第197話:兄弟と異母兄弟⓶
ーシグール視点ー
「こんにちは」
「こ、こ、こんにちは」
「もう、アークったら……」
あれからアークの母親に会う事1週間。
あの日を境に、アークは緊張がほぐれたのか挨拶を返してくれるようになった。だが、まだ面と向かってが難しいのか母親の影に隠れながら答えている。
小動物のように愛くるしい反応。ずっと見ていても飽きないのが、不思議だ。
ゼストからは程々に、と注意を受けている。注意はするけど、力ずくで止めようとしない限り彼も甘いんだけど……ね。
今も、構おうと動く私の肩を掴んで離さない。力を込めて止めに来る。痛いのを我慢しているから、表情には出てないが本当はすっごく痛い。
密かに足を踏んでいるのがバレたか。
「いつもすみません」
「いえ。アークには教えたい事が多くて」
「構いたいからだろうが。あんまり無茶をさせるな」
「えー」
不満を言いつつ、隠れていたアークを引っ張り出す。慌てて逃げるのを抱き込んで抑える。しばらくバタバタと暴れていたが、しばらくしたら動きが止まった。諦めてくれたようで良かったと思い、頭を撫でる。
うー、と唸っているが無視だ無視。
むすっとした様子で頬を膨らませてはチラチラと見上げて来る。その頬を突いたりして、遊んでいると「止めろ」とゼストが止めて来る。
ギリギリと力を込めて頭を抑えるのを止めて欲しいな。アークの前だから「痛い」と言わないけど、いやそれも分かっててやってるな。
「ふふ……」
私達のやりとりを見ていたアークの母親であるエリシラ。彼女は、アークと同じ蒼い髪の色に同じ色の瞳。ゼストから聞いたけど、優しい雰囲気が私達の母親と似ているんだって。私の事を嫌う父上しか知らないから、優しいのかは分からないけど……。
「お加減はどうですか」
「今日は、いつもと違い調子が良いんですよ」
「じゃ、外で散歩しても平気そうですか?」
「ですが……」
「城のガーデンハウスはどうです。植物も見れて、いい気分転換になります」
次期国王と評されている兄に言われ、少し返答に困っている。
アークの母親は、長くは生きられないと聞いている。
原因不明の病。寝たきりで体はやせ細り、力も入りずらい。使用人達に手伝って貰い、どうにか立つことが出来るが……。自分1人で何かすると言うのが出来なくなっていると聞いている。
自分の死期を悟ったのか、彼女は外に出ることに抵抗を覚えていった。誰かの力を借りないと出歩けない。影で言われている事には気付いていても、情けない姿をさらすのが嫌なのだろう。
「……」
アークが不安げに見つめる。
彼がこうして心を開いてくれるようになったのは嬉しい。これも、挨拶をしたその日の内に母親の所に会いに行ったのが良かったんだ。
私達2人が戻るまでの間。彼等の味方になってくれる存在はいなかったのだろうと想像出来た。護衛をしているダークネスの話によれば、アークが生まれてからは父上と会う機会は少なくなっていたと聞く。
護衛である彼は、私達が居ない間で彼等と関わっていたのだと言う。
私もゼストも彼等の事を知ったのは帰ってすぐのこと。たまたまエリシラを支えているアークを手伝った事で、関わる様になり何かと手助けをしてきた。彼らしいと言えば彼らしい。
困った人を見て見ぬフリが出来ないのが欠点でもあり、長所でもある。
彼自身、自分の事だから分かっているが……直す気はないんだと。それを聞いて、やっぱりと思ったのは内緒だ。
「部屋の外でダークネスを控えさせています。彼の口が固いのは保証できますよ」
「……では、お願いをしてもよろしいですか?」
迷った末に彼女は出掛ける事を選択した。
外に軽くとは言え服は着替えるだろう。そう思って私が呼んだのは、ダークネスと同じく幼い頃からいる世話係であるレイ。
着替えをしている間、私達は部屋の外に出て支度が終わるのを待つ。アークはダークネスと会うとすぐに抱き着いた。
私から逃げるようにして、だ。
思わず恨めしそうに見た私に、ダークネスは困ったように顔を逸らす。仕方ない……。私達はまだ1週間しか共に過ごしていないんだ。信頼性でいうなら、どう頑張っても勝てないのは分かる。
分かる……が。
「珍しく落ち込んでいるな」
「うるさい。自覚してるよ」
むすっとなる自分が恥ずかしく思うも、アークを取られたようなこの気持ちに変化はない。
ゼストには面白がられるし、ダークネスは私の睨みに冷や汗をかいている。多分、彼は私が怒っている理由を知らないからどうしていいのか分からないんだ。
その後も構おうとして、ダークネスを盾にする方法を思いついたアーク。
追い掛け回す私にゼストは、見なかったこととして顔を背けた。助けを求めるダークネスの声をも聴かなかったこととして。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「わあっ……すごい!?」
アークの弾む声を聞いていると、ここには入った事がなかったんだろう。
母親のエリシラも目を輝かせている。彼女を支えているダークネスも、ホッとしたように顔を綻ばせている。
すぐにキリッとなるが、その変化を見ていた私達はニヤニヤと楽しんでいた。
この城の自慢、といえるのだろう。
このガーデンハウスは、王族だけが入れる場所だ。父上もこの場所だけは気に入っている。
中は涼しく、日差しがあっても暑すぎない。心地の良い環境で整えられているのは、魔法の力によるもの。
魔力を蓄える石を原料にした道具で、この空間は保たれている。
その性質を前から研究してはいたが、父上がその研究までも廃止した。その石の性質を利用して、私はある実験をした。
「ワンッ!!」
「ふわあああっ!!!」
ジルが吠え、それに驚いたアークが尻もちをつく。
自分と同じ目線になった事を良い事に、ジルがアークに馬乗りになる。興味津々といった様子でジルは尻尾を振るが、アークは驚きから覚醒できていない。それを良い事にジルが彼の顔を舐めたり、甘えている。
あれ以上やると、アークが怖がるだろうからと引き離す。
離れた事でやっと気付いたのか、キョロキョロと周りを見渡した後でゼストの背に隠れる。ダークネスが、彼にタオルを渡してべた付いた顔を拭いていく。一連のような流れで、ちょっと笑ってしまった。
「あ、あの……。それは」
「驚かそうと思ったのに、ジルが勝手に出てくるから台無しだよ」
「ワン!!」
何故、褒めてと言わんばかりに見上げて来るのか……。
仕方ないから頭を軽く撫でると嬉しそうに尻尾を振り、私の周りをグルグルと回り始める。
私は魔力を付与する力に長けていた。
その事に気付いたゼストが、実験的にだけど物以外にもの出来ないかと提案してきた。ジルと名付けた犬。野生であるこの子は、幼い私に寄り添ってくれたんだ。
父上に避けられ、私自身も外に行く事がなくなった。
そんな私を心配したゼストは、外に連れ出した時にふっと現れたんだ。
まるで私が何に傷付いているのか分かるように。
寂しい気持ちに寄り添ってくれた。だから、私の役に立とうとしたのか手伝うと言う意思表示をした。
危険な実験だから、ジルには止めて欲しい。でも、何度言っても聞く気がない。
なるべく彼の体に合せるように、魔力を付与をした結果――改造獣が出来上がった。ジルの身体能力が上がるだけでなく、付与した魔力を使い守りを固めたりとサポートも出来る。
「まだ試作段階ですけど、改良を続けていけば村や町に兵士の代わりに配備できるかと思って」
「まぁ……。シグール様は、聡明で研究熱心なんですね」
「え、あ……」
はっとした。
つい、自分語りのように話してしまったんだと、青ざめる。チラッとゼストを見れば、何をしているんだと言わんばかりの目で見ており、アークはずっと難しい顔をしている。多分、言葉の半分も理解していないんだろうな……。
ダークネスにいったては、私の悪い癖を見ないフリをしてアークの相手をし始めた。
「お2人の話を聞かせて下さい。私もアークも城の外から出た事がないので」
「は、はい……」
女性にとっては興味もない話だろうに、促して来るとは思わなかった。
多分、この時の私はそれが嬉しくてつい話し込んだ。その日をきっかけに、彼女は外に出るようになった。
アークも前にも増して、笑顔が増えてきた。こんなにもゆっくりと流れる日常が、心地いいとは思わなかった。ジルが私に寄り添うように、彼女の笑顔は見ていて気分が良い。
母親という存在を重ねてはいけないと思いつつ、話しを聞いて欲しいと思うのだから矛盾しているなと思った。




