表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
240/256

第199話:兄の思惑


ーアーク視点ー



 お母様が亡くなって、数日後の事。

 思ったよりも自分の心がすっとなる。お母様と居る時にも感じたことで、少しだけ今の自分に戸惑う。でも、いつまでも悲しんでいたらお兄様達に申し訳がない。


 それはダメだと思って、気合を入れるようにパンパンと頬を叩く。

 そう言えば、今日はまだシグールお兄様にまだ会ってないな。確か朝から式の準備とかするんだっけ?




「……また、寂しくなっちゃうかな」



 

 思わずポツリと言った本音に、慌てて頭を振る。ダメだ、そんな事では呆れられてしまうっ。いつもならひっそりと遊びに来るはずのジル。

 何でか知らないけど、彼はよく僕の事を追い掛け回す。

 そして、よく乗りかかって来るんだ。


 こ、怖いんだぞ。僕から見て体が大きいし、何でか下に見られているような感じで……すっごく悔しい。いや、大分悔しいんだけども。




「なんだよ、いつもならこっちの迷惑も関係なく突撃してくるのに……。何で、今日はまだ見てないんだか」




 別にそれがないからって寂しいとかそんなことは……ない。ない筈だ。

 自分で着替えたりするのも大分慣れて来た。ちょっとだけでも成長しているかなと思いつつ、今日もシグールお兄様が来るのを楽しみにしていた。


 


「失礼いたします、アーク様」

「あれ……レイ、さん?」




 何度もノックをしてくれたのに、僕は気付かないままだったらしい。

 思わず謝れば、彼女はとても申し訳なさそうに頭を下げて来た。




「アーク様にお伝えしなければ、いけない事があります」

「なん、でしょうか」

「今日から少々、お休みを頂きます。……大丈夫です、貴方は強い人です」




 そう言って頭を撫でてくれたレイさん。

 その手つきがお母様を思い出して、泣きそうになる……。お兄様2人は強い人だから、弱い自分を見せる訳にはいかない。

 だから、僕は元気よく「ゆっくりしてね」と告げた。


 どの位で戻るのかと思って聞いてみた。

 だけど、その時の彼女の表情は酷く悲し気に歪められた。




「そう、ですね……。恐らくはもう戻れないかと」

「え、お別れなの? この事、シグールお兄様は知っているの?」




 行かないで欲しいと思い、服の裾をギュっと握った。

 なんだか、酷く不安な気持ちになった。


 このまま……居なくなってしまうような、そんな予感。




「私はそのシグール様をお助けするんです」

「え、助け……。お兄様、どこか具合が悪くなったんですか?」




 こんなにも質問を続けている自分が、おかしく見える。

 でも、これは僕が感じた不安が表に現れただけだ。それにお兄様が具合が悪いのなら、どんな症状なのかと聞こうとした。

 なのに……。

 彼女はそっと僕の手を握る。そしてゆっくりと話されていく。




「大丈夫です。私の代わりには妹のクレハがいます。アーク様、どうかお元気で」

「……うん、元気でね」




 名残惜しそうに離れていく僕の手。きっと酷い顔をしているのは自覚しているし、呆れられてしまう。そうしたら彼女は静かに笑い、お母様がしてくれたように優しく抱きしめてくれた。




「最後まで共に入れない、私の事を……どうかお許しください。でも、クレハならきっと大丈夫……きっと」




 そう言って部屋を出ていくレイさん。

 別れは突然だと言うけれど、僕はこの時知らなかったんだ。


 お母様を亡くして悲しいのに、彼女にも……もう、これきり会えないんだと何故だか直感した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ーシグール視点ー



「ジル……もういい。もう、いいから……!!!」




 いつもアークを押し倒している体が、更に一際大きくなる。

 私を背負っても平気な位に成長し、王宮からどんどんと離れていく。けど、どんなに離れていてもこの失血量だといずれ私は……。


 今も、言葉を発するのにも苦しい。

 

 兄の事よりも、父が私を殺そうとした行動も。私は諦めたんだ。

 そんな私に、生きている価値は……。




「グウウウゥ……」




 ゆっくりと減速し、ジルの足が完全に止まる。かと思っていたら、唸る様にして相手を睨んでいた。何だと思って見ていると、つい先ほどまで私の隣にいた魔獣だ。


 それが1つだけじゃない。

 ゾロゾロと集まってくる……。その数に思わず目を見開いた。




(一体……父は何を目指す気でいるんだ)




 魔獣達が段々と距離を縮めて来る。

 包囲されている上に、見えてくるのは地平線に広がる砂漠。隠れられる場所もない。ジルが対応しようとするけど、あとどれくらいの魔力が残っているのかが問題だ。


 そこに割り込んできたのは、黒い刃。

 それらが魔獣達を両断し、姿を保っていられないのかボロボロと崩れていく。




「……ゼスト」

「この、まま……逃げろっ……!!!」




 そう言って振り下ろされる刃。私に届く前にジルが守る様にして動き、再び魔力を身に纏う。

 見えない壁に阻まれているのは、魔力で作り出したジルの力。逃げろと言いながら、襲い掛かるという不可思議な行動。


 けど、私はゼストの瞳を見て気付いた。

 彼は元から黒い瞳なのに、今は赤く染まり掛けている。


 その間にも、彼は苦し気に息を吐きながら私を殺そうと動く。




「もうすぐ、俺の自我は飲み込まれるっ……。そうなったら、お前を手にかける」

「ま、さか……私よりも、もっと前に……」




 別人になったような雰囲気。なのに、兄の雰囲気にも感じることがある。

 兄は……あの魔獣に体を乗っ取られているのではないか。

 自分の意識以外に、あの得体の知れないものが入っているのだとすれば……。行動と言葉がかみ合わないのも、彼が私を助けようと動いているのなら――。




「父がおかしくなった、のは……雇った暗殺者がいるからだ。あれは……危険、だ!!!」




 今まで阻んでいた壁に、亀裂が入る。ジルは私を守る為に力を使っているが、それを攻撃用に回すだけの余裕がない。このまま押し切られると思った時、背後から近づく影に目を見張った。




「やめ――」

「邪魔だ!!!」




 静かに近付いた影は、女性だ。

 私の世話係をしてきた、レイ……。彼女は、反撃をしてきたゼストに切られる。そのまま首を落とそうとする自然な動作。それにゾッと感じた私は、どうにか引っ張り出した事で回避する。

 

 その隙をついて、ジルは私達を抱えて飛びのく。

 犬が行う跳躍を超えているのは、付与した魔力のお陰。こんな使い方も出来るんだと思いながら、苦し気に息を吐いたレイを抱える。




「どう、して……。私、なんかを庇って」

「もうし、訳ありま……せんっ。時間、稼ぎにも……なら、な……」

「しゃべる、な。レイ、こんなバカなこと……」




 私よりもアークを優先すればいいのに。

 彼女は姉妹と合わせて、戦闘が出来るが……あくまでも軽くだ。剣術を主体としている兵士や、私達王族が身に着けている技術と比べるとあまりにも弱い。

 いや、彼女はきっと理解していたんだ。私を逃がす為に、少しでも時間を稼ごうとした。自分が死ぬ事も含んでの行動だと分かり、そんな事をする必要はないと叫んでいた。




「いい、のです……。私がしたくて、やったこと……ですから」




 笑顔で答えるのに、段々と体温が冷えていく。

 夕方近くになり視界も悪くなる。ゼストが追って来る様子も、魔獣達が来る様子もない。一先ずは逃げられたのかと、ふっと体から緊張が抜けていく。




「レイ……?」




 ふと彼女に声をかける。けど、呼びかけにも答えず体温が冷たい事が……彼女が死んでいると言う証拠。ジルも感じ取ったのか悲し気に鳴いている。体温を温めようとしているのか、ひっそりと寄り添うようにしてピタリとくっつける。




「うそ、だ。そんな……嘘だあああああっ!!!」




 奪われなくてもいい命。その引き金を引いてしまったのは、私なんだと自分を責め続けた。

 

 家族を奪った奴が憎い。

 何も出来なかった自分が、憎い。

 気付けなかった自分が……悔しくて、憎い。


 そんなドロリとした感情が、私の中に渦巻き続け――魔獣として姿に変えていくのも時間の問題だ。私も刺されたんだと思い出した頃には、既に倒れていてそこに駆け寄ってくれた人物がいた。


 それがドール。後に武器商人として動き、ハーベルト国を色々と調べている人だと分かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「結局、彼の所でお世話にはなったんだけど……。魔獣に変化する前に姿を消したんだ。自分の体が一部、魔獣化したしね」

「……」




 私の失敗談を話し終えると、ウィルス姫達は驚いたように聞き入っていた。

 自分でもなんで、こんな話をしてしまったのか分からない。多分、カーラスがおかしな事を言ったからだ。

 魔法を扱える私を、大事にしない。その理由が分からないんだって。

 

 


「あの、あの……!!!」

「うわあっ」




 そう思っていたら、突然。ウィルス姫が詰め寄って来た。私の身体を揺さぶるなんて、何が起きたんだと慌てた。でも、彼女は未だに唇が震え表情がかなり強張っている。何かおかしな事を言っただろうかと思い、落ち着くように言うと信じられない事を言った。



 

「わ、私……アーク君と、会った事……あるかも知れないん、です」

「……え」




 彼女のその言葉に、今度は私の方が衝撃を受けた。

 頭を殴られたような感覚。どうして彼女とアークが会っていたのか。そんな事を思っていると、今まで黙っていたナークが口を開いた。


 自分達がアークと会ったのは、リグート国であること。その後、何があったのかを彼は詳しく話してくれた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ