第27話:決断
ーウィルス視点ー
レントと婚約者と言うのが城中で認識され、レントに身も心も捧げてから早1週間。……久々にカルラとなって城を散策してます。
と、言うより腰が痛い……だから代わって貰ったんだけど。何故とか聞かないで……恥ずかしすぎて言いたくない。しかも、レントがめちゃめちゃ甘い。
何をするにも、傍に来ては──
「ウイルス。歩ける? 抱っこするね」
「はい。ウイルス、こっち向いてね。あーん」
「ねぇ……。また、ウイルスからキス……してくれる?」
毎日が辛い。色々……そう、色々辛い。
自分に耐性がないのか、レントの甘やかし度も砂糖並みに甘い。甘すぎるんだよ……ずっと顔真っ赤で翻弄され続けられるだよ、私が。
レントは全然変わらない。
笑顔のまま嬉しそうに、手取り足取りやるの。ファーナムが注意しないし、周りの女官達は顔を赤らめてるのに、がっつり見てる。
そう。レントと食べさせあいっこ……。甘かった。夕食のみだ、と、何故思ったのか。私がカルラとそれなりに代われるようになり、最長で3日は保つとレントに言ったのがいけなかった。
「良かった。なら、これから3食ウィルスと一緒に食べられるね♪」
「え……」
聞き間違いだと思った。でも、レントは「やった。ウィルスの為に仕事早く終わらそうっと」と、テンションが上がり「違うよね?」とはとても言えない。
だから、もう3食レントと食べ合いですよ。
最初は夕食のみだからと我慢していたが、女官は時間ごとに人も人数も違う。
主に昼と夜は多い。……人の食べさせ合いを見て、なにが楽しんだろう。
後ろでキャーキャー言ってても、私はその倍に恥ずかしいんだよ。
レントに後ろから抱き締めるれるし、横抱きになって食べさせたり……私はなんの我慢を強いられてるのかな。
赤くならない為に耐性付けろって?
そんな事したら、レントが倍に甘々な事してくるよ!!!
だから、今日はカルラになってのんびり、ゆーっくりと散歩だ。レントから逃げるには猫の素早さって便利だよ。……ま、まぁ、戻った時の事を考えてると、嫌な予感はしなくもない。
外の空気吸わないと。気分転換、気分転換♪
構うの止めてって言ったら、上目遣いで子犬が捨てられたような表情してきたんだよ?
断れる訳ないよ。寂しがられたら、さ……妙に構いたくなるんだよね。
それも見越してなら、レントが怖すぎるんだけど。
カルラには関係ないようで伸び伸びと、日向ぼっこを楽しんでいるから体力回復には丁度いい。と、言うか完全に無視だよ。そっちは勝手にイチャイチャしてて下さいって言われてる感じだ。
「ミャア、ミャア」
「フミャアー」
リベリーさんやナーク君がよくいる木の周辺にいれば、子猫や他の猫達が一斉に来る。同じように日なたぼっこをしに来たのか、カルラが母親みたいな立ち位置で周りが眠り始める。
既に定番なのか、見回り来た兵士達には「お気に入りな場所だもんな」と、気を使って足音が殆どしないように歩いてく始末。申し訳ないと思いつつ、暖かい陽気の魅力には勝てない。
自然とだらける。
やっぱり日なたぼっこ、最高だぁー♪
どうも私が熱にうなされている間、ナーク君が私にと捨てられていたであろう猫達を拾って来た、とレントから聞いた。
しかも、レントの教育の元、ナーク君が猫達に四苦八苦しているから面白かったともリベリーさんから聞いた。
その話を猫達の中の1匹が聞いていたのだろう。
翌日からリベリーさんに対して、警戒心むき出し、猫パンチの嵐が降りかかる。それも日課になりつつあるって、クレールさんが嬉しそうに言ってた。
リベリーさん。クレールさんの事、怒らせたのかな。笑顔が怖かったよ……。
「猫の恨み、か……」
ガクリと悔しそうにして気絶してしまったそうだ。
それを満足そうにしている猫達とナーク君。カルラは呆れてながら見ていたし、主の私がナーク君にしっかりと叱る。
「むー。リベリーが悪いのに」
「バーナン様にも言って、リベリーさんの事を叱って貰うようにするから。……おあいこだよ」
めっ、と頭を叩く。
叱っているのに何処か嬉しそうなナーク君。まぁ、理由が猫だからね……怒る材料が違うと言われればそれまでだ。
「………」
ふと思う。
最近のナーク君、様子がおかしい。
レントの話だと、夜会の時にリベリーさんと対処した正体不明なものを彼は追って行った。追うなと言ったリベリーさんの警告も無視して、だ。
バーナン様から追う許可を貰って、ジークさんとバラカンスさんとで大森林に向かったと言う事。ナーク君もリベリーさんも、契約を交わした事で魔力探知が行えるんだと言う。だから、すぐに居場所はすぐに分かった。
ただ、彼は血だまりの中で倒れていたと言う事からすぐに治療を施した。
そこから、目が覚めてから……私を避け始めた。
私だけでなくカルラや、猫達も同様の反応。
大丈夫だよね。
例え避けてても、私はナーク君にずっと構うよ。だって私を主と言ってくれるもの……。悲しい事も苦しい事も、受け止めるよ。
だから、苦しい事があるなら、言って欲しいな。
私のそんな思いも、カルラには伝わるからか励まされるように鳴かれた。
うん。ありがとう。親友は最高だね。
そう思っていたら、カルラは任せろ! と言わんばかりに胸を張った。
でも……。
日光の魅力には勝てないのか、すぐに周りと同じようにコテンと眠りに入った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーリベリー視点ー
あれから1週間。
ナークの奴に変化は特にない。けど、姫さんや弟君の所には一切行ってない。
ナークは夜になると国から必ず離れて森林の中でじっとしたまま。朝になったら姫さんに会うでもなく、弟君に挨拶もしないでただ2人の事を見てる。
自分で拾ってきた猫達の世話もしないで、今では姫さんがやってる。猫がナークに気付いたら即座に離れる。この繰り返しだ。
「まただ……」
ここ1週間の間。
ナークが時々、苦しげにしゃがみ込む事がある。それでオレが近付いたら凄い顔して「来るな!!!」って怒鳴られた。
その時の目……姫さんにも、出来んのか?
獲物を殺すみたいな、殺気立った目。
お前、何に怯えてる。何を恐れてる……。
何で、何で……誰にも頼らないんだ、ナーク。
お前だけが、戦ってる訳じゃないんだぞ。
このままだと……お前は──。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
「と、言うわけ。王子、姫猫ちゃんの事ちゃんと見てないとダメだよ?」
魔法の師匠のラーファルが、私の執務室に訪ねてきた。内容を聞けば、ナークに見張りを立てているが変わった様子はないと言う報告。
あとウィルスに構い過ぎるのはよくないけど、ほどほどにするようにと注意を受けた。
「ナークの事は分かりましたが、ウィルスの件については却下で」
「……君、城内でも姫猫ちゃんの事構うよね? 自分の部屋でもかなり構ってるのに」
そんなに自分が居なかった事が、腹立たしい?
そう言われているようで、軽く睨んだ。ラーファルは気にした感じもなく「でも」と話を続けた。
「リグート家のあれは防ぎようがないよ。そもそも姫猫ちゃんの認知が低すぎる」
「……なんの認知がです」
「危険を認知するのが、彼女は他と比べてかなり特殊。リグート家の件も、彼女自身我慢して乗り切る気でいたのだって、命までは奪わないって言う認識だったんだよ。実際、痛め付けられたもので済んだのは幸運だった訳だし」
「なにが、言いたいんです」
「恐らく彼女は殺されると思った時に、命の危機だと認識する」
「……」
万が一でもそんな事にはさせない。
誰でも死にかければ、危機なのは当たり前だ。何故、ラーファルがそんな事を……。
「あの時、刻印が全く光らなかったでしょ?」
ドクンッと、あの時の事が思い出される。
ラーファルからの説明で疑問に思わなかった訳ではない。兄の時には反応したし、すぐにウィルスの所へと飛んだ。だから、あの時もファーナムが慌てた時。
事情を聞いて、すぐにでも反応すると思っていた。ウィルスを攫った者が、彼女に危害を加えない保障はない。
実際、リベリーの調べでウィルスがリグート家の屋敷に居て姿を確認するまで……刻印は全くと言って良いほど反応がなかった。
「ラーファルから互いの居場所を知らせる。心を読んだり、心の声が一方的に聞こえはします。反応もしていました」
「姫猫ちゃんは家族を、城の人達や親友もなくしたんでしょ? その時に心が壊れても何ら不思議はない。……自分が死ぬんだと自覚してから刻印が反応しても遅い」
「……」
「彼女の認知を普通にしないと。連れ去られたりしたら、普通は慌てるしパニックになる」
ナークも不思議がっていた。
攫われて地下室に押し込められても、ウィルスは普通にしていたと。鞭で体を傷付けられても、それが恐怖には感じ取れていない。そう……聞いていた。
「心のバランスが取れていないのも、刻印が上手く働かない原因だよ。強い想いにしか彼女の刻印は発動しないようだしね。あと、バーナン様の件。彼、君と同じで迫力あるからさ」
睨んだり、殺気立ったりするとウィルスでなくとも怖いんだと。もしかしたら、本能的にウィルスは危険と感じて私を無意識に呼んだのかも、とラーファルから言われて納得した。
ジークとバランスには散々言われた。兄弟揃って睨まれると、怖くて立ち止まるって。エリンスが怖がるのはこういった理由か……ウィルスにしなければ、別に他はいらないか。
「今、姫猫ちゃん以外はどうでもいい……そう思わなかった?」
「思いました」
「はぁ……。仲が良い事で」
呆れたようにラーファルに言われた。ジークとバラカンスも同じように、溜息を吐きやれやれといった表情をしていた。
その日の夜。
ウィルスといつものように、夕食を食べソファーでくつろいでいた時。いつまでも慣れてくれない彼女にどう慣らそうかなぁ~と考えていた時。ふと、ウィルスが窓際の方へと視線を向けた。
「ナーク君!!!」
「……っ」
無邪気に喜ぶウィルスとは対照的に、ナークは酷く苦し気な表情だ。念の為、自室の扉の前で見張りをしてるジークとバカランスに念話で連絡をいてれおく。
「あ……る、じ……」
「ナーク君。顔がやつれてるよ……やっぱり、怪我をして気分が悪かったの?」
ナークに別段変わった様子はない。気になると言えば、ウィルスが話しかける度に酷く怯えたような表情をしている事。何度か顔に手を触れようとして、思いとどまる様にふっと下がる。
「どうしたの?」
「……変わらないね。主は……」
すっと私の事を見たナークはその目に疑いの眼差しを向けている。ウィルスに気付かれないように剣を取る。
「ごめんね、主……」
「「!!!」」
その瞬間、暴風が起きた。ウィルスを引き寄せようとして、目の前に毛深い腕の様なものに邪魔をされる。すぐに剣を抜き構えるがウィルスに止められる。
「待っ――」
「グオオオオオオォォォ!!!!!」
獣のような咆哮が響き、即座にジークとバラカンスが腕の部分を斬り落とそうと突っ込む。刃が通らないのか弾き返される。
「ちっ……」
「っ、ウィルス様!!!」
舌打ちするジークと焦るバラカンス。ナークが獣に姿を変えていく。その黒い体に魔獣なのだとウィルス以外が理解してしまった。
「ナーク、君………きゃああっ」
「っ!!!」
ナークがウィルスを抱える。咄嗟に彼女の手を取るのと部屋が光に包まれたのは同時。
眩しさに目が慣れてきて周りを見渡す。ナークが倒れていたと報告を受けた大森林の中に移動されおり、既にウィルスもナークの姿も居ない。けど、別の所から咆哮があがる。その場所へと動くのに私に躊躇はなかった。
もしもの場合は――ナークを斬る事を心の内に秘めて。




