だから、クレールを連れて行きたくなかった、のに……
案内されたのは、リラル達が住んでいる場所でもあり仕事場である屋敷。まず、扉を開けた先に立っていたのはリラルの両親。
ハルートの横には、薄緑色の女性が立っており出迎え用としてのドレスを身にまとっていた。対してバーナンとクレールは、服は古めの物だが上質な生地を使われた旅人っぽい服装をしていた。
これから潜入しようとしている2人に、煌びやかな装飾品は返ってトラブルを招く。昨日の内にリラルが伝えていたのだろう。彼等2人は「気を付けて欲しい」と告げる。
「リラルから聞いて驚いたよ。いや……予想していなかった訳じゃない。中立と言う見かたを変えれば、無法地帯としても成り立つ。暴論だが、悪知恵を働かそうとする連中ならそう行動するだろうな」
「考えていただけでも嬉しいです。本来なら、私が乗り込みたいのですが……」
クレールを見るも「今更、何を言うんですか護衛係」と、しれっと答えている。口ごもり、今も大人しくしてと言うバーナンを綺麗に無視。
ふんっ、とそっぽを向くクレールに泣きそうな表情をする。甘えるように今からでも止めようとする彼を見て、ハルートは「ほぅ」と感心したように言った。
「表で言ったのに、ここでやるの?」
「「っ……」」
再びリラルに注意されるも、気まずそうに顔を逸らしたのはクレールだけ。バーナンはここぞとばかりに、抱き着き「もう止めよう」と負けじと説得をしている。
嫌だと言う意味も込めて、ぐぐっと押し返そうとするも男女の力は明らかだ。諦めて折れた所で後ろに控えていたジークが締め上げる。
「みっともない、ってさ」
「良いよ別に!!! 未だにクレールが危険な目に合うのは反対だ」
「え、意思を尊重したと思ったのに認めてないの?」
詳しい経緯を省かれたリラルは、どういうことだとバーナンに詰め寄る。
珍しく冷や汗をかき、降参ですと言わんばかりに頭を下げるのだった。
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「……なんでそうなるの」
事情を聞いたリラルは、バーナンを軽く睨む。ジークが丁寧に説明し、思わずため息が漏れる。そんな彼等は既に港から離れ船の中に居た。
既に準備はなされ、ハルート達とは軽く世間話をしてすぐに出た。今日は快晴であり、穏やかな空にクレールはほっと息を吐いていた。
「平気、クレール。船酔いとかない?」
「ん。平気」
「でも、初めて船に乗るのに潜入とか本気で言うんだもん。驚いたよ」
彼女を気遣うのは同期のジークとスティング。
兄のバラカンスは、城に残り騎士団をまとめたり、近衛騎士団と入念に連絡をとっていた。そして、クレール達と行動している人物がもう1人いた。フィルの兄であるシザールだ。
「……」
彼はバーナン達が港を出る直前に、船に飛び乗って来た。驚いたリラルはすぐに引き返す様に言うも、その時には港から離れた後であり戻るに戻れなくなった。
そこを計算しての強引な方法。
だが引き返す気はないと分かると、バーナンは行動するのを許可した。流石にギョッとしたリラルは、今までの事も含めて別室で事情を聞くと同時に説教をしているのだろう。
そう読んでいるのはジークとスティングだった。
恐らくは妹の情報が少しでも聞けるのであれば、と言う思いで行動をしている。その思いが分かったからこそ、バーナンは強く言えないのだ。
一方で、リラルは困ったようにバーナンを見る。
てへっ、とだらしなく笑う彼は正座をしそろそろ足が痺れて来たな、と思っていた。しかし、リラルはそれを解いて良いとは言っていない。
反省がない、と却下したのだ。
「リラル。……いつまで、こうしてればいい?」
「心の底から、反省しているようには見えないからね」
「えぇ~~」
「普通、血縁関係を乗せたりしないでしょ」
クレールと言う婚約者を潜入させようとするのにも驚くのに、今度は事件関係者まで連れて来るのだ。何があっても不思議じゃない状況。最悪、シザールが情報源を潰してしまう可能性がある。
居場所を突き止めようとして、早まった行動をしないとは限らない。
リラルはそう告げるも、バーナンも分かっていると静かに言う。
「……まぁ、ね。同じ兄って立場は、色々とあるんだよ。両親の期待に応えないといけない、周りの期待以上に行動を起こさないといけないって」
「だからって……。それと彼とを混ぜるのは違うよ」
「あー、うん。ごめん……」
「意外にレントがストッパーなんだね」
「えっ?」
しみじみとしたいい方に、思わず呆けたような表情になる。
普段の第1王子としての威厳もないのは、リラルが従兄弟な上に信頼している証拠だ。
次期国王と評されているバーナン。
リラルも、バーナンが心変わりした事件の事は知っている。その彼が今もこうして笑顔を取り戻せているのは、弟のレントの言う存在が強いのも確か。そう実感できるのに、肝心の本人は意味が分かっていない。
「……。君、婚約者を力づくで止めると言う事をしないんだね」
「やったら嫌われるに決まってるよ」
「レントもウィルスに弱いしね。……好きな子のお願いって、強力だって言いたいの?」
「うっ……。お願いだから、そろそろ」
「リラル様!!! リーフラに着きます。準備をお願いします」
扉を強く叩けば、部下からのその報告でリラルは「分かった」と言いそのまま出ていく。追いたいと思ったが、足が痺れた上にガタンと船が揺れる。その拍子に床に顔をぶつけ、同時に足にまで伝わってしまう。
「っ、ちょっ……」
聞こえているだろうに綺麗に無視をする。
中の様子を見た騎士は驚きつつ、起こそうとするもリラルに荷物の荷下ろしをするようにと強く告げられる。
「え」
「良いから。……ねっ?」
「……申し訳ありません、バーナン王子」
普段、笑顔が絶えない優しい王族。
リラルはそう評されており、実際彼が怒ると言う事は殆どない。だが、それは笑顔で威圧できるとも言える。
さっ、とバーナンに謝りすぐに仕事へと向かう。恨めしそうに睨まれているのを分かりつつ、リラルは彼に言い放った。
「早く、起き上がるんだね」
「い、いじ、わるっ……!!!」
どうして、リラルの本性を知らないのかと強く思った。ウィルスは優しい穏やかな人だと言うが、絶対に嘘だとこの時に思った。
痺れる足を引きずりながら、バーナンは無理に体を起き上がらせて船を降りていくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「珍しいですね、連れだなんて」
「いやいや。事前に連絡したじゃないですか、今度は私の知り合いも連れて来るって」
リーフラに着いて最初に向かったのは、管理をしている海上ギルド本部。
ここを利用する人は達の大半は船乗り、漁師達だ。船で生計をまかなう人達がいるので、その商談や他国からの珍しい薬や食材なども扱われている。
現に本部に向かうまでに、市場が大きく開かれており新鮮だからこそ扱えるようなばかり。魚の身を生で食べるという驚きの光景に、バーナンは足を止めてみたがリラルが無理に引っ張り出した。
レントと同様に、リラルとバーナンは魔法で自身の髪と目の色を変えている。2人共、黒髪に黒い目であり傍から見れば兄弟だと見間違えるくらい。
(……なんか、視線が突き刺さるな)
クレールは頭まですっぽりとマントで覆う。日差しが強いからというのと、金髪だから目立たないようにと思っての事。彼女だけでなく、スティングとジークも同様にしており視線が刺さるのを密かに感じていた。
「知り合い、と言うのは分かりましたが……。出来れば全員の顔を見せてくれませんかね」
「日差しが強いのは慣れないんだ。今だけは勘弁してくれないかな」
目の前で対応しているのは、ギルドの責任者であるギルドマスター。リラルがリグート国の王族であることは知っており、互いに連絡のやりとりをする仲だ。
だからこそ、そのリラルが正体不明な者達を連れて来るわけがないのは十分に知っている。が、マスターがそれを分かっていても周りはそうは受け取らない。
本部であるこの場所は、他と違い2階建ての建物ではない。ギルドの旗は掲げているが、この中は大きな酒場でもあり事務所でもある。所属しているメンバーは海の魔物を相手にする強者たちばかり。
屈強な体を持つ者も多く、男臭い場所でもある。その中で、管理するギルドマスターは30代ほどの若い男だ。
「平気ですよ。少し埃っぽいからと思っていたけど、もう慣れましたし」
「そう?」
パサッ、と被っていたマントを脱ぎ素顔を見せるクレール。それに合わせて、スティングとジークも見せるとどよめきが起きた。
それにバーナンは反応するも、リラルが密かに足を踏みつけた事で無理におさめた。
「失礼しました。ここは初めてで、マナーなんて分からなかったの。これで平気かしら?」
涼し気な顔をしながらも、微笑むクレールに目を見開いて驚くのはギルドマスターの方。見事なまでの金髪に、微笑む美人に口は出さなくとも全員が思ったのだ。
女神が……ここにいる、と。




