第159話:隣国からのプレゼント
ーレント視点ー
「そんなことがあったんだ。酷いと思わない?」
「どうでも良いわ……」
面倒だと言わんばかりの声と締まりのない態度。私は今日、起きた事をエリンスに愚痴のように話した。リラル兄様がウィルスの事を狙っているとか、お昼に持ってきたサンドイッチを兄様に1人占めされた事とか。
「そんな事より」
ちょっと待って。これがそんな事?
むっとした顔をエリンスに向けると「何でだ」と、怒気を含んだ聞き方をする。
それは私とウィルス、ナークの3人でハーベルト国に行く事を決めた事かな。勝手に決めた感じがあるだろうけど、ちゃんと相談したし話し合ったんだけどね。
「俺を……置いて行くのか」
「エリンスは1人しかいないでしょ? ディルランド国の王族は君だけなんだからさ。危険な行動はさせられないって」
「今更だろうが!!!」
机を強く叩いたような音が通信用の水晶から聞こえてくる。
まあ、ね。
確かに彼とは幼い頃からの付き合いだし、散々無茶をさせたし言ってきたけども……。今回ばかりはエリンスを連れて行く、だなんてことはしない。悪いけど、アクリア王が許す筈ないよ。
1度、死にかけたんだから……。
「それは、俺が弱かったからだ」
「違うよ。そんな状況にさせた私が悪い」
ディーデット国での転送魔法の気配に早く気付いたのはエリンスだ。
彼の魔法はアクリア王の使う力を受け継いでいる。とは言え、それら全ての力を使えるとは限らない。
あの城の中でウィルスを1人にさせる為に、私達を外へと転送させた。似た系統の魔法を使うからこそ、その力が振るわれる気配に気付いた。
だから、咄嗟に自分の護衛をしているラーグレスを、そのままウィルスの助けになる様にと転送し直した。今、思えばその時の反動があったのかも知れない。
例え距離が短くとも、あの時は敵の妨害もあったんだから反発を受けている筈なんだから。
それを読めず、彼を頼った結果……魔獣ごとディルランド国へと移動させるという手段になったんだ。
責めるなと言いたげな視線を私は敢えて無視する。
「私も……弱い。あの時、エリンスがどんな行動をとるか見抜いていたら――」
「だからって今度は来るな、だと? お前達が行く所の方がよっぽど危険だ。敵の本拠地に行くんだぞ」
「違うよ。私達だけじゃない。兄様達だって危険と隣り合わせだ」
今回、兄様とギルダーツ王子達が囮として引き受ける。
それは私達が動ける時間を確保する為。可能な限り時間を引き伸ばし、隙をついて向かうというもの。
だから仕掛けるのは私達がナークの育った里に着いてから。それまでの間、騎士団と魔法師団とで連携を強めどこで仕掛けるべきかを話し合いを行っている。
「それで? 私をワザワザ呼び出したのは自分も連れて行けって、言いたいからなの?」
「分かってはいたが断られるのは……辛い」
予想していたのか。じゃあ、なんで呼んだのさ。
こうしている間にも兄様達は対策を練る為にと話し合いが続いているのに。そう思っていたらエリンスから最近、魔物の動きが大人しくなっていると聞く。
魔獣が夜だけでなく、日が昇っている時にも姿を見るからか。魔物とぶつける案も出たけど、すぐにダメだとなった。向こうは単純に自分達の縄張りを守る為に、自衛する為にあるのであって南の国のように自発的に襲ったりはしない。
地域によって違うけれど、基本的に魔物は縄張りを大事にしそこからあまり動かない。被害が出るのは自衛が出来ない村や人里離れた里や隠れ里ぐらいだ。
隠れ里はナークやネル達のような魔女達が居るから、自然と自衛できる。村や小さな町などは王都までの距離が長いという理由から、自然と近くの大きな街にあるギルドに依頼として出すか、立ち寄った冒険者達に頼んだりしている事で生き延びている。
「……やっぱり、魔物は魔獣を恐れているって事だね」
「ディーデット国の時は、魔物を操る人間が居たから異常って事か。……結局、仕掛けてきた側は逃げられたんだよなぁ」
くそっ、と唸るエリンスに私も内心同じ事を思った。
ウィルスを攫われなくて済んだが、結局敵側の方は誰一人として捕らえられていない。兄様も加減なく斬ったと言うがもしかしたら寸前の所で、逃げられた可能性も捨てきれない。
それに、ナークが立ち寄った村で見たという2人組。
声的には男性っぽいと聞く。……もしかしたらその2人組が、南の国に仕掛けてきたのかも知れないけど、確かめる術はないから何も出来ない。
「2日後には発つんだろ。準備は良いのか?」
「ウィルスはラーファルに特訓をして貰っているし、リーガル達が何か彼女に贈ろうとしているから見ないフリかな」
「……どこに行っても人気だな、ウィルスは」
「ふふっ、私の婚約者なんだから当たり前だよ」
げんなりした様子で見て来るのがイラっとしたけど。
そう言えば、とイーグレットはどうしているのかと聞いてみる。彼女はウィルスに、贈り物をする為にと魔法師団の方に出掛けているという。
「聖獣が一緒だけど念の為、だそうだ。レント達の腕を信じない訳じゃないが……何があるか分からないだろ」
「そうだね。ありがとう、エリンス。イーグレットにもそう伝えておいて」
そう言ったらパチパチと瞬きをし、すぐに口を押さえた。あ、恥ずかしいのか、照れているのかもしくはその両方か。
「と、突然そんな事を言うなっ。心臓に悪い」
「え? いつも迷惑かけてるからって思ったんだけど」
「余計な事だ。変な負担を掛けるなっての」
「え~~」
え、それって素直にしたのがいけないの。
何だかよく分からないでいると、エリンスは早口で「じゃ、2日後にな」と通信を切った。
釈然としない私はそのままほっておくことにした。何か準備するのだろうと思った。だからその日になって彼の意図に気付くのに、遅れることになろうとはこの時の私は思いもしなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウィルス視点ー
「フナァ~」
ぽふっ、と定位置のごとく私の頭の上に乗る子猫。リラックスしたその姿に私は笑みを零す。ラーファルさんから「好きだね、その子」と私にコップに入った水を渡しながら言って来る。
「この子、ルベルトお兄様とも行動をしていて……あの時以来、私の傍から離れるのが嫌なのか必ず頭に乗るんです」
「あぁ……。あの時の交流の時の子か」
勇敢だねと言い、その子猫を優しく撫でる。
他国での交流時にルベルトお兄様を連れて来た子猫。あれ以来、お兄様の事が気に入ったのか水晶ごしでの通信の時に必ずいる。少しでも映ったのなら嬉しそうに尻尾を振るのだから、相当のお気に入りなのが分かる。
「一緒に行けなくてごめんね、姫猫ちゃん」
「ラーファル、さん……?」
見れば悲しそうに目を細めた様子で私を見る。……やっぱり無茶だろうか。
そう思っていたらラーファルさんは「違う」と言った。首を横に振った後でそうじゃないと何度もいい、座る私と同じ目線の高さになる。
「君達を死地に向かうような真似にしか出来ない、情けない考え方で悪いって事。本来なら命を張って守らないといけないのに……」
「それはギルダーツお兄様とで決めた事じゃないですか」
「そう、だけど……」
悔しそうに言うのがちょっとおかしかった。私の中で、ラーファルさんはいつも余裕のある大人だと思っていたから意外なんだ。
私達が東に行っている間、侵攻してくるであろう魔獣の相手をするのはバーナン様達だ。だから魔獣の習性を利用して魔力が高い師団の人達は、自然と国の防衛をしつつ時間を稼ぐ。
魔力を抑える訓練をしたけれど、ナーク君達と同じトルド族だとそうもいかない。魔力感知は彼等の特殊な力によるものであり、些細なものでも感じ取れてしまうのだと言う。
「トルド族の彼を少しでも足止めするのが、私達の役目だ。彼は……危険だ」
それは私も感じ取っていた。
実際に対峙して私は体が震えていたのを思い出す。あの人の目はとても冷えている。ずっと見ているのが辛い位に……。
「姫猫ちゃんも無茶はダメだよ。向こうがどんな危険になるのは予想出来ないから」
「……はい」
南と同じ砂漠地帯。
だけど南よりも過酷な場所になっている可能性はある。魔物の習性もだが、憑依された魔獣達の目を掻い潜るのは大変だと言うのは分かる。
「私達は私達の出来る事をする。だからちゃんと帰ってくるんだよ?」
「はいっ!!」
ラーファルさんに頭を撫でられ、思わず甘えるみたいに大人しくなる。上に乗る子猫も同様に、撫でられているのを待っている状態だ。やっぱり大人の人は余裕があるからか安心してしまう。
「特訓は上手くいってるの、ウィルス」
むくれたレントが迎えに来て、子猫も同様にビックリして思わず振り向く。シュンとなる私達にレントは仕方ないとばかりに、溜め息をしている様子。
こんなに穏やかな時間が過ぎるのはとても早い。静かに覚悟を決めた私達に、ラーファルさんはどこまでも優しい表情で見ているのだった。




