第19話:兄の政略結婚①
ーバーナン視点ー
ウィルスがラーファルとの特訓を続けていると、リベリーから報告を受け取り「そう」と言いながらも俺の顔は嬉しそうにしているのだと自覚している。
「……嬉しそうだな、バーナン」
少し前なら気持ち悪たがられただろうが、リベリーもウィルスが元気に駆け回っているのを嬉しく思っている人物の1人だ。だから俺は「当たり前だろ」と、当然とばかりに報告書をまとめながら話を続ける。
「弟のお嫁さんになる人だ。嬉しいに決まっている」
「……アンタの方がどうなんだよ」
「ん?」
「弟君に先越されているんだって自覚はあるのか?」
そんなのあるに決まっている。
視察に行ったバルム国。そこでレントは一目惚れをした同い年の女の子について、俺に飽きる位に自慢してきたのだ。髪の色が綺麗だとか、瞳が綺麗で宝石みたいとか、猫と遊ぶのが可愛いんだとか……それはもう、こっちがお腹が一杯になる位に話し続けてきた。
だから、初めて会ったあの時……すぐに気付いた。バルム国の、レントの言っていた人物であると。その後、クレールの制裁が速攻で来た訳だけど。
「……って、言ってもねぇ。アプローチ無視だし、顔を合わせない相手にどう攻略しろって?」
「あぁ……まぁ、頑張れよ」
おい、質問しといてそれかよ。
溜め息を吐きながら、レントが言っていた計画を考える。あの一件でレントは守りに徹しないで攻めに切り替えるようになった。大事なものを守る為に、囲うようにしていたが今回はその所為で、危険な目に合わせた。
2度は踏むまいと強く誓い、そこからの彼の凄まじいかった。
熱にうなされ動けないウィルスの看病をしながら、自分が倒れてしまわないようにと睡眠をとり体調を整え、ファーナムと協力して彼女の世話をした。それも、執務をこなしながらであり周りがその姿勢に心配した程に。
「そっちこそ、同じ里の出身者のナークとはどうなんだ」
「あんな可愛げのないガキ、こっちから願い下げだ」
ちっ、少しイジろうとしたらすぐにはぶらかす。向こうも残念でした、みたいな顔するなよ。
「まっ、ナークから里が壊滅した話も聞いてたが予想通りだ。あの国の王は昔から気にくわない」
「ハーベルト国、か」
俺達のいる国のリグート国、隣国のディルランド国を狙う砂漠の国。先日、和平交渉として訪れた時も手荒い歓迎だったのを思い出す。
暗殺者に関してはリベリーが引き受け、クレールと王族護衛の第1騎士団、魔法師団の何名かで守りに徹しながらの帰国。かなり疲れた……あの日も疲れて、弟の寝室に潜ったのだって可愛い寝顔を見たいからだ。
結果は知っての通り。
猫に引っ掛かれ、レントからは冷めた目で「お帰り」すら言われない始末。その日の内に、あの猫がウィルスである事、彼女が魔女の呪いにより体質を変えられたと事実を受け入れた。
ハーベルト国に行くより、よっぽどマシな出来事だ。こっちの方が平和だ、平和。
「しかし、ナークのした事はかなりマズいだろ。そもそも姫さんを攫わなければ、あの子の怪我はないってのに」
「悪いけど、宰相と一対一で真正面から拷問まがいの事されてもウィルスの傍に離れないって言い切ったんだ。意思が固いのはリベリーの一族特有なのを忘れたのか?」
「……」
ぐっ、と押し黙るリベリー。そもそもその日の内に、契約したんだから彼はどうあってもウィルスから離れる事はない。主から言われれば命令として離れるだろうがな。ウィルスが目を覚ますまでの間にこちらが掴めなかった証拠の数々を晒したのだ。
働きとしては十分過ぎる。宰相の抱える諜報員よりも、あの子が優秀だったんだ。しかも、契約した事でウィルスの体質に変化が生まれたんだから……レントが必死になるし。
「リベリーにとっては家族みたいなもんだろ。良かったじゃないか」
「……ま、まぁ……あんなんでも、育てた身としては嬉しい、もんさ」
小さく「ありがとう」なんて言うんだから、素直じゃないのはリベリーだろうに。珍しい反応に微笑ましい笑顔で見れば、レントが乱暴に俺の執務室に入って来た。
「どわああっ」
即座に懐に入れていたナイフでレントの剣を受け止める。おーい、ここで流血沙汰は勘弁な?
「ちょっ、何!? なんなの弟君」
「貴方……だったんですね。ウィルスの事、縛り上げたの」
「はあ!? なにを、言って……」
潔白だと言いたかったんだろう。
でも思い当たる節があるから、すぐに黙った。受け止めながら俺を見るが、俺は何も言っていない。リベリーの主としてこれだけは言えるぞ。
「ま、待て待て。一旦、落ち着こう……な? な?」
「私の母から聞いた話をウイルスから聞きました。兄が縛った訳でもないから不思議がってましたが……リベリーさん、貴方だと聞いたので」
成敗しにきました、と笑顔で言い切るレントに冷や汗のリベリー。あ、そう言えば言ってたか……頑張れ♪
「お、おいおいおい、待てよ、待てよ!!! だったならオレじゃなくて自分の兄だって同罪だろ!!!」
「カルラが先に制裁したから良いです」
あぁ、あのひっかきでチャラにしてくれるんだ。ありがとう、レント優しいな。うん、頑張って生き残れよ。
「身内に甘いな……」
「なんとでも。ナーク」
舌打ちしたリベリーが気配なく現れたナークの蹴りを、ギリギリの所で避けそのまま俺の背後に移動してきた。睨む俺に「アンタも巻き込む」と睨み返された。
「ってか、何で居るんだ」
「主を縛り上げた、と王子から聞いた。……ボクも手伝う」
「いつからそんな仲に……」
「ウィルスの為」
「主の為」
当たり前な回答をする2人に、リベリーはげんなりした様子。傍に居なくて良いのか、と言いたげな視線に俺も疑問が湧いた。
「ラーファルって言う人が傍に居るから、本人からも頼りにして良いって言われた。主も気に入ってるから、ボクも敵意を持たない」
「……主が良けりゃあいいってか」
「うん♪ 主からも、友達作ろうねって言われた。だから、レント王子とはすぐに仲良くなった」
また凄い所から友達になったな、とレントに視線を向ける。その間にリベリーが窓から飛び降り、2人から逃げようと駆けていく。
「互いに念話をしながら確保だ。絶対に逃がすな」
「了解、王子。リベリー、今までの分も合わせてぶっ飛ばす」
何やら不穏な言葉を聞いたが、そこは無視して2人でリベリーをこらしめる為に慌ただしく出て行く。が、俺はレントを呼び止めてる。
「なんです」
「あの時の事、怒ってないのか」
ピタッと動きが止まる。
あの時とは5年前の事。俺が様子見で行き、レントに諦めろと生き残りはいないと酷い言葉をかけた……あの時の事。
兄である俺から言われた事、自分が好きな人はもう居ないと、2度も傷付ける言葉を言った。でも、レントは次の日には目標があるのか必死で剣技、魔法、王族としてやるべき事を学んでいった。
今なら分かる。
レントはウィルスが生きていると確信し、少しでも早く王都へと行き探したかったと言う事。課題を済ませば、スケジュールに空きがあれば少しの時間であろうとレントは王都へ行く。
しかし、近衛騎士達もレントより先回りして出られないようにしていた。あの時期では暗殺者が自分達を狙う事も多く、母も含めあまり外には出られない日々が続いた。
皆、ピリピリしていたんだ。
「いえ。私は……あの時の兄の判断は間違っていないと言い切れます。まだ幼い私の為に、少しでも立ち直って欲しいと、ワザと強めに言ったんでしょ?」
「……気付いて、いたのか……」
「兄の傍に居て、背中を見てきたのですから自信持って下さい」
晴れやかに笑うものだから、俺の方がビックリだ。
それに、とレントは言葉を続けた。
「ウィルスは知らない内に、自分から私の所に来てくれた。目を覚ました時に、はっきりと私を好きであると言ってくれたんです。……だから、私は平気です」
リベリーを追うと言って、執務室から出て行く。彼の背中を見て安心した自分がいる。好きな人の為になら、と語られているような背中に先を越されたなと思う。
「さて……私も頑張りますか」
気合を入れる。レントとウィルスは覚悟を決めた。なら、上であり兄である俺が覚悟を決めない訳にはいかない。
「すまない。正装を持って来てくれ」
すぐに着がえる準備をする。こちらも色々と覚悟を決めなければいけないな、と弟に先を越されたのが今頃になって苛立ち始める。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これは……どういう、おつもりで?」
あぁ、そうだね。怒るよね、君は……うん、分かってた。笑顔だけで、全てを語れと言わんばかりの相手に怯む気はない。
「も、申し訳ありません!! こら、バーナン様がお出で下さったのにその口の聞き方は」
「平気です。俺が連絡もなしに来たからだ」
俺、と言う表現にビビったのか娘を怒っている筈の父親は「そ、それは申し訳ありません」と慌てている。しかし、相手はそれでも変わらずに俺だけを睨んでいた。
笑顔なのに、灰色の瞳を覗かせて「説明、あるんだよね?」と言いたい事を語っている。ショートの金髪に灰色の瞳。彼女を知らない騎士は居ないと断言出来る。
いつもは騎士服に身を包み、果敢に立ち向かう様から男女問わず人気のある彼女。自分の屋敷に居るからだろうが、ドレス姿は初めて見るがよく似合っている。
クレール・エドリック──私が結婚したいと思ったのは、君なんだ。
私も、いや……俺は諦めないし、嫌だとは言えないからね?
これはあの2人の、ウィルスとレントの為でもあるんだから。




