第193話:魔獣の種
ーウィルス視点ー
しょんぼりしたままの私は隣を見るのが凄く怖い。ヒシヒシとレントのプレッシャーを感じている。ナーク君を連れて来れば良かった……。
悪いのは私だし、自分で言ってしまったから撤回出来ない。反対側に来たリベリーさんは、労るように肩を叩いているのが申し訳ないです。
「姫さん。隠すの下手すぎ」
「うっ。ごめん、なさい……」
リベリーさんにも隠していたから謝る。でも、彼は気にした様子もなく、レント相手なら仕方ないとの事みたい。
怒って、ない……?
「オレが姫さんに対して怒る訳ないだろ。事情があるのは分かりきってるからな。逆に1人で抱え込み過ぎるなよ?」
そう言って頭を乱暴に撫でてくる。
髪がボサボサになるけど、大事にしてくれるのは分かるから無抵抗だ。
そうしていたらパシッとリベリーさんの手が払われる。え、と思った私はレントに引き寄せられて、髪を整えられる。
「綺麗な髪が台無しになるから、止めて」
「言うのそこかよ」
見ればムスッとしたレントが、リベリーさんの事を警戒する体勢入った。そうしながらも、乱された私の髪を優しくとかしていく。そんなに警戒しなくても、と思うんだけど……それを言うと後が怖いから言わない。
これは、隠している事にはならない。……はず。
チラっと見ると気付いている様子はない。ほっとしていると、コホンとワザとらしい咳払いが聞こえた。
「2人共、その辺にしてね」
「ごめんなさい……」
シグール様からの注意に私ははっとなり、すぐに謝った。レントはいつもしている事だと言わんばかりの態度だし、ドールさんは「いつもあんな感じなのか」とシグール様に聞いている。
一気に恥ずかしさがきて、聖獣さんの事をギュっと抱きしめる。
ポンと前足を置かれ【急に変わらないだろ】と優し気に言う割に、ちょっと呆れているようにも聞こえる。
……仕方ないとばかりに、その後もポンポンと慰めて貰った。
いつまでも恥ずかしがってはいられない。だからすぐにでも気持ちを落ち着かせる。聖獣さんの事を見つめれば、彼は黙ったまま静かに頷いた。それは全てを語って構わない、という姿勢だ。
私はレント達に、聖獣さんから聞いた事を話しだした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それはまだ東の国、ハーベルト国へと行く事を決めてから少し経った頃の事。私は何度目かの不思議な夢を見ていた。
聖獣さんが子犬の姿になるのも知っているけれど、私としては狼としての姿の方が好きだ。
【どうしたんだ? 何か嬉しい事でもあったのか】
「えっと……その、聖獣さんの今の姿を見て、安心したというか。その、嬉しいというか」
【……】
うぅ、思わず言ってしまったけどかなり恥ずかしい。視線に耐えられなくて、手で顔を覆う。……探り合いってどうにも苦手だ。こういうのがからかわれる原因、なのかな。
「きゃあっ……」
思わず悲鳴をあげてしまった。
だ、だっていつの間にか聖獣さんが目の前に来てた。それだけならまだいい。でも、そのペロッと手を舐められて顔を寄せてるんだ。
背中に尻尾のフサフサ感を感じる。
…これは聖獣さんなりに抱きしめてるのかな?
【すまない。ちょっと驚いていただけだ】
「お、おど……え?」
どこに驚いたのかな。素直に言い過ぎた所? でも、本当の事だし。別に子犬の時の聖獣さんが嫌って訳じゃない。どっちも彼の姿だし、そう判断のしたのも彼だ。
それにあの姿は私の事を守る為にしてくれたもの。
レントが居ない間、ナーク君が居るのも承知で念の為にという処置だ。だって、こうしていなかったら私はガナルに連れ去られていた筈だしね。
あの時、子犬になっていた聖獣さんは私の傍を離れずにいた。護衛だというのなら、スティングさん達もいるしと思いカルラと同じように抱き抱えて撫でていた。
そんな時に起きた、突然の襲撃。
私の真後ろにいきなり現れたあの人は、初めにスティングさん達に攻撃を仕掛けた。
私は全然反応出来ない中で、彼等は既に自分の武器を手に取り魔法の発動をし同様に仕掛けようとしていた。思わず目を瞑り、怖くて聖獣さんの事を強く抱きしめた。
派手な音が聞こえ、ゆっくりと目を開ければ壁に叩きつけられているスティングさん達を見て声を発せなかった。何が起きて、何でこうなっているのかって理解が出来なくて……カーラスに呼ばれなければ私は、呆然としていただろう。
【刺客だ!!】
聖獣さんの声ですぐに理解する。狙ったのは私なのだと。その後、カーラスと共に人の居ない所へと移動した。レントを連れて来ると言った聖獣さんを信じて、どうにかカーラスが上手くさばいていたけど……。
あの時、ナーク君とレントが居なかったらと思うと怖くて自然と体が震えていた。忘れたくても、もう忘れる事はない。
だからだろうか。こうして、聖獣さんが傍に居てくれるのが嬉しくて素直になっていくのが楽しいんだ。それだけ、私の中で聖獣さんが大事になっていったのが分かる。
そう思っていると私は自然と聖獣さんの背中を撫でていた。
嬉しくて、安心して。こうして夢の中で会うのが私にとっても嬉しい事で思い出の1つになるんだろう。
【すまないな。今までの使い手達とは違った反応ばかりだから、俺に対して言っているのだと……そう、分かるのに時間がかかった】
「……そう言えば、たまに我って言うけどどっちが聖獣さんの事なの?」
そう聞けば、彼は自分自身の事は俺と表現しているのだとか。
ただ、今までの聖獣達の分の想いも継いでいるから「我等」と表現しているんだって。
今までの、想い……か。
「聖獣さん。色んな想いを1人で持っていて、辛くないですか? 何か私に出来る事ってないでしょうか?」
【なに……】
驚いて私の事をじっと見る。
真意を探る様な、観察されている気分だ。でも、居心地は悪くないし彼の中で気持ちの整理がつかないのかなって思う。現に瞳をキョロキョロとし始め、思わず上を見上げたりしている。
【……大丈夫だ。そういう風に心配されると思わなくて、だな。そんなに辛そうに見えるのか?】
「少なくとも、何か言いずらそうにしているのかな……と感じただけです。聖獣さんはよく自分の事を最後の聖獣と言うので。今までの想いも継いでいるのって、何だか辛そうに思って」
だから、私に出来る事は無いかと聞いた。
だって私は彼の契約者だ。彼が最後の聖獣と言うのであれば、私が最後の契約者だと分かる。
2人であれば辛い事も半分に出来る。そう言ったら、聖獣さんは驚いたように目を見開きすぐに優し気にふっと笑う。
【あぁ、そうだな。……貴方はそういう性格だったな】
「……?」
なんだろう。聖獣さん自身は凄く納得しているけど……。
ちょっと置いてぼりに感じる。思わずぷくっと頬を膨らませると【悪かった】と言って、前足を軽く頭に置いてポンポンって撫でて来る。
【契約者とは一心同体だったな。……なら、話そう。俺の代で全ての魔獣を消す方法を】
そこで彼は話してくれた。
聖獣さん自身、自分に負の感情が溜まっていけば魔獣と化すことを。そして、それら全て契約者の気持ち1つでどうにでもなるのだといった。
私の場面は幸いと言うか、そういった負の感情を感じにくいようだ。それは環境が大きく作用してるんだという。
【貴方は周りからだけでなく、王子である彼に愛されている。それが気持ちの軽減にも繋がっているようだ。こうして悩みを誰かに言うだけでも、気持ちとしては楽になる。……本来、俺と貴方との関係はこれが正しい形なのだから】
それだと、今までの使い手達は違った形なのか。
私の表情から聖獣は、読み取ったのだろう。フッと笑い、今までの人達は誰にも悩みを打ち明けなかった。
打ち明ける相手がいないと言った。
それは聖獣さんにもだろうか?
【ほとんどの使い手達は、我等を道具として見ていたからな。貴方のような考え方はいなかった】
だから、色々と驚かせる。そう言ってまた優しく撫でてくる。こういった触れ合いもしてこなかったからか、聖獣さん自身が癖になりつつありそうだ……。いや、既になっているような気もするけど。
【魔獣は確かに我等と同じだ。だが、向こうには契約者となる媒体はない】
話によると魔獣の中でも、一際大きな恨みを抱いたものがいたのだと聞く。
聖獣さんの仲間達も必死でそれを鎮めようとしたけれど、今までは倒せていたのがその時の魔獣にはそれではダメだったのだという。
倒せないのなら、次に復活するまでに封印を使い次の聖獣さんに次へと託した。でも、その時間は魔獣にも通用する訳で……次へと託す間に、その恨みは段々と膨れ上がり魔獣としてではなく種として世に具現した。
【その種の扱い方は多種多様だ。作り出すだけでなく、人に憑依し死体にまでその力は及ぶ。だから、魔獣をただ倒すだけでは絶対に終らない】
「……その種を完全に破壊しない限りはって事だね」
【あぁ。その気配は……東側の国から感じでいる。今はもう1つしかないハーベルト国。あの国の何処かに種はあり、厳重に保管されている筈だ】
それが魔獣の種、か。
その種を聖獣さんと私の力で完全に消し去る。……もっと早く教えて欲しかったな。
【すまない。危険が伴うし、王子が許すとは思わなかった】
「レントだって事情を話せば分かってくれるよ。……多分」
【……】
自信を持って言えないのが辛い。
だから聖獣さん。そんなジト目で見ないで下さい……。




