第211話:合流
ーレント視点ー
「ははっ、もっと早く走りなよ!! でないと死ぬぞ、良いのかな」
楽し気な声を聞きながら私達は走る。
ウィルスをさっと抱えて走るのはナーク。リベリーは最後尾に居ながら、サソリの進路妨害を始めている。
毒針に気を付けながら、壁を地のように縦横無尽に駆ける。
シグール王子が「こっち!!」と大声で呼び、私達は無我夢中で追う。廊下のように狭い所だと、サソリの大ぶりな攻撃によって瓦礫が降る。それを避ける為に、仕方ない事だけど広い所へと誘導するしかない。
「きゃっ……」
もう少しで出られる。そう思った時、ルーチェ王女が転ぶ。
王女もクレールも、ドレスで動きずらい恰好だ。しかも、今はサソリの毒に当たらないようにと別の所で気が張っている。
裾が長いドレスは不利でしかない。
「1人目の死亡っと!!」
「っ!!」
強張る表情で、すぐには動けないルーチェ王女。
ヤバい、私達が駆け付けても――。
「聖獣さん!!!」
ナークがすぐに戻ろうとしたその時――ウィルスの体が一瞬だけ白銀の光に包まれる。
動けないルーチェ王女に迫るサソリの毒針。その先端が当たる前に、聖獣が守りの魔法で弾く。
少しだけよろめくサソリの動きを見逃さないリベリーは、手持ちのナイフを足元へと投げ付ける。風の魔法が纏ったそれは、地面に刺さった瞬間に小さな竜巻を生んだ。
【ふっ!!!】
その少しだけ体が浮いたサソリに、聖獣は接近し毒針を避けて尻尾を噛んだ。
そこから力任せに、グルグルと旋回させサソリをぶっ飛ばした。当然、そんな予想外な攻撃が来るとは思わなかっただろう。
男2人組はすぐに離れるも、リベリーの追撃に対応は遅れる。
思い切り蹴り飛ばした上に、それぞれ飛んだ方向は違う。合流させない為の処置だと分かり、その辺の抜け目がないのは流石だと思う。
「聖獣さん、凄い。凄いですよ!!!」
【まだだ。これ位で倒れるなら苦労はしない】
警戒を緩めない聖獣に対し、ウィルスはちょっと興奮している。
まぁ、私達も間に合わないと思っていたけど……彼がここまで体を張るとは思わなかった、というのが本音だ。
その後、遅れて来たルーチェ王女はドレスの裾をナークのナイフで切り裂く。
兄のギルダーツ王子が居たら必ず怒鳴りそうだ。けど、この状況でそんな事は言ってられない。
生きるか、死ぬかの2択を迫られれば彼女の決断は即決だ。
その彼女に習うようにクレールも、裾を短くした。
「ごめんなさい、私の所為で」
転んだことを謝るルーチェ王女だが、あれは仕方ないと思う。
私達は責める事無く、無事でいる事に安堵する。
少し和んだ空気をシグール王子が手を叩く事で、緊張感が包む。
「今の内に移動を再開するよ。ここまで派手にやっても、見張りの兵士も含めて誰も出てこない。私達には都合がいいが、不気味だ」
その言葉に私達も頷く。
それよりも、この城に魔物がいる事の方が驚きだ。やっぱりあの2人組のどちらかが、魔物を操れる使い手である事は間違いない。
本当なら取り押さえたい。
そう思った時、ゾクリと背筋が凍った様な感じに思わず振り向く。ナークが体をガタガタと震わせている上、ウィルスの後ろに隠れている。
どんな使い手かと思い、警戒を強めた。しかし、隣に立ったリベリーは「そんなことしなくて良い」と言っている。
どういうことだ?
「言ったじゃないですか。見張りらしい見張りなんて居ない、とね」
声の主を確かめる前に、私の横を氷の粒が飛んできた。
もうそれだけで誰なのか分かってしまった。
乾いた笑いしか出来ない私に、ナークが怖がる理由がよく分かった。
「カーラス。あの、どうして……」
戸惑うウィルスに、カーラスは変わらない笑顔を向けている。
さっきまでの鋭利な視線は一瞬にしてなりを潜め、ウィルスに気付いた途端に柔らかい雰囲気を纏った。
なんて、早業だ……。
「あぁ、失礼しました。ラーグレスにも言ったんですよ? 真正面から堂々としていても、暗部の影も暗殺者の影もないんです。心配になって来たんです」
ナークが感じ取ったのはカーラスの殺気だと分かる。
以前、南の国でひと悶着でもあったのかと聞いた事があるんだけど……ナークは頑なに首を振った。
ウィルスに聞いても本人は分からないと言う。
そうなると彼女が居ない時、もしくは魔法の訓練で寝ている時にでもあったのかと思うが――決して口を開く事はなかった。
試しにナークに視線を移すと――。
《無理無理!!! 絶対に無理!!!》
必死だ。
首を横に振り、念話でも断りを入れて来ている。
気付くと真後ろで氷の柱が作られていた。
思わず振り向くと「先へどうぞ」と促している。
「あれらの対処はこちらで引き受けます。毒に気を付けますから」
「さっきまでイライラしてた奴と同じかよ……」
呆れたように言ったのは、彼と行動を共にしていたイーベル。
彼の仲間も、ラーグレスも何だか疲れた様に見える。
色々と振り回されたのかな。
「まぁ、当初の予定通り。あれは俺等で抑えるから、そっちも頼むぞ?」
「ありがとうございます」
「よし。こっちに行くよ!!」
私達がお礼を言い、シグール王子の後に続く。
最後に私が振り返ると、イーベルは誰かと通信しているのだと分かる。
だって、彼は言っていたのを聞いた。妹のルーチェが居たぞ、と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーカーラス視点ー
時間は少し遡る。
「来ない上に、何も起きないじゃないですか」
そう不満をぶちまけるも、ラーグレスは仕方ないだろうと困り顔。
イーベルさんも「我慢しろ」とは言いつつ、ちょっとだけイライラしている。
私の記憶が戻る前、まだアッシュとして南の国であるディーデット国で働いていた時の事。
ルベルト王子が私を呼び、会わせたい人が居るのだと言ったのだ。
それまでの私は、アーサー師団長の元で魔物、魔法の研究をしている第3魔法師団に所属してからしばらくの事。倒れている私を見付けたルベルト王子とは何かと世話になりつつ、他愛のない会話もしてきた。
だから、個人的に呼び出される理由が分からなかった。
「紹介するよ、アッシュ。彼は私達の従兄弟である、イーベル」
「だから言ったろ。俺はもう王族の地位は要らねぇって」
「そうは言うけどね。何かと都合が良いでしょ?」
「あのなぁ……」
案内された場所は、王族だけが立ち入る事が出来る区域。
現にそこを通されるまでに、見張りの兵士も居る上に部屋に行くまでには近衛騎士もいた。思わず場違いな所に来たと思い、反射的に逃げた私は間違っていない。
だが、ルベルト王子はそれを良しとしないのかズルズルと強引に連れて行った。
その時に哀れんだ目を向けられた上、その視線が諦めろと言わんばかりに訴えかけて来る。そんな憂鬱な思いをルベルト王子はどう受け取ったのかは分からない。
しかし、この人は知っていても無視しそうではある。今もこうして私の意見は無視しているのだから。
「あー、で? コイツがそうなのか」
「調査は前から頼んでたでしょ? 彼は今、アッシュって名乗ってる」
褐色の肌に金髪の、大柄な男。
ギルダーツ王子は背が高く、ルベルト王子も似た様に背は高いがイーベルさんは、身長も体の大きさも断トツで大きい。
顔にも所々に切り傷が見える。従兄弟と紹介されても、思わずそうなのかと思う程に似ていない。
唯一、似ているのはギルダーツ王子と同じ金髪くらいだろうか。
いや、よく見れば瞳も紫色だ。魔法で見える色が違うが、本来の色は紫だろう。
「……ほう。本来の色が見えるって事は、相当の使い手だな」
そう言ってニヤリと笑う顔も、王族と言うよりは悪人に見えてしまう不思議さだ。
何故、私を会わそうとしたのか分からない。しかし、彼と会った事で何かと連絡をするようになったのも事実。
そうした付き合いもあり、最初こそ「イーベル様」と呼んでいたが本人が嫌がったのと、言った途端に睨まれたのですぐに「イーベルさん」に訂正した。
「……城に入っても誰も来ないな」
「見張りすら居ませんね」
そんな昔の事を思い出しながら、私も不思議に思っていた。
あまりにも城の中が静か。見張りも含めて兵士が出てこない状況。私でなくても、眉を潜めたくなる。
私達はあくまで、魔物を使う相手をするのが目的。
それは自然に、レント王子が死にかけたサソリを使う相手も抑える事になる。出来れば同じであって欲しいのが希望だ。
少しでも姫様達の負担を減らす為の別行動。
そう思った時、大きな音を立てて何かが壊れる音が聞こえて来た。
静かすぎる城内だからか、派手な音が聞こえ場所の特定も難しくはない。すぐにその場所に向かえば、庭と思われる所にレント王子達が居た事。
そして、彼等の背後から黒い何かが襲い掛かろうとしているのが見えた。
そう、見えただけだ。
それが敵なのかどうかも分からないながら、私は既に魔法を放っていた。
万一に姫様に当たる様な事は避けたい。当たるぐらいなら、その前に防げばいい。
レント王子の真横に氷を飛ばしたのは決してワザとではない。ラーグレスが疑わしい視線を向けて来るのと、呆れたように溜め息を吐いたであろうイーベルさんは無視ですね。
「おぉ、起きてっかギルダーツ。聞いて喜べ、妹のルーチェを確認したぜ。レント王子達と行動してる。元気そうにしてるって感じだな」
通信越しで兄であるギルダーツ王子が驚く声が聞こえるが、最後まで聞く気はないのか通信をすぐに切った。
生存確認の為とは言え、もう少し気の利いた事を言えないのだろうか、この人は。
「俺にそんなの求めんなよ。こっちも仕事を始めんぞ」
私の言いたいことは通じているのに、無視する態度もいつも通りですね。
さて、確かに彼の言うように――私も仕事を始めましょうか。




