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過去への追体験

 

 一瞬で移動したその場所は、ドーム状の薄暗い穴の中。土で周りを固められ、崩れないようにと魔法により形を保っている。

 出入り口付近には、布が掛けられ光が漏れる。ずっと洞穴に居たので時間の感覚もなければ、朝なのか夜なのかも分かっていない。


 そして、すぐに行動に出たのはナークとリベリーの2人。


 慌てた様子の2人に、ウィルスだけでなく王子達は驚きながらも後を追った。

 



「っ……!!!」




 最初に息を飲んだのはリベリーだ。

 ナークも同じ反応を示すが、彼ほど驚きは少ない。なんせ、自分はこの現場にいた上に記憶にもまだ新しい。


 日はちょうど真上に射す辺り。昼頃に近いのだろうと予想をたてるも、リベリーは思うように頭が働かないでいる。


 リベリーが育った家も、何もかもが焼き尽くされており未だに焦げ臭さが残る。彼等が出てきたのは下から地上へと向かっている。それは万が一にと作られた抜け道。


 それと同時にハーベルト国の城へと繋がっているものでもある。




「……」




 ただ呆然と見る。

 家があったとされる場所は全て焼かれており、鼻につく匂いは嫌でも想像してしまう。

 自分が暗殺者として育てられたからには、その技術を学ぶだけでなく実践する。初めて人を殺した感触は今でも覚えている。


 もう慣れた筈だと思っていたのに、今更になって震える。

 それは何故なのか。




「あ。あ、あぁっ……!!!」




 見付けてしまったのは、真っ黒い何か。

 木で燃やしたような形ではない、明らかに違うもの。それが幾重にも積まれているのだ。




「あの、リベ――」

「来させるな!!!」




 普段とは違うリベリーの様子にウィルスは慌てて追えば、珍しく声を荒げられ立ち止まる。彼の見ていた方を見る前に、ナークが見させない為にと目を自身の腕で隠す。

 そしてそのまま、ストンと座らせられた。




「ナーク、君……」

「ごめん……ごめんっ」




 悲痛な声で謝るナークは、ウィルスを強く抱きしめる。後ろから来たと思われる王子達もこの状況を見て、思わず「うっ」と声を出してしまう。


 積まれているのは住んでいた人の屍、その山だ。

 見るもおぞましいこの光景に、顔をしかめてしまうのは仕方がないことだ。




「くそっ……くそおおおおおおっ!!!!!」




 自分の拳を思い切り地面へと叩きつける。

 リベリーの悔しさを込めた声だけが響き、ナークはそれを聞きながらも何度もウィルスに謝り続けた。それしか……出来なかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「悪いわね。襲撃を受けた場所なのは分かっていたけれど……」




 ティルは申し訳なくそう話した。

 シグールは下を向いて、視線を合わせないナークとリベリーの様子を見守っていた。




(……あれを行ったのは、城の暗部の連中か。自分の父親ながら外道な事をする)




 父親に対して良い感情を持った事はあんまりない、と言うのが彼の印象だ。魔女であるティルも魔物を倒す事もあるし、魔獣と戦う時もある。その時に、破壊された村や町を見たが……人間の方が時には残酷なのだと思い知らされる。


 本当なら積まれた者達の墓を作りたいと思った。

 だが、この焼かれた場所に訪れる者が居るのを偶然見た。それはハーベルト国の兵士でもない。

 

 彼女は直感的に身を隠し、そのまま観察を続けた。

 最初は何度か見ていく者は、今では居ない。その人物が行ったのは焼かれた家を崩し、中から何かを持って来ては地面に無造作に積んでいく。


 その正体に気付いた彼女は、身を乗り出そうとした。

 とてもではないが、行動が逸脱している。

 正気とは……とても思えない。


 それが彼女の抱いた印象だ。




「……南の同族、か。そう言えばディーデット国はトルド族と友好関係を結んでいると聞いた事があるわ。貴方達には悪いとは思うのだけれど、お墓を作るのは様子を見てきた人にとって予想外の事」




 そこから秘密の道があると確信を持たせてしまい、いずればこの場所も知られる。そう思ったのだ。





「いい……。アンタの判断は正しい。オレ等の足跡も消してきたし、痕跡らしいものは残さなかった」




 ようやく顔を上げたリベリーはそれが正しい事だと言った。

 様子を見に来た人物が、サソリを使っていた人物の可能性もある。シグールを探していたのなら、もしかしてもここにも来るかもしれない。


 言葉ではそう言いつつ、感情としてはやるせない。

 本当ならあの場で声を荒げる事すらも許されないのだから。




「あの、王子の様子はどうですか?」

「作った薬が効いているからぐっすりよ。ただ、体力を戻すのには少しだけ時間がかかるわね」




 あの後、レントは糸が切れた様に倒れた。

 発熱の症状が見られた事から、原因となる毒は抜けても反動がここに来て現れたのだ。

 すぐに出て来た場所へと戻り、薄暗い中でレントの治療にとティルとラークとで取り掛かった。ティルも含め大ババ様に保護された者、または自ら保護を申し出た者全員に薬の作り方を教えた。


 薬草から。時には魔物の外皮や、体液なども扱いながら独自の薬作りを叩き込まれ1人で生きていける術を身に付けさせた。それと同時に基本を教え、自分だけのオリジナルの薬を生んでもらおうという狙いもあった。


 ミリアは冒険者として危険な地域に行きながらも、魔力回復と自然治癒を促す特別な薬を生み、ティルは自分の使う刻印と薬との相乗効果で新たな薬を作る。

 レントに飲ませた薬は、そのティルの特別製。

 市場には決して出ない、秘伝のもの。それはラークが興味を惹かれる位に、珍しくまたその技法が気になっている。




「そんなに気になるなら、あとで教えるけど」

「あ、いや……その」




 迷いながらも、自分が居る薬師としての興味の方が強くお願いしますと頭を下げる。その行動に思わずティルは微笑み「ホント、おかしな人達」と、涙を浮かべる程に笑ったのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その日、ウィルスは不思議な夢を見ていた。

 初めて聖獣と会った時の感じに似ていると思い、キョロキョロと周りを見渡した。




「聖獣さん……居るの?」




 そう声をかけた。

 周りは暗くて、夢だと言うのにとても冷たいのだ。何故だか、吐く息までも白く今までと異なる。

 これは……恐怖?


 直感でそう思うも、その原因が分からない。寒くて体を温めようと思っていると、フワリと暖かい感覚を背中から感じた。振り向けばウィルスの声に応じでなのか、現れた聖獣は既に元の姿である大きな狼となっていた。




【呼んだな、使い手よ。少しは暖かいか?】

「はい。さっきまでのが嘘のように、暖かくてフワフワです」




 思わずポスンと体を預ける。

 夢だと言うのに、不思議な感覚だ。そう思いながらも、頭をスリスリとしてしまう。猫とはまた違った毛並みであり、思わず城に置いて来たカルラ達の事を思い出してしまう。


 しかし、それを言えばワガママだと思いウィルスは口を閉ざす。

 話題を変えるようにしてこの寒さを感じるのは、どういった事なのかと聖獣に聞けば彼は目を細め遠くを見つめた。


 空を見る様なその姿勢に、思わずウィルスも同じ事をする。




【……貴方とナークは、契約を結んでいる状態だったな】

「う、うん……」




 思わずチョーカーを触った。

 ナークとの契約で魔力が込められたのか、赤く色づく石。それは宝石にも近い輝きを生んでいると同時に、初めてドクンと熱を持っている事に気付いた。




「っ!!!」

【心が荒れているな。戻って来た事で再び揺れたんだろう】




 再び思い出して荒れた。本当なら他人の夢の中に入る事はない。だが、ウィルスとナークはトルド族としての契約を結んでいる。

 ナークがウィルスの居場所が分かる様に、今度はウィルスの方が分かるのだ。彼の心が悲しさで埋め尽くされ、自身を責め続けているのだと。




「……どう、すればいいの」




 思わず聖獣へとすがった。

 だが彼は首を横に振り、無理だと答える。これは他人の感情であり夢の中。それを止めるのも自分だけ。出来る事はないが、知る事は出来ると言う。


 ナークの身に起きた事。

 彼等の住んでいる里が襲われた惨劇を、彼の視点として体験すれば悲しみを多少なりとも理解出来るだろうと。




「……知る事が出来るんだね」




 決意は固く、またウィルスの行動は早い。

 その決断の速さに聖獣はふっと目元を和らげた。良い子だと言って、彼女の顔を舐め共に行くから安心して欲しいと言えば――ウィルスの方も笑顔でありがとうと言った。


 人の過去を覗く事は許されない。

 それを分かりつつも、その一線を越える為の一歩を踏み出した。




(いつも助けてくれたんだもの。今度は、今度は私だって助けたい!!!)




 ウィルスはその一心で過去へと飛ぶ。

 強い光が視界を埋め尽くし、それが止んだと思った時には……炎が見える。


 同時に聞こえて来るのは叫び声。

 逃げ惑う人々が炎から逃げるように散り散りになっていた。


 

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