第183話:予想外の攻撃⓷
ーバーナン視点ー
どこかで、クレールはこんな無茶を言い出すんじゃないかって思ってた。
「……」
私はクレールと睨み合う。
彼女の方も一歩も引かない様子だし、斜め後ろにいるリラルも悪いと謝るジェスチャーをしている。ラーファルから連絡を受け取り、説得できないだろう……と言う不穏な言い方をするからすぐに向かった。
バラカンスはその間に、父親に呼ばれていないからジークと共に来ている。スティングと顔を合わせて「悪い」と一言いい、すぐに納得した様子。
同期……だもんな。
家の繋がりとも言えるべきか、アイコンタクトだけで内容を把握する彼等の察し能力が凄い。
「何故、ファムの事を黙っていたんです」
「……」
「私に事情を話さず、王城に居ろだなんて……勝手すぎます」
それを聞いて、リラルを睨んだ。でも、彼は自分じゃないと言い指をさした方向にはラーファルとレーナスが居た。
あぁ、あの2人なんだ。
「言ってないのが悪いと思います」
「伝わっていると思っていました」
ラーファルは悪いと思っていないし、レーナスも真面目だ。普段の行動からすれば珍しい。
正論を言われ言葉に詰まる。ジークは助け舟を出そうとしているが……クレールに睨まれた事で引いた。
「悪い」
「……うん、私もごめん」
幼馴染みだから、その一言で全てを理解する。
ルーチェ様が攫われた。
ギルダーツ王子から連絡を受け、少し前から起きている事も聞いていた。金髪の令嬢達が、居なくなっている。10代から20代という幅に広い年齢層。
裏仕事を主な仕事としている人達の仕業、なのは間違いない。
だが、その目的は分からない。
何でこのタイミングなのか。もしかしたら、ルーチェ様が攫われたのも……髪の色だからか。
色々な憶測が飛び交うが、これを知っているのは一握りという限定的にした。王族が攫われたというのは、それだけで隙になる。
相手が、それを知っているのかいないのか分からないが……。
(だから、可能性があるならクレールには……大人しくして欲しい)
何も起きず、が一番いい。だが、彼女の親友が居なくなったと報告を聞き、捜索をすぐに行った。でも、兄からは痕跡1つ見つからない上に、足取りが全く掴められない。
それはマズい。
クレールに知られれば、捜索の為にと無茶をしそうで……彼女もそのターゲットに含まれているのでは?
無駄に色々と悪い方向へと考えてしまう。
言うタイミングを思っていたが、まさかラーファル達から裏切って来るとは思わなかったよ。そして、それでクレールが怒っている。
なんとも間が悪い事だろうか。
「私が囮になります。実態を掴めれば彼女だけじゃない。上手く行けばルーチェ様だって」
「違っていたらどうする」
「そんな事言って、私だけ安全な所にいろって事ですか」
「……」
そうだ。
これは私のワガママだ。クレールを危険な目に合せない為の、彼女だけを囲う様にしているのは事実だ。
なのに凄く心が痛い。
何かが、間違っていると思う気持ちと、間違っていないという気持ちがせめぎ合う。なんというか、少し気分が悪い感じだ。
「何故、私に相談にしなかったんです。周りには告げていて、除け者にしようとしています?」
「そういう訳じゃ……。話そうと思ってたよ。ただ――」
「時間がないと言わせません。ウィルス様達が東に行ってから、それなりに時間はあったと思いますが?」
うっ、こ、言葉に詰まる。
確かにクレールはウィルスの護衛だ。その彼女が今いない。
代わりの仕事とは言わないが、今のクレールは母とよく過ごしている。その影響か、いつの間にか猫が好きになっていた。
ウィルスが居ない間は変わりに面倒を見るだなんて言うからビックリした。心境の変化なのかは分からないが、隣国のイーグレット様とも交流しているようだし。
クレールもその中に混ざる時があり、中庭でお茶会をしている場面を何度か見た事がある。
(あの時の、クレール……楽しそうだったな)
私の前では表情を崩さないし、たまに顔を赤らめたりと反応が楽しい時があり……それをさせているのが自分だと言う優越感には浸っていた。
レントがウィルスを独り占めにしたい、とよく言っているのがよく分かった。
……あの時の、ビックリした様子のクレールは可愛くて可愛くて。
だからこそ、だからなのかも知れない。
失いたくない、と。
強く、そう思い気付いたら彼女を囲う様にして情報を操作し何も知らせないようにした。
鳥かごのように覆い、出来れば外で起きている事なんて知らなくてもいい様に。自分の良い様に彼女をコントロールしようとした。
(あぁ、だからか……)
やっとわかった。分かってしまった。
私のしている事は、無理強いだ。人の感情をコントロールしようだなんて、絶対に出来ないしやってはいけない事だ。
それをしてしまったら、彼女はもう2度と振り向いてはくれない。
少しずつだけど、こちらに心を開きかけているクレールの機嫌を損なう。1度壊れてしまえば、修復することは難しい。
下手をすれば、婚約を破棄されてしまう。
そう思って、ゾッとした。そんなの、耐えられない。耐えたくない……。
そう思うと、お互いに気持ちが通じ合っているレントとウィルスが羨ましい。心の声が聞こえるように、刻印を刻むだなんて……普通なら嫌がるものだ。
でも、ウィルスから聞いていた事がある。
レントに心の内を聞かれるのは、辛くないのか。隠したい事は誰にでもある。それを暴かれるのは……逃げたいと思った事はないのか、と。
『辛くはないですね。……私は、ずっと寂しかったですから。カルラと居てその気持ちを紛れさせても、本当の部分では誰かに居て欲しいんです』
ずっと、傍にいる。
レントにそう言われて、ウィルスはその言葉で救われた。国を奪われ、自分だけが生き残った事にずっと罪悪感を抱き、自分が生きてはいけないのだと責め続けた。
弟に優しくされた事で、思い続けていたと聞いてウィルスは泣いた。
辛い思いも、悲しい思いも何かも全部……レントが受け止める。あの時、自分の気持ちをさらけ出してもいいのだと思った。
だから、逆にレントに全てが伝わると言うのは彼女にとっては良い方向へと働いたのだと言う。ただ、早い段階からそうだと告げてくれなかった事にはショックを覚えていた様子だ。
『だって、色々……レントに筒抜けだと分かっていれば、上手く隠す事が出来たのに』
それを聞いて、私は無理だよと言わなかっただけでも褒めて欲しい。
聞けば事情を言ったにも関わらず、未だにウィルスがどう思っているのかが筒抜けなのだと言う。
むしろ、前よりも感情を露わにするから逆にドキドキさせられる。
それに気付かないウィルスは、全身全霊でレントの事が好きなのだと誰が見ても分かる。甘い空気が彼女には漂う感じなのだ。幸せオーラとはこういったことを表わすのかと自分の事のように参考にしたさ。
まぁ、実際そんなことクレール相手に出来ないのだけどね。
彼女の好きな物や色、趣味も分からないのだし。それをレントが聞いて『それ、ダメですよ……』とボソッと言われた事に傷付いた。
(いつもイチャイチャしているレントに言われると、結構傷付くんだよな)
実際、弟はウィルスの好きな物をリサーチしているし王城の中を自由に行き来しても良い様にしている。
フットワークが軽いというか、時に行動的になるウィルスを部屋の中に閉じ込めるだなんてレントには考えないのだろう。最終的に、自分の元に戻ってくる自身があるのだ。
悔しいが……それは当たっているから、何も言えない。
(色々、本当に……レントに負けてる)
「……何を、考えているんです?」
訝し気に見るクレールと違い、幼馴染でありレントの護衛をしているジークは察したんだろう。ニヤリと意地の悪い顔をして――。
「今更だろ。レントに負けてるのなんて」
「うるさいな」
「……2人だけ納得されても、困るんですけど」
困り果てるクレールと違い、ラーファルとレーナスの2人は密かに笑っている。声を出さなずに我慢しているのがせめてもの救い、かな。
ワザとらしく咳をし、自分の中で心を落ち着かせる。
それで察したのか、クレールはじっと見て来る。
「察せなくて悪かった……。私のワガママで、君を縛り付けるのは間違っていた。でも、囮になるだなんて事を――」
「バーナンは信じてくれないんですか、私の事」
「……」
それは……卑怯じゃないか。
今、失いたくないって気付いて行かせたくないと思っているのに。そんな、事を言って私がどう答えるか。
恐らく分かって言っているのが分かる。
「そんな事を言うだなんて、酷いじゃないか。無論、信じて――」
「ラーファル様。準備しますので、フィルのお兄さんを呼んで貰えますか。話が聞きたいので」
「そうだと思って連絡してたんだよ。もう少ししたら来ると思うから待ってて」
「分かりました。ありがとうございます」
「……」
思わず泣きそうになった。
クレール、君は酷くないか? まさか、その言葉を聞く為にこんな方法で聞き出したとかそんなこと言わないよね。
ジークとスティングが労わる様に、肩に手を置く。余計に惨めになるから止めて!!!




