第161話:オレの主
ーリベリー視点ー
オレはリグート国のバーナン王子と契約を交わした、トルド族。
弟みたく可愛がってきたナークと同じ里の出身で、リバイルとは任務の時に何度かやり合った仲だ。
同時に王族に仕える身だからと、色々と相談にのってくれたしと共通点が多い。
「は? もう一回、言ってみろよ」
普段は表情を隠すが今回ばかりはそうはいかない。
怒りを乗せたオレの声に、指示を出したバーナンは変わらない。
「だからね、ウィルス達に付いてて欲しいの」
「何でだよ」
「あの子達だけで東に行かせるなんて、危険な真似をさせられないよ」
そう言って心配そうな声色の割に、オレには無言の笑顔で圧をかけてくる。
この国の王族は……笑顔が多い。ナークはそれが暖かいと感じ、オレからすれば胡散臭いと感じる。
自分の心が汚いのは十分わかっているし、自覚もしている。
だから姫さんみたいに真っすぐでいる子は……苦手だった。
綺麗な心を持った姫さんに、自分みたいな奴は寄らない方がいいとまで思っていた位だ。それすらも姫さんには関係ないようで、あの子のペースに巻き込まれる。
「冗談じゃぇね。主を置いていくなんて真似するかよ」
「ギルダーツ王子は実行したよ?」
「あれは姫さんと妹さん達が心配だからだ。過保護なんだよ、あの王子は」
本人が居ない事を良い事にオレは本音を言う。
それにバーナンはクスリと笑い、オレだって過保護だよとまで言い出してきた。
「でもそのお陰で、ルーチェ様にもバーレク様にも怪我はなかったんだ。狙いはウィルスのようだったけどね」
「……」
何を指しているのかなんてすぐに分かった。
ナークとバーレク王子を先に行かせ、自分はその場に残ったリバイルの事だ。ここでその話題を引きずり出す辺り、コイツは性格が悪いのを自覚している。
ちっ、と舌打ちして睨むがバーナンは続ける。
「そう怒らないでよ。私だって本当はあの子達をハーベルト国になんか行かせたくない」
「なら止めれば良いだろ。弟君は強引なのは姫さんにだけだし、基本的には兄の言う事は聞くだろうに」
「それは……そうなんだけど」
急に歯切れが悪くなりそっぽを向いた。
何だと思ってこっちも黙ると、ポツリと言ってきた。
行かせたくないのは本心なのに、弟君が真剣な表情で行くと言い出したから止めるに止められないのだと。
「行かせたくないって気持ちと、弟の思うようにしようって気持ちとで板挟みでね」
「だとしても止めろ」
「レントはさ……幼い頃から才能あるんだよ。だからこそ自由にしてやりたいって気持ちもあるんだ」
「そんなもん、今じゃなくて良い。才能があるのと自由にしてやりたいって気持ちは一緒じゃないだろうが」
どんなに言葉を重ねてもオレは拒否を続けた。
オレの説得が難しいと分かったのが、バーナンは分かりやすく不機嫌だと言わんばかりの顔を向ける。
悪いがオレにそんな脅しは通じない。
なによりバーナンが理解していると思ったけどな……。
「ちっ。リベリーの意地悪~」
「それはどうも」
何を言われようがオレは首を縦には振らない。
トルド族が主と認めた者に対して絶対の忠誠を誓う。それは常に主と共に、傍に居る事で彼等、彼女等の安全を保障しているからだ。
暗殺で狙って来るのを撃退し、毒見をして主の食の安全を保障する。
ナークみたく姫さんにくっつくのも、あれでも護衛だ。姫さんの容姿は狙われやすくて、弟君と同じく目立つ。ナークが2人と居て本来の明るさを取り戻したのも良かった。
だから……ナークにはあの2人が必要で、どっちかが欠けるなんて事は絶対にしちゃいけない。
「バーナン達だって危険だ。ガナルを引き付けるんだから」
「それはない」
ピシャリと言い放った。
驚いて目を見開くオレとは違い、バーナンはどこまでも冷静に落ち着きのある目で見る。それが妙に怖くて、ゾクリと背中に悪寒が走る。
「悪いが、彼がこっちに来ると言う保証はあんまりない。五分五分で、こっちかウィルス達の方に行くはずだよ」
「な、んで……何でそんな事が言える!!!」
思わずバン、と机を叩く。今まで処理してきた書類が落ちるがそんな事はどうでもいい。その音を異変と思ったのか、誰かが入って来たがオレは構わずに続けた。
「何の根拠でそんな事が言える。お前はアイツと戦っていないだろ? オレと弟君は一戦交えた。だから、分かる!!! アイツは強い奴を求める戦闘狂だ」
「同時に珍しいもの好きでもある」
「っ、なに……」
ふぅ、と息を吐くバーナンはオレではなく後ろの人物達に声をかけた。扉を閉めて良いから入って良いのだと。
近衛だと思っていたオレはそこで、ようやく誰が来たのかを確認した。入って来たのは弟君の護衛をしているバラカンスとジークだ。
「な、んで、お前達……」
「何でって……貴方が珍しく怒っているからだ。あぁ、あとね。私達、レントにバーナンを守る様に言われているからよろしく」
「そう言う事だから、リベリーはレントの方について行ってくれ」
「……は?」
不覚にもオレは間抜けた声を出したと思っている。
だっておかしいだろ。この2人は弟君の護衛であり、姫さんの護衛でもある。しかもスティングもその任から外れたらしい。オレは思わずバーナンを睨んだ。
まさか、姫さんを守れなかったからって外したのかと言った。
「アンタ、自分の幼馴染によくそんな――」
「1度失敗した身だ。当然だと俺は思うが?」
「つっ……」
冷淡な声と冷ややかな目。
久々に見た、表向きのバーナンだ。人を信じず、家族にだけしか信用しないといったその目。
「なら、ナークは何で平気なんだよ。姫さんと契約したからか!!!」
「そうだよ。同時に彼もウィルスと同じく貴重な戦力だ。失敗があるのは彼はまだ、子供だからね。これから成長して行けばいい」
「……な、んで……」
「さっきも言った。ガナルは戦闘好きでその為に、自身の育った村を魔物に襲撃されたように偽装させた。それ位に頭は回るし、何より彼がリベリー達の里を襲ったのだって、興味と珍しさからくる行動だ」
南の街で最初に接触したのはナークと弟君だ。
その時の彼は「面白そう」と言ったらしい。その時の笑みが怖かったとナークから聞いたことはあった。
「ウィルスの中に潜ませた影を使って情報を得て、自身の敵になるもの、もしくは楽しませてくれそうな者を選定していたのかも知れない。バラカンス達が一瞬の内に倒されたのだって、ウィルスの傍にいるのを分かった上での行動だ」
「だったら捕らえた時点で、さっさと離れる。だけど――」
そう、だ。奴は1度、姫さんの事を自分の手元にと引き寄せていた筈だ。
それを邪魔したのは聖獣と弟君で……。
そこまで考えてオレは思わずバーナンを見た。言いたい事が分かったからだ。
「ワザ、と……。弟君の事を誘い出した?」
「同時にウィルスが契約した聖獣にも興味があった。だから、彼女を1度捕らえたと知らせる必要があった。刻印で互いの事はバレるしね」
「一戦交えて、どれ位の力があるのかを見て興味がなければ殺すだろうね。だけどそうしなかった。それはまだ見込みがあるんだと知らせているようなものだ」
「……見込み? 弟君とナークに、再戦したいって事か?」
「うん。彼の心理的に戦うのも好きだけど、それよりも興味が勝っていたら指揮とか関係なく、自分の欲望のままの行動をするよ」
だから、自分にではなく弟君達の方へ行けと、お前は……オレにそう言いたいのか。そんな思いで見つめれば、バーナンはニコリと笑った。
無言だけど、それが肯定しているのは分かっていて……ギルダーツ王子と同様に自分だって弟君に甘すぎるだろうが。
「さっきは五分五分と言ったけど、恐らく彼が姿を現すのは……ウィルス達の方だ。魔法道具で姿を隠しても、気配を消してもそういうのは戦いの勘や経験の方が遥かに凌ぐだろ?」
そう言われて無言で頷いた。
オレは里を出るまでは暗殺の技術を磨くようにと訓練され、他国の暗殺者との実力を図るためにと向かった事もある。その流れてローレックに任務上で交戦し、里を出てから再会してからは何でか世話を焼きたがる。
そう言った意味でもオレ達は元から戦闘に慣らされているんだと思う。
魔法道具は便利だし魔力がある人達にとっては、いいものだ。だけど、それよりも感覚が鋭い奴の方が一歩早い。
ナーク達が隠れていたのに居場所を突き止められたと言っていたのを思い出す。確かに安全を考えるなら、弟君達の方に……行くべき、か。
「こんな形で里帰りはさせたくないけど、ね。向こうとの和平を実現できたなら、改めて俺も行くよ。だってリベリーの主なんだから」
そう言ってクシャクシャに髪を撫でまくる。
オレはナークみたく照れたり、恥ずかしがったりはしない。だけど、どうにも居心地が悪いってのはある。
「分かった。主の……バーナンの言う事を聞く」
「苦労をかけて悪いね、リベリー」
互いの無事を祈りながらオレは旅支度をした。
弟君と姫さん、ナークがリッケルに着くのは2日後。1日前について驚かすのも良いだろう。
そう思ったら自然と笑っていた。
どうやらオレはとことん苦労させられるらしい。
それが嫌だと思わない。そんなのだから……オレは、十分にここの人間に毒されているのだと思わされた。




