第23話:夜会と言う名の披露③
ーエリンス視点ー
えーっと、レント。お前、これを見せられる俺達の身にもなれよって思わず言いたくなった。何故なら――
「ほら、あーんしてウィルス」
「うっ……あ、あーん」
ダンスパーティーとは言え夕食はまだだなとか思っていた。軽食も含めて軽く食べ、本来のダンスを行おうと言うのだ。それは分かる。んでもって、最初にバーナン王子、レント王子、俺とで互いの婚約者だと言う事を含めて紹介し、周りに控えている貴族達に披露する。
元々、女好きでもない第1王子と第2王子。俺も女好きって訳ではない。でもまぁ、正直にいってこれは……キツイ。
「どう、美味しい?」
「ん……」
「あとで料理長にお礼言おうね♪」
「ん♪」
何だこの甘々な空間。あそこだけピンク色に染まった様な空間だぞ、おい。イーグレットなんか「幸せそうだね」とか言うがよく見ろ。
レントはそうだろうよ!!!
あんなに甘い顔をして、食べさせているんだ。でも、相手側をみて見ろ。ちょっと涙目だぞ!?
その前からちょっとずつだけど涙目なのを知らないのか!!
雰囲気から察してレントに無理矢理だぞ。
「ほ、ほらレント。あーん」
「あーん」
おいおい、今度は逆か!!!
何だよ、さっきまで涙目だったのにもう諦めるのか。
早くないか~~。待てよ、その前にレントの言っていた事を思い出す。
「ほら、夕食にしてるいつのもあれ……やるよ」
って言ってたよな?
まさか、この為に訓練でもしてんのか。……そ、そうか、そこまで変態に……いや、いい。口に出したら仕返しが恐ろしいから言わん。
「……アイツが、ね」
レントは幼い頃からコロコロと笑顔しかない奴だ。でも、視察に行ったとかでバルム国の事を聞いた時のレントはいつもよりも倍にキラキラとした笑顔で話して来たんだ。
一目惚れ、と言うのを理解してからは凄くて……会う度に聞かされた。だから、今居るウィルスと言う彼女がレントの言う恋をしている人だとすぐに気付いた。
「悪い、イーグレット。ちょっと席外す」
「あら、私達もやる……?」
そんな面白そうな顔するなよ、俺が苦手なの知っててワザと言ってるんだもんな。性格悪いぞ、おい。
そう思っていたら、クイッと袖を引っ張られる。何だ? と視線を向ければ小声で「あそこまでしろって言う訳じゃないの、でも……ね」と憧れを含んだ目でレインとウィルスの食べ合いを見ている。
「……分かった、あとでだぞ」
「ありがとう♪」
期待されてもな……。まぁ、まだ自国でないだけいいか。こんなの自国で見せて見ろ、側近も含めて倒れる者が多いんだ。……宰相のラーガをチラ見すれば既に手を頭に置いて疲れた様子。
昔から苦労させた自覚はあるから、これ以上は負担を掛けたくはないが今日の夜には宰相は帰る。仕事が溜まっているとかなんとか……俺と父を睨み付けながらの迫力は幼い頃から見ているが、怖いもんは怖いんだ。
そう考え、父の所に行けばちょうどギース国王と話をしている真っ最中だ。
「では……そうか、なら……」
「あぁ、すまないが………そうだな……」
何だ。互いに小声で話しているから内容が分からないな。もう少し近付こうとして肩を掴まれた。
「どうしたの、エリンス殿下」
「……バーナン、王子……」
うおおおおっ、気配なく来るなよ。兄弟そろって怖いんだよ!!!
そして眩しい笑顔向けて来るな。レントと同じでなんか怖いんだよ……。
「どうしたの?」
キョトンとするな。兄弟そろって教えてやるよ、気配なく現れるな。微笑みかけるな。分かった顔して知らないフリすんな、だ。
「気を付けるね」
「心を読まないでくれませんかね……」
「ふふ、悪いな。ちょっとした癖だよ癖」
どんなだよ、とツッコミたいが言ったら逃げられない気がするから何も言わない。バーナン王子の婚約者は……と、見れば既にイーグレットと話が弾んでおり楽しそうにしている。
「……良かった」
ほっとし、本音を言っていた。イーグレットが不安でしょうがなかった、と言われても「そうだな」と答えられる。
俺の近くにいつも居たし、貴族ならではの蹴落としなんてものもある。下手に俺が横やりをすればその分負担になるのは彼女の方だ。それとなく助力しようともイーグレットは負けないとばかりに打ち負かしてきた。
うん、女性って強いよな。
「先程までイーグレット嬢と話をしていました。レントとウィルスの事を羨ましいなと言いながら、ね」
「……えっと、俺にあの2人みたいにやれと?」
チラッ、とバーナン王子と共に奥の軽食スペースでイチャイチャしている2人を見る。彼を見れば笑顔で「憧れのような表情をしていたイーグレット嬢のリクエストには……答えないとね」と、いつから俺達の会話を聞いていたのかと思わずじっと見てしまった。
「ごめんね。あの2人の事はそれとなく見ていたから余計に……ね」
「意外です。もっと冷めた様な人かと思いましたよ」
「心外だな……そう見られていたとは」
だから、それだよ、そ・れ!!!
にこやかなのに、人を威圧して寒気を及ぼす様な睨みはするなって言う事。レントを思い出すし、アイツの兄だ。絶対にレントよりも倍返しが凄い事になる。
「騎士団に所属していた時期があってね。それで……時々、こういう感じになるんだ。親友からは無意識だよな、怖いって言われたよ」
その親友の言葉をしっかりと胸に刻んで欲しい。そして、その親友とやら……この近くに居るのなら早く回収して欲しい。正直、一緒にいると心の内を覗かれているような感じになる。
やましい事など考えていないのに、何故かそう思わせてしまう。そう言うプレッシャーを無意識に掛けないで頂きたい。
「おっと、もう時間か。ではまた」
「えぇ。また、あとで」
そう言って俺達は早々にダンスをする準備に取り掛かった。レントの方を見れば、早めに切り上げており彼女と楽しそうに会話をしている。
気付いているか、レント。
そうすればするほどに、貴族令嬢達からは「あの女……!!」、「くぅ、レント王子の微笑み……」、「あんな笑顔をなさるなんて……」って感じで色々と思われているし言われてるぞ。
まぁ、全部計算だもんな。レントも性格悪くなったなぁ~
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
ウィルスと軽い食事を済ませて充電完了。
食べさせ合ったりしている間にもヒシヒシと感じる憎悪の視線。はっ、私に向けても良いけどウィルスにしか向いていないもんね。そんなに、私の笑顔が好きなのか?
顔を合わせて話を合わせている時にでも見ているだろうに……何をそんなに怒るのやら。
「レント……ダンス、久々過ぎて失敗したら……ごめんね」
さっきまで楽しく話をしていたのに、ウィルスは途端にそう言いシュンとなる。猫耳があったら耳を折り申し訳なさそうにしてるのが想像でき、「平気。私がリードする」と言い彼女を慰める。
すると、途端にぱあっと嬉しそうに微笑むから思わずギュっとしてしまった。その時に殺気に似た様なものを感じたが気のせいだと思い、構わずにウィルスの頭を撫で耳元で「じゃ、行くよ」と言う。
嬉しそうな表情から真剣になり、ダンスの為にと少し離れる。既に兄様とクレール、エリンスとイーグレット嬢は先に始めている。
「……遅れた分を取り戻そうね、ウィルス」
「うん。頑張るね、レント」
本当に不思議だ。彼女の声を、言葉を聞いているだけで元気が湧いてくる。癒しをくれ疲れなんて吹き飛ぶ……そんな心地いい声。今宵、ウィルスの美しさと見せ付けてやる。
今まで私に縁談を申し込んできたご令嬢達、見ていろ。
私は彼女以外を、ウィルスだけしか愛さないと言う事を表現してあげるよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーとある男性視点ー
エリンス殿下の護衛として、またリグート国の事を知る為の視察と言えば良いのだろうか……とにかく俺は殿下に会場に来いとしか聞いていない。でも、元々ダンスパーティーなんて合わないから嫌だと言っても殿下は引き下がらない。
「頑固だな。見てすぐに控えの部屋に居ればいいだろう。ちょっとは空気に慣れないといずれダンスを……とか言われてみろ。1度も踊った事もその空気にも触れてないですなんて……縁談が白紙になるぞ」
大体、俺は元は騎士でありそんなダンスなんてものは興味もない。ディルランド国では確かにそれらの作法も学んだし、この国に骨を埋める気で……感謝しかない俺にはその方法しかないが……。
とにかく、とにかくだ。
色々と知らない事も含めて学ばせてもらった。騎士の本分は国を主と定めた者を守る者だ。血なまぐさい事もやるし、気分を害するような事もする。
「はあ……」
気乗りしない。行きたくないが空気には慣れておかなければ、養子として俺を迎え入れた公爵家の者に……宰相のラーガ様に申し訳ない。
「おぉ、これはまた……」
「何と美しいことか……」
いつもは軽いはずの扉が妙に重く感じる。それだけで俺がどれだけパーティーに行きたくないのかと体が知っている。出入口を警備していた騎士が、俺の胸元のガーネットで象られた薔薇の水晶に目をいく。
ディルランド国はガーネットを象徴した宝石を自国のシンボルとしているので、他国からの入国や夜会などの確認にはこういったもので処理される。他国の、しかも友好国としているディルランド国の俺に慌てて礼をし「今、ダンスの真っ最中ですので」と丁寧に説明してくれた。
中に入り、最初に感じたのは眩しい照明だ。目がチカチカし慣れるまでに数秒。徐々に景色がはっきりとしてくるのが自分でもわかる。
「……?」
ダンスパーティーなのだから周りは静かだ。でも、周りの目がある1組に釘付けになっているように目で追っているのが見える。エリンス殿下から聞いていた。最初は自分とイーグレット、リグート国の王子達とでお披露目の為に踊っている、と。
この国の王子は銀髪だ。1人は銀髪に水色の瞳、リグート国の王と同じ風貌のエリンス殿下よりも年上の男性。そのパートナーである女性も、気品を持ちながらも優雅に踊る。風は吹かないのに、2人がステップを踏む度に風が起きた様な不思議な空間へと誘われているような……そんな魅了されるダンスをしていた。
それを横切る様にして現れたエリンス殿下とイーグレット様。
互いに胸元に挿している本物の花と見紛う程のガーネットの輝き。2人共、話す時は大人しめだがダンスとなれば静かなものから激しいものまでお手の物。難易度の高いものでも、2人して難なく踊り楽しそうにしてるのを思い出す。
(流石……だな)
当たり前だが、と思いながらもあと1組を目で追い……俺ははっと息を飲む。
薄いピンク色の髪がダンスの度に、揺れる様は蝶が舞うような美しさと儚さを同時に表現していた。ターンをする度に見間違える筈のない……濃い紫色の瞳。そこに陰りはなく、楽しそうにしかし周りを魅了するような光を灯している。
「……ウィ、ルス……姫……」
忘れる筈がない。否、1度たりとも忘れるものか。あの髪、あの瞳……バルム国の1人娘にして唯一の王族の姫。膝が崩れ落ちそうなのを必死で耐える。その代わりにと俺は……彼女をずっと目で追っていた。
(生きて、生きていたんですね……姫様……)
嬉しくて泣いてしまいそうだった。しかし、ここで泣いては色々とマズい。男としてもマズいし、他国から来ていると言う自覚に再度自身を引き締める。
「あの、どうされましたか」
「いえ……ちょっと、外の空気を……風に当たりに行きます」
すぐに引き返せば、入っていきなり出て行く俺を心配して赤茶色の髪の男性が駆け寄ってくる。それを、手で制し嘘を言ってすぐにディルランド国の控えの部屋へと足早に向かう。
バタン、と扉を閉め誰もいないのを感じ……今度こそ、俺は崩れ落ちた。
「っ、よがっ……よがった……姫、様……」
もう泣かないと決めたあの時。
姫様を救えず、国王様も王妃様も救えなかった俺は……ずっと後悔の念に晒されていた。どんなに時が経とうと、周りは平気だと言ってもどんなに励ましの言葉を貰っても……助ける事が出来なかったと言う事実だけが俺を包む。
「……あんなに、嬉しそうに……輝いているなんて」
俺の前ではあのような恋をしている表情を見せなかった。彼女と踊っていた相手を思い浮かべる。銀髪の姫と同じ年……エリンス殿下に聞けば何か分かるかも知れない。
そう思いながらもまずは泣いてみっともない姿をどうにかして直さなければ、と俺は時が経つのを待った。そうして……リグート国での1日は過ぎ去ったのだ。




