第200話:彼にとっての光
ーナーク視点ー
「そう。そんなことがあったんだ」
ボクが話し終えると、酷く疲れた様に相棒であるジルに寄りかかる。第2王子のシグール。リベリーの言う様に病死として知らされているが、それ等は全て自分の父親によって謀られたこと。
いつの間にか彼の過去を聞くことになりつつ、ボクと主はお互いに顔を見合わせた。
だって、彼が言う弟は第3王子で……前にリグート国であったことがある人物だったから。
アーク。
ちょっとオドオドしていて、旅にも不慣れな感じ。そしてあの時、ボクが感じた違和感と予想が当たったこと。彼を見て、勝手に警戒心を生んだ事。
思わずバーレグにも聞いた事は……間違っていなかった。
醸し出す雰囲気を見ていて、嫌なものを感じ取った。それは……彼の父親がボクの里を滅ぼした張本人だったからだと分かったからだ。
父親がそうだから子供もそうなのかと言われると、分からない。
環境が違えば、父親とは違う道を示すのかも知れない。でも、あの時のボクは……彼を見ているようで、その影に居る父親を見ていたんだと気付く。
「っ……」
無意識に唇を噛んだ。主の手をそっと握り、震えていた。
するとシグールは主にあるお願いをしてきた。
「お願いだ……。兄を、ゼストから魔獣を……引き剥がして欲しい」
「!!」
それを聞いたボクは、キッと睨んだ。
主が何か答える前に後ろに下がらせて、どういうつもりだとボクは問うた。彼が答えを言う前に、ボクは思い切り壁に叩きつける。
これ以上、何も言えないようにと首に圧を加える。
「ナーク君!!!」
主はボクの行動に驚いたのか、駆け寄って止めようとしている。でも、それを阻んだのは一緒に聞いていたカーラスさんだ。主も驚いたし、ボクも驚いた。
彼の行動の真意が分からなくて思わず、そちらに視線を合わせる。でも、彼は「好きにして下さい」と言った。今度はそれに主が反応して、何でそんな事を言うのかと訴えている。
踊らされている気がするけど、あの人がそう言うんなら好きにする。
「そんなお願い聞き入れられると思うの? お前、主に死ねって言ってるわけ!!!」
魔獣と対峙するのは危険だ。
ボクやリベリーは身体能力が高いから、魔法で対処できなくても自分の力だけで奴等をバラバラに出来た。ラーファルさんが言うには、魔法での対処が出来ても足止め程度。
完全に倒すまでには至らないから、どうしても逃げに徹しないといけない。
そうでなくても、今の魔獣達は今までのとは比べ物にならない位に強い。
魔獣達を人為的に作り出している。それが分かっても、対処できなかったのはハーベルト国がやっているという証拠がなかったから。
今まで魔物の変異した姿だと思っていたらしいから、その実態が掴めたのはいい。
人為的に作り出した魔獣は、自我が強いのか憑依された人間の魔法を扱える。それだけでも厄介なのに、魔物を操る奴までいるかも知れないんだ。
聖獣の力を得た主でも、これ以上の危険はさせられない。
だって、彼女には魔獣の元になったとされている種を破壊するという役目がある。
どんな形状なのかも分からないけど、破壊するには聖獣と力を合わせる必要があるだっていうのは嫌でも分かる。
「なのに……兄を救え? 身勝手だよ、そんなの」
「分かってる!!!」
圧を加えて喋れないようにしたのに、彼は押し返してそう言い返した。
その本気の叫びに、遠くから駆け寄ってくる足音が聞こえてきたが確認する暇がないっ。
「本来なら、私とジルは死んでいた!!! 魔法や普通の武器でも、魔獣になった私には簡単に傷付いた。その度に人間を殺せという呪いのような言葉に、苦しめられてきた」
その恨みが込められた声は、ずっと彼を苛ませ続けて来た。
自分の自我が乗っ取られ、人間を魔物を殺すことに恐怖した。本当の化け物になってしまうんじゃないかという恐怖と、自分がやられる側になってしまう。
「君に分かる? 殺意や憎悪で、自分の体なのにそうじゃなくなっていく感覚が。どんなに耐えても、いつか取り返しのつかない事になるんじゃないか。……そんな恐怖が、君になんかに分かるのか!!!」
「おい、やめろっ!!!」
そこに割り込んできたのはリベリーだ。
カーラスさんが止めずにいたのを軽く睨んだだけにし、力づくでボク達を引き剥がす。おいって呼ぶ声がかなり低い。……これは不機嫌な時の声だ。
「オレ等が居ない間に、問題を起こすなって思ってるのに……。出かける前にさっそく問題を起こすのかよ」
どういうつもりだと聞いてくるが……ボクはその声を無視。
対するシグール王子も、何も言いたくないと言った感じでリベリーの質問を無視をする。げんなりした様子でボク達を見ると、今度は主に対してどうしたんだと詳細を聞こうとする。
それを全力で阻止して、主を連れて場所を変える。
その間、主は文句を言うでもなく黙ったままボクの顔を見つめている。誰も来ていないのを確認し、主を下ろす。足が向いていたのか、来た場所はよりにもよって苦い思い出の場所。
そう……ボクが父親と別れた場所。同時に、ボクを逃がす為に出口を塞いだ場所。
「ナーク君」
「……」
思わず塞がれた場所を手でなぞる。
目を閉じれば、今でも思い出せる。昨日のことのように、再生されていく。その度に自分の無力さを知り、1人だけ生かされた事にずっと「何故?」と繰り返してきた。
「ボク……ここで、里の皆と別れたんだ。父親が逃がす為に……」
この向こうはどうなっているのだろう。
里の皆の遺体があるのだろうか。ボクが逃がせていた人達は、本当に……もう、誰1人として生き残ってはいないのだろうか。
確かめる術もなく、ギュっと拳を作っていた。
「お願いだよ、主……。アイツのお願いを聞くのは止めて」
「でも……」
「王子が悲しむよ」
主が弱い王子の名を出せば、案の定……彼女はぐっと唇を結んだ。
やっぱりだ。言葉にして出さないのは、シグールのお願いを聞く気でいたということ。聖獣が何も言ってこないのは理由があるのか、主を尊重して何も言わないのかってなるけど。
「お願い……。今でも十分危険なのに、これ以上の危険を背負う必要はないよ」
主が元に戻る様に強く願えば可能性はある。
現にディーデット国で、魔獣にされた騎士を元に戻したって話だ。ボクの時も強く願って出来たけど、やっぱり主が行うのとでは規模も魔法の出力も違う。
でも……。ボクの目は既に、涙がいっぱいで主が答えるであろう内容が分かる。だから、悔しいんだ……。
「ありがとう。心配してくれてるんだね」
「あたり、前……だよ」
だって、主はボクの陽だまりで優しく包み込んでくれる存在だ。
知らなかった事を一緒に学んで、一緒に笑い合える。色んな事を知れるのがこんなにも嬉しいんだって知らなかった。
色んな感情を教えてくれたのは、紛れもなく主だから。
その主を大事にしたいと思うのは当たり前のことで、恩を返したいと思うのは当たり前のことだ。
だから、危険があるなら少しでも減らしたい。リスクを減らして、少しでも主を笑顔にする為だったら……ボクはなにんでもなる。
恨まれたっていい、嫌われたっていい。
無事な姿でいてくれるなら、ボクはそれに全力を注ぐんだ
主には、主には……笑っていて欲しいから。笑顔を見れるだけでボクは満足で、共にいられるのがボクにとっての祝福。その可能性が少しでも危ういのなら、危険な事なら止める。
「もう平気だよ。1人で背負っちゃダメだよ。ナーク君の想いも、シグール様の想いも分かるから」
「っ……だっでぇ……」
「ナーク君に謝らないといけないことがあるんだ。……ナーク君の辛い過去を、ね。私と聖獣さんも一緒に体験したの」
「!!」
「ずっと言いたくて、リベリーさんとの仲も微妙な理由も知ってたの。でも、ナーク君が自力でどうにかしたから……今度は私の方が言いそびれてて」
過去を、体験……した?
それはこの里の惨状を、主は見ていたの。魔法で……そんな事が可能なのかって思った。
そう考えていたら主は話してくれた。
なんでも、この現象はボクと主だからこそ可能だったこと。
契約を結んだ主だからこそ、ボクが苦しんでいる時や過去を見る覚悟をしたこと。放っておくと、ボクはまた内にある魔獣の力を暴走させるかもしれないから。
じゃあ、主は……あの惨状を見たってことになる。目を背けたくなることも、気分の悪い事を見て来たのに変わらない笑顔で主は言った。
「ナーク君は大事な仲間で、私の専属の従者なんでしょ? 一緒に悩んで喜んでもいい。でもね、私だって守られてるばかりじゃいけないから。一緒に解決したいの」
そう言ってそっと抱きしめてくれた。
失いたくない温もりに、思わず抱きしめ返した。得られたものを壊されたくない。ボクはもう失いたくないんだ。
だって、ボクの主は優しいから。
絶対に無茶をするって分かる。
その時、後ろから更に抱きしめられた。見ればボクと主を抱きしめているのは王子で、その顔は仕方ないとばかりに諦めた様子だった。
王子からの言葉にボクは敵わないと心底思った瞬間どもある。
「一緒に悩んで解決したいのは私も同じ。だから、君達……ちゃんと話して。シグール王子から何を聞いたのか、何を頼まれたのかも含めてね」




