第206話:彼女の意思
ーウィルス視点ー
ナーク君がちょっと離れるねと言って、イーベルさんの所に行くのを見た。
通り過ぎる時に見た顔がかなり真剣だったから、私には聞かせたくない内容なのだろう。それならばと私はシグール様を探していた。
彼にある物を渡して、私の決意を聞いて貰う為に。
「よく、私と話そうだなんて思ったね」
「……ダメ、でしたか?」
困った様な、それでいて顔を合わせずらそうなシグール様。
あまりにも顔を逸らすものだから、何とか顔を合わせて貰おうと近付いたり視線を向いて貰おうと動く。
そんな攻防を続けてしばらく、シグール様は諦めた様に溜め息を吐いた。
そして手を上げて「降参。降参するから」と話を聞いて貰えるようで助かった。
良かったと安堵する私とは違い、シグール様が言った一言が今の。
「……いくら嫌おうとも、私には奴の血が流れているということか」
ふっと自虐めいた笑みを浮かべ、私を見る。
それは自分の父親の事を言っているのだと分かる。
シグール様のお父さん――亡くなった国王は侵略を繰り返し、そのやり方に息子である彼等は反対していた。
でも、どんなに否定しようとも最終的には似た行動を起こしている。
ナーク君の言うように、私にこれ以上の危険な行動をして欲しくない。そう訴えていた彼は、私を心配しての言葉なのは分かる。
乱暴に頭をかき乱し、なんとか落ち着かせようとしているシグール様。私がそれに対して声を掛けられず、黙ったままでいるとその場に座り込んだ。
「それで? ワザワザ探しに来るなんてどうしたの。もしかして、私が言った事をやってくれるとでも?」
「いえ、それは……出来ません」
「だろうね」
そう、出来ない。
シグール様の兄であるゼスト様。彼もまた魔獣によって精神を乗っ取られているのだと聞いた。そして、完全に治せるのは――私の持つ白銀の魔法だけ。
シグール様と相棒のジル。
彼等が別れてからそれなりに日にちは経った。調子を確かめる為に、レントとラーグレスを相手に剣の練習を積んだ。
それこそ時間の許す限り、2人を相手に練習を繰り返した。
剣を扱うのも久しぶりだし、それと並行して魔法も使う。今までずっと魔獣として、魔物を倒しながら人間に会わないようにと動いて来た。
魔獣を持つ破壊衝動に耐えながら、人間を殺さないようにと加減をしてきた。
ラークさんが言うには、それだけの精神力が保てたのもジルのお陰だろう。そう見解をしていた。
どうにか耐えられたのも、シグール様の精神が強かったのもあるけど、ジルが負担してくれていたというのが大きいのだという。
それを聞いて、私とカルラのようだなと思った。
マリアさんによって私とカルラが体を共有することになった。そうしなければ、生き残る事は出来ないと判断したからだ。
それから5年の間、私はカルラと共に過ごした。たった1人だけなら心細かった。どうにか出来たのだって、飼い猫のカルラが居たからだ。
あの子がいたから、私は諦めなかった。
あの子に支えて貰っている。
そう言う絆が、シグール様とジルにはあるんだと思う。
だから魔獣が持っている破壊衝動に耐えられたし、望みを捨てずにここまで来れた。
父親を止める為。お兄さんを助ける為に――。
だから私が出来るのは、それを少しでも手助けすることしか出来ない。
「シグール様の言うようなことは出来ません。これは聖獣さんも最後まで微妙な顔をしていましたが、私の決定に仕方がないって感じで……諦めてくれました」
「諦めて……え?」
ふふっ、分からないって顔をされた。
ナーク君が聞いていたらきっと同じ顔をしていただろうな。
そう思いながら私はシグール様に渡したのは、ガーネットの欠片だ。そのままだと肌を傷付けるから、チョーカーにしたんだけどね。
「これは?」
「ガーネットは私の友達から貰いました。それに合わせて、私の魔力も秘めてます。だから少しだけ、キラキラしていると思います」
「ん? ……ごめん、ちょっと待って」
受け取ったチョーカーをなんとなしに見てから、顔色を変えて何度も見る方向を変えていた。
確かにキラキラ光るかもとは思ったが、そんなに目立つような光り方をしているのだろうか。私自身は、魔力を練り込んだからキラキラしているように見てるけども……。
「いや、でも……。ちょっと待って、これって……」
その後、ブツブツと何やら真剣に考えている。
あ、あれ? 見た目が悪かったのかな、チョーカーとして無理ならブレスレットでも良いんだけどなぁと、思っていると【違う】という別の声が割り込んできた。
【そうじゃない、ウィルス。自分がした事を言えばすぐに答えは見つかる】
「え……」
すっと姿を現して、ちょっと不機嫌な聖獣さんが現れる。
むすっとしているのは、未だに私がやった事に呆れているのか……。
「やった事って……。ただ、天然石に私の魔力を練り込んだけだよ?」
「やっぱりか」
私の答えに、何故だかシグール様が頭を抱えだした。
どういうことなのかと聞いてみると――。
まず、天然石とはいえ欠片でも相当な魔力が秘められていること。
増幅する機能は、一級品だと。
「ごめんなさい?」
「聖獣の力が強いのは知っていたけど、元の大きさはどれくらいなの」
何もかも諦めた表情のシグール様。
そんな顔をされたら、イーグレットからお守りとして貰ったガーネットを出すのが……なんだかいけない感じに思えた。
「元の大きさもだけど、これは天然ってだけじゃないね。貴方以外に、他に魔力を注いだ人は居るの?」
「友達と隣国の……国王様、です」
「国王? そうか、ディルランド国はガーネットが採れる場所だったね。……どう見ても、貴方の身を守る為に渡した物なのに何で私なんかに」
「でも、欠片ですし……」
ただの欠片だと思うなと言われてしまった。
それから講師の人みたいに、私は怒られてしまった。
分かっていたかのように、聖獣さんは【だから言ったのに】と自分の尻尾を使ってツンツンと私に当てて来る。
純度の高い魔力を集まったのがこの天然石だが、魔法が扱える者が使えばその力は何倍にも膨れ上がる。だから、宝石のアクセサリーとは言え混ざっているのもあるのだとか。見た目だと宝石だから、純粋に売れる物として加工し売ってお金を売る。
鑑定が出来る人、魔法が扱える人はその価値を知っているから高値で取り引きされている。設定した値段よりも明らかに、破格な値段で買うんだって……。
「欠片だからと思うんだろうけど、魔力の凝縮が凄いんだ。……けど合計3人分の魔力を注いでも割れないんだ。この1つだけで相当な破壊力になるだろうな」
「……重ね重ね、ごめんなさい」
「残りは平気なの? 欠けた部分から、魔力は漏れ出てない? 亀裂が入ってたら、膨大な魔力が貴方に流れて体が耐えられないけど」
「だ、大丈夫です!! 確かに割りましたけど、ほんのちょっとだけだし」
「見せて」
有無を言わせない言い方に、私はおずおずとガーネットを差し出した。
シグール様はそれを受け取り、自分に渡された欠片も含めて念入りに調べてくれた。その間、私はシュンとしている。
助けになる為にと思ったけど、予想が外れた。そこにすっと感じた温もりに振り返る。
「主。なにしてるの……」
聖獣さんと同じく不機嫌なナーク君だ。背中から抱きしめてるんだけど、雰囲気が怖い。お、怒ってる。……これは絶対に。
上手く説明が出来ないでいると、シグール様は私にガーネットを手渡した。
「魔力が漏れ出た様子もないし、暴走の危険性もないね。こんな危ない事、2度としないでよ? いや、もうしないように見張っててくれないと」
「何を作ったの……」
「えっと」
冷えた声を出すナーク君が怖い、聖獣さんに助けを求めたけど彼はフイッと顔を逸らした。
う、逃げられないって事!?
「この人に、何を渡したの?」
「わ、私……聖獣さんと一緒に、魔獣の種を破壊するから。それだと、シグール様のお兄さんを……ゼスト様を助けられないから、助けになる様にって私の魔力を注いだの」
「……あれは、ディルランド国の国王とエリンス殿下の婚約者がウィルスの為にってくれたものだよ。それなのに、ウィルスは――」
「もう、誰にも悲しんで欲しくないの」
その言葉にナーク君とシグール様は息を飲んだ。
本当は怖いよ……。聖獣さんと一緒でも、レントと一緒でも。それでも、私にしか止められないのなら全力を注ぐ。
私はバルム国を、自分の住んでいた場所を奪われた。シグール様も今まで苦しんできた。危険を冒してでもゼスト様を助けたいって思うのは、唯一の家族だからだ。
「私みたいに苦しんでいる人はいっぱ居ると思うよ。ただ、これ以上悲しい出来事を増やしたくないだけ。助けられる可能性があるなら、私はなんだって協力するし自分の力を使うよ」
「……貴方の力を利用しようとした私を、許すのか」
「協力するってだけです。欠片でもそれだけの力があれば、助けられるかも知れないでしょ?」
「それは、そうだが……」
しばらく渡された物を見ていたシグール様は、何かを堪えるようにぐっと言葉を飲み込んだ。
そして、彼は頭を下げてお礼を言い約束をした。
兄は必ず助ける。
この戦いに最後まで生き残れたのなら、兄と共に罪を償うのだと――。




