第160話:出発
ーウィルス視点ー
「それじゃあ、リバイルさん。私達は東の国ハーベルト国に行ってきますね」
2日と言う時間はあっという間だ。
その間にファーナムからは何度も自分か部下達を付き添うようにと説得されたが、それを私は断り続けた。
私の力は確かに珍しい力だし、魔獣達から見れば危険なものだけど……それでも、私は戦闘に慣れていない身だ。
慣れていない人間を1人居るのも大変なのに、更に負担を増やす訳にはいかない。そうしたら、ファーナムは自分の命を投げ打ってでも行くと言われてしまい、私は言葉を失ってしまった。
「お願い、ファーナム。私はもう大事にしている人を失いたくないの」
レントから頼まれて私の世話をしていたかも知れないけど、ファーナムはもう1人の母親のような存在だ。だから失いたくない。どうにか説得し、どこかスッキリした様子でいると――。
「では、戻った時には盛大な結婚式をあげましょう」
なんでそうなるのかと、未だに謎なんだけど……。
レントに縋る様に見つめると彼は笑顔で「良いね」と言ってそのまま、進めるようにと伝える。
何で止めないのかと睨んでも無視だ。
何処から聞いていたのか、さっと料理長が入って来て「ではどんな料理を出しましょうか」と準備をする気満々だ。
「悪いな、ウィルス姫。料理長に火が付いたら止められん」
リーガルさんも後ろからついて来たらしくそう告げられる。しょんぼりしていると私にと小さなノートを渡して来た。
何だろうかと思って中身を見ると、東の国の食べ物や植物も含めて食べられる物をピックアップし、詳しく書かれていた。
「これは……」
「ミリアから聞いて、俺にも何か出来ることはないかって思ってたんだ。あ、平気だ。厨房の連中には外交って言う風に誤魔化して、長い間居ないかもなぁって言ったらこんな風に意見が多くてな」
まとめるのが大変だったと言うけど、どこか達成感に溢れた顔をしている。これを……私達にくれると言うのだ。食料がまともに手に入らなかった場合、参考にしてくれって事らしい。
しかも東の国での知り合いの所在や、諸事情があっても協力をしてくれそうな人の名前まで書いてあった。
「いい、んですか。もしかしたら、危ない目に合うかも知れないのに……」
「俺は魔法が使えない。だけど、ウィルス姫はそれを使えるが為に危険に身を置くんだ。……まだ子供だってのにな。王族ってのは大変だな」
ポン、と頭に手を置かれ「豪華にするからな」と嬉しそうにいってくれる。うん、リーガルさんはお父さんって言うより、意地悪なお兄さんって言うのがピッタリな気がする。
「色んな人達に支えられてるのが実感できる。私は……それが嬉しいんです。だから――」
未だに目を覚まさないリバイルさんに今までの事を話していた。
手を握り、気休めだけどと思って魔力を送る。視力を失っているかも知れない怪我を負わされ、不安なのは彼なんだからと元気になる様にと願いを込める。
自分の中に流れる血をイメージして、握った手から魔力を流す。少しでも回復して欲しい一心でじっとする。
「……」
1分も経ってないかも知れない。だけど、私にとっては凄く長く感じた。リバイルさんの方を見るけど、変化はなく静かに息をしているだけだ。ナーク君に事情を説明してからずっと眠ったまま。
ナーク君も時々、様子を見に来ているけれど変化はない。私と同じようにいろんな話をしていくのだと、ジークさんから聞いた。花も色んな種類を持ってきて、華やかにしたんだ。
今日から……それが出来なくなる。
分かっていたけれど寂しい気持ちが募る。すると、私の肩に優しく手を置かれる。誰だろうかと振り向けば、私に笑みを向けたのはイーグレットとラウド様だ。
「ど、どうしたの……?」
「もう、今日がどんな日かなんて分かり切ってるのに。平気よ、私もちょくちょくここにきてウィルスのやっている事をするわ。だって友達だもの」
「イーグレット……」
「エリンス殿下もこんな可愛い子を婚約者にしているんだもの。両国共に安泰よね」
「ラウ、ド様……」
あぁ、どうしよう。
泣かないようにって決めていたのに、2人が来るとどうしても涙もろくなってしまう。そう思っていたら思い切りイーグレットに抱きしめられた。
「エリンスから、聞いた……。なにもウィルスが離れる事、ないのに……」
「そうはいかないよ」
守りを固めても、万全にしていても掻い潜られた。
リグート国に居て安全とは言えなくなったし、狙いは私の力だ。ここに居たら大切な人達が危険な目に合せてしまうのだ。
魔獣の数を増やしていったら、その危険が増えるばかりだ。私だって守られているだけじゃ嫌だ。守れる力があるなら、私だって守りたいんだよ。
「これ、あげる。間に合ってよかったぁ」
そっと首に掛けられた物を見る。
鮮やかな紅色がまるで炎のような、そんな色合い。ディルランドの象徴とも言えるガーネットだ。だけど、その色が凄く綺麗だからこれは……天然もの?
「私とエリンス。アクリア王が魔力を込めて作った特別な天然石よ。凄く固くて紐を通すのが大変だったけど、強度は折り紙付きよ」
黒い紐に通された天然石。
肌身離さず持っておいて欲しいと、言われた。ラウド様に視線を移すとにこやかに、だけど無言の圧力があった。
(素直に受け取りなさいって事ね……)
ありがとうとお礼を言い、絶対に離さないと言うと満足そうに頷いてくれた。私達3人は、そのまま転送魔法陣が準備されている場所へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
ウィルスがイーグレットと母様と共に来て少々驚いた。キラリと光るガーネットを見て思わずエリンスの事を見る。
「なんだよ……」
隣国の王族がこうも簡単に来られるのは困るんだけど、と思いつつもアクリア王も一緒に居る。だから注意するのが疲れる。
見なかった事にしよう。
「お待たせレント。もしかして待たせてた?」
「ううん、平気だよ」
ウィルスは師団の制服を着ている。
女性用の膝丈までスカートに、動きやすさを考えてその下にショートパンツをはいている。普段、そこまで肌を露出しないからか顔を赤くしている騎士団と、魔法師団の男達。
軽蔑するように視線を送る私と、働いている女性達からのものから受けさっと青くなる。
「……?」
その変化にキョロキョロと戸惑った様子で周りを見るウィルス。イーグレットと母さんは理由を理解し、クスリと笑う。理由が分からないウィルスはずっと、むくれている様子なのか少し可笑しかった。
密かにウィルスに抱き付いてきたナークの存在も分からない位に、だ。
「緊張感ないな、お前達は」
「緊張ばかりだと疲れるよ」
「そりゃあ、そうだ、がっ……!!!」
「ミャアー!!!」
止めろと言わんばかりに猫達がエリンスに攻撃する。子猫も参加してきたから大変だね♪
「いい? お城の人達の言う事はきちんと聞く」
「フミャミャ」
「ビーはカルラと連携して、この子達が遠くに行かないように見張る事」
「ミャ!!」
ウィルスがカルラとビーにお願い事したり、子猫達に言い聞かせてる。ナークも一緒になってやるから可愛い度が増すばかりだ。
現にスティングがまともに見れなくて、ソワソワしてる。それを兄であるバラカンスに叱られてるし、ジークに小言を言われてる様子だ。
「締まらないな。本当……」
「はいはい。心配してくれるのは嬉しいけど、そっちこそ囮だからって気を抜かないでよ」
「分かってる!!」
よしよし。
いつものエリンスに戻ったね。ウィルスとナークの事を呼べばつられて子猫達が来る。それをカルラとビーが止めにかかるも、寂しいからかずっと鳴いている。
「戻ったらいっぱい遊ぶから。それまで大人しくしてて」
「ミ、ミィー……」
「ミャウゥー」
離れないで、と言われているようで胸が締め付けられる。それでも無理にウィルスとナークを連れ、転送用の魔法陣へと入る。
「場所は東の境界線であるリックナと呼ばれる街です。既に向こうの領主に事情を伝えています、レント王子」
「ありがとう。レーナス、ラーファル」
3人で入れば、途端に光が視界を覆う。最後に聞こえてきたのは、カルラ達の鳴き声だ。だから、その声に交じってエリンスが何かを言った事に気付かなかった。
「出し抜けると思うなよ」
ただ、幼馴染みであるエリンスのニヤリとした顔が頭から離れないでいた。




