第181話:予想外の攻撃⓵
ークレール視点ー
ハーベルト国付近に辿り着いた。
そう連絡を受け取ったというバーナンは、何故だか私を執務室へと呼んだ。レント王子達が東に行っている間、ジークとバラカンス様は彼の護衛としてついている。
あと、何でか2人して顔を逸らすのは何でなの。
「……」
「クレール。睨むと美人が台無しになるよ」
「そうさせているのは誰ですか」
「うぅ……」
急にしゅんとなったバーナン様は、助けを求めるように2人を見る。だけど、幼馴染みだからだろうか。……揃って見なかったフリをした。
「どうもーって、なんなのこの雰囲気」
振り返れば、リラル様が困ったように聞いてくる。
ジークが事情を伝えた途端、彼は「あぁ」と納得した様子で頷いた。
「バーナン。まだ言ってないの?」
「……」
「レントは必要な事ならウィルスに伝えてるよ? 情報を共有していると分かれば、相手だって無茶はしないって思うんだけど」
「……」
「あの、話しが見えないのですが……」
さっきから黙ったまま。
リラル様が声を掛けていく度に、目つきが怖くなっていく。情報を、共有とはどういうことなのだろう。
東に向かってから、今日で10日ほど経った。
リベリーからの報告では、レント王子が猛毒にやられて動けなくなったと聞き心臓が止まると思った。幸いにも、現場の近くに居た刻印の魔女と呼ばれるティル。
そして、白銀の魔法を使うウィルス様との治療で快調に向かっていると聞き、私達全員は安堵するように息を吐いた。
(毒を慣らされているのに、それでも動けないなんて……)
決して、毒に慣れるのが良いということではない。
でも……彼等は、暗殺の件も含めて自衛の為にと訓練してきている。バーナン様が毒殺されかけたのも、拍車をかけているように思う。
……彼は、もう平気なのよね。
そう思い、そっと見ると。バチリと目が合った。
「「……」」
互いに気まずいような、微妙な雰囲気の中でそっと顔を逸らす。
気のせいではなく、徐々に自分の顔に熱が集まっているのが分かる。そこにすっと出されたのは水だ。
「暑いからね。よければどうぞ」
「……ありがとう、ございます」
気遣いと言うか、リラル様は良いタイミングで空気を和らげてくれる。察しているだろうけど、何も聞かずにいるのは安心できる。ほっとしたのが表情に出ていたのだろう。
リラル様はクスリと笑う気配を感じた。
「クレールの噂は聞いてたんだ。普段はウィルスの護衛として近くに居るから、こうして普段の君と会うのは新鮮だね」
「そう、ですね」
今の私は普段では着ないであろうドレスを着ている。
公式の場でない限り、いつも騎士服を着てウィルス様の護衛をしているのが私。隣国のディルランドは既に知っているし、エリンス殿下からは「レントの奴、徹底的過ぎる」と呆れた様に言っていた。
まぁ、ね。
バーナンの婚約者と言う立場を得ている私は、もう騎士でなくても良いのだろう。でも、私はウィルス様の護衛として傍に居る。彼女が結婚するのであれば、とは言ったが……彼があっさりそれを了承した。
『護衛は必要だし、ウィルスの呪いについて知っているのを最小限で抑えられるし』
あの時はまだ、ウィルス様の呪いは解けてなかった。でも、今はちゃんと解け飼い猫のカルラも自由にしている。そう、自力で解いたのだから凄い事だ。
とは言え、護衛から外れる気はない。そう言えば、どうしたら自分と結婚してくれるのかって聞いてくるから……まぁ、そう遠くない未来に。と言った。
結婚しないと言ってないのだから良いのだろうに。
ぶすっとしたバーナンから軽く睨まれる。さらっと無視していたら、レント王子がとんでもない事を言ったのだ。
『戻ったらウィルスとの結婚式をあげるからね!!! 兄様もそのつもりでお願いします!!!』
思わず、「えっ」と2人の声が揃う。
もうニコニコのレント王子は、そのテンションのまま既に料理長達からは決まりごとのように準備をされるという。嫌な汗が流れているのが分かり、バーナンを見れば彼はニコッとして――。
『なら、私達もそれに合せようか♪』
なんて、発言をする。そう遠く未来に、と言った自分が憎いと思った瞬間だ。
2人が東へと行ってからは、騎士服ではなく令嬢らしくドレスを着ているのだがやっぱり珍しいのだろう。普段から私と接している騎士団の人達から、2度見をされるしちょっとだけ居心地が悪い。
それをスティングに言えば、慣れてないからだよ。と楽し気に言われた。
「おかしいのであれば、着替えますが……」
「ん? 違う違う。公式でない時で見るクレールって、可愛いなって思っただけだよ。そうなると騎士服での君を見てないのが残念だなって思ったんだ」
「あ、りがとう、ございます……」
そう素直に言われると思わずに、恥ずかしくなって思い顔を伏せる。
なんというか、リラル様の言葉ってすっと入り込んでくると言うか、思いもよらない所からの攻撃、と言えばいいのだろうか。
と、とにかく。
予想していない方向からの攻撃に、ドキドキしてしまう。伏せていたら、リラル様から「恥ずかしいの? 可愛い所あるね」と、とんでもない事を言って来る。
「ちょっと、リラル?」
「なにさ」
バーナンが発したら、途端に部屋の空気の温度が下がった。
チラリと見て、すぐに床に焦点を合わす。……な、なんで怒ってるの?
私は、2人の間に立っている。静かに睨み合うこの雰囲気から逃げたくて、すすっと静かに下りジークとバラカンスさんの所へと避難する。
「大変だね」
「な、なんで怒ってるの?」
「え……」
驚いたようにジークが聞き返してくる。
彼の反対側に居るバラカンス様にも視線を合わせると、頬をかきながら「地雷を、踏んだ……かな」と答えてくれた。
地雷?
バーナンの?
「無自覚か」
そこで溜め息を吐きながらボソッと言われる。
どういうことだと思って睨んでいる間にも、2人の会話はヒートアップしている。
「ウィルスが居ないからって、遊ばないでくれない?」
「日頃から褒めてない人に言われたくないなぁ」
「は? どういう意味?」
「そのままの意味だよ。……レントはよくウィルスに対して、可愛いとか愛してると聞くし離れてる私の耳にまで、ちゃんと届いているんだ」
瞳を細めて、睨んでいる様子のリラル様にバーナンはたじろいた。
まぁ、あの2人は両思いだし何処に行っても必ずと言って良い程に噂になる。レント王子がワザと広めている節があるけれど、これもウィルス様に余計な輩を近付けさせない為だ。
幼馴染みでもあるエリンス殿下から言わせれば「アイツ、怖い……」と言っているに違いない。何度か夜会で会ってみて、彼はレント王子を理解しているからこその遠慮のない物言いが出来るのだ。
それにしても、港町を管理して時々ではあるが王城に足を運ぶリラル様にも届いているのか。……もう、城内でなくてもいずれば王都に広まるだろう。納得出来るなと思い、リラル様の言葉に1つ1つ頷いている。
「……君。彼女に対して何か伝えてないの? レントみたいな事をしろとは言わないけどさ」
「っ……」
「普通なら愛想尽かれるよ」
「うっ……!!」
何だかショックを受けている様子。
会話はよく分からないけども。ジークを見ると頭を抱えているし、逆側に居るバラカンスさんの方を見るとぎこちなく笑顔を返された。
「みー」
と、私の足元から子猫の鳴く声が聞こえる。
3人で同じように足元を見ると、黒い毛の子猫が私達を見上げていた。やがて、私の方へと歩み寄りスリスリと甘えるように鳴いている。
「あ、居た。もう、クレールの所に行かないでよ。あの子達の所に帰すのに」
「ミ、ミー」
ピタッ、と離れないぞと言わんばかりの態度。
リラル様がこの子を探している。どういうことかと抱き上げてみれば、大人しくなった。
話を聞いてみると、リラル様も猫の集まる憩いの場に来ているらしい。そうしていたら、彼に興味があるのか1匹の子猫が遊んで欲しいとばかりに寄って来たのだと言う。
「まぁ、最初だけだしと思って遊んでたんだよ。そうして続けていたら、何だか懐かれちゃって……」
気付いたら、自分の後を付けていた。
港町のいつもの屋敷に戻れば、頑張って追って来た子猫が鳴いていた。慌ててこちらに返そうと思っていたら、同時にバーナンに渡す物をと父親に頼まれたのだと言う。
「みー、みみー」
「確かビーっていう猫が、この子達の管理をしているって聞いたんだ。そう育て上げたナーク君が凄いのか、あの2人の教育が凄いのか」
リラル様に大人しく抱き上げられながらも、私に縋る様に鳴いている。笑って手を振れば、その反応が嬉しいのか瞳を輝かせている。そう言う事ならと私も、あの子達に会いに行こうかな。
そう思って、ビーが居そうな所に行こうと誘えばバーナンから「え!?」と凄い声を上げて驚かれる。
「な、なんで……」
「だってまだ仕事が、終わってないと思いまして」
「それはっ、そうだけど……!!!」
唸るバーナンに、おかしそうに笑うリラル様。
ジークとバカランスさんからは「うわ、可哀想」と言われる始末だ。
……え、何かしたのは私なの?




