第212話:イーベルとギルダーツ
ーギルダーツ視点ー
「おいっ!!! くそ、言いたいことを言ってすぐに切るとは……」
思わず舌打ちをした。
だが仕方ない。なんせ、夜中になって急な連絡が来たんだ。
従兄弟のイーベル。
彼は魔獣に襲われ、全てを失った。生き残ったのは彼だけであり、領民も含めて両親も死んだのだと聞いた。
彼は心身ともにボロボロで、俺の父に知らせようとした時には気絶していたのだと言う。
俺も弟のルベルトも、その後の詳しい経緯は知らない。何度か顔を合わせた事もあるし、彼から剣術を教わった事もあった。
時間の許す限り、彼から様々な事を学んだ。傷は癒えなくても、少しでも心安らぐ場所になってくれればとそう思っていたある日。イーベルは俺とルベルトを呼び出して言ったんだ。
自分は王族と言う権利を捨て、冒険者になるのだと。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「な、何で……急にそんな事を」
当時、俺はまだ幼くてルベルトもどう言って良いのか分からないでいた。
それにまだルベルトと微妙な距離を保っていた時、イーベル兄さんは俺にとって目標な人。だから、何処かで思っていた。
いつまでも、一緒にいられるのだと。
「……ギルダーツ達の好意には感謝してる。満足に動くのに時間はかかるが、これ以上は迷惑がかかる」
「そんなことっ」
「いいや、かかるね。魔獣がここを襲う可能性はゼロじゃない」
「っ……それ、は」
ディーデット国は、俺達の国は昔から魔女と交流を持ちお互いに関係は良好だ。
それはこの国の成り立ちに、彼女達魔女が関わっているからだ。彼女達が居なければ、この国はなかったも同然。
本来なら……ここは彼女達が住むべき理想郷。
なのに、どこからかこの国は魔女に襲われているなどど変な噂が流れきた。
迷惑を掛けたと思い、逃亡する彼女達を……初代の国王は約束を交わした。
何代になろうとも、どんなに時間がかかろうとも支えるのだと。
まだ成人していない俺達は、魔女の存在を詳しくは教えられていないし実際に会っても居ない。けど、イーベル兄さんは違っていた。
自分が生き残れたのは、魔女が助けてくれたからなのだと。
「その魔女は、ギルダーツ達と同じ位の年齢なのに強くてな。聞いたら冒険者の手伝いをしてるって話だ」
「……もう、ここには戻らない、のか?」
「そうだよ。ここに居たら、甘えちまう。それに魔獣は、昔から魔力が強い奴を狙う傾向にある。……集まり過ぎて、こっちに被害がくれば今度こそ居場所を失う」
「「……」」
俺も、ルベルトも押し黙った。
魔獣の傾向が分かるのも、魔女達が情報をくれるからでありその交流を続けて来たからこそ。彼女、彼等は昔からあるいは後天的に魔力が高い。
そうした高い魔力に反応するのか、あるいは感知が優れているのか。
謎が多い、魔獣。
どこからきてどうやって生まれていくのか。俺達はその一端すら分からないし、知らないでいる。
それはマズい事だと俺は思う。
「明日にはここを発つ。今までありがとな」
色々と準備があるからと言って、イーベル兄さんは俺達の事を乱暴に撫でまわした。
元々、彼は俺やルベルトと違い体格は大きい。だからというか、なんというか……よく彼の力任せな撫でまわしが苦手だし文句を言っていた。
だが、この時ばかりはそれを俺達は文句を言うでもなく甘んじで受ける。
「なんだよ、お前は……眠れないのか?」
その夜、兄さんの部屋へと俺は尋ねた。
しかしこの城は仕掛けがある。そして、その仕掛けを起動するには王族か、その血縁関係者でしか反応しない。
だから、こうしてこっそりと尋ねて来た俺にかなり驚いていた。
普段なら用事を頼んだり、前もって訪ねて良いのかと聞いてくるのに勝手に来たんだ。驚かれるのは仕方ない。
……ちょっとだけ、内緒で来たというワクワク感が勝った。
多分、それが顔に出ていたのだろう。おかしそうに笑い、膝の上へと運んだ兄さんは「仕方ねぇな」と咎める気も起きない。
逆にどんどん進めて来た。
俺は真面目過ぎててつまらないから、もっと砕けろだの。威厳を保つのに、難しい顔してたら国王と同じで息が詰まるぞとか。
俺の性格は固すぎるとか色んな事を言われた。内緒で会ったら、いきなりのアホになれだ。
よく分からない……。
「父上も言っていたが、お前の父は真面目が固まり過ぎてて息が詰まる。ま、だから俺等は国を離れて自由になる道を選んだ。軍部をまとめるのに、本国から離れて色んな所に行けるのも独自権力のお陰だわな」
豪快に笑った後で、また乱暴に頭を撫でて来た。
髪がボサボサになるのも構う余裕がない。構った先から、また乱れるんだ。無心になるしかない。
こういう自由な所は、彼の父親の影響だ。
俺達の父、国王の弟がイーベル兄さんの父親。そして、その父親も王族の生まれとは思えない程の豪快な人で懐が広い人だった。
そう。どこまでも笑顔で、力強く「固いのはいかんな!!!」とよく国王に対してズカズカと文句を言っていた。
宰相は諦めモードなのか、見て見ぬフリをしそっと目を伏せた。
何度か俺が助けないのかと服を引っ張り、視線でそう訴えるも彼は無言を貫いた。
……自分にも矛先が向くから避けたんだと今にして思う。
そして、現に国王に文句を言った後で次の標的に宰相にズンズンと近付き、「頭が固い王にはお似合いだな!!」とバシバシと背中を叩かれていた。
だからか、彼が帰った後は2人して溜め息を吐いていた。そして、物凄く疲れたような顔をしていたのを思い出す。
その息子のイーベル兄さんは、見事に父親の態度を体現していた。王城では息が詰まると言う理由で、兄さん達には独自の権力と言う名の自由がある。
俺達、王族を狙う暗殺などの者の対処はトルド族に任せてある。
だから、イーベル兄さんがやるのはそそのかした貴族や、仕組んだ側の証拠集め。その為に、彼も含めて父親も辺境伯と言う身分として内側から探る。
面倒な事は苦手だが荒事はまぁまぁ得意。
そして彼等の集めた証拠を元に、父達は調査を始め貴族達を取り締まる。
だから――イーベル兄さんが本当は王族だと言うのを知っている人はかなり少ない。
俺達と会うのも、辺境伯として会うのであって身内としては会わない。近いのに、遠い感じ……その距離感に俺は戸惑いを覚える。
「だがまぁ、お前達が無事で良かった。今回の事、俺等が王族なのを知って潰したのかたまたまなのか分からないからな」
それを聞いてゾッとした。
今回、魔獣が自然に発生したというには微妙なラインだそうで、どこか作為的に感じていたみたいだ。
そんな事を聞いてしまえば、俺はギュッとイーベル兄さんの服を握る。
「ん? どうし――」
「行くな」
「……」
俺の拒絶の言葉に、乱暴に撫でていた手を止めた。
最初は探る様な目つきで見ていたが、長い溜め息を吐いた後で「バカ野郎」とポンと手を置かれる。
「さっき言っただろうが。集まり過ぎるのは良くない」
「だけどっ」
「冒険者としてランクが上がれば、受けられる依頼にも種類が出て来る。ランクが高い冒険者には、王族や貴族に頼まれる事もあるって訳だ。そして正式に依頼されれば、その間の援助は頼んだ側の責任がキッチリ持つ」
「いやだ」
俺は何度も首を振った。
嫌だ、行くなと同じ言葉を繰り返して困らせた。
その度、どこか悲しそうにし「あのな」と話に区切りをつけて数秒黙る。でも、何も言わずに別の話題に話をもっていく。
「急にワガママ言うなよ」
「うるさい。嫌なものは嫌だ」
「普段、ワガママ言わないのにこの時に言うのか? 何だよ、意外に寂しがり屋か?」
「っ、そうだ!!! 悪いか!!!」
図星だ。
でも、そんな事はどうでもいい。ハッと息を飲んだ「悪いな」と言って、優しい声色で手付きで俺を撫でた。泣いて訴える俺に彼は何処までも優しい。
俺は……離れていくのは嫌なんだ。
このまま別れて、次に会うのが死んだ時だなんて嫌だから。
普段、しっかりしている父も自分の肉親が死んだと聞き泣いていた。
イーベル兄さんがどうにかして生き残ったのを聞き、息子の俺達のようにもしくは俺達以上に無事であったことに喜びを示していた。
自分の弟を、息子のイーベル兄さんに重ね合わせたのかも知れない。
危険な事をさせている自覚があって、何度も止めて来たのにそれを聞かずに裏から手伝うと言ったのは彼等の意思だ。
「おいおい。お前……そんなに泣き虫だったか?」
「うるさいっ」
「ったく。甘えたくないから離れるって言ったのに、これじゃあ離れづらいだろうが」
「じゃあ、何処にも行くな。傍に居てくれ……」
「おい、ワガママの次は無茶な願いだな!!!」
豪快に笑って、俺の気持ちも分かっているのに……。それでも、イーベル兄さんの決意は変わらない。決めた事を曲げない。そんな力強い意思を持って、イーベル兄さんは俺に言った。
そんな願いは叶えられない、諦めろと――そう言ったんだ。




