第178話:言えた苦しみ、金が落ちた日
ーリベリー視点ー
オレ等が見張りをしていて、姫さんが休んでいた時だった。普段なら朝になった時に起きて来る姫さんが、起きて来ない。
様子を見に行けば酷くうなされている様子に、ラークさんをすぐに呼びに行った。
「ナーク君も同じような症状です」
ラークさんが悔しそうに言っている。
2人の状態は同じだが、姫さんだけは苦しそうに唸っている。カーラスさんやラーグレスさんが、手を握ったりしているが反応が、ない。
「う、うぅ……」
小さく唸る姫さん。時々、止めてと言ったりしているから相当怖い夢を見ているんだろう。
交代で見ている時だった。姫さんの容姿に変化が出た。
薄いピンク色の髪が白銀へと変わったのだ。一瞬の内に、まるで元の色がそれであるような早い変化。オレが驚いているとカーラスさんが、その色が本来の色だと告げて来た。
「その魔法の使い手達は、色が目立つからと髪の色素を薄くして周りから見えないようにしてきたんです」
じゃあ、姫さんの本来の色は白銀……。本当なら瞳の色もそうだと言うが、今は閉じられた状態だから分からない。
それを聞いて納得した。姫さんがラーファルさん達、師団の人達とで髪の色や瞳の色を変えられるように訓練した。なのに、その成果が全然実らないままこっちに来た。
本人は相当ショックを受けていたが……仕方ない。
だって姫さんは最初から変化した状態の容姿なんだから。さらにそれを上乗せするような事は出来ない。
どうも師団の人達……っていうよりは、ラーファルさんとレーナスさんは姫さんの容姿を聞いていたから納得していた様子だ。あと、その事をアーサー師団長が調べ上げていた辺り互いに話を共有していたのかも知れない。
3日後、姫さんが急に手を上げた。
何かを求める様な、引き留める様な手。同時に髪の色が薄いピンク色へと戻っていく。その変化に、オレ達ははっとした。ラークさんがその手を掴み、必死で声を呼び続ける。
その反対側で、カーラスさんが手を握り「大丈夫です、姫様。私達がいます」と同様に声をかけ続けた。
「……ここ、は」
少しかすれた声、だけどオレ達の事を認識している。怖い夢を見ていたんだと思い、オレが平気だと言えばどこか申し訳なさそうに、だけど……なんとか頷いた。
その反応の仕方が妙な感じで……以前の姫さんとは何かが違って見えた。
「え、ナークも同じように起きたのか?」
姫さんがカーラスさんとラーグレスさんに世話をされている中、オレはラークさんから話を聞く。起きたタイミングは姫さんとほぼ同じ。だけど、その表情は酷く疲れた様なもの。思わず、声を掛けるのも遠慮してしまう程にだそうだ。
「……オレから、声かけておこうか?」
「そうしてくれると助かります。出来れば、今の状態は良いのか悪いのかだけでも良いので」
同郷のオレなら、遠慮の必要もない。ナークの奴も、オレには遠慮がない態度だし多分……嫌われるんだろうな。姫さんは違うっていうけど、なんか壁があるときがあるんだよなぁ。
「おーい。体調はどんなだ?」
「……リベリー」
何でそう驚かれるんだ。
すぐに視線を合わせないようにしたナークに、怖い夢でも見たのかって聞いても答えは返ってこない。でも時々、オレに対して申し訳ない感じの視線を送っているのは何でだ?
……何か、言えない事でもあるのか。
「なにを悩んでるか知らないが、言えば楽になるんじゃないか。姫さんも今、落ち着いてるから何があったかきこうと――」
「止めて!!!」
制止の声。
しかも、本気の感じ。……驚いてナークを見ていると、アイツは凄く傷付いた顔をする。言いたくても言えないような、迷いが出ている。
「いう。……言うから、主からは聞かないで。お願い、だから……」
「わ、分かったって……。んで、お前はさっきから何を隠してるんだ?」
よっぽど姫さんから聞くのが嫌なんだろう。
ナークも覚悟を決めた様に、しっかりとオレの目を見た。次に来たのは謝罪だ。
いきなりの事に反応が遅れるが、次に放たれた言葉でオレは更に困った。
「リベリーの……両親を殺したのは、ボクだ……。ボク、なんだ」
何を言ってるんだと言いたい。でも、なかなか声に出せないでいるとその状態のままナークから聞かされる。
ここで何が起き、どんな悲惨さを体験して来たのかを……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーバーレク視点ー
「はあ……」
お姉様が、東の国に行ったと聞いてから随分と1日が過ぎるのが遅く感じる。見送りにギル兄ぃとルベ兄ぃが行ったと聞いて、ルーチェとで抗議しまくった。
けど、本人はいない。だから直接、国王でもある父に色々と言っている。
「はあ……」
だけど、父は険しい顔をしながら「彼女の意思を止める権利はない」の一点張り。なんだよ、食事会の時は凄く楽しそうに話していたのに気に入ってるのが分かるのに……そう言ういい方しか出来ないのかよ。
「はあ……。やだ、つまんない」
「バーレク」
何度か溜め息をしていたら、むすっと不機嫌なルーチェが真上から見える。
今、自分の部屋でソファーでゴロンとしているといつの間にか、ルーチェが来ていた。
どうも、ムジカが何度も声を掛けてくれたらしいのに全然気付かなかった。
「ご、ごめん……」
「いえ。集中していたのだと思います」
サラリと返される、自分の従者に感謝しかない。
寝ころんだままだとルーチェがうるさいからと思って、起き上がる。すぐにペシッ、と良い音で叩いて来た。
「だらしがないですよ。お姉様が頑張っているのに」
「……だって、なにもない」
「え」
「出来る事なんて少ないじゃん。ギル兄ぃはギルドと連絡をとってばかりだし、ルベ兄ぃはリグート国とディルランド国の2国とで対策を練っているし」
「……」
反論がない上に、黙っているのはその通りだと言う事だ。
上の2人が優秀で各方面への通達はしっかりしている。騎士団も魔法師団も、前以上に気を引き締めて先の事に当たっている。
東の国、ハーベルト国との戦争。
広大な砂漠の、暗殺ギルドを抱えている噂もあるきな臭い国。リグート国が何度か和平交渉の為にと動いていた話は、レント王子から聞いている。お姉様達がここに来ている間、彼は父だけでなくお兄様達にも東の危険性を聞いていた。
南の国に居る私達と東の国とでは幾度かの小競り合いが続いている。それらを終息させたいのに、今度は大規模なもの……戦争にまで発展されそうなのだ。第3王子の出来る事なんて、大人しくしていることくらい。
あとは国の防衛の務めだけど、それもルベ兄ぃが務めているから殆ど意味をなさない。
「バーレク。お兄様達が、国を離れている間は嫌でも貴方に向きますよ。今の内に予想外な事でも対処できる位の、対策は練っておいていいと思うのだけど」
「……対策、ねぇ」
僕達にはまだ詳細を明かしていないけど、どうもギル兄ぃとルベ兄ぃは前線指揮を行うのに国を離れるのだと言う。お姉様が魔獣の原因を叩こうとしていると聞いたのは、2人が見送った後。
リグート国にずっと居ると思っていたのに、予想外な事をするお姉様だ。しかも、元凶を叩こうだなんて……狙われているのにと思う。でも、ギル兄ぃはあえて行ったんだと聞き、さらに困惑した。
(魔獣に対抗できる唯一の魔法……)
お姉様が使う白銀の魔法。それが、魔獣にも一番効いているものだし、実際にここの騎士や兵士達を元に戻した力だ。それは分かる。でも、その力を狙っているのだって魔獣だ。
『バーレクも襲われただろ。王族はどうしたって、狙われる対象だ。それが亡国であろうがなんだろうが、危険な事には変わりない。ウィルスはそれも覚悟の上で向かったんだ』
見送った後の事を聞き、ギル兄ぃが優し気に告げる。
いつもなら無表情で淡々と言うのに、お姉様と会ってからの変わり様が凄い。多分、機嫌を直せと暗に言われている。
『俺達が居ない間、ルーチェ達を頼むぞ』
今も国を空けて、様々な国との交渉に出て行っているギル兄ぃ。戦争になってしまった場合の処置とか、予防線を引こうとしている。ルベ兄ぃだって、色々と頑張ってるのに……僕は……。
「情けないですよ。何も出来ないのは事実だけど、だからって怠けるのとは違うと思う」
「……うん。分かってる。ルーチェ、お茶にしようよ」
「ふ、ふんっ、食べ物で釣ろうだなんて……。でも、貰うわ」
素直じゃないルーチェをそのままに、ムジカを部屋の前で待機させて僕は自作のハーブティーと飴を用意して再び戻る。ちょっとだけ、機嫌がよくなったからムジカが安心したようにニコリと笑顔を返してくる。
恥ずかしくなって、そっぽ向くけどそれも分かっているのか黙ったままだ。
「お待たせ!! ルー……チェ……」
戻っていつものように愚痴でも聞こう。少し気分転換すれば、良いのだと思い明るく入れば――居る筈のルーチェが居ない。
残されたのは、いつも手に持っていた水色の扇だけだった。




