第205話:刻印の再儀式
ーウィルス視点ー
「うぅ、ごめん。主……」
ナーク君はこの調子で、軽く泣いている。そのまま引っ付き、「うぅ~」と唸ってから既に30分程は経っているかな。
私は全然、責める気はないのに彼はそれではダメって事みたい。叱って欲しい……そう受け取らたいのか。
「ふふっ、貴方達は本当に仲が良いわね。まるで生き別れの姉弟みたいよ」
「ティルさん」
魔女のティルさんは、私達の様子を見て一言。
それを言われると嬉しいと思ってしまう。それが顔に出ていたのか、さっきまで謝っていたナーク君が嬉しそうに声をあげた。
「主がボクのお姉ちゃんになるの? すっごく嬉しい!!!」
「もう……調子が良いなぁ」
「へへっ」
何でそうテンションがすぐに上がるんだか。
さっきまで泣いていたのが嘘のように甘えているし。ナーク君の反応が予想していたものだったからか、ティルさんはおかしそうにしている。分かっていて言った感じがある。
さっきまでレントに怒られていたとは思えない変りぶり。
とはいえ、リベリーさんがどうも内緒で抜け出したのが原因だと分かり、私は……そのとばっちりを受けたんだけど。
「姫様も災難ね。彼が良かれと思って起こした行動なのに、戻って来て盾にされるだもの。レント王子が怒るのも無理ないわね」
「あはは……。あの後のリベリーさん、凄くしょんぼりしていたしカーラスに連れられていたけど……どうしたんだろう」
「きっと怒られているのよ。だって彼、凄く不機嫌そうに睨んでいたし」
「え?」
「……あり得る。あの人、ボクとリベリーに厳しいし」
「え、え……?」
カーラスが睨んでいた? リベリーさんの事を?
私が分からないって顔をしていると、2人は「知らないんだ」と言いお互いの顔を見合わせる。
ナーク君が知ってて、私が知らないのはなんというか、そのぉ……ズルいというか。でも、カーラスが不機嫌だなんて信じられない。
彼は私のお世話係であり、護衛をしていた身だ。
それこそ、幼い私に色々な事を教えてくれた先生もである。前にこう言ったらカーラスは「嬉しいです……」って感動していたし。
言い合いをしている場面を見た事があるのは、ラーグレスと居る時だけだった筈。
彼も同じ立場なので、私に不便がない様にと色々と考えてくれたんだろう。それでも、私の前ではそんな姿は殆ど見せていない。
(ん~~。やっぱり5年も離れていると性格は変わるものね。カーラスだっていつまでも私の護衛って訳でもないし)
バルム国が魔獣に襲われ、そのまま滅んだ時。
私とカーラス、ラーグレスは何とか生き残ったけどそれぞれ離れていた。ラーグレスが隣国のディルランドに、私はリグート国付近で。
カーラスは南の国ディーデット国に。それぞれ生き残っているとは知らず、その国で出来る事をし再会できるとは思わなかった。
「姫……コホン、すみません。ウィルス、温かいお茶になります。これから寒くなりますから気を付けて下さい」
「ありがとう、カーラス」
考えている私に声を掛けて来たカーラスは、私達にとお茶を用意してくれた。
聞けばラーグレスがお湯を生成し、街で買ってきた茶葉を入れてくれたのだと言う。氷で出来たコップという見た目に反して、中は湯気が出ているし温かい。
ホッとする。ナーク君とティルさんにお茶を渡しているカーラスを見ていると「どうなさいました?」と、振り向かずに言う。……何故、バレたのだろうか。
「なんだか、温かい視線を感じたので。それでウィルス。何か言いたいことがあったでは?」
「あ、え……その」
長年の付き合いと言われればそれでおしまいだか……。多分、そんな感じなのだろう。
私の考えている事は彼にはお見通しのご様子。ナーク君とティルさんが「やっぱり」と言わんばかりの顔で見ていると「何か?」と聞いてくる。
その時、ギクリと体を震わした2人の様子を見て(お、脅してないよね)と不安になった。
「ご、ごめん。その改めて、カーラスとラーグレスに会えたのが嬉しいなって。……再会出来るなんて思ってなかったから、ホントそれが嬉しいだけなの」
「……」
そう言って貰ったお茶を飲む。うん、カーラスの魔法で作るものは見た目は氷だけど温かく感じられるから不思議。
温かい飲み物だから当たり前なんだろうけど、そういう温かさもある。でも、カーラスの魔力も私的には温かいと感じているからそう思うのかな。
「カーラス?」
周りが静かで不思議だ。
どうしたのだろうかと思っていると、カーラスは何故だか「はぁ……貴方は、またそうやって」と上手く最後まで聞き取れない。
んん?
またとはどういうことだろうか。
「いえ、なんでもないです。……何かあれば言って下さい。私は少し席を外します」
「え、カーラス? え、あのっ」
引き留めようとしても、カーラスは去っていく。しかもすごいスピードで……。
あんなに早く出ていく彼を見るのは初めてだ。
ポカンとしていると、ナーク君とティルさんは同時に言ったんだ。
「デレた」って。
「デレ……ええ?」
「うんうん。あれは完全にデレっとした感じ」
「逆に姫様くらいしか、彼の表情を崩せる人はいないかもね」
あの、2人共勝手に納得されても困るんですが……。
結局、カーラスが何でデレたのかは最後まで分からないままだ。私がむむっと悔しい気持ちでいると「どうしたの」と言葉と共に、キスを送り優しく抱きしめてくれる人――レントだ。
「さっきカーラスが慌てた様子だったんだけど……何かあったの?」
「それが分からなくて」
「ふーん。ウィルスがまた何か言ったのかな?」
「またって……。私、そんなに問題を起こしてるように思ってるの」
「そうじゃなくて、ウィルスが誰かを思っての言葉や行動に皆が影響されるんだよ。私がそうなんだから、間違いないよ」
そう言ってぎゅっと抱きしめる。
何だか甘えてるような気もして、ちょっとだけ恥ずかしい。なのに、私はそれが嬉しくてニヤニヤしている。
なんだか矛盾した気になるが、レントがこんな事をして来るなんてあんまりない。だからだろう。すっごく、すっごく嬉しい。
「あの2人はいつもあぁなの?」
「うん。あれが普通じゃないの?」
「ん~~。前にラーグレスから慣れるように言われてたけどこういう事か……納得。君も十分に、毒されているのね」
「?? ボク、確かに毒には強いけど」
チラッとティルさんを見ると、頭痛を覚えたようにフラフラとなる。
慌ててナーク君が助けるけど「そうじゃない。そうじゃないの」と言うも、当のナーク君は分からないと言った表情で首を傾げている。
「ふーー。貴方達のペースに巻き込まれるとこっちが被害を受けるわね。ま、いいわ。3人が居るならやりたいことがあるの」
そう言ってティルさんは、私達3人をある場所へと連れて行った。
彼女の魔法でまとめて飛んできたのは、あの温泉がある場所だ。そして、レントの毒を治した場所まではそう遠くない。
レントと同じ瞳のエメラルド色の光。
満たされるこの中では、十分に魔力が集まる上に純度が高いのだと言う。その時、レントの事を治療した時と同じ現象が起きた。
私とナーク君の体が白銀の光によって包まれている。
「っ、2人共!!!」
「大丈夫よ。この状態で、貴方の事を治したんだから」
「え」
焦った様子のレントに、ティルさんは簡単に説明をした。
魔法で作ったと思われるサソリの毒は、様々な作用を含んでいることから薬草や魔法で治すのが困難なもの。
恐らくあの毒に刺されたら誰もが命を失う。
そんな危ないものに刺されたのだと、分かると同時に運が良いのだとティルさんは続けた。
「王子。貴方は本当に危なかったの。毒に慣れていたのもあって、進行は遅かったし姫様と彼のお陰で治療が出来たんだもの」
だから――と言いながら、彼女は私とナーク君に軽く触れてその魔力を受け取る。
彼女の扱う刻印は、手で触れた魔力を元にして魔方陣を作り出した。
その魔法陣がレントの元へと吸い込まれていく。
驚く彼だったが、ハッとしたように手の平を凝視した。
「これは……まさか」
「えぇ。王子、貴方が姫様にした刻印の強化版。従者である彼にも同じものを行ったから、お互いに何処にいるのかも分かるし念話をするのに魔力も必要ない」
そして、この刻印の最大のメリットと言えば……同じ刻印を持っている人へとすぐに飛んでいけること。
私が何度もレントに助けられてきた力だ。
「前のようにサソリに刺されたからって消えることはないわ。だって、白銀の魔力を纏った刻印。毒を治したのもその魔力だから、もう消されることはないってこと」
凄いでしょ?
胸を張り自慢げなのは、魔女である誇りからなのか。
私は自分の手の平に浮かんできた刻印を見て、ホッとしていた。
まさか再び刻印が戻ってくるとは思わなかった。
既に自分の一部になっているものだ。
消されただけでこんなにも不安になるのだ。次は――絶対に消されたりなんて、しない。
私はそう自分の心に誓った。




