第184話:予想外の攻撃⓸
ーバラカンス視点ー
バーナンが誰かからの念話を受け取り、慌てた様に執務室から出ていく。ジークがすぐについて行き、俺も行こうとして父から念話が届く。
緊急の用があるから、だと聞きジークに「悪い」と言えば察した彼は任せるように言いすぐに父の所に向かう。宰相として働く父は見た目と違い、剣の腕が立つのだ。
恐らくはその血を俺は濃く受け継いでいる。
逆に弟のスティングは、母の魔法の力を強く受け継いでいるからこその魔法師団に所属している。俺に魔法の適性があれば良いが、適正はないしな。
だから、彼等が行うようにな魔力探知は出来ない。
気配を追う事しか出来ない自分。だけど、ウィルス様が剣を扱える事に感心しており「凄いです!!」と言ってくれたのを覚えている。
『やっぱり、ラーグレスもバラカンスさんも体格が良いと姿勢もかっこいいです。体幹、鍛えられるんですか?』
レントも騎士団の訓練場に行くのを日課にしている。
だから、自然とウィルス様も来るのだが……最初は戸惑う部下達を宥めるのに大変だった。
自慢したいのか、傍に離れたくないのか。もしくはその両方かも知れないが……出来る限り彼女を連れて来ている。
『……』
その時の、レントが睨んだ顔は忘れない。
ウィルス様には見えない位置ではあったが、寒気がした。現にそれを察した人達は早めに離れ、遠巻きにだが見守っていたんだからな。
ウィルス様が気付く事もなく、グイグイと質問をしてくるのに驚くばかり。あまりにも接近してくるものだから、思わず手で静止して距離を保つ。
『あ、あの。ウィルス様、何でそんなに……』
『あっ、ごめんなさい。剣を振るう姿が、カッコよくて思わず近付いてしまいました』
頭を下げたウィルス様だが、俺は突き刺さる視線に思わず後ろに下がる。誰かなんて言うまでもなく、レントだと気付く。チラリと彼を見ると恐ろしい位、冷めた目で俺の事を見ている。
俺の後ろで見守っていた部下や同僚からは『ひっ』とか、『う、うわぁ……』とか残念な感じで声を上げているのが分かる。
頼む、誰か助けてくれ……と願うばかりだったのを思い出す。
「はあ……」
その時の事が思い出され、思わず大きなため息をしてしまった。
父はそれに気付いた様子はなく、誰かと念話で会話をしている様子だった。普段から表情を崩さない父だったが、何故だか酷く慌てている様子だ。
「あの、どうし――」
「すぐに師団の塔に向かうんだ。……クレール様が、自ら囮になると言って聞かないんだそうだ」
その目は説得して止めろ、と言っている。
無言で首を捻り、出来ないという意思表示をする。が、そうしたら凄く睨まれた。
「何で出来ないんだ」
「お言葉を返しますが……。彼女は頑固な所があります。しかも、自分の親友が巻き込まれた上に自分も標的になる可能性がある」
そうと分かれば、ウィルス様同様に無茶をする。
なんというか……あの兄弟は、大事にする割に想い人にお願いされるとコロッと弱くなる。
意思が途端に弱くなるし、結果的にウィルス様達の起こす行動を容認している節がある。
惚れた弱み、と言われれば終わりなのだが……幸せそうな2人の邪魔なんてしたくない。やったら、どんな仕返しが来るか分かったものじゃない。
「……ギースに報告してくる」
「すみません。一応、頑張ってみますが」
フラフラと出ていく父を見て、疲れさせている自覚が生まれる。
俺の所為と言うより、レント達の所為だよな……。
悪い。でも、俺はそんな日常が好きになっている。父の思うような成果は、多分だが得られないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ークレール視点ー
バーナンから「信じている」と言う言葉を聞いているので、さっそくとばかりにラーファル様にファムのお兄さんを呼んでもらう。
彼は終始、私と視線を合わせようとせずに違う方を見てばかり。だけど、通された部屋は飾り気のないものだ。
絵画もないし、花瓶が置いている訳でもない。
壁は一面真っ白であり、通された部屋にしては殆ど物がないのだ。不思議に思っていると、ここはラーファル様の仕事場なのだと聞き驚いてしまった。
「内緒話をするなら良いかなって。外から耳をすましても分からない仕掛けをしているんだ。物を置かないのは、私があまり好きでなくてね。資料をまとめたり、報告書を書いたりするのには落ち着くんだ」
「そうでしたか」
では、机の上に積まれている紙は報告書の類のものか。
その近くには、個別にまとめられているのも見られる。レーナス様の仕事も行っていると聞いているので、苦労が伺える。
……師団長であるレーナス様は、この作業が嫌でよく外に出掛けているとスティングから聞いている。
最近では、猫達が居るあの場所で見かけるのだが、大体は猫達に遊ばれているから仕事になっていないと思うけども。
そして、何故だかファムのお兄さんであるシザーク様はずっと視線を合わせない。このまま黙って時が過ぎるのかと思いきや、ラーファル様から紅茶を頂いた。
「落ち着くかなと思って。姫猫ちゃんも、ここに来る時があるから味は保証付きだよ」
「ありがとうございます」
紅茶の香りを楽しみつつ、ミルクと砂糖を少し入れて口につける。すると、シザーク様は「あの」と遠慮がちに口を開いた。
「すみません、副団長。姫猫、とは……?」
「ん? あぁ、ごめん、知らなかったね。姫猫ちゃんってレントの婚約者のウィルス様だよ」
「……何故、そのように呼んでいるのでしょうか」
「んーー。そうだね」
まぁ、正直返答には困るだろう。
なにせウィルス様の呪いを知っているのはほんの数人だけだ。王子の家族、宰相達、王子とよく話すラーファル様は自然と知る形になる。ラーク様も知っているし、たまに彼の職場から出てくるウィルス様を見かける。
レント王子が自由にして良いと言ってからか、彼女は厨房と図書館だけでなく様々な場所へと赴くことがある。
城の庭園、騎士達の訓練場、薬師専用の植物庭園、魔法師団の塔であるこの場所も含めて、だ。たまに猫達を共に居るのを見かけ、お城の人達からは微笑ましそうに見られている。
「彼女、よく猫と居るからね。それに亡国のお姫様な訳だから姫猫ちゃん。どう? 可愛い呼び名でしょ」
「は、はい……そうですね」
少し曖昧気味で答える。結構、グイグイ来るから驚いているのだろう。遅れてレーナス様だけでなく、バーナンとスティング達が来る。リラル様は急用が入ったと言う事でこの場には居ない。
バーナンが疲れてそうな表情をしているけど、何でだろうか?
「良いよ。分かってないなら……」
「? すみません」
多分、私が悪いのだろう。謝れば「そうじゃ、ないんだけど」とボソボソと言われる。気を取り直してシザーク様から事情を聞く。
やはり、3日前に別れたその日に居なくなったのだ。そう聞き傍に居れば少しはがったのでは、という後悔が生まれる。ぐっ、と自分の手を握り悔しい気持ちを抑える。
今は、少しでも情報が欲しい。あの時は馬車で帰っていたと記憶している。一体何処で消えたのかと思っているシザーク様は言った。
彼女は、屋敷の中で居なくなったのだと。
「夕食を食べ、貴方と話した内容を聞いていたんだ。最後に部屋まで送り届け、翌朝起きて来ないフィルの様子を見に行ったら……姿はなかったんだ」
そう言って見せて来たのは、折れた髪飾りだ。
しかも、それは覚えがあるものだ。私が彼女の誕生日に渡した物であり、それが真っ二つに折れている。
「だから……貴方を巻き込むような真似はしたくなかったんだ。バーナン様にも、事情を話して出来る限り遠ざけるようにお願いしたんだ」
すまない、と頭を下げるシザーク様。
私は目を見張り、バーナンを驚いた様子で見る。彼は困ったように顔を逸らす。彼の事も言わずにいた、と言うのが分かりショックを受ける。
だとしたら、私は随分と酷い事を……言った。
「ご心配していただき、ありがとうございます。ですが、やっぱり囮になって相手の懐に飛び込むという案を進めさせてください。フィルの為でもありますし、他に攫われた人達の事が分かるかも知れないんです」
「だが……」
「なら、その場所に行ってみようか」
渋るシザーク様と違い、ラーファル様は机の上に置いたのは地図だ。
しかも、赤丸で印がなされている所がある。その場所はリグート国と、隣国のディルランド国の真ん中。
様々な国の輸入品を取引したり、船員達の宿泊施設があるこの場所は――通称、海上都市リーフラと呼ばれている所だ。




