第30話:嵐の如く
ーレント視点ー
パク、パクッ、パクと差し出された物を可愛らしく食べるウィルスを見て私のテンションは上りぱっなしだ。隣ではナークが自分がと言わんばかりに、ウィルスに飲み物を渡したり「どれ、食べる?」と促す。
これを続けて2週間は経とうとしてるのに、ウィルスは一向に慣れる気配はない。よっぽどナークが入って来たのが予想外なのだろう。私とのだって慣れるのに相当時間が掛かった。
あぁ、このまま慣れなくても良いけどね。可愛い反応を見れなくなるのは私としても困るから……さ。
「………」
顔を赤くしながらも私とナークが差し出す食事を必死で食べ、モグモグと食べる。小動物のような反応だから可愛くてしょうがない。時々、目で止めるようにと訴えて来るが止める訳にはいかない。
「姫猫ちゃんを普通の状態に戻さないとね」
刻印の力が中途半端なのも、ウィルスの心のバランスが崩れているからだとラーファルは言った。12歳の誕生日と言う祝うべき日に国が襲われ、両親を失った彼女の心の傷はそう簡単には治らない。
そして、魔獣を使っていた者の話からすればバルム国を襲ったとはっきりと彼女が聞いている。
私やナークは武器を扱うから、普通の人達よりも危険度の認知は敏感だ。普通の人でも攫われたり、何らかの事件に巻き込まれたのならパニックを起こしたり泣いたりする筈だ。
ウィルスにはそれがない。
ない、と言うよりは普通と言う感覚が分からない感じだろう。危険なものを危険でないと認識している状態では、刻印の恩恵で飛べたとしても間に合わないと言う状況の方がしっくりしてしまう。
普通の感覚。せめて、攫われたりしたら危険だと言う認識を持ってくれないと困る。リナールの様な拷問まがいの事も起きてしまうのだと分かってくれないと……。
「あ。主、ソースが顔に付いてるよ」
「ひゃうっ!?」
ビクッとウィルスの身体が震えた。
それもその筈だ。ナークが言った事は正しいが、布巾で拭えば良いものを……舌で舐めなくても良いと思うんだよね。……それは私だけの特権なのに。
顔を赤くしても逃げられないのは、両サイドを私達2人で固めてるからだ。でも、ギュッと私の服を強く握っている事から注意をして欲しいのだと言うサインだと気付く。
「ナーク……」
「ふんっ。王子は近すぎるんだよ」
「ウィルスは私の婚約者なんだから当たり前だろ?」
「だとしても、ボクは主の事が大大大大大好きだもん!!!!」
「?!?!?」
ほら、そんな事を言うからウィルスがまた真っ赤になってるし、思考が追い付いてないから困ったような顔をしている。
「うーー」と威嚇するような彼女に、ナークは無視して「だーいすきー♪」と彼女に抱き着いて来た。……斬って良いよね?
そう思い、私の枕元に忍ばせた剣を取り出そうとして念話が割り込んできた。
≪レント!!! 今すぐに逃げろ!!!≫
ジークの慌てた声。何のことだ、と思ったのと寝室の扉が豪快に開かれたのは同時。ファーナムが目を見開き、ウィルスは「ふえ?」と可愛い反応。ナークはウィルスの前に滑り込み、無断で入って来た人物を睨み付ける。
「よーーーし、ここだ……な……」
皆、反応に困った。
何故なら、仁王立ちで居たのは隣国のディルランド国の国王であるアクリア王が居たからだ。
派手な紅い髪、程よい筋肉と体系はとても父と同じ50代とは思えない程に若々しく見えた。白い法衣の様な服を着ており、目をパチパチと私達と視線が交じる。
でも、私の事を見てニヤリとしたのは忘れない。
有言実行したとでも言いたいんだろう。
「ア、アクリア……王」
ウィルスがやっと正気に戻り、戸惑い気味に声を掛ける。途端にアクリア王はニコッコリと「ちょっと良いかウィルス姫よ」と部屋に入ろうとしてすぐに止まる。
「……す、すまん、寝室だったな……では、用意が出来たら言ってくれ」
「なら出ないでウィルス」
「レント!?」
驚いたように言われてもね。
寝室から出なければ良いならこのまま彼女は出さない。アクリア王が困り気味に私の事を睨む。そんな事をしている内にウィルスが抜け出して「あの……」と王の元へと歩いていく。
ウィルス、勝手に動かないでよ!!!
「夜会の時はすみませんでした。挨拶もすませないまま……そ、その」
「構わん、構わん。王子と仲良くしてたんだろ?」
「………あ、えっと」
気まずそうに視線を逸らすウィルス。
チラッと私の事を見る彼女の顔は凄く赤い。夜会が終わった後、私の部屋での事を思い出したんだろう。急に挙動不審になり私から視線を外しまくる。
「仲が良いのはとても良い事だ。よし、行くか」
「へっ」
キョトンとするウィルスをアクリア王は普通に連れ去った。
彼は転移魔法と言う自分が印を付けた場所に現れると言う希少な魔法を扱える。リグート国の城や自分のお気に入りに突如現れるので出くわした側は困る。
「……追う」
ウィルスと契約しているからか、彼女の魔力を感知したナークはすぐに姿を消す。私は溜め息を吐きファーナムが気まずそうにどうするかと聞いて来た。
「……煽ったのは私だもんね。仕方ないけど、アクリア王に譲るよ」
「かしこまりました」
「レント!!!」
慌てて入って来たのはジークだ。
念話を行って教えてくれたのに申し訳ないなと思いつつ、ここにアクリア王が来てウィルスを連れ去ったと言えば謝られた。
「今、国王が対応と考えていた矢先……アクリア王が勝手に動いて」
「エリンスと同じで留まるのに苦労する人だからね。ウィルスの傍にはナークが付いているから平気だよ」
「だと、良いんだけど……」
ジークが言うには嫌な予感がすると言う。
私は何があるんだと思いながらも、ジークの勘が当たった事に気付くのは先になる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーアクリア視点ー
第2王子のレントと国王のギースが会わせてくれないから、無理にリグート国へと転移した。最初に現れたのはリグート国城内の廊下だ。
既に夕方で帰宅しようとする者達が多い中、いきなり現れた俺に対し皆が驚き「ひっ!!」とか「うえっ」とか様々な反応を示してくる。
まぁ当たり前だな。
しかも、俺の事を知っているのはギース、宰相のイーザク、魔法師団のラーファルと知っている者は少ない。……場所を間違えたか。
「どうしたんです、アクリア王」
周りが俺を見て騒然となる。下手をすると刺客とか思われるか……と考えていると声を掛けられた。青い髪に女性と見間違う程の美貌を持つ男、ラーファルが笑顔で近付いて来た。
「お、王!?」
「え、アクリア王って、夜会の……」
「し、至急に国王にお知らせを!!!」
「宰相にお伝えします!!!」
ラーファルが言った事で尻もちを付いていた者達は慌てて起き上がり、礼をしながら対応に追われていく。
悪いが煽ったのはギースだからな?
「そうですか。そんな経緯があったんですね」
いつもの笑顔で俺が来た経緯を言えば、彼の態度は変わらないもの。実力は認めているし、時々こちらの師団を鍛えて貰っている。
本当なら俺の所に欲しいが、彼は既にこの国の貴族令嬢と婚約をしておりこの国に誓いを立てた身だ。
……悔しいが、訓練して貰えるだけ良いと思えるしかないか。
「あと姫猫ちゃんが結構頑張っているんですよ」
「……姫猫、ちゃん……?」
誰の事だと聞けば「レント王子の婚約者ですよ」と言われ、思い出すのは夜会の時に見た親友と瓜二つの薄いピンクの髪の女性。
「そうか……」
「今、訓練を終えたので今頃はレント王子の部屋に居るかと」
「ん。すまんな」
「え、あの……アクリア王!?」
久々に聞いたラーファルの慌てた声を聞きながら、俺は王子の部屋へと飛んで突撃した。
「そんなことがあったんですね」
ウィルスが俺の来た経緯とどうやって来たのかを説明すれば、彼女は「アクリア王も魔法を扱えるんですね」と嬉しそうに言っていた。うん、そんな風にはしゃぐのも彼女の性格とよく被る。
「すまない、お任せで頼む。大事な親友の娘さんとの食事だからな」
「かしこまりました」
第2王都の貴族達が行き交う高級店。
最初に対応した者は俺の風貌を見て、何かを感じ取ったのかすぐに支配人と変わる。そして、その支配人は俺を見てすぐに笑顔で全てを受け入れた。
俺やギースがよく利用していた店がまだあり、今では有名店となったと聞き絶対に来たいと思っていた。ギースも今ではたまにだが来ると言う事で、その時の対応は必ず支配人に代わる徹底ぶりがなされた。
「あ、あの……アクリア王。こ、こんなにして貰って……良いんですか」
「あぁ。なに、俺が親友にして欲しいのを君にして貰っているだけだ。気にするな」
この店の支配人はここの経営と少し離れた服飾店でも経営を行っている。だから、無理を言ってウィルスにと蒼いドレスと髪をアップにし綺麗にして貰った。
………うん、さらに美しい。レント王子め、こんな美人を婚約者にするなど恐ろしい男だな。
「俺の事はデートルで構わない」
「しかし……。で、ではデートル様と呼ばせてください」
フワリと笑う彼女はどうしても被る。うん、それで君が良いなら何でも許すぞ。その後、2人だけで食事を開始したオレはワインを飲み、ウィルスは果物のジュースを飲み互いに楽しんだ。
「え、ではギース様もデートル様もここを利用されていたんですか?」
「はい。その頃から、よく利用してくださり今ではこのように大きな店になりました。本当にありがとうございます」
「なーんもしとらんよ。実力でここまで上がって来たのは事実。今度は息子と来ようと思う。その時には今日は違いちゃんと連絡を入れる。息子の婚約者と共に食事会をするからな」
「はい。ご連絡をお待ちいたします」
チラッとウィルスの事を見て「レーベ様の関係者、なのでしょうか?」と俺に耳打ちをしてきた。その間に、ウィルスは嬉しそうにデザートを食べておりこちらまで幸せになる不思議な笑顔だ。
「レーベの娘だ。……唯一、生き残ったんだ」
「っ、それは……申し訳ありません」
この店の支配人であるランデルは俺とギース、そしてレーベとその夫であるラギルもよく利用していた。リグート国は飲食店での力の入れようが凄いからか、各国の国産品も取り扱う事から商人達にはお得意先として知られている。
ランデルはバルム国での事を知っており、周りから呪われた国だろうと言われようとも心の中ではそんな事はないと思い続けていた。そして、ウィルスを見て何処か納得したような表情をしている。
「……成程、あの方々の令嬢なら納得です。よく、生き残っていらしましたね」
「あとレント王子の婚約者でもある。……まぁ、公表はしているが彼女の事はまだ知られていないからな」
「そうでしたか……。ではあとでギース国王、第1王子のバーナン様、第2王子のレント様にそれぞれお品を送ります」
「そうしろそうしろ。祝い事は派手にやって良い位だ」
「かしこまりました。……ウィルス様、お気に召したのならまたお持ちいたしましょうか?」
「!? え、あ、す、すみません……」
ふむ、相変わらずの観察眼だな。
食べ終わったウィルスの表情からまた食べたいと言うのを読み取った。一瞬迷う素振りを見せたが、俺がニコリと笑った事で了承と受け取りそのまま2つ目のデザートを待ちわびる。
「……レーベも食べる姿が可愛らしいからな。遠慮せずに食べてくれ。金はこっちで出すし夜会のお礼として受け取ってくれ」
「す、すみません……ありがとう、ございます」
お礼を言った時、デザートが来た途端にぱあっと明るく笑った。うんうん、そういう所もそっくりだ。ゆっくりとした食事に親友の娘に会えた事で満足した俺は会計を済ました。
正門までの道のりをウィルスと歩いていると―――ガチリ、と言う金属音を聞いた。
「見つけましたよ、王………」
「ラ、ラーガ……」
冷や汗の俺とは対照的に黒髪の無表情の男は、こともあろうか俺に対して手錠をしてきた。逃がさないようにする為だと言い、魔法で逃げられないように細工をしていると言われすでに馬車が用意されていた。
「ま、待て。確かに抜け出してきたのは悪いが……せ、せめて彼女だけは城に帰してからでも」
「貴方も来てください」
「へうっ」
突然、自分に問われ驚くウィルス。ラーガは「王を誑かした可能性も含めて調べます」と言われ、かなり頭に来ているのだと理解した。
「あ、私は……」
「拒否は許しません」
「はい……」
「待て、ラーガ。彼女は違う。全然そういうのでは」
弁明をしようとして、鬼の様な睨みに思わず口を閉じる。ウィルスも拒否をすればいいものを「イーザクさんと一緒です」と、声がかなり怖がっている。そのままラーガが用意した場所で俺と……巻き込まれてしまったウィルスはディルランド国へと帰って行った。




