第28話:魔獣の元へ
ーリベリー視点ー
ジークとバラカンスから連絡が入りオレはバーナンの所に向かった。
「そう。……リベリー、レントは彼女から離れないのは分かりきってたから、それは不問にしよう。……満足したか?」
「っ……」
ギリッと奥歯を噛む。
言いたい事は分かる。オレがバーナンに報告した時、ナークを始末しろと言った判断は間違っちゃいない。
犠牲がでる前に、処理しろって意味だ。
でも、ナークは人一倍姫さんの事を大事にしてる。
オレが感じた危険は、ナークには姫さんの敵以外のなにものでもない。倒して姫さんの日常を守りたかった…。だから、オレは姫さんとの絆に懸けた。
魔獣のような存在が、人間に憑依するなんてのは聞いた事がない。新種だとしても確かめようがない。
「わかっ、てる。……もう、迷わない。アイツを処理する」
「仲間が出来たのに、残念だな」
「……ありがとうな。バーナン」
ショックを受けた声色からナークの事を気に入っていたのが分かる。それだけでもアイツには救いだ。姫さん、全部内緒にしてて悪かった。
ナークの事、オレ以上に大事にしてくれてありがとう。アイツが幸せを噛み締めている実感も聞いた。
だから、アイツに大事なものが出来て嬉しかった。
だから……オレがアイツを──殺す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウイルス視点ー
「ん、んぅ……」
頭がクラクラしてる。ぼやけた視界でも分かるくらい目の前は真っ暗。
「……ちょっと、固い……?」
黒い毛なのは分かる。触り心地は固め。カルラや猫達みたいなフワフワとした毛並みじゃなくてゴワゴワした感じ。何回かフニフニと触ると途端にビクリと何かが揺れた。
目の前の真っ暗な風景から、段々と月明りの夜空が目に映った。
すぐに私の事を覗く狼と視線が絡む。
「ナーク、君……?」
ピクン、ピクンと耳が反応を示し、キョロキョロと見渡し申し訳なさそうに離れていくのが分かる。視界も大分良くなったから分かる。うん、やっぱりナーク君だ。いつも私の事を見守って、名前を呼んだら笑顔で迎えてくれる年下の彼だ。
細長い顔、大きな手足の全身が黒い毛で覆われた狼。ただ、私が知っているのとは大分違う。
手の部分に鋭い爪があるのだが、かなり丸まっている。引っかけやすい様にされた、その爪はとても頑丈そうだと珍しがって触る。
その爪を器用に使って私の顔をさすってくるから、何だが甘えているようにも思えた。
「ふふっ、くすぐったいよ。ナーク君、どうしたの」
私の言葉は通じている。嬉しそうに尻尾を振っているのがその証拠だ。
目も真っ黒、体も真っ黒な2メートルはあろうかと言う程の大きさ。見た目が変わってもどんな姿でも彼は変わらない。
「なにを遊んでいる。ディーガ」
「!!」
声のする方へと視線を向ける。途端にナーク君が怒りをぶつけるようにして体を震わせ、「グルルル……」と唸り相手を睨み付ける。
「ターゲットの確保はしろと言ったが、王都で暴れずに戦果もあげずにノコノコと……」
「……貴方が、ナーク君を……この姿にしたんですか」
音もなく現れたのは仮面を被り素顔を隠した人物。
歩く度、近付く度にその人物の足元から影が沸き上がる。ズズッと引きずるような音が耳に残り、影が人一倍に広がり始める。
「ひっ……」
思わずナーク君に擦り寄った。得体の知れない恐怖、人とは違うような存在にどうして良いのか分からない。その様子がおかしいのか、「ククッ」と愉快に笑うから余計に恐怖を煽った。
「初めましてバルム国の姫君。私の名はディル―ダークと申します。ディーガ、お前は動くな」
「ガッ、ウガガガ」
「ナーク君!!」
気付いた時には引き剥がされ、仮面の人物と対面させられる。しかも、動きを封じる様に私の身体に影が纏わりついてきた。
「っ……」
「動かない方が賢明ですよ。勢い余ってポキリ……とはいきたくないでしょ?」
裏付けされるように影の締め付けが強く、思わず痛さで顔が歪む。仮面越しでも心臓をわしづかみされているような気分の悪さ。思わず顔を背ければ「いけませんね」と言い、無理矢理に目線を合わせられる。
「ほぅ……美しい髪と瞳をお持ちですね。やはりあの国を潰すのは間違いだったかな」
「え……」
「貴方の住むバルム国を潰したのは我々ですよ。今の彼のように、人に魔獣を憑依させて操り人形のように国を蹂躙する。そんな兵器の完成を目指しています」
ただ、ナーク君の場合は予想外な事が起きたと言う。
憑依させてから、1週間も意識を飲み込まれてなかったのは彼が初めてだ。未だに掌握できていない様子だと言った――直後。
グシャリ、と真上から拳が叩きつけられた。
拘束されていた影を爪で引き裂き、咆哮を上げながら私を抱えて跳躍するナーク君。
「逃がしませんよ」
「!!」
森林を跳躍し、王都の光が見えたと思った時。グルリ、と視界が一回転した後で地面に叩きつけられる。
「っ、うぅ……」
私にダメージがないのはその殆どをナーク君が受けたからだ。フラフラの状態になりながらも何とか起き上がる。着ていたドレスが汚れる事よりも助けてくれたナーク君の方が心配だ。
「ガアアアアアァァァ!!!」
森を震わす声が響く。
ぶつかった衝撃で、周囲の木々が吹き飛ぶ。その内の幾つかが私に向かって飛んでくるのをが見えて思わず目を瞑る。
「姫さん!!!」
「ウィルス!!!」
自分が木にぶつかる衝撃を待っても来ない。恐る恐る目を開ければ眼前には、木を切り裂いたと思われるリベリーさんとレントが来ていた。
「2人共……」
「ウィルス」
何でここに居るのかと言う言葉を飲み込んでしまう程、レントがきつく抱きしめる。いつもの安心感に思わず抱きしめ返せば「待ってて」と、額にチュッと落としていく。
リベリーさんに私を預けたレントは、鞘から剣を抜き風を巻き起こす。
「ちっ」
振り下ろした剣はそのまま道を作る様にして、突風が起きナーク君もろとも攻撃を加えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーリベリー視点ー
森林に入ってすぐにナークの魔力を辿った。その途中で弟君と会い、移動しながら状況を聞いた。姫さんと会った直後にナークが、魔獣に変化してそのまま連れ去った事。その場所が自分が発見された大森林の中であり、弟君が巻き込まれながらも咆哮が上がる場所へと向かっていた、と。
「不規則だけど、何だかこっちに場所を知らせているみたいだから……一か八か賭けたんだ」
「弟君は……」
「もしもの場合は私が手を下す。ウィルスに何も伝えなかったし、ナークの事を信じていたのは事実だ」
決断の速さに思わず驚いた。
バーナンも処理しよう動き、弟君も躊躇がないから本当に恐ろしい。
報告しあっていると弟君が聞いて来た咆哮が近くで上がる。急いで駆け付ければ、木に潰されそうな姫さんを見かけオレ達2人は当然のように姫さんを助けた。
「っ、レント!!! ナーク君には攻撃しないで」
助けた先で姫さんが必死でしゃべる。
巻き込まれないようにと離れようとしても、姫さんは頑なに動かない。思わず抱き抱えて移動しようとして、ゾクリと感じた寒気に咄嗟に避けた。
「きゃっ……」
「わりぃ。ちょっと我慢しててくれ」
抱き込んで周囲に風を展開する。影が姫さんを狙う様にして動くのを竜巻で妨害する。チラッと弟君を見れば仮面を被った人物と刃を交え、その中にナークが参戦する形で攻撃を加えているのが見えた。
(アイツ……まだ、意識がある……?)
影を風で妨害する中で、姫さんから聞かされた。魔獣を人に憑依させたのはあの仮面の人物であり、ナークが予想外に辛抱強いからまだ意識はあるのだと。
「ははっ……流石」
思わず笑みが零れた。
ナークはオレよりもトルド族の主に尽くすと言うのを体現している奴だ。姫さんの事にしか意識を向けていないのだから、簡単には堕ちない……。今も、弟君の邪魔にならないようにと上手く攻撃を加えている。
「ちっ……やはり厄介だな。トルド族と言うのは」
だから滅ぼしたのに……と聞きたくもない言葉を聞き、ナークの動きが変わった。さっきまで弟君の動きに注意しながらのものが、怒り狂ったように爪や蹴りで周りを蹂躙し始めた。
急な行動に弟君も攻撃を止めてすぐに離れる。暴れる度に、木々が薙ぎ倒されこっちにまで被害が及ぶ。
「……頃合いか」
「待て!!!」
引き上げようとしたのを察知したオレと弟君は同時に風で攻撃する。
それを影で覆われた隙に離脱され、思わず舌打ちする。その間にもナークは暴れ回り、オレ達にまで攻撃を向け始めた。
「っ、もう無理か……」
いくら意識を保とうとしても、魔獣なんてものを自分の身体に入れられたんだ。拒否反応が起きても不思議じゃない。もう、限界が近いんだと思い自然と手に握る武器に力がこもる。
バーナンに言って来たんだ。絶対に止める、と首を狙う様にして殺そうとして――姫さんが離れているのが分かった。
「ナーク君!!!」
長い腕を振り回し、弟君も避けるのに必死だったのに姫さんの声にナークの動きが止まる。その隙に姫さんは足元に抱き着き「もう、いい……良いから」と優しくいつもの調子で話しかける。
「お願い……。もう、もう……自分を傷付けたらダメだよ……」
「グッ、グウウゥゥ………」
フーッ、フーッ、と興奮したように姫さんを見下ろす。オレはいつでも腕を斬り落とせるようにと、風の魔法を発動させようとして姫さんに止められる。
「お願い!!! レントもリベリーさんも敵意を向けないで。ナーク君を傷付けないで!!!」
「っ……」
ピタリ、と動きを止める。
ナークもいつの間にか冷静になっているのか、その場にしゃがみ込みじっと姫さんの事を見ている。オレはその時に、光の粒子が姫さんの周りに集まり魔獣となったナークにも集まり出したのを見た。
弟君も驚いたように目を見開き、この現象はなんなのかと見届ける姿勢になる。
「……帰ろう。ナーク君がいないとあの子達も寂しいから。……ねっ、レント達の所に帰ろうよ」
「……カ、エル……?」
「うん」
「……デモ……」
「ナーク君はどうしたの?」
「………」
数秒の沈黙だろう。
それが酷く長く感じた。ナークもこんなに考える事になると思わなかったんだろう。月夜を見上げ、姫さんの事を何回を見て「カエ……リ、タイ……」と小さくともはっきりと告げた言葉。
その言葉を聞いて姫さんがどんな表情をしたかなんて、分かり切っていた。
「帰ろう。リグート国に」
その言葉が引き金になった。
ナークに光が集まり、姫さんを中心に光の柱が作られた。2人して突然の眩しさに目を閉じ、その眩しさが止んだ時……信じられない光景が広がっていた。
そこには魔獣になったとされていたナークが涙ながらに姫さんと抱き合っている所。抱きしめながら何度も自分の手を見て、全身を見た後で姫さんを見下ろす。
「ある、じ……ボク、ボク……」
「うん。お帰り、ナーク君」
「っ、うああああ、うわあああああっ……」
アイツにしては珍しく人前で大泣きした。姫さんは泣きじゃくるナークをヨシヨシと頭を撫でる。
「これからも、よろしくね」
ここでそれを言う姫さんには敵わないな、と思いつつ隣で不機嫌になる弟君を必死で宥める。待て待て、流石にあれは良いだろ? そこもダメなの?
嫉妬深いのも考え物だぜ、弟君。
「………」
え、待て待て!!! 何で笑顔で剣を俺に向けるんだ? 解決したんだから、良いだろ別に……。だから……怖い!!! ちょっ、風で攻撃するな!!!
誰かこの暴走王子を止めろーーーーーー!!!




