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「………寒い」
兄に説得される私も私だが、父はいつまでも諦めきれなかった様子。
「明日の朝、迎えに行く!!!」
早く起きれるようにもう寝ると言わんばかりに、早々に寝に言った。イーザクが遠い目をして「バカ王め……」と言ったのは聞かなかったことにする。
私も彼に睨まれたくはないしね。
「はあ………ウィルス………」
いつもの自室。いつもの寝室だけど、いつもいる筈の彼女が居ない。それだけで私はやる気を半分以上は奪われているのだ。
ラーファルの言う構うのも程々、とはこれを指すのだろうか?
別に変わった所などない。
部屋に配置を変えた訳でも、家具を入れ替えたとか新しいものに切り替えたと言った事はしていない。……ウィルスと会う前の生活に戻った、ただそれだけなのに心は満たされないのだ。
「………彼女が居ないと寒いな……」
気温はまだ温かい。冬になるのは大部先なのに、私の身体はとても冷え切っていた。彼女が――ウィルスが隣に居ないと言うただそれだけの事実。
苦痛だ……。病気に苦しめられるような、体があちこち痛いと訴えている。
こんな飢餓感を味わうとは思わなかった……。カルラであってもウィルスであっても、もう私にはどちらも大事で欠けてしまっていけないのだと心の奥からそう感じた。
「………寝れないな」
既に夜中だと言うのに……。
あれからベッドの中で寝るに寝れないのだ。気を紛らわそうと自室に繋がるバルコニーを出る。
ナークが魔獣となって、1度私の部屋は壊された。全壊とまではいかなくても、自室と寝室を半々に壊されたのだ。戻ったナークは青ざめて今まで貯めていたお金を渡して修理のアテにして欲しいと言ってきた位に。
「フニャー」
「ミャ、ミャー」
今の私の部屋は王族区域の所ではなく一時的にとあてがわれた離れだ。
部屋が修理し終わる時までの、一時的なものだが元々はこの猫達にと私が広く部屋を与えていたのだ。
一応、寝れるようにと広めのベッドをと思ったが結局は私とウィルスが使っている。
「なんだ。お前達も眠れないのか?」
しゃがんで声を掛ければ、肯定するように色んな所から声が上がる。寂しがっているのは私だけではない、この子達も含んでいるんだ。
「……早く帰ってきて欲しいよね」
「ニャニャ」
「ニャウ~」
「フニュ、ウニュウ~」
私の肩に乗り肯定したり、頭に乗ったりと大忙しだ。それに思わずクスリと笑う。そう言えば、彼女はカルラと合わせて猫を沢山飼っていたと聞いている。今見るとざっと7匹くらい入るだろうか……。
「早く帰ってこないご主人様には……お仕置きが必要かな」
思わずポツリと言っていた。
しかし、この子達は目がキラリと光ったのを見た。肯定するように頷かれ、私に擦り寄ってくる。……寂しいのが伝わってしまったのか。
「そう。じゃあ、君達……ウィルスにお仕置きするの手伝ってくれる?」
そう言えば全力で頷き、7匹は急いで私が眠っていたベッドへと駆け上がっていく。その上で「ニャア~」と鳴かれたので寝ようと催促しているのだと受け取る。
「ふふっ、分かったよ」
月夜を見る。
黄色く輝く月の光は今日はとても心地いい感じだと思った。何時までも見ていたいが、クイックイッとズボンの裾を引っ張られる。どうやら、向こうは待てない様子だ。
「うん。今、行くね」
さっきまで寒かったのに、あの子達が居ると言うだけで何だか暖かい。前も後ろも温かいから、この子達は好きに眠りに入るようだ。
「ウィルスがいけないんだよ。勝手にいなくなるから……」
呟いた言葉にこの子達が思い思いに鳴いている。
ほら、私だけでなくてこの子達にまで寂しい思いさせてるんだ。……やっぱりお仕置きの1つや2つは必要だよね?
彼女が隣に居ない日々はもう考えられない。
私に強くここまで心に残させた彼女の事を、どうして忘れられようか。
どうして他の女性をなどと考えられようか……。
彼女以外は何も欲しくない。
彼女は私を好きだと言ってくれた。私もそれに全力で答えるし、守ってみせる。だからウィルス。もう少し行動を考えようか……。
でないと、私の物だと分からせる為にあらゆる手段を使うよ。
真っ赤に顔を染めても、頑張って反抗してみせるのも良いだろう。でも、気付かないんだろうね……。そんな事をすればするほど、私は君の溺れるのだ。
深く、深く、海の底にまで落とされて光が届かない位に……私は君に夢中だと伝えよう。だから、ウィルスも一緒に落ちようね。
寝ても覚めても最初に考えているのはウィルスの事だけなんだ。
こんなに夢中にさせたんだから……次は私が愛情たっぷりに、君に愛を囁こう。互いに好きなのは知っているんだし言葉にも伝えた。既に婚約者だと隣国には知られているのだから、他国にだって伝わるのも時間の問題だ。
だからね、ウィルス。
明日、ディルランド国に迎えに行くから覚悟しといて。帰ってきていつものように部屋で過ごして、愛すると決めた男の事をしっかりとその身に刻むからね。
1日、我慢したんだからそれ位は良いでしょ?




