第168話:特殊な毒
ーカーラス視点ー
襲撃を受けて、日が昇るのを見ると時間が経ったという自覚が生まれた。
姫様だけでなくナークも連れ去ったのには何か理由があるのだろう、か。
色々と考えてしまう。
「……」
レント王子は今は落ち着いている。さっきまでうなされていたのが嘘のように。
だけど、ラークさんが言うにはまだ油断は出来ないと言った。
「身体の中での事までは分かりません。耐性があるから安心はしない方がいいです。それに――恐らく、弊害が出ている」
弊害。
そう言えば、姫様から兄のバーナン様が毒殺されかけた事があると聞いた。詳しい詳細は分からないが、弟である彼もそれをきっかけに毒に慣れようと耐性をつけていたとも聞いている。
『私……知らなくて。もしかして、カーラス達も?』
私が記憶を取り戻し、南の国で過ごしていた姫様からはポツリとそんな事を言っていた。
その時の表情が、悲し気だった。
理由を聞いてみたら耐性を付ける為に毒を摂取していた。暗殺も想定しての行動に姫様は心を痛めていた様子。そこから私とラーグレスも、そうだったかと聞いたのだ。
『アッシュとしての私は、ここで魔物の毒や習性について調べている時。特に毒に関して耐性がある事が分かったんです』
そう、私が仮の名として与えられた名であるアッシュでの事。
南の国に住んでから1年とちょっとした時だった。団長であるアーサー様から実験として、魔物の毒から解毒を作る過程を教わっていた。
その時に軽く検査をしたのだ。
毒を浴びなくても、目や鼻が反応を示して拒否をしようとする。毒から魔物の動きを封じる為の物を作る。その作業の過程で、作る側である私達が拒絶反応を出していたら作業にならない。
だから、それ等に携わる時には必ず検査を行うことになっている。
『……驚いた。アッシュ、君の耐性は凄いね。強力なもので反応を示さないのは私だけだったから』
強力な毒からは様々な耐性を作れる。
毒、神経毒、解毒やそこから発展して誘惑を阻害する為のものなど。
魔物同士で誘惑しての行動は、時には人間に毒になるもある。
そう言った耐性を作るのに、冒険者達の手助けにもなると常日頃からこの国ではそう言った研究が行われる。
所属している第3師団が研究科として通っているのも、一手にその作業を受けているからだ。
『そっか。カーラスもそう言った耐性があるならラーグレスもだよね。……私の暗殺とかを防ぐ為?』
悲し気に揺れる瞳が、自分の為と言うのを拒否している。
だけど私がニコリと笑顔を返せば、そうだと言うのを物語っている。途端にぷくっと頬を膨らませる姫様は……そのまま顔を伏せてしまった。
『バカ……。お父様も2人にそんな事をさせないと、いけないなんて』
『それはまぁ……1人娘ですし、溺愛しているのは周知の事ですから』
『むっ』
兄弟なり、姉妹がいればまた違ったかもしれない。
バルム国で生まれたのは姫様1人だ。娘が生まれたと知った国王の喜びようは凄く騎士団、魔法師団だけでなく城で働いている者達も含めてだ。
それはもう国王自らが行い、後ろから宰相に追い掛け回される。
そんな微笑ましい事が起き、レーベ様も止める気がないのか便乗して広げている。あの後の宰相が酷く疲れ切ったのを今でも覚えている。
皆、口には出さなかったが大変だろうなぁぐらいには認識していた。
それに最初に確認された。
姫様の護衛をする際に耐性を付ける、と言う有無も宰相から確認を取られている。王族の護衛は近衛で行うが、娘を溺愛するあまり男性を近付けさせたくないという無理難題を言っている、と。
振り回される彼も大変だと思いつつ、私はそれについて構わないと言った。私の魔法を綺麗だと言った姫様。それこそ瞳をキラキラとさせて、凄いと褒められた。
褒められたのは初めてだった。それが嫌っていた魔法なら両親以外では彼女が初めての事。
氷を嫌っていた私は、魔物を仕留める時にしか使わなかった。でも、コントロールが難しいのも自覚していたからひっそりと練習していた。
そんな時だ。姫様が気になって同じくこっそりと覗き見しているのだと、当時世話係をしていたラーグレスから教えられたのは。
魔法を練習しながらも、誰かの気配を感じるなとは思っていた。いつも私に近付かない同僚や物珍しいからと、遠くから見ているだけの変わらない人達だと思っていたが……まさか、姫様だとは思わなかった。
『すご~い』
思わず氷を砕いた。
発動するのを止めれば当然、魔法も止まる。誰が見ているのだと睨んだ時に、姫様であると気付いてからは青ざめた。
『み、見ました……か?』
『うん!! でも、何で止めたの? キレイだったのに』
睨んだ事を怒っている訳でもなく、問いかけて来るのは魔法を止めた理由。それに少し考えて、練習していたのを知られたくないのと自分の魔法は嫌われているからだと言えば……キョトンとされた。
『あんなにキラキラなのに? ダメなの?』
その時の顔はもったいないと言わんばかりの、残念がったものだ。今度は私が驚かされた。氷を綺麗だと言ってきたのは彼女が初めて。今までは嫌われているか、珍しいからと観察の対象にはされていた。
ここにきて、綺麗……か。
そんな衝撃と姫様が氷を出して欲しいと訴える。まだ幼い彼女は自然と上目遣いだが、なんだか待たせるのが申し訳なく思う。それから姫様のリクエストに答える形で魔法を使えば、自然と上達していき気付いたら師団長にまでなっていた。
あの時の私は……ただ姫様の願いを叶える為にやっていた。私を救ってくれたのは間違いなく彼女だ。そんな彼女の護衛を出来るのなら、なんにでもなろう。
守るために必要なら毒の耐性でもなんでもつけよう。ラーグレスも恐らくは同じ気持ちだ。
『ごめん。幼い私、バカだ……』
理由を話せば姫様が自分自身に対しての一言。
さらにうな垂れてショックを受けている様子。戻って来たレント王子が私が泣かせたのかと軽く睨んで来る。
『私の婚約者を泣かせないでくれる?』
そう言うや否や、彼は姫様を抱き締める。外とか関係なく当然のようにやる。まるで普通だと言わんばかりな態度に私はどうしたらいいんでしょう。
姫様は嬉しいのか、ニコニコだ。
王都だと分かっているのだろうか。周りは突然甘くなった空気に戸惑いながらも見る。
顔を赤くしても、気になるのだろう。チラチラと見て『熱々ね』とか『良いなぁ』と様々な反応。
その後も手を繋いで歩き、甘い雰囲気のまま散策するお2人はまさに似合い。見られているという空気をものともしないと思っていた。が――
『だって、レントが……レントがぁ……』
再び姫様が俯かれている。
理由を聞けばレント王子がずっと褒めているから、だと。その後もずっと褒める王子が悪いと言いつつ、表情が嬉しそうな姫様に私は終始ニコニコと頷く。
褒められるのが嬉し過ぎて、周りの視線にも気付かなかったとか。王子の確信犯めいた行動に、驚きはしないまま頑張って欲しいとしか姫様には言えない私を許して欲しい。
「あら、その子早くしないと――死ぬわよ?」
「「っ!?」」
声がした方へと氷の刃を向け、ラークさんは即座に王子の前へと滑り込む。落ち着いた様子の王子に、私達は気が抜けたのは少しの間寝てしまったようだ。
気配もなく現れた女性。足音もなかった事に疑問を感じた。寝てしまったとはいえ、音がすれば私はすぐに起きる。ラーグレスと姫様の護衛をしていたのだ。
暗殺者ほどではないが、私も音にはそれなりに敏感な方だ。だからその音もなかった事に驚きを隠せなかった。同時に音もなく現れた事から、私はもう1つの可能性を思い浮かべた。
「ふふっ、貴方勘が良いわね。そうよ。魔法でここに来たの、安心して私は東の国の者じゃないから」
ローブを全身に覆い、女性と思われる声は感心したように私の事を見た。ラークさんがどういうことかと視線で訴えて来る。
「魔法で来た。と言うのなら……貴方は大ババ様の言う、情報を仕入れる人物。つまりは――魔女ですね」
「正解」
バサッ、とローブを取り顔を見せた女性に私は驚きを隠せなかった。女性の顔には様々な模様が描かれていた。顔だけではない。彼女の腕からも似た様なものが描かれ、そこから淡くだが……魔力を感じ取れた。




