第195話:運が強いお姫様
ーウィルス視点ー
目を開けると心配そうに見ていたナーク君。ぱあっと明るくなる。すぐにぎゅっと抱きしめて来て「良かった。大丈夫?」と労わってくれる。
(えっと、確か……)
少しだけボーっとした頭で思い出す。
私達は王都で歩いてたんだよね。シグール様が様子を見たいからって……。賑わいのある所よりは少し外れた場所で、シグール様の知り合いであるドールさん達と対面したんだ。
私が暑さにやられて倒れた時に、介抱してくれたみたい。あとでレントにお礼とドールさん達にも言わないとっ。
傭兵で、武器商人としての顔を持ち、ハーベルト国の王を討つ為に密かに動いてきた人達。武器の流れが多い事から、近い内に大きな戦があるのだと予想をつけた。
「そう。魔法で襲撃を受けたのね」
襲撃の説明をしていると、ティルさんがお疲れ様と言い手作りのお茶を貰う。その間、ナーク君は「……潰す。絶対に許さない……」と怖い事をブツブツと言いながら落ち込んでいた。
お留守番をお願いした時に、凄くしょんぼりしていて可哀想だった。
連れて行こうと言おうとしたけど、シグール様にさり気なく断っていたし。だからと思ってお土産か何か買おうとしたけど……襲撃で台無しになった。
「ごめんね。寂しい思いをさせて」
「ううん。無事で良かった……」
そう言ってギュッと抱きしめる。聖獣さんが傍に居たのもあって、初めて行った転送もどうにか成功したんだ。次はどうにか意識を保てるようにしにないと……。
使う度に気絶してたら、こうして迷惑になっちゃうし。
「あの、今……レント達はどうしてます?」
「彼等なら新しく連れて来た人達と話をしているわ。私は邪魔だと思うから勝手に来たけどね」
ティルさんは微笑んでそう教えてくれるが、自分の見た目の為に離れたのだと分かる。彼女の体は至る所に刻印があり、効果を発しなくても淡い白い光を帯びている。
魔女であるのが、王族に匹敵するだけの魔力を有し強力な力を行使する。王族以外でそんな人は簡単には生まれないが、聖獣さんが言うには魔獣に対抗するように偶発的に生まれたと聞いている。
ナーク君やリベリーさんのようなトルド族もその例だと聞いた。
【通常、魔獣を倒すのに必要なのは魔法だ。魔女の扱う魔法が、魔獣に有効なのは白銀の魔法の使い手を減らす為だ】
そう言って聖獣さんは私の事を見上げる。いつもの子犬の姿となって、撫でて欲しそうウルウルとしている。その誘惑に負けた私は、彼を抱き上げて飽きるまで撫でる。
嬉しそうに尻尾を揺らし、完全に私に身を預けている姿が可愛らしい。
その姿が魔獣を倒す力を秘めた存在には見えない……。でも、私は彼に何度も助けられている。
だから、私にも出来る事があるならなんだってやりたい。
ネルちゃんには、本当に申し訳ない事をしたと思っている。彼女は怒っているだろうし、黙って来たんだ。大ババ様にも見送りをすると察するからと言って、転送陣の時には居なかったし色々と気を使わせてしまった。
「あの、ティルさん」
「ん?」
彼女に聞いてみた。大ババ様の元に残っているネルちゃんのことを。
ティルさんがここに居るのはその大ババ様に言われたからであり、ネルちゃんの様子を聞いていないかなと思ったんだ。
……彼女に嫌われちゃった、かな。
「でも、あの子は前と違ってちゃんと周りを見ているわ。前は……復讐心で魔獣を倒そうとしていたし」
ミリアさんもその点を気にしていたから、ネルちゃんは本当に魔獣が憎いんだと思った。その所為で自分の体を無視しして、行動をしていた事を聞くと私と会ったのはいい影響なんだと言ってくれた。
「ミリアにも言われているかも知れないけれど、言わせてね。姫……じゃない。ウィルス、ネルと友達になってくれてありがとう。あの子が伸び伸びと成長出来るのも、ちゃんと選択が出来るのも……全部、貴方のお陰だから」
そう言って、私の両手を大事そうに包んでくれる。
帰ったらネルちゃんに一杯怒られるだろうけど、それでも良いんだって思う。
「ネルちゃんが元気にやっているなら、私も嬉しいんです。ニーグレス君とレイン君にもちゃんと謝らないと」
「えーー。別に怒ってないと思うんだけど」
ナーク君がそんなことしなくて良いっていうけど、そうはいかない。私がダメだよと言えば、彼はむっとした顔で見上げて来る。でも、それもすぐに止めて「分かったぁ」と素直に返事をする。
それを見ていた聖獣さんは【ウィルス。良いのか? こんなことあるごとに抱きつかれて】と呆れたように言って来る。平気だと言えば、なんだかガックリとしたように落ち込んだ。
その後も、【まぁ、本人が言うなら……】とトボトボと歩いていく聖獣さんに首を傾げる。そんな私達にティルさんはクスクスと笑い「貴方も大変ね」と聖獣さんの事を労わる様に言った。
(ん? ダメ、なの?)
よく分からないままでいると、ラークさんが様子を見に来ていたのだろう。思わずいつから居たのかと、聞いたら最初からと言われてしまった。……何で早く来なかったのだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私が起き上がれるまでに回復し、ラークさんからレント達との話が終わったと聞きその場所に行ってみると……雰囲気が悪くなっていた。
(な、なにごと……)
居ない間に何が合ったのかと緊張していると、カーラスから小声で事情を聞く。レントの提示した内容に、難色を示しているのだという。
《王子は私達よりも、魔獣と戦って来ています。特に……ガナルの危険性を目の当たりにしてますから》
カーラスが念話で知らせてきたという事は、ドールさん達には言っていない事だと分かる。そう思っているとドールさん達が一斉にこちらにきた。
えっ、と戸惑っていると――。
「さっきは助かりました。温室育ちと言った非礼を詫びたい」
「あ、えっと……」
後ろに来ていたナーク君とカーラスの笑みが、怖い……。どうにかラーグレスが2人を押さえているけど、あんまり長くは持たないかも。
「皆さんがご無事なら私はそれで」
足元に来た聖獣さんが見上げるからそのまま抱き寄せる。うん。私達が無事なのは聖獣さんのお陰なんだし、私だけの力じゃないものね。
そう言ったら、何故だかドールさんは参った様な顔をしている。
「……分かった。貴方の条件を飲むとしよう」
「助かります。私達を上手く城に潜入させて貰えれば、あとはこっちでどうにかしますから」
欲がないし、これでは勝てないとまで言われてしまった。不思議そうに首を傾げているとレントが、念話で《ありがとう》とお礼を言った。状況がよく分からない私に、シグール様がそうだよねと言いながら笑っているし。
あの、何で誰も詳しく話してくれないの?
あとでカーラスに問い詰めると明日にでも潜入出来るように、色々と準備をしてくれるんだって。未だにお礼を言われる意味が分からない。1日、悶々している中でシグール様が静かに離れていく。
気になって後を追うと「必ず、あの頃の様に戻してみせる」という、優し気な声が聞こえたのだった。




