改造獣
「こっそり覗くのが趣味なのかな」
独り言のように言ったシグール。彼は確信を持ってこの言葉を言った。現に聞いていた人物は静かに姿を見せ「すみません」と謝罪をした。
薄いピンク色の髪に、濃い紫色の瞳――リグート国のレント王子の婚約者であるウィルスだ。
今は魔道隊のマントを羽織り、ゆったりとしたズボンと薄い青の上着を着ていた。
「あ、の……その」
そんな彼女の表情は申し訳ない気持ちでいっぱいだと分かる。目を合わせず、オロオロとしている彼女に、シグールは怒っている訳じゃないと言った。
「で、ですが」
「こちらは気にしなくていいと言ったんだ。あんまり引きずられると、後ろの彼に何をされるか分かったものじゃない」
「え」
彼とは誰だろう。キョトンとした彼女に、背中から抱き着いたのは従者兼護衛のナークだ。じっと見ているが、目はしっかりと「タダじゃ済まさない」とはっきりと読み取れる。
一方で、ウィルスはナークが飛び出すんじゃないかと気が気でない。だから頭に手を置き、軽く力を込める。
飛び出したら、ダメだという意思表示。
それを読み取ったからか、ナークはむっとした表情をしてしょんぼりと肩を落としている。
(流石に、主である彼女を押し切ってまではしない……よね)
この短い期間とはいえ、ナークがウィルスを優先しての行動なのは分かってきている。そして、その事は婚約者相手であるレント王子に伝わらないだろう、という事も分かって来た。
余計な火種にはしたくない。そう思って、再度ウィルスに大丈夫だと告げると、ようやく彼女の方は納得してくれた。
「……すみませんでした。その、1人で離れたから気分が悪いのかと思って」
「ごめんね。気分を害したわけじゃないんだ。……そっか、治癒魔法が得意だよね」
「ラーファルさんにはそう判断されてます。聖獣さんが言うには、同時に守りの力や付与にも精通しているって話です」
(聖獣が前衛を担っての後方支援って、ことか……)
シグールと相棒のジル(犬)は、城で暮らしてきたもの同士。ジルはただの犬ではなく、魔力を付与された改造獣と呼ばれるもの。人為的に作り出した、聖獣と似て異なる存在。だからその製作者たるシグールを守ろとするのは当然なのだが、この頃はそれもない。
シグールをマスターとし、聖獣と同様に主人を守る。なのだが――。
「わあ、ジ、ジル!?」
「ワフッ♪」
「あ、ちょっ……。ちょっと」
何故だか、ウィルスには甘える行動を起こすのだ。
今の今まで緊張する場面が多く、気が張っていたのかも知れない。もしくは、似て異なる者同士とも言えるのか、ウィルスの前ではただの犬も同然。
それをどこか複雑そうに見ているシグール。その雰囲気を読み取ったのか、ジルはすぐに駆け寄り甘える。そして、許して欲しいのか彼の周りをグルグルと動き回っている。
「別に怒ってる訳じゃないんだから、動き回って謝ろうだなんて思わないの」
「クゥン」
「……はいはい」
甘えた様に声を出され、思わず撫でてしまう。飼い主としてなのか、開発者としてなのかとつい考えてしまうが、今は考える事を止めた。
「そう言えば、もう立って歩いても平気なんだね」
「あ、はいっ。初めて使ったのもありますから、反動だと思いますけど」
聖獣と共に急遽とは言え、行った転移魔法。大人数を運ぶには、それだけ魔力を持って行かれるのだが聖獣のサポートもあってかウィルス自身に負担はないように思える。それでも、軽いめまいを起こしたくらいで大丈夫だと本人は張り切っている。
「でもすぐに歩き回るのはダメ。彼に心配されるよ」
「う……ごめん、なさい」
「彼」と言われれば、ウィルスは誰の事を言っているのかは分かる。落ち込んだ彼女と違い、ナークは静かに頷いていた。シグールの言う言葉は間違っていないというものだ。そんな他愛もない話をしているとウィルス達を探してきたのは、カーラスだ。
「お話し中失礼します。武器商人の方々が、残してきた荷物が心配との事でいったん戻るそうです。ですので、夜までここから動くのは危険なので承知していて欲しいのです」
護衛としてラークとカーラス。ナークと同じトルド族のリベリーというメンバーで戻るから辛抱して欲しいのだと言った。その報告にウィルス達は分かったと言う様に頷き、彼女はカーラスの手をさっと握る。
「どうしましたか、ウィルス」
「あ、あのね。大丈夫だと思うんだけど、カーラスが強いのは知ってるんだけど……。えっと」
【念のために魔力を渡したい。そう言えば良いだろう、ウィルス?】
「ひゃい!?」
彼女の足元には銀色に輝く子犬がいた。それも、呆れた様子でじっと見ている。
ウィルスが契約している聖獣の仮の姿。本来は、彼女が身に着けているチョーカーの中に魔力として存在している。こうして、自由に出入り出来るのもウィルスが契約してからそれなりの日にちが経っている事に関係している。
聖獣が使い手に対して名前で呼んだりはしない。恐らく彼が呼んだのが初めてなのだろう。
魔獣を倒す存在として、ウィルスと同じ白銀の魔法を扱うものを契約者としてきた。その為に、短命になりやすくまた魔獣に狙われる要素を含んでいる。
短い間だけの関係。この聖獣は常々言ってきた。自分は最後の聖獣だと。
だからこそ、情が湧くようなことはしてはいけない。それをしてしまうと、離れる時に迷いが出ると思ってきたからだ。
だが、この聖獣はその考えを改め契約者を自身を扱う為の者から大事にしたいと思った。
そう思えば、不思議とウィルスの行動が読めて来る。
カーラスとは同じ国の出身者であり、世話係として関わって来た仲だ。危険な場所に戻る事を心配しない筈はない。念の為に、白銀の魔力を渡しても問題はないだろうかとギリギリまで迷っていたのが分かる。
そう思った聖獣は、親切心で教えたのだがウィルスは驚きのあまり変な声を出してしまった様子。
「せ、聖獣さん!? 急に出てきたらビックリするじゃないですか!!!」
【すま、ない。……なかなか言わないから、教えた方がいいのかと】
「うっ。あ、いえ、別に責めてないんです。あの、だからそんなにしょんぼりしないで下さ――」
【何かあれば呼んでくれ】
そう言うと同時、光となって消えた聖獣はチョーカーへと戻っていった。最後に、ショックを受けた様な表情をしていたのは気のせいではない。それはウィルスだけでなく、カーラス達にも伝わり何ともいえない空気になった。
「ありがとうございます。使わないで済むようになるのが一番ですが、心配する要素は分かってます。もしかしたら、武器商人の武器を破壊するのが目的なのかも知れないので」
あの時、人は移動させられても近くにあった荷物を積んでいた馬車までは入っていない。
初撃の炎で、どれだけの被害を受けたかは分からないが、武器破壊を目的に動いていた可能性もある。
結局、彼女達を襲った術者が何の目的でやったのかは分かっていない。
シグールはその点が不気味に思い、不安な思いをしていた。
「それでは行ってきます。あ、そうそう。ナーク、姫様の傍に居るのは当たり前ですがあまり近すぎるのはダメですよ」
「わ、わかって……る」
震える声をどうにか抑えるが、誰が聞いてもそうでないのは分かっている。現にウィルスも困ったように笑みを浮かべている。
世話係とは言え、彼はウィルスに対して崇拝的な意味で仕えている。なので、自分が認めた相手――レント王子以外には多少なりとも釘をさしている。それを分かっているナークは、どうにか答えるが精一杯であり苦手意識が出ている。その証拠に、少し腰が引けているのだ。
「ならジルも連れて行って。壁役にはなるし」
「改造獣、でしたっけ。こちらの国ではそういうのが、主流なんですか?」
「魔力を移す方法は、昔からあるけど失敗も多いんだ。他国と違って魔法に関する本が少なすぎるし、扱える人間が圧倒的に少なすぎる。――圧倒的に、ね」
「……そうでしたか。なら分からないですね。魔力を理解している貴方を、追い出そうとする考えが。そういう貴重な存在は、大事にするものじゃないですか?」
カーラスのその言葉に、シグールは苦しそうに笑う。
それが出来たのなら良かったのだ。だが、彼の父親は魔法の類は使えない上に武力を持って蹂躙してきた。
魔法に頼らない戦での功績。それにより、息子達が扱える事に恐怖したのだという。
「よく言うだろ? 家族間でも殺し合いをしたり、のし上がる為には汚い事をするって」
「国王の考え方に賛同している者達が多いと、息苦しいんですね」
「そうとも言う。だから、場内では噂が飛び交うよ」
息子達が父親を殺そうとしているんじゃないか。
本人達にその意思はなくても、周りがそう見ない。むしろ、生まれて来た自分達だっていつ消されるのかという不安な気持ちの中で過ごしていったのだという。
「貴方のように、温かいご両親だったら……かなり違っていただろうね」
それが羨ましいと、自虐的な笑みをしたシグールはウィルスを見る。
それも一瞬のことであり、彼は参ったようにその場に腰を下ろした。ジルは悲しそうに鳴くと、シグールの傍へと寄る。
ジルを撫でると思い出す。
それは、彼が生まれた時の事。そして、兄であるゼストの事を――。




