第196話:兄弟と異母兄弟
ーシグール視点ー
私が生まれて10年。
そうなれば、嫌でも自分の立ち位置というのが分かってきた。当時10歳の私には5歳離れた兄ゼストがいる。彼は魔法も使えるし、剣の才能にも恵まれている。
東の国で、魔法が扱えることは珍しい。
この国、というよりは土地柄なのか魔法を扱える者の数が圧倒的に少ないのだ。東以外の大国には、それなりの数の魔法師団があり研究する人達も豊富。
でも……。
ここには、その魔法を扱える人達が少ない。周りと比べると魔法の技術が遅れるのは仕方ない。そうなると、どうやって国土を広げていくのか。戦で領土を広げる。東の国はそうやって、お互いの領土を奪い合う形で大きくなった。
同盟でお互いを助け合うという選択をしなかった。
それで巻き込まれるのは、戦う術のない民達。武器なんて持ったこともない、争いからかけ離れた人達。私は……戦いが嫌いだ。そんな私の考え方に、同じように感じてくれていたのがゼストだった。
『父のやり方は、間違っている……』
彼が成人の儀を終えてから数日後、ふと漏らすようにそう言った。
日課である剣の訓練をしていた時に、珍しく彼から誘われたんだ。打ち合いをしないか、と。
『間違っているなら正さなきゃいけない。……この国を。いや、東の国自体を変えたい。戦いでしか解決しようとしない考え方は、嫌いなんだ』
正直に言って、驚いた。
何でも完璧にこなす彼が、合理的な行動をする彼が……まさか、私と同じ考えを抱いていた事。そして、同じように自分の父親に対しての嫌悪感を抱いていた事。
『あの……。だ、だったら一緒に変えない? この国の在り方を。私達の環境も、父との距離感も』
父である国王は、私達と違って魔法を扱えない。その素質がないんだ。
息子2人に魔法が扱えて、国の頂点に立っている父が扱えない。自然と、距離は離れていった。だって、父が私達を見る目が……怖かったから。
殺意が込められた、目。
鋭く睨まれ、その原因が分かった時。家族で話すということをしなくなった。最初は歩み寄ろうとした。魔法じゃないことを、習おうとしたんだ。武功で頂点をとってきた父に、武器の扱い方を教わろうとした。
でも。それが余計に、彼を苛立たせたのだろう。
不愉快だとばかりに拒絶した。突き飛ばされて勢いよく尻もちをついた。
その痛みよりも、私を見た父の表情の方が……何倍にも怖かった。
『ち、父上――』
『邪魔だ。俺に持っていないものを持った気分はどうだ?』
『え』
まだ8歳の私には、父の言葉の意味なんて分からなかった。
ただ、拒絶されたことが信じられない。血を分けた家族なのに……。まるで他人のような態度で、父は私を睨んでいた。
どういう事かと聞こうとして、父に命じられた近衛兵達に引き離される。
そのまま何事もなく仕事に戻る父を見て……何かが自分の中で、バラバラと崩れていく音が確かに聞こえた。期待をするのも、父親としての温もりを求めることを止めた瞬間だ。
こんな時、母親がいてくれたらと思ってしまう。
そんな寂しさを埋めてくれたのは、兄のゼストだ。私が生まれて母親は1年程で亡くなった。だから面影も覚えていない。
母親は聡明で優しい人。父が愛していた人……。
私がその母親を奪ったのだと思われても仕方ない。
だから、私に当たりがきついんだ。
それが分かってからは、余計に父を避けた。いつも私にそんな事はないと、ずっと慰めて来たゼストには申し訳ないと思う。彼から聞く母の風貌と話を聞いているだけで、いくらか心が楽になる。
いつからか兄であるゼストを目標としていた。
憧れでもあり、優しくてそっと寄り添ってくれた。だから、そんな兄に恩を返したい一心で、剣術を必死で学び魔法を独学で極めて来た。
だから目標としている人が、同じ考えを持っていた事に驚いてしまった。兄は……やっぱり優しくて、戦でしたやり方を見いだせない現状を変えたい。
兄弟であると同時に、同じ目標を持った同志となったんだ。
そんな矢先に紹介されたのが、第3王子であるアークだ。
「あ、あの……。えっと」
私達2人が、第3王子の存在を知ったのは城に戻って、翌日の事。
見聞を広めるという名目で、3年くらいは城に戻っていなかった。ハーベルト国で、魔法を研究すること自体が禁止されたのもいいきっかけになったのもある。
父が扱えない代物を息子である私達が扱える。
元々、険悪にも近い関係に更に溝を深くさせる。だからこそ、私達は魔法を扱う力を何か別のエネルギーとして広げることは出来ないかと考えて来た。
そうなると城の中に居ては、絶対に得られない。
だから3年は戻らないのを条件に、兄と共に出た。2人旅で、国の外に何があるのか民の暮らしの現状を知る良い機会になる。
どうにか父を納得させたゼストから、そう誘われて私は迷いなくその手を取った。
剣術に磨きをかけつつ、魔法について独学で学ぶ。それには魔法で発展した国に行く必要がある。私達が知る限り、その技術が発展しているのは南の国だということしか分からない。
皮肉と言うべきか、争いをしている国しか知らないんだ。
同じ東側の大国でもあるイーゼスト国も考えたけど、お互いに仲が悪いからそんなことは出来ない。中央大陸にならとも思ったが、情報が少ない所よりもと思いディーデット国にしようと決めた。
「……」
約束の月日になり、城に戻った時に彼の存在を聞いた。もちろん、驚いたのもあるけど家族が増えるんだと思って嬉しく思った。
そんな彼は、ガチガチに固まりながらもどうにか私達の前に歩み寄っていた。手と足が同時に出て歩くから、愛くるしくて可愛い印象を持つ。
今にして思えば、この頃から私は弟と言う存在に惹かれていたのかも知れない。
「あ、の。……その」
緊張しているというよりは、人前に出る事が不慣れといった感じに思えた。
私達3人だけが会っている空間だ。使用人も護衛する兵士もいない。挨拶をどうにか言おうとしているのだろう。もしくは、城に戻ってきた私達に「おかえりなさい」と言いたいのかも知れない。
この国の王族は青系統の髪の色が出やすい。
瞳もそれに準ずるものが多く、彼もその例に漏れていない。私は2人と違って黒い瞳だ。母親と同じ色だから、余計に父は嫌いになるのかも知れないが。
(ここはどうするべきか)
困り気味にゼストを見ると、彼も同じように困ったように笑みを返す。
その間も、ずっと言葉に迷い続け「えっと」を繰り返す。別に出方をみるわけれはないけど、彼も頑張っている姿を見ると応援したくなる。
それが限界に達したのはその5分後。
口をパクパクさせていた彼は、気が抜けたようにふっと意識を飛ばしたのだった。
「……はれぇ……?」
目を覚ました彼の第一声に、私は笑っていた。
なんとまあ可愛らしい声だと思い、気分はどうかと尋ねると悪くないと答えてくれた。なんというか、それを聞いただけで、満足している自分がいるのに驚いている。
「これを飲んで、少しは落ち着いて欲しいものだな」
そう言いながら、アークを優しく抱き上げて用意したお茶を渡すゼスト。
流れのままに渡されて、コクコクと飲んでいく。それだけでほっとしているのは分かる。可愛く思えた私は、そっと頭を撫でる。
その時、ビクリと肩を震わした。嫌だったろうかと思い手を引っ込めようとしたが、チラッチラッと見られている事に気付く。なので、黙って頭を撫でていると再びほっとした様子で微笑んだ。
……なんだ、この可愛い反応。
「あの、これはどういったお茶でしゅか……」
「「……」」
思い切り噛んだ。
しかも、その失敗に気付いた彼はプルプルと体を震わせている。覗き込むと、目に涙が溜まっていた。耐えきれなくて私達は笑い、誰でもあることだと言うとすっと離れてしまった。
「……逃げてしまったな」
「隅っこでじっとしちゃって……。話を聞こうとしたら、逃げられるから追えないよ」
「弟が可愛いからって、すぐに歩み寄られても困るだろう。向こうは、俺達に会うのは初めてなんだ。いきなり兄が現れた心境なんだから、整理したい気持ちも分かる。さっきの失敗も含めて、恥ずかしさで一杯なんだろうけど」
「アーク。私はシグール。んで、兄のゼスト。まずは名前だけ覚えててくれると助かるよ」
「……」
じっと見る目は、まだ涙が溜まっている。
でも、口を何度も動かしているのを見ると復唱してくれているの、かな。そんな行動を見て、私は既に顔が緩み切っていた。
「新しい家族、だね」
「あぁ。今からでも、彼の母親に会いに行こう。母親と居る方が、彼の緊張もほぐれるだろうし」
そうと決まれば私の行動は早かった。
じっとしているアークを持ち上げ、これから母親に会いに行こうと言うと目を見開いた。状況が掴めていないのを良い事に、私達2人は勢いのままアークの母親に会いに行ったんだ。
思えば……あの頃が一番楽しかった。
例え母親が違ったとしても、兄弟であることには変わらない。アークが私達に挨拶をしたのだって、相当の勇気が必要なんだ。そんな彼の兄として、自分に出来る事を探そうと思った。
そう。あの頃の私達なら、手を取り合えると……そう思っていた。




