主を思うのならば
ウィルス達がティルによって強化版の刻印を施されたものと同時刻。
隠れ場所で、ギルダーツの報告を聞いていたイーベルは深いため息をついていた。
(向こうが編成を再確認している間、こっちでも調べてみたが……)
冒険者の良い所はどの国にも属していないことが挙げられる。
ギルドの人間だという証明があれば、国境を越えようとも例え国同士でにらみ合いがある様な所でも自由に入れる。
なんせ自分達はそのギルドの依頼を選んで、それをこなすだけ。
イーベルだけが生き残った時も、王族と言う縛りの為に狙われていた可能性もある。東の思惑により、魔獣もしくは魔物を差し向けられたとも考えられる。
(ま、今はごちゃごちゃ考える必要もない)
ギルダーツに頼んで王族でない身分として偽り、冒険者としているのもこういった調査をするのに使っている。王族に連なるものでなくてもいい。自由に出来るからこその動きやすさを考えれば、意外に自分はこういうのが性に合っているとさえ――思えてきた。
(この周辺のギルドの依頼はストップしているのは、魔獣による被害と魔物が出て来ないのが原因だな)
ここに来るまでに本部を歩き回り集めた情報。
この国を含め、周辺にあるギルドの依頼はしばらく中止。討伐対象となる魔物がめっきり出て来なくなったことで、街や村などの被害がない。
それならまだいい。
問題なのは、魔物が出て来なくなった事で夜盗が増えてきた。ある意味では魔物がいたことで、街の防衛にもなりえていたがその壁がなくなれば今度は人間達が動く。
イーベルだけでなく、他の冒険者達もその殆どが防衛として国から依頼されている。
しかし、彼等の場合は特別依頼として行動している。
なんせ相手は王族からの依頼だ。
自由に動けるからこそ、彼等の足での情報が必要となる。特に今回は魔獣を倒せるかもしれないチャンス。
ウィルスを心配するギルダーツからの依頼だが、ギルドマスターからの依頼だという風に伝わっている。しかし、過保護なのもイーベルは知っているので聞いた時には笑ったなと、今になって思い出す。
「隠れてないでとっとと出てこい。主が大好きな奴」
それにイーベルと行動をしていた仲間は、緊張が走ったが知り合いだとみるとほっとしたように安堵した。
出てきたのはナーク。
黒髪に紅い瞳の少年。ウィルスを主として使える元暗殺者の従者だ。
「何か連絡でも来たのかと思って」
「へっ、勘が鋭いな」
「今、城の様子を見て来たけど……リベリーとの情報が違う」
「なんだと」
思わず睨むも、ナークは気にしていない。
誤解されやすいが、イーベルはちゃんと話は聞くし報告を途中で遮る様な真似もしない。全てを聞いた上で、何が違うのか勘でも良いからその違和感を聞く。
彼が険しい顔が多いのも、警戒心が強いと印象付けるため。
世話もそれなりにするし、聞き上手なのだからそれを上手くすればもっと人は集まる。そう言うのは、ギルド本部をまとめるギルドマスターのエファネ。
しかし、彼もよく知っている。
イーベルが必要最低限の人数でしか行動しない理由を。人を惹き付ける魅力がどこかしらあるのが、王族の特徴ともいえる。居場所を奪われ、家族も、何もかもを魔獣に奪われた。残された彼は、復讐する道ではなくギルダーツ達に警告を促した。
彼等がいる王都にもいずれ魔獣が来るであろう。
その時までに自分も力を付け、加勢する。彼等の為に、イーベルは冒険者と言う立場を利用し様々な情報を知るようになる。
最初は1人で対処していたが、徐々に仲間が増えていき今ではギルド内では注目されるSランクの1人にまで成長した。
本人の意図とはだいぶ違うだろうが。
イーベルに付いてくる仲間達は、Sランクと言う誇りもあるだろうがなによりもイーベル自身を大事にしてきた。誰か1人の名誉ではなく、皆とで作り上げたものだという自負がある。
「城の見張りもなし。急に人の気配がない、か」
「街に行ったけど、殆どもぬけの殻。中途半端になっている所から、多分……ボク達が襲われたのを皮切りに、皆出て行ったんだと思う」
「……まぁ、それだけ不安が募っていたってことだろ。街の方は気にするな。俺等が安全に誘導したし、お前さん達が騒ぎを起こしたからやったってだけだしな」
「え?」
パチリ、パチリ、とナークは瞬きを繰り返した。
自分達がここに避難しているのも、襲われたからだ。魔法を扱う襲撃者から逃れる為に、ウィルスと聖獣が使った魔法で逃げて来た。と、なるとあの街に居た住人達は一体――。
「実は君達が行動をしている間に、ギルドマスターから連絡を頂いていたんです。戦いが激化する、もしくは被害を受けるのは城の近くにある街だろうからと。元々、不安に駆られていたのもあって彼等を説得するのにそれ程時間は掛かりませんでした」
最近の魔物の減少。城から聞こえて来る不気味な獣のような咆哮。
増えていく避難民。そして、国王の死の報せ。それらの事が重なり、住んでいる人々は日々悩んでいた。
住んでいる場所を離れるか、ここでの死を選ぶか。
「ここの国王は、略奪を繰り返した事で国を大きくし領土を広げて来た。だが、ここの連中が離れなかったのはその息子達があまりにも父親とは違ったからだ」
「違った……?」
「はい。聞けば、ここの人達は王子達が自分の父親でもある国王に対して反旗をする気を伺っていた様子なんです。自分達が成人をした時、証拠を揃え王の座から降ろす気でいたようなんです」
だからこそ、彼等は幼い頃から住民達と話すだけでなく見聞を広めるという意味で色んな所へと出掛けて来た。
南の国とのいざこざもあるが、彼等はそれとは別に魔法に関しての技術に優れているディーデット国に興味を持っていた。それはもちろん、侵略の意味ではなく和平を結び互いに協力できる関係へと持って行くためのもの。
「だが、出来なかった。第1王子のゼストの様子がおかしくなり、第2王子は消息不明で病死扱い。第3王子の存在を知っている者は居なかったし、殆ど城から出てないのかも知れないが。……だから、ここの住人達がビビった。歯向かったのがバレて、王子達がおかしくなった。今度は自分達かも知れないってな」
「……」
その時、ナークは自分の記憶を引っ張り出す。
幼い自分と父親だけでない。里の人達と誰かがよく話していた場面を思い出す。
あの時の自分はまだ幼かったし、多分リベリーもそんなに覚えていない。
ただ、父親達はその相手と話している時に凄く嬉しそうにしていたのを覚えている。何がそんなに嬉しいのかと聞いていたら――。
「ナーク。今の王子達を信じるに値する。きっと彼等なら、私達の願いを叶えてくれるに違いない」
恐らく、彼等が会ったのは王子達だろう。
しかも住人達の言うように、王の座から引きずり降ろそうと考えていた彼等に。だがその約束も果たされる事無く、自分達は王によって奪われた。
初めから、あの王は自分達を消す気でいたのかと思ったが……もしかしたら、王子達の行動に気付き、本格的に動かれる前に叩いた可能性がある。
「でも……。だとしても、今のアイツを信じろっていうのは」
「第2王子の言う事か? それはお前自身が決めろ。城の守りを無くして、住民達が居なくなった。向こうが暴れても、俺等が暴れても平気だってことだよな」
イーベルの言い方はナークに聞いているものではない。彼の視線を追っていくと、いつから居たのかレントとカーラスが居た。
その後ろにはぐったりした様子だけど、リベリーも聞いていた。
「……罠なのか確定だけど、あの城のどこかに種があるなら壊さないとね」
「となると、引きつけ役が必要ですよね?」
「安心しろ。その為の俺等、だからな」
イーベルの答えに、仲間の2人は無言でうなずいた。
どうやら決定事項なのは、仲間内では当たり前のようだ。
「あ……」
詳しい話はレント達に任せ、ナークは主であるウィルスを探す。
すぐに見つけたが、傍に行くのを止めざる負えなかった。彼女はある男性と居たのだ。
第2王子のシグールと。
何やら真剣な感じで、近付くのをためらった。でも、とナークは同時に思う。イーベルに言われいた事をウィルスに伝えるべきか迷っていたのだ。
「全部伝えろとは言わんが、言ったらどうなるかはお前がよく知ってるだろ? あの女神さん、いざとなったら自分の身分なんか捨てて無茶をしてくるぞ」
言われた言葉が、何度も繰り返す。
そんな迷いをしつつも、ナークはウィルスとシグールから目を離せないでいた。




