第186話:海の女神様
ークレール視点ー
話には聞いていた海上都市の存在。
港の外に出る事もないけど、船に乗るのも初めてだ。多分、海の上を進んでいるからテンションが上がっていたのかも知れない。
現に、スティングやジークに船酔いは平気かと聞かれても平気だったし。
そう言ったら意外に子供っぽいと言われ、むっと睨むけど意味がないと言われてしまう。ジークは静かに同意するように頷いているのが更に腹が立った。
ウィルス様なら確実に楽しんでくれる。
市場を一緒に見て回りたい。……うん、絶対に楽しいと思う。
ただ、私がフードを取ったのが悪かったのか周りのざわめきが大きい。
「……いや、すまない。ちょっと驚いてね」
それはこの場で取るのがいけないって事?
でも、そちらから顔を見せろと言ってるから取ったのに……。リラル様もそう思って、文句を言えばギルドマスターは「あぁ、そうだった」と反省した風に声をあげる。
「海の女神様の特徴が金髪なんでね。……ほら、現に見てみろ」
小声でそう言われ、周りを見るフリをしながら反応を見る。
冒険者達も含めここには船員達の休憩場にもなっている、ギルド本部。何人かは私を見て、頬を染めたり拝んだりされている。
海の、女神様……。私の髪の色が?
「まぁ、この辺で良いか。奥に案内するぜ」
「どうも」
キョトンとなる私をバーナンが笑顔で手を引いていく。
リラル様がギルドマスターと共に奥の部屋に行き、スティングとジークは部屋の前で待機。
私を守る様にして、シザールが前に立つ。表情は見えないけど、怒っている感じに思える。
「そんなに警戒心を剥き出さんでくれんかね。……例の人攫いの事を聞きたいんだろ?」
挑戦的な口調で言うギルドマスターに、シザールは睨む事で抑えている。
ここで問題を起こされては、潜伏している意味がない。
それはダメだと思い、彼の腕を掴む。ギクリとしたように、体が強張り私をハッとした表情で見る。
「……。すま、ない」
「いえ。抑えてくれてありがとう」
妹のフィルの安否が心配なのは私も同じ。
ほっとしたように息を吐くと、バーナンが我慢ならないとばかりに抱き寄せられる。普段は何もしないのに、ぎゅうぎゅうにされている。
な、なんでこうなったのか自分でも分からない。
リラル様が呆れたようにしている。お願いします、助けて下さい。
そう訴えるように視線を送るも、察している筈なのににこやかに拒否されてしまう。
「怒りを買いたくないからね。君等、兄弟は攻撃する時は見境なしだし」
「相手は誰であろうが、許さない」
「ほら。すぐにこれだよ」
分かった? と、諭すように言われてしまえば納得せざる負えない。だけど、やっぱりどこか気に入らない。
そう思っていたら、今までの成り行きを見ていたギルドマスターの肩が震えていた。耳を澄ましてみれば、笑いを堪えている?
「ぷ、くふふっ。……噂は本当らしいな、王子の溺愛ぶりは」
違います、それはレント王子とウィルス様の事。
そう言いたいのに、バーナンが言わなくて良いとばかりにきつく抱きしめられる。……抗議されるのを防ぎたいようだ。
だとしても、こう人前でやるのは間違っているように思える。
どうにか引きはがし聞いてみた。さっきの海の女神様とは、どういうことなのかと。
「ん? あぁ、安全に航路する為に祈りを捧げている神様の事だよ」
海に住む魔物は陸地の魔物と違う点が多い。
こちらでは毒や痺れさせたりする魔物がいる。海も同様だが、それを治す薬は少ない上に、その材料がどれも希少価値の高いものばかり。だから、リグート国で管理している治療士達もここで見かけるのか。
安全に船旅が出来るように祈りを捧げている対象がいる。
金髪の髪に、蒼い瞳の女神様。
その逸話は、船乗り達の間では有名らしく世代が違う人達であっても、必ずと言って良い程に認知されている。
今は安全に船での商売をしているが、昔はもっと荒れていたのだと聞く。それこそ、船が壊れるのが普通で漁師の人達も稼ぎに困っていた暗い時代があった。
そんな人達を救いたいと思ったのか、天から美しい女神が降りて来た。
金の杖を持ち、優しい笑みを浮かべる女神様。その杖を海の方へと一振りした瞬間、悪天候だったのが嘘のように晴れ、一気に穏やかな海へと戻った。
だから彼等はその感謝を世代を超えても忘れる事がない様にと、次の世代へと必ず語り継がれ女神様の恩恵を忘れてはいけないのだという。
「だからここでその髪の色を見ると、あぁして惚れ込んだようになるし下手をすれば崇められちまう。……言っておいてなんだが、不用意にその髪をここで見せるのは止めた方が良いぜ?」
「……気を付けます」
崇められるだなんて……。
堂々としていたら、潜入の意味がなくなるから止さないと。
まさか自分の髪の色が、ここでは女神様と同じと言う事で信仰の対象になるとは思わなかった。王都ではそんなに珍しくない色だから、ちょっと驚いたけど……。
「そうでなくても、最近ではその色の為に人攫いが起きているんだ。潜入したい気持ちは分からなくないが」
ピリッとした空気。
張り詰めたようなそれに、バーナンだけでなくシザークも睨んでいる。それを手で静止したのはリラル様だ。
「ちょっと、不用意に遊ばないでよ。その辺のことは前々から密に連絡してるのに……。さっきの溺愛している話しだって、バーナンじゃないのは知っててワザと言ったでしょ?」
ん? そう、なのか……。だとしたら、必死でごまかしたバーナンはとそっと見ると――見るなと言わんばかりに、手で顔を隠してる状態だ。
それを面白そうにし、笑いを押し殺しているのはギルドマスターだ。
「ふっ、ふふふふっ。悪い、悪い。こうも簡単に引っかかるんだから、面白いなぁって思ってよ」
「全く……。そういうからかいは、人を選ぶんだからやるのは気を付けてって言ったじゃない」
「いやー、だとしてもあの必死さには笑うぜ。第2王子のレント王子の方が、城でも王都でも噂になってるのは知ってるっての」
あー、面白いと未だに笑いを堪える。
でも、肩が震えていると楽し気に話すから気が抜ける。……ワザと挑発したのか。
でも、なんでだろう?
「毒で人が変わった、王子っていう噂を確かめたくてな。……まっ、噂だからと思ってあんまり触れないようにしたが、そっちの方が好感持てるぜ」
「……それはどうも」
とても低い声で対応するバーナンに、思わずクスリと笑う。
不機嫌だけど、試されたのが分かってて悔しい時の声色だ。この頃は、護衛していた時よりも彼の事が分かるようになったと思う。
前よりもバーナンが、分かりやすくなった。
そう言われなくても、働いている騎士団だけでなく城の中での雰囲気からそれらが察せられる。
どうやら彼は、その評価も含めて初めて会うであろうバーナンの事を試したのだと言う。
レント王子は溺愛中、バーナンは前以上に明るくなった。
その要因がなんなのか。急に変わったとされるのは、ディルランドとの夜会の時。私とウィルス様が婚約者だと言うのを公にした辺りからだと睨み、実際に会えるのを楽しみにしていたのだという。
「これでなら、今後とも王族であっても付き合いは良さそうだなぁと」
「……まさか、クレールの顔をあそこで晒したのもワザなのか」
むっとしたバーナンがちょっと怖い。
普段ならあんなことは言わないのに、強引な言い方だとは思ったけど……そうか、ワザとなのか。
「くくっ、悪かった悪かった。代わりに潜入の手助けをしようってことなんだ。頼むから機嫌をよくしてくんないかね」
そう言って取り出したのは、この都市の地図だ。
船を止める場所を詳細に記したもので、今、停泊している船を記したもの。だけどその中で、いくつか赤い丸がある。
何だと思って聞くと、違法な人達が止めていると思われる場所なのだという。
「この海上都市は、世界各国からの食材だけでなく、その土地の土産も扱ってるんだ。娯楽としてショーもあるし、そう言った人達用の停泊場所も提供している」
違法者がいるのなら、ここに紛れ込んでしまえば認定書を見せるだけで通れる。大きな積み荷も、ショーに使う物だからと言われてしまえば警備を担当している冒険者は深く聞かない。
だって、彼等だってそのショーを見るのだ。先に何が積まれているのかを知ってしまうと楽しみが半減してしまう。
「リラル様から事情を聞いて、もし人攫いを実行した連中が隠れる場所はどこかと考えて……丸で囲んだ所なら、詳しく調べないし緩い。隙をつくには良いだろ?」
ニヤリとした表情は、どうみても悪者だ。ウィルス様が見たら怯えてしまうような位に。
仕方ないとばかりにバーナンが息を吐き、赤い丸で記された所に行こうと行動を起こした。




