第21話:夜会と言う名の披露①
ーレント視点ー
その日はやってきた。
隣国のエリンス殿下には色々と頼んで簡単に「おぅ、良いぞ」と事が進む。何も考えていないな、と思っていると「全部、自己負担だろ? 俺と王の父は楽しくやらせて貰う」とニヤニヤした顔が妙にイラついた。
ウィルスが熱にうなされてから起きるまでの間、エリンスとは近況報告も含めて夜会について話を進めていた。
「俺といるより大事な人の傍にいないのか?」
水晶を通信手段としているのがこの世界での、各国の王族の常識。魔力を伴う力を秘めた水晶は様々な魔法の助けになる。今、水晶から淡い光が漏れ半透明の男性が私と同じように座った状態で話をする。
紅い髪にキリッとした端正な顔立ち。髪と同じ紅い瞳を持ち、黙っていれば格好いい同い年の王族。
エリンス・デートル・ディルランド。
ディルランド国の第1王子にして私よりも先に妃を持った身。これから私が同じ立場に立つ事も含めて、既に先輩風を吹かしている。イライラするが少しの我慢だ、我慢。
「私以外に任せられる人物が多いからね。仕事が終わり次第、ウィルスの所に行くよ」
「ほぅ……俺との会話を早めに済ませて、自分は愛する者へと向かいたい。が、今は仕事だからと我慢する……か」
「だからさっさと終わりにしよう」
「早い。切るの早いぞ、レント!!!」
ワザと時間稼ぎしようなんて考えてるからだよ。
水晶に流す魔力が弱めれば、途端に姿が薄くなる。通信を切られると焦ったエリンスの声が響く。
「悪い、つい……遊んでしまった。許せ」
「次は問答無用で通信切るし、拒否するからそのつもりで」
「………」
「そ。短い付き合いだったね」
「わーー、待て待て!!! 分かった。分かったから、実行するな。俺が悪い、本当に悪かった」
この通りだ!!! と、全力で頭を下げるエリンス。隣でクスクスと笑い声が聞こえた。誰だろうと思っていると、すぐに彼の隣に立つ女性が姿を現した。
エリンスの隣に立った事で、水晶ごしから黄色のドレスに身を包み私に微笑み掛けてきた女性が映り込む。
名をイーグレットと、エリンスが紹介した。
茶色い長い髪を1本に結び、ガーネットのイヤリングがキラリと光る。鎖骨部分まで大きく広げられた黄色のドレス、胸元にはイヤリングと同じガーネット色の花がコサージュとして生えている。
凜とした佇まい、その姿勢と美貌に前なら私も少しは惚れていたかも知れない。が、今はウィルス優先であり、彼女でないと満足出来ないからと思っていたら笑われてしまった。
おかしな事はしてないと、思うが何故だろう。
「あぁ、では貴方が」
「お初にお目に掛かります、レント王子。エリンスの婚約者であるイーグレット・ウォールと言います」
スラリとした体に、凜とした声が聞こえてくる。優雅にお辞儀をし、顔を上げた時にまたニコリと微笑まれた。
「エリンスから聞いています。……君、私がウィルスと居るのを知って慌てたの?」
「馬鹿な事を言うな。何で俺がそんな事で慌てないと──」
「よく分かりましたね、レント王子。流石、幼馴染みですね」
「イーグレット!!!」
慌て出すエリンスを見て、あぁ羨ましいんだな、と勝手に思っている。しかし、イーグレットはエリンスの扱いが上手いと見える。もしかして、と思って彼女に質問した。
「幼馴染み、ですか?」
「えぇ、小さい頃からエリンスの行動を見て楽しませて貰いました」
「こ、こら。余計な事を言うな!!!」
ふむ、向こうは向こうで楽しんでいる様子。私も早くウィルスに会いに行かないと。
「事情は少なからず聞いております。……早く目が覚めるといいですね」
「大丈夫、彼女は強いですから」
心配するイーグレットとは対象的に私は絶対の自信を持って言える。ウィルスが強いのは傍にいる私がよく知っている。声でそれらが伝わったのか、イーグレットは微笑んでいる。
「ふふっ、ベタ惚れですね」
「えぇ。自分に恋を教えてくれた人です。幸せにするのが義務です」
「エリンスにもそう言ってくれたら良いのに……」
「何故、俺に攻撃する」
「レント王子は愛を囁いている様子。なのに……貴方は恥ずかしがって」
そこも可愛いですけど。と言うイーグレットに、エリンスは頭を抱え出す。まさか初対面の王子である私が、居る前で暴露されるとは思わなかったんだろう。
うん、イーグレット嬢と仲良く出来るぞ。主にエリンスをイジるのに。
「夜会でお会いできる日を心待ちにしています。その時には」
「えぇ。愛するウィルスを紹介します。仲良くして頂けると私も助かります」
「おまっ、サラッと言うなサラッと!!!」
顔を真っ赤にするエリンスに私は疑問が湧いた。
好きな人を愛すると言って何が悪いのか。イーグレットは「貴方、色々負けてますね」と更なる追い打ちを掛けている。
「ふんっ、夜会の準備ができ次第に連絡を寄こせ。お前の婚約者を悪く言ってやる」
「やったらエリンスに倍返しするからね」
「あ、はい。……すみませんでした!!!」
向こうから通信を切られ、水晶の輝きが止んだ。イーグレットが笑っていたのでまたイジられるなと思いつつ、行動起こす為に仕事へと戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そこから1カ月。リグート国にディルランド国の一行が城へと案内される。ここから2日日間、夜会をしながら互いの王は久々の語らいのためにと張り切る。
今回は互いの親交を深める為にリグート国から用意した夜会。と言う名目だが、実際は私と兄のバーナンの婚約者のお披露目がメインだ。
私と兄に寄ってくる令嬢達にハッキリと分からせる。自分達には既に想う人がいると。愛妾など取りはしないし、諦めろと言う意思表示。
ついでエリンスにはイーグレットと言う婚約者が居ると言うのを知らせるため。自国、隣国に婚約者のお披露目と言う事で、テンションが上がるエリンスとその父であるアクリア王。
「早く会わせろ!!!」
と、着いて早々に私と兄様、父に詰め寄ってくるのを宰相であるラーガが即座に静まらせる。物理的にだ。
「全く着いて早々貴方方は……。秘密裏に行うと言うのをお忘れか」
アクリア王、エリンスにドデカいたんこぶを作り、2人を睨む迫力あるラーガ。王族専用の広間に隣国の王と殿下を正座させ、すぐに非礼だと詫びろと言うが2人はムスッと拗ねたまま。
「1ヶ月も我慢したんだ。会わせろと言って何が悪い!!!」
「そうだ、そうだ!!!」
アクリア王は元から面白いものには首を突っ込みたがる性格。息子のエリンスも同様に、だ。そして、私達の婚約者と言うワードだけで、詳しい説明もなしに「何だ、その面白い感じは」と盛り上がるのだ。
ラーガ宰相。……苦労しているな、と同情せずにはいられない。さて、夜会まであと数時間後。ウィルスとクレールの準備も滞りなく行っているだろう。……楽しみだな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「準備万端、練習も一杯やった。……よし、頑張るぞ♪」
うん、ウィルスが可愛すぎて困る。
彼女はファーナムと3名の女官がウィルスのドレスを仕上げ、髪も綺麗になり艶を放つ。姿見で綺麗になる自分が信じられないのか、彼女は何度も見ては喜んでいるであろうと心の声が駄々洩れているのも気付かない様子だった。
ーレント、似合ってるって言ってくれるかなー
ーあ、このイヤリングはラウド様に貸して貰えたんだ。私以上に喜んでくれたなぁー
ー夜会に出る料理も楽しみだけど、隣国のディルランド国の殿下もどんな人かなー
ウィルス、エリンスの事なんか考えなくていい。むしろ紹介なんてしたくはない。でも、イーグレット嬢が気になると言われウィルスに友達が出来るならと思っていた。
が、この心の声を聞いてそうもいかなくなった。
エリンスには会わせたくない。覚えて貰いたくもないのだから。
「レント!! ごめんなさい、気付かなくて……」
ふと、鏡越しから視線がかち合いはっとなるウィルス。慌てて私の所に向かうも、ずっと「ごめんなさい、ごめんなさい」を繰り返していた。そんなにシュンとしないでよ、似合っているからずっと見てただけなんだから。
ウィルスは背中まである髪をそのままにしている中で、さらに輝きをましているように艶がある。
ドレスは彼女の髪と同じ色のイブニングドレスであり、オペラグローブ、耳に母のコレクションとも言えるエメラルドのイヤリングが付けられている事から、母は既にウィルスに対して好感が高すぎるのがよく分かる。
むしろ、自分の娘を自慢するかのような豪華ぶりに別に意味で笑えて来る。
「平気だよ。……先に見といて良かった」
「そう、なの……?」
「うん。夜会で周りと同じように見ていたら――」
そう言ってウィルスの腰を抱き、体を密着させ耳元で囁く。その瞬間、控えていた女官達は声を出すのを我慢しているのが分かる。
そうだろうねぇ、私が女性の前でこういう反応をしないのを知っているからね。
「誰にも見せたくなくて、部屋に閉じ込めてしまいそうだよ」
「なっ、なななな、なっ………!!!」
「ふふ、事実だよ。ウィルス」
驚いて顔を真っ赤にするウィルス。チラッと周りを見ればファーナムは無表情をしている中で、ウィルスと同じようにもしくはそれ以上に顔を真っ赤にする女官達。
よし、これで彼女達のネットワークで私とウィルスの仲を覚えて貰えそうだ。そのまま噂でも流してくれればこちらとしては嬉しい限りなんだけどね?
「ち、ちちち、近いっ!!!」
「寂しいなぁ。いつもよりは遠いでしょ? それとももっと近付けばいい?」
「う、うぅ……」
はっきりと断らない所がウィルスだよね。後ろでは「キャーー!!!」、「お、王子の魅力……」と騒いでる上にバタリと倒れた様な音が聞こえたが……まぁ良いか。
私達の仲を広めてくれるならなんだってやるよ?
そう思い、ウィルスの額にキスを落とせばまたも後ろで騒いでいる様子。ファーナムが止めない辺り、彼女もこの事実を広めて欲しい事が分かる。今回ばかりは何が起きても怒りもしないし、ずっと無表情をして仕事を淡々とこなすのみのようだし。
「あ、あぅ……レント。そ、そろそろエリンス殿下とアクリア王と先に行ってるんでしょ? 良いの、行かなくて」
「ウィルスを堪能する方が先」
「もうっ、そうじゃなくて……」
ぷくっと頬を膨らませてもダメだよ? もっと可愛いんだから無意味だって気付かないんだよね。
「じゃ、先に行ってるねウィルス。またあとで……ね」
「う、うん……」
名残惜しそうにするウィルスは恐らくは無意識だ。だから寂しくないよと言う意味で手袋越しにキスを落とす。途端に真っ赤になるウィルスに、後ろがまたも騒ぎ立てる。
ふふっ、これからの事を思うと胸が躍るな。じゃ、君を披露するから少しの間待っててね、お姫様。




