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第169話:刻印の魔女


「え、私がそれを行うの?」



 その日、彼女は不満げにもらした。

 それは自身を育て、魔法の訓練にも付き合ってくれた恩人からのお願いだ。その内容は東の国を出来る限り見張ると言うもの。


 何で自分がそれをするのかと聞けば、恩人は「戦争が起きるかも知れないから」と簡潔に言った。




「……戦争、ね」




 それはまた大きな話だ。

 同時に自身には関係のない事だと思ったが、その恩人からは思いもよらない言葉を告げられたのだ。


 珍しい刻印を刻んだ者が、そちらに来ると言った。

 予想でもなくまるで確信めいた言い方。そうも断言できるのかと思っていると恩人である人物――大ババ様はそのまま告げた。




『刻印を結んだ2人が東に行くからね。姫様にはこれ位しかお礼が出来ないが』




 聞きながら珍しい事があるもんだと思った。

 刻印を結んだのが2人である事もだが、王族との繋がりを大ババ様は持ったのだ。

 南の国との交流は昔から好意にしている部分もあるし、あの国が昔から魔女達に理解があったからと言うのも大きい。だからこそ、その国以外での王族との繋がりを持ったこと自体が彼女には驚きだった。




「リグート国のレント王子と婚約者のウィルス姫、か。……しかもバルム国って言ったら」




 詳細は聞いた。

 バルム国は5年前に魔獣により蹂躙されて滅ぼされた。それも、魔女の所為にされているが真実が違うと言っても信じてはもらえない。


 それは今までだって変わらない事だ。


 魔女は迫害を受けて来た。

 高すぎる魔力を持つが故に。魔法を発動する時に髪と瞳の色が違う者もいる。それも全て化け物と言われ、物を投げられ時には罵倒されて来た。




「……里の皆にも会いに行かないとねぇ」




 背筋を伸ばし綺麗な星空を見る。

 迫害されて来た辛い過去はあるが、その時に見た星空は今も変わらない。綺麗で大きくて、自分がちっぽけな人間だと感じさせられる。




「仕方ないわね、もう」




 頼まれたのだからやる。

 大ババ様の言う刻印を持った2人は気になるが、どうせこちらに来るとの事。だからその時になれば色々と聞こうと考えた。

 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「そう、彼がレント王子なのね」




 大ババ様のお願いにより参戦したのは刻印の魔女、ティル。

 彼女の体の至る所には魔法刻印が刻まれている。これは紅蓮の魔女ミリア、ネルとも違う部分がある。

 他の魔女達は生まれてから数年たった後だったり、何かのきっかけで魔法が扱える上に強力なもの。


 だが、ティルだけは違った。

 彼女は生まれたその瞬間から、既に刻印が体に刻まれているだ。彼女の育った村は元からそう言った一族だけが隠れ住んでおり、村の外に出る時には必ずと言っていい程にフードを深く被る。


 人によっては顔だけだったり、体の一部だったりとそれぞれだ。

 奇異な目で見られる事もあるし、人攫いにあったら2度と村には戻れない。だから彼女達は表立って動く冒険者としては過ごすことが出来ない。隔離されたように村にひっそりと住み続けている。




「確かに刻印を刻んだ跡がある。でも、毒で消されたという所ね」




 白髪の髪はウェーブがかかり、肩までの長さ。褐色の肌に灰色の瞳、そして刻まれた刻印は淡く白い光を放っている。

 ローブの下には、カーラスやネルが持つ物と同じように小瓶が幾つも見え隠れする。触診しながらサソリが刺された所に魔力を当てればラーク以上に詳しく説明してくれた。


 言動に怪しい部分がないかなど、ラークが険しい表情で見ている中カーラスは何故この場所が分かったのかと質問をした。




「そうね。魔法刻印って、一族の証みたいなものなの」



 

 そこで彼女は話した。

 今は隠れ住んでいる一族ではあるが、大昔は世界各地に旅をしていたのだという。魔力を刻印として変化させ、物体に移す。これを人に移して病を治したりなど奇跡のような力に、昔は何の抵抗もなかったという。


 しかし、時が経つにつれ奇跡が不気味がられるようになった。

 それは……魔獣が現れたからだ。

 魔獣も元は珍しい魔法を独占しようとした国により、隔離され無理矢理に魔法を発動させようとした事での恨みから始まった。


 死んでも尚、人を恨み続け化け物として変化した姿――それが魔獣だ。

 

 理性を失くし、破壊の限りを尽くすその所業に人々は恐怖を生み結果として隔離した国はそのまま滅んだ。ティルの一族は不評被害により、同様の化け物として長く歴史の影から姿を消した。




「歴史から消えたとしても、古文書には刻印の名残がある。物体に刻印を移すことが出来るのは後にも先にも私達の一族だけだ。だから王子が使った刻印は、昔の一族の名残だ」

「……刻印そのものに貴方達だけが分かる痕跡が分かる。だから、その痕跡を辿ってここに辿り着いたという事ですね」

「分かって貰えて嬉しいわ。理解が早いのは良いわね、手間が省ける」




 ティルは刻印が刻まれたと思われる場所へと手を這わせ、魔力を注入する。

 途端、彼女には今までの出来事が映像のように頭の中に流れ込んでくる。時間にしては数秒の事だが、1人分の出来事だけではないウィルスとの思い出も一緒に流れ込んでくる。


 その際にウィルスの事も知った。

 彼女がバルム国の王族であり、ミリアの呪いによりカルラと融合をされるという特体質になった事。

 レントが幼い頃に刻んだ事で、互いの気持ちが分かるだけでなくその力でウィルスのピンチを幾度となく助けた事。




「っ……」




 頭がパンクしそうな情報量。

 それを数秒、1分にも満たない時間で見せられるのだ。負担がかかるのは自然な事であり立ち眩みが起きる。


 それを咄嗟に支えるカーラスはティルの額に流れる汗に、思わず平気なのかと問う。




「平気、よ……。いつもの事だから。刻印の情報を見るのって、凄く疲れるけれど慣れるしか、ないもの」



 

 休むのも惜しいのかすぐに行動に移す。

 カーラスとラークについてくるようにと言い、何処へ向かうのかと聞けば王子の毒を完全に取り除く為に必要だからと転移を開始した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 一方でラーグレスは困惑しながらも、自身の握る剣に力を込めた。

 目の前には赤い目をし、静かに対峙する魔獣だ。


 ただ、場所が場所なのだ。

 

 彼はラークと調べた洞穴の調査に来ていた。最初に感じた自身の勘とも言えるべきもの、感覚というのだろうか……自然と体が向かっていた。この先には何かあると言わんばかりの強制的な何かが、彼にそうさせた。




「……魔獣、だよな」

「シュシュ」

「あの時、既に俺達を見ていたのか?」

「……シュ」




 一応の会話は成立か? と思わず首を傾げたくなった。

 彼の手には松明があり、魔獣の姿を照らしている。日の光に弱いらしいが、松明の明るさではどうにかなる様子ではない。


 だがそんな会話をしながらも、彼の中では焦りがあった。

 毒で動けないレント王子と連れ去られたウィルス。連れ去った人物、もとい魔獣は目の前で動かないままだ。


 奥に何かあるのかと思い進もうとするが、長い腕に阻まれ通れなくする。右へ左へと行こうにも、阻まれてこうして互いに立ったままだ。




(妨害はするが武器をしようする気はない、か)




 対松の明るさで爪を見るも、顔をしかめる様子もない。

 だが、変化は急に現れる。

 ユラリと体の向きを変え魔獣は、後ろへと向きそのまま歩く。思わずなんだと警戒していると、パクッとラーグレスの襟元を器用に掴みそのまま連れて行く。




「え、な、なんだ……。急になんなんだ!?」




 暴れようとも元から体格が違う上に、地面に足がつかないギリギリの高さで歩かされている。逃げるなと安易に言われてるような感じに思わず顔をしかめた。


 もしかして、このまま喰われる……?


 サッと思い出すのはバルム国が襲われた時の事。

 防衛をしていたが、同僚が先輩が魔獣に喰われていく場面を目の前で見せられ気が狂った――あの苦い場面を。




「え、湯気?」




 なんでこんな奥でと思っていると、丁寧に下ろし魔獣はそのまま湯の中に入っていく。その時、自分を呼ぶ声が聞こえハッと周囲を見ればウィルスとナーク、リベリーの3人が揃っていたのだ。

 体に葉を巻いたりして、大事な部分を見せないようにとしていた。なんせ3人は裸になっていたのだから……。




「ひっ、姫様!? な、何て格好を!!!」

「うっ、だって」




 すぐにパシャンと肩まで浸かるウィルスに、ラーグレスは顔を逸らす。見てはいけない気分にさせられるのはこれで2度目だ。




「はあ~~良い湯だ。ねっ、ジル」

「ワフッ」




 ん? と4人は互いに顔を見合わした。

 この場に居るメンバーの数が合わない事に不思議に思うと、すぐにその正体が明らかになる。

 

 蒼くて深い色の髪は黒、次に見えたのは鍛えられたと分かる程よい腹筋。その近くにはさっきまで居なかった筈の茶色の毛並みの犬が、ウィルス達の事をじっと見ている。


 そこに居ない筈の、男性と犬がいきなり現れたのだ。




「え、ええええっ!?」




 思わず全員が声を揃えた。

 その場所には確か魔獣が入っていた、筈だ。当然、導き出される答えは信じられない事実だが同時に彼等は知っている。


 既にウィルスと言う前例が居るのだ。

 あの魔獣は……今、居る男性と犬が合わさっていたという事実に。

  


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