兄の気持ち、弟の幸せ
ーバーナン視点ー
「幸せな夢を見て下さい、バーナン」
その言葉を聞いて、俺は本当に心地いいんだと分かり気付いたら寝ていたんだ。
恐らくは何年ぶりかの……自分での驚く位の変化。レント、君の言うように好きな人を、この人だと言う人を自分の物にしたい気持ちがよく分かったよ。
クレール。君は……俺の、俺にとって大事な人なんだ。だから、大事にしたいんだ。嫌われても、嫌いだと何度言われても絶対に振り向かせて「好き」と言う言葉を言わせるよ。
いや、この場合は違うか。言ってくれるように、こっちから攻め続けるね。
いつから「俺」と言ういつもの自分を示す言葉を、「私」と言う他人行儀の一線を引くような言い方をするようになったのか。そんなもの決まっている。……俺が14歳の成人年齢に達する前だ。
ーレント視点ー
それは私が9歳の時、兄様が14歳の時に起きた。もう少しで成人の義を控えた兄に起きた突然の悲劇。
「原因は分からない、と……そう言いたいのか」
「申し訳、ありません……」
「兄様!!!」
その日、私はラーファルから魔法の訓練を続けていた。慌ただしくジークが駆け寄って来たんだ。まだ夕食の時間には早いな、と思っていたら……聞かされたのは兄様であるバーナンが倒れたと言う報せ。
城に戻る途中で起きた原因不明の毒霧。
馬車での帰路、兄だけでなく行動を共にしていたバラカンスも倒れたと言う事。ジークから詳細を聞く間もなく、私は兄が治療を受けているラークの所に向かった。
「レント……」
私が辿り着くと王である父と宰相でもありバラカンスの父親が、怖い表情をしたまま何やら話し込んでいる。しかし、私はそれを気にする余裕もなく兄の所へと行く。
母が泣いている声に反応し、すぐにその場所へと向かった。ラークはこの当時20歳だが、豪邸の屋敷でありその中に薬草の庭園がある程に知識を有していた。その知識と実力が幼い頃から注目され、若干20歳と言う若さで薬師長代理候補にまで登り詰めた人物。
その彼が兄の容態を含め、バラカンスの様子を診ていた。
聞けば生き残ったのは兄とバラカンスだけだが、その2人も今は危ういと言う。しかし、ラークは必ず救うと言ってくれた。それが……それだけが今の私にはとても心強く、頼もしくもあった。
それから2人が目を覚ましたのは2週間後。
初めは舌が回らない位に酷い麻痺を起こしていたそうだ。でも、ラークの特製の薬湯を飲みラーファルの治癒魔法と合わせて回復は早くなっていった。バラカンスは少しずつではあるが、剣を振れるようにも鍛練を行い兄もいつも私に向けている笑顔をしていた。
でも……それに少しだけ違和感を覚えたんだ。
だって、今の兄様は……笑顔なのに、ピリッとした雰囲気を纏っていた。周りは敵だと言わんばかりの……怖い雰囲気を感じられたのだ。
ーバーナン視点ー
原因不明の毒霧により俺が所属していた騎士団は壊滅し、バラカンスをも危うく失う所だった。記憶を思い返す……国に戻る途中、早朝の時にリグート公爵家のリナールが俺にと渡して来た飲み物を思い出す。
小さな水筒に入っていた透明の飲み物。味はなかったし、普通の水を何故渡して来たのかと不思議に思っていた。しかし、当時レントと同じ9歳の少女は頬を染めながらも渡して来た物。
一応、貰いつつも処理に困ったなと思いながら、喉が渇いたからと思い口にしてそこから一気に変わったんだ。もう少しで城に着くと言う手前で起きた俺を狙っての暗殺者。対処しつつ次に構えていたら、急に体が痺れて剣が持てなくなった。
「バーナン!?」
バラカンスの焦った声が聞こえるが、何に焦っているのか……と何処か他人事のように思いながらも彼は俺に襲い掛かって来た暗殺者を斬り倒す。その時、死に間際で放たれた毒霧に騎士団が壊滅させられたんだ。
その後の事は覚えていない。
ただ、俺の名を必死で叫ぶレントの声と心配する母と父の声……レントの側近で傍にいたジークが呼んでいたのを覚えている。
「……すぐにあの家を調べたが、証拠は既になかった。バーナン様から言われた水筒も無かったそうだ」
「水筒を隠す為に刺客を送った……のか。兄が死んでしまえば、次は弟のレント1人だけに集中できると言う事か」
父とバラカンスの父親である宰相の話を盗み聞く。その内容に、拳をギリっと強く握りしめた。それで血が滲み出ていても構う事無く俺は……苛立ったんだ。
自分の油断。
それで騎士団を1つ壊滅する事態になり、危うく親友のバカランスまで失う所にまで追い詰められた。そう……俺が断らなかったばかりに。あの少女がそこまで計算高く行っていはいないと、勝手にそう思っていた。
王族と言う立場を狙って、自分の妃になろうとする令嬢達が多い事からうんざりしていた。でも、俺の油断で周りに迷惑を掛けたのも事実。俺はそこから責任を取る為に、騎士団へと出入り禁止と執務漬けを命じられた。
それらを行う中で、俺は……周りを疑うようになった。
近付く者全てに、何か裏があるのではと疑った。だから、自分に言い寄る令嬢達を一切信用はしないし、彼女達が喜びそうな言葉を心なく吐き続けた。
「……兄様……」
でも、そんな生活にも少しずつ限界が見えてきた。
俺はそこから「私」と言い、仮面を被り続けた。せめて、家族の前だけは素の自分でいたいからだ。
「なんだ、レント」
「あの、兄様……怖い」
「……っ」
はっきり言われた言葉。
幼いながらの直感と言えるものか、もしくは変わろうとする俺の雰囲気を感じ取ったレントは小さい声ながらも……理由をはっきりと言って来た。
「やっぱり……あの時の、事……痛い思い、したんだよね?」
バラカンスとジークも寂しがっている。そう告げて来るレントに、俺は思わず抱きしめた。自分を守る為の仮面をし、家族には素でいようとしたのに……結局、気付く人は気付くのだ。
「悪い……レントは知らなくていい。これは俺の罪だ……」
「つみ……? どういういみ?」
言葉の意味を知ろうとするが、成長すればいずれ知る事になるだろうからと上手くはぐらかす。そこから俺は自分を狙ったと思われるあの令嬢を、あの家を調べてどうにか証拠を掴もうとしたが……上手くかわれる日々が続いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これ……あの屋敷の隠し部屋に見付けたもの。何か役に立ちそうかな」
それはウィルスがあの令嬢に捕まり、痛めつけられてから少し経った時。彼女が契約を交わしたナークから出された物に俺は思わず手に取った。
「?……その、毒に何か覚えがあるの」
「あぁ……俺が殺されかけたものだ」
「……そう」
深く聞かない辺り、彼なりの気遣いなのか事前にリベリーに言われたかは分からない。ラークから毒草の形状を教えて貰い、何かあれば残すようにと彼にも伝えていた。
ピンク色の華やかな花。
そこから伸びる茎や葉っぱは、どうみても草木にしか見えないがラークが言うにはその花びらに毒の成分が強くあると言う。他国にも生えており、また毒と知らずに混ぜたり、その草木を煮て食べると茎がシャキッとして美味しいんだとか。
無論、それ等も含めて亡くなっている者も多い事から俺が倒れてから4年程で燃やし尽くしされた。今では希少価値の高く、薬でなければ取り扱いが出来ない程のものとなった。
「何処にあったんだ」
「隠し部屋のさらに奥……知られたくない資料が多くあった。これで言い逃れは出来ないな、って怖い顔の人……宰相さんがウハウハで張り切ってたよ」
「まぁ……そうだろうね」
なんせ自分の息子が危険な目に合わせたものだ。何が何でも、徹底的に追い詰めて吐かせる魂胆だなと思いつつ同情はしない。そこからナークがウィルスが覚めたと言う知らせを聞き、すぐに嬉しそうに駆け付け出て行った。
うん、犬のようなその反応……何だろう、親近感があるぞ。
ウィルスが無事でいてくれた事に心の底から喜んだ。レントが自分の物にしたいからだと言っていた彼女。……レントの事を任せても良いなと思った辺り、知らない内に気に入っていたのだと思いおかしくなった。
さて、弟が将来のお嫁さんの所で居るのが分かるから……こっちもそろそろ本腰を入れよう。自分の側近を務め、実力もあるのに俺を一切見ようともしない女性であるクレールに……本気でアプローチを仕掛けようと試みる。
結果はまぁ……知っての通り。
蹴られて叩かれながらも、彼女なりにこちらを少しではあるけど本当に少しだけど……好きでいようとしてくれる。
当分のライバルは……ウィルスだな、うん……負けてたまるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
「くしゅん!!!」
「平気?」
いつものように私の部屋で過ごしていると、ウィルスが可愛らしいくしゃみをした。夜ではあるけど、そこまで寒い訳でもない。不思議そうに聞いてみると彼女の方も首を傾げながら「なんだろう……」と、自然に私の肩に寄りかかる。
「うーん、働きすぎ?」
「何をしたの?」
「今日はね。ラーファルさんとカルラに代われるようにいつものように訓練して、ちょっと寝て……また訓練して、寝てを繰り返していたの」
「カルラになるとやっぱり体力無くなっちゃう?」
ウィルスの説明では、あまり頻繁に代わるようだと体力が奪われるんだと。まずは代わってからの姿に保てるように魔力をコントロールをするんだとか。私が魔法刻印を渡し、ナークとの契約でコントロールを見付けた事から彼女の中で魔力の操作を行えるようになったと言う。
姿に代わる時、イメージを固めて維持するのが大事である事。
寝ている時は無意識になるから、どうしても楽な猫の身体になるらしい。それだけ、集中していないと保つのに難しいんだって。
「最高で3日はなんとか……。流石に夜通しだともっと早いんだけど」
「ふふっ、でも良かったよ」
何が? と、聞いてくるウィルスに自然と笑みが零れる。
だって、こんなにも可愛い彼女の事を触れてもすぐにはカルラにはならない。こうして髪を触れ、手を触れて彼女の匂いを堪能できる。
クンクンと嗅ぐ私をウィルスはくすぐったそうにしている。でも、止めてとも言わない辺り彼女は嬉しいのかなと勝手に思っている。
「レント……いつもより甘えてるよね?」
「うん。だってこんなにも近くにいるんだ。甘えても良いじゃない」
肩に寄りかかっているウィルスをそのまま後ろから抱きしめ、首筋にキスを落とす。抗議をあげても無視を続けて、様々な場所に印のキスを落とす私にウィルスはどんどん赤らめていく。
「っ、レント……本当にどうしたの」
「嬉しいだけだよ。私の傍にウィルスがいる。……それだけで嬉しいから。だから、どれだけ嬉しいのかどれほど愛しているのか……教えるね?」
「え、ちょっ……!!!」
怒ってもダメだよ。
君は既に私に囚われてるんだから……逃げ場なんて無いよ?
だから……ウィルス。私に溺れて、夢中になってね。私はウィルスが好きで堪らないんだから、早く自分の妃だと周りに教えないと……。
もう少しだけ待っていて。周りを黙らせる準備は、少しずつ確実に用意しているんだ。だから……仕事で疲れて帰って来たんだから、充電させて貰うよ?




