第29話:甘々な2人
ーウィルス視点ー
ナーク君が元に戻ってから約1カ月経った。魔法を初めて使ったからか最初の1週間ずっと寝ていた。
体はなんとか動くけど力が入りづらい。レントはいつものように、食事を運び食べさせる。
違うのは──
「主、あーんして」
「違うよ。ウィルス、こっちが先」
「むーー、王子はいつもしてるんでしょ? ボクに譲ってよ」
「無理。彼女に関して譲る事はない」
「ケチ!!!」
「どう思われても譲らないから。無理」
「意地悪……」
「何を言っても無理だから。諦めてね、ナーク」
「………」
ナーク君が普通に入ってくる事だ。
彼も寝込んだみたいな事を聞いていたが……嘘じゃないかな?
こんな笑顔満載でレントと同じように行動するナーク君が理解できない。ひっそりと居ると言っていた気がする。
目が覚めて、食事が出来るまで回復したと分かった途端。ファーナムがレントを連れて来たのが間違いだと思った。ナーク君も一緒に来て、見られると思いながら恥ずかしいなと思った。
そんな思いも裏切られ、まさかのナーク君も参戦。
えぇ、彼には1度食べさせて貰いましたから、感覚は覚えているだろう。2倍、恥ずかしくなった…。だから、こうして2週間弱はこれが朝の風景だ。
女官長のファーナムしかいないのは、ナーク君の事を知っている人が彼女だけだから。他の女官の人達は来ないように配慮している。
悔しがっている、と聞いた気はする。うん、私は何も聞かなかった。
普通に食事をしたいと願うのはいけない事なのか。
こんなハードは誰も求めていないし、私は絶対に慣れない。
チラッと、ダメだと思いながらファーナムの事を見ても笑顔を向けられるだけだ。
え、同時に対処するの?
口は1つしかないよ?
「主~~♪」
「ウィルス~~♪」
2人に両側を取られ、されるままの自分。しかも、ギュッと抱き締めながらも片手は、それぞれパンを小さくちぎってくれてる。私の口の前に止まってるから、食べて欲しいのが分かる。
でも、慣れないし慣れたくもない!!!
何で分かってくれないかな。必死で訴えてるのに……。
「あ、あーん……」
パクッ、パクッとヤケになりながらも頬張る。時々、リベリーさんに止めてもらってる。今日は来てないから諦めるしかない。バーナン様に対処法を聞かないと……。
モグモグしてる間に、次の分とばかりに2人は口に入れる物を選びながらもじっと待っている。
し、視線が……視線が辛いよ。
うぅ、早く食べたいけど……いつも時間を掛けるんだよね。
2人共、仕事は? と言いたくなる。
「主、可愛いから見てても面白んだよ」
ナーク君!?
心の声を読まないで!!! サラッと恥ずかしい事を言わない!!!
「うん♪ 分かった」
「な、なら……よし」
何故、考えてる事がバレるのか。そんなに分かりやすいのだろうか?
レント、お願いだからむっとした表情にならないで。
「姫猫ちゃん、迎えに来たよー」
「「!!!」」
ラーファルさんだ!!!
数回ノックした後。誰が来るのか分かったから、その後の行動は早かった。ベッドから抜け出し、寝室に入って来るのと同時にラーファルさんの後ろへと隠れた。
2人はラーファルを睨む表情が同じだが、彼も毎度このやり取りをしているので慣れてしまっている。
「じゃあ、行こうか。姫猫ちゃん」
コクコクと頷けば頭を撫でられる。
それが心地よくてギュッとしていたら、寒気がして背中がピシッとなる。キョロキョロと周りを見ても、寝室は部屋の中央にある大きなベッドと本棚、読書用の1人掛けソファーがあるだけ。
ファーナムをチラッと見ると、彼女はクスクスと笑っているから正体を知っている事になる。一旦、ラーファルさんの背中で深呼吸して意を決してナーク君とレントを見る。
「「………」」
2人は無言のまま、私の事見るが態度が明らかに違う。
ナーク君は私と目が合った事で分かりやすく笑顔を見せる。レントは無表情のままニコリともしない。
何だろう、寒気しか感じられない。
「王子。姫猫ちゃんの事借りるから、夕方には執務室に送っていくよ」
え、待って!!!
ラーファルさん、今日は泊まっていい約束だよ。だから、一泊する準備だって、その荷物だってベッドの下に置いて既に持ってるんだよ?
見て見て、とファーナムが用意した一式が入った大きな手提げ袋を見せる。すがるような私に、ラーファルさんはニコリといつものように優しく諭してきた。
「お泊まり会を予定してたけど、姫猫ちゃんは王子に言ってないよね?」
ピシッと分かりやすく、何かが崩れる音が私には聞こえた。
ラーファルさんは次はちゃんと許可を取ろうか、とあやすような言い方をした。その間にも優しく撫でている。あっという間に荷物を床に置かれてしまう。
あの、ラーファルさん?
何故、その度にヒシヒシと突き刺さる視線を感じるのかな。止めるように訴えても、彼は何故か止めない。むしろ……むしろ、レントの事を煽ってるよね?
なんで、なんでなの!?
涙目の私を気にした様子もなく、ラーファルはさっさと連れて行く。ファーナムから微笑まれたけど、私は冷や汗が半端ないし怖い予感しかしない。
「じゃ、今日もお願いね」
ラーファルさんの言葉が私にしっかりと届いたのかは不明だ。それが冷静に聞こえない位に、頭の中ではパニックが起きていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
ウィルスとの食事が終わり、私とナークは国王の執務室へと向かった。既に人払いは済ませてあるのか、見張りの者達がいない。
執務室には、兄様、リベリーと宰相のイーザクが既に揃っていた。そして、水晶に映し出された赤い髪の男性であるアクリア王もいた。
ナークに憑依した魔獣は完全に彼の中からいなくなった事。
初めて魔法を使ったウィルスも、今では普通に過ごしている事などの詳細な部分もアクリア王に話した。
「そうか……姫や君が無事で良かった」
ビクリとナークは分かりやすく反応した。
魔獣に変化されウィルスの事を2度も攫った事もある彼には痛い言葉だ。初めて魔法を使った影響なのか彼女は1週間寝込んだ。
ナークも同じように倒れたが3日程で目を覚まし、その後すぐに牢屋に入ったと言う。
また、自分が魔獣になる可能性も含めての行動であるとリベリーから報告がなされたからだ。
兄様は監視の為に、ナークの好きなようにさせた。最低限の食事を渡しながら1週間が経った時。ラーファルの指示で数名の師団員が現れ調べ始めた。
魔獣から人に戻るのも、人が魔獣になる事自体が初めての状況。慎重に調べる中で、ラーファルはナークの中に渦巻いていた黒い力を感じ取る。
数名がかり、交代しながら行った作業はそこから1週間掛かった。
やがてナークの体から黒い球体の物体を取り出す事に成功。ラーファルが「頑張ったね」と彼を褒める。
「魔獣の魔力は完全に取り出した。もう、心配する必要ないよ」
「あ、ありがとう……ございます」
驚いたナークと違い、リベリーは背中をバンバンと叩きながら「姫さんに感謝だな!!!」と大喜びをした。私もほっとしたし、側近のジーク達も安心したように胸を撫で下ろした。
「姫猫ちゃんなら、起きてまだ体が不自由なんだ。……行って来たらどう?」
「………」
途端にナークの表情が曇った。
どんな顔をしてどんな言葉をかけるべきか。怖い思いもさせたと思っている時、私が手を引いた。
「ナーク。君の主はウィルスでしょ? 私達に遠慮しないで」
「っ……じゃ、じゃあ行く!!!」
シュンと姿が消え気配もなくなった。
それからナークはウィルスが起きてから、四六時中べったり。私も仕事を終わらせて、早々にウィルスに会いに行き2人で彼女の世話をしている。
それを知った宰相は酷く頭を抱え、国王のギースは「また、会えんのか……」と毎日嘆いているのは内緒だが。アクリア王は報告を聞き終えて、ふと思い出したかのように言った。
「あ、ウィルス姫と会わせてくれ。全然、話をしてないんだ」
「「却下」」
そう答えたのは私と父だ。アクリア王には会わせないとまで言ったら空気が変わった。
「………」
無言のアクリア王に、同情の視線を送るのは却下と言わなかった面々。見開いた目を普通に戻し「何故だ」と問いかけてくる。
「悪いが、ワシはまだウィルスと全然話せていないんだ。ワシは全然満足してない。お前さんに譲る理由はない!!」
「ウィルスは私のですから、父にも話す機会など与えません」
「酷い息子だな」
「ですから、アクリア王の分も無理です」
「ぶふっ!!!」
アクリア王しか居ない部屋に第3者の笑い声が聞こえてくる。舌打ちした王と代わるようにして水晶に映り込んだのはエリンスだ。
「だから言ったろ? レントにお願いしても絶対に無理だって」
お腹を抱えながらも笑いが止まらないのか、目尻には涙が零れている。
「……ふんっ、覚えておけ。絶対に彼女と話すからな!!!」
「え、あ、ちょっ……」
水晶から魔力を送られない事で、映像のように映し出されたエリンスが消える。何か言う事があったらしいが……と、思っていた。
その日の夕方。
転移魔法を使って、いきなり現れたアクリア王に城内は大パニック。そうとは知らないウィルスは今日も、私達2人に食事を与えられるのだった。




