第173話:誰か助けて
ーリベリー視点ー
いつの間にか姫さんとナークが居なくなっている。
その事に気付くのが遅れたのは、ラークさんに質問攻めにされたからだ。
どういう経緯で来たのか。
何でハーベルト国の第2王子が居るのか。
もう、疲れた……第2王子が居る理由なんか知るかよ。
なんだよ、魔法師団に所属してる連中ってこんなに質問攻めするのが癖なのか?
師団長のレーナスさんはギラギラした目つきで聞いてくるし、ラークさんも薬草の事になると目の色変わるし。姫さんが逃げたがる理由がここに来て分かるとは……。次に姫さんが遭遇する事になるなら、一緒に逃げなきゃな。
「あ、あの……水、飲みます?」
「おう、貰うわ」
それに引き換え、ラーグレスさんはマジで気遣いで出来る人って感じで助かる。オレが答えるのが面倒になったのを察して、自分が遭遇するまでの事も混ぜて上手く逸らしてくれた。
ホント、助かった……。
「ハーベルト国の、第2王子ね……」
ゾクリとこの空間の温度が一気に下がった。
そんな気、ではない。確実に下っている……今も、下がり続けている。オレが知らない間にガタガタと体を震わしているからだ。
く、くそっ、さっきまで温泉に浸かってたのが嘘みたいに寒いっ……。
「カラース、魔力を抑えろ」
やっぱりと言うべきか、実行していたのは今まで話を無言で話を聞いていたカーラスさんだ。
姫さんと同じ国。ラーグレスさんとは同じ護衛をしていた仲であり、バルム国の生き残り同士。
ラーグレスさんが騎士団に所属し、カーラスさんは魔法師団の所属で師団長だった人。
今、思うと凄い護衛に囲まれていたなと思う。そう言えば、姫さんの父親は随分と溺愛しており、男を一切近付かさせなかったと聞いた事があったな。
(そう思うと弟君の運の良さ……)
どうやら、そうなるに至った原因を作ったのは弟君らしいが……本人も姫さんもその事は知らない。
カーラスさんからちょいちょい聞いていた位の情報しか、オレも知らないから本当かも分からないが。
「それで? 何であの人はあそこから上がって来ないんです」
いつもよりも冷えた言い方。
言葉を発するだけでさらに温度が下がるとか、どういう事だよ。この空気、どうにかして変えたい。
「理由は分からないが、頑なにあの温泉から出てこないんだ。だからと言ってカーラスが戻ればそのまま氷漬けにするだろ」
「それの何が悪い」
「止めろ。他国の王子だぞ?」
「そんなもの関係ない。姫様を悲しませた国の人間だ……許せるはずがないだろう」
2人の応酬が激しい。
とてもじゃないが、口をはさめる隙が無い。ラークさんの方を見れば、彼も白旗を上げた様に無理だと言い見守るしかなくなった。
「随分とお前らしくないな。ラーグレス、何でそんな綺麗ごとを言う」
「綺麗ごと、だと」
「そうだろ。私もラーグレスも、姫様に忠誠を誓った身だ。国が変わろうが所属が変わろうが……私は彼女の護衛だ」
「っ……。それでも殺そうと動くな。姫様はそんな事を望まないのは分かっている筈だ」
「チッ……」
急激に空気が元に戻っていく。
体の震えが止まり元の温度になったのだとすぐに気付いたが、思考は止まっていた自覚がある。
そして睨み合う2人にどう声をかけて良いのか分からないから、気温は元に戻ったが空気を吸うのが辛くなった。
っていうか、カーラスさんの舌打ちとか初めて聞いたし言葉遣いも随分と乱暴だ。
姫さんの前では違うって事なんだろう。そう思っていたら、オレが睨まれた。い、言うかよっ。オレだって、自分の身が可愛いからな!!!
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ーウィルス視点ー
ティルさんと居るのを言っていなかったのが悪いと気付いたのは、レントを支えながら歩いている時だった。ナーク君と一緒にレントを支える。
こうしているといつもの3人で居るからと安心してしまったが、急に居なくなって心配させている自覚がある。
ど、どうしよう……探しているよね、きっと。
「どうしたの、姫様」
そこにのんびりとした口調で聞いてくるのはティルさんだ。
体中の至る所に淡く光る刻印を身に宿している女性。褐色の肌と刻印の色が合わさって綺麗な人だと思うが、それを言っても良いのだろうかと考えてしまう。
「え、いえ……ティルさん、綺麗だなと思って」
「えっ」
「ん?」
ティルさんの驚きに私は思わず「ん?」と返してしまった。
最初は言ったらマズいのかと思い迷ってしまったが、迷う位なら言った方がいいなかと思ったのがダメなのか。
彼女はとても驚いた様子で私を見て、何かブツブツと言っている。耳を澄ませば聞こえるかと思い、じっとしているとティルさんは笑って見せた。
力を抜いたような、今まで張り詰めていたのを緩めた様な……そんな感じ。
「驚いた。そんな風に言ったのは貴方が初めてよ、姫様」
「……ごめん、なさい?」
「そこ疑問形なの、ウィルス」
レントに注意されナーク君は何でか「主、普通じゃないし」と変な回答をして納得がいかない。私はむっとしていたのだろう、ティルさんがおかしそうにまた笑うのだ。
なんだろうか、この私だけが外されている感じは。
「急いで戻りましょうか。なんだか向こうがマズい感じがするし」
釈然としないと思いつつ、ティルさんの案内でリベリーさん達の所に戻る。レントがクスクスと笑い、ナーク君がずっと笑顔でいるといういつもの感じ。嬉しいような、何か違うような……と思いつつどこか、楽し気に歩くティルさんんに付いていく。
「姫様!!!」
「弟君……無事、なのか? もう平気か!?」
戻っていくとティルさんは何故かさっと避け、カーラスはそのまま私達ごと抱きしめた。後ろからリベリーさんの嬉しそうな声が聞こえるが、ぎゅうぎゅうに抱きしめられては、まともに声が出せない。
慌ててラーグレスが引き剥がし、私達に謝っている。何でもカーラスが少し不安定だったと聞き、心配そうに聞くも本人は「平気です!!」と元気いっぱいに答える。
あれ、聞いている事と違うんだけど。
「あ~~良かった。思った通り、君の魔法の効果だね。ホント、助かるなぁ」
ラークさんの後ろから来たのは、ハーベルト国の王子だ。
名前を思い出す前に、ナーク君が私の目を手で遮る。ティルさんは「何て格好してるの!!!」と怒声が飛ぶ。
「あ、貴方!!! 何で裸で来るの!? 女の子が居るのを理解しなさい」
「え、いやだって服……」
「ワフッ」
「そうそう。ジルが前に居るからいいなかって」
「良くない!!!」
ナーク君が必死で隠すから振りほどけない。
レントは多分、ラークさんに支えられているのだろう。隣で様子を聞いているのが聞こえる。
リベリーさんは何で居るんだと怒り、ラーグレスは私とナークを連れて少し離れている。
「やっぱり、殺す……」
「わっ、バカ!!! 止めろ!!!」
カーラスが何か言ったのだろう。
リベリーさんが慌てた様子で止めに入る。頭上からラーグレスのため息が聞こえ、ナーク君に手を外してと言って聞き入れてくれない。
だ、誰かこの状況を助けて欲しい。
そんな願いを分かったのか、ジルが「ワンッ」と返事をしてスリスリと私に寄ってくる。すぐに離れたかと思ったら、バシャンと大きな音を立てて誰かが温泉に入った様子。
一体、誰だろうとナーク君に聞いたら東のと言い、思わず相棒じゃないのかなって思ったのは内緒だ。




